星見の魔女
彼は私のことが好きで、私も彼のことが好き。
それなのに、私は、彼の想いを受け入れることが出来ない。
私の心はこんなにも高らかに愛を歌っているのに、身体が、魂が、それを許さない。喉の奥から込み上げるような、熱病にも似た衝動が、槍を離すなと吠え立てる。
魔獣の血で汚れて染まることを身体は望む。
私を
幾百の獣を穿ち殺した私が、今さら元の何でもない女の子に戻れることなどありはしないのだ。
私はもはや人ではなく、救済の怪物である。誰かに呪いでも掛けられたのか、それとも『最初からそういうモノだった』のか。どちらにせよ、私は人間にに忌まわしく思われる者である。
強欲な私は、それでも、彼に愛してほしかった。
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ラインの屋敷から少し離れたところに、深い森があった。薄暗く湿っているものの、空気は清く、棲む生き物も穏やかで平和的だ。
そんな場所に、一人で暮らす魔女がいて、子どもたちが時々遊びに行っているという話を聞いた。少し前に、放浪の末に流れ着いてきたその女は、時に不思議なことを語り、時に未来を見通すのだとか。
天候を読み、薬を作り、暮らしの知恵を授ける。そのように周囲の民の暮らしを助けているので、農民たちも食糧を届けたり、彼女の住む小屋の修理を請け負ったりで礼をしているらしい。
それである日、彼女に届け物をして欲しいと言われ、私は用心のための槍を片手に、森へ出かけた。
さして苦労することもなく辿り着き、いざノックしようと拳を挙げると、同時に扉が開かれた。
立っていたのは、四十路くらいの女性。金の髪と青い瞳は西のほうによく見られる色だが、顔立ちはどことなく東の異国風。纏う雰囲気からも、魔女と呼ばれる所以が感じられる。
「ようこそいらっしゃいました、ささ、中へどうぞ」
「いや、私はただ届け物をしに……」
「おや? そうでしたか、読み違えたようです。てっきり、恋のご相談にでもいらしたのかと」
ドキ、と心臓が大きく跳ねる。
魔女は狐のように目を細めながら、私の格好を観察しているようだった。
「……とは言ってもここまで来るのも長い道、少し休まれていきなさいな」
そう言ってぐいぐい引っ張り込まれ、丸太を切り出しただけの椅子に座らされる。花を浮かべた茶を出され、恐る恐る口を付けた。すると、なんだか少し懐かしいような気持ちになる。
「この味は…………」
「帝都で一番の店の物ですよ。とっておきです。貴女も幼い頃に飲んだことがあるのでは?」
何故、私が昔、帝都で暮らしていたことを知っているのだろう。私が混乱と緊張で何も言えないでいると、魔女はにんまり笑う。
「ああ、失礼いたしました。私、占星術師でございまして、つい勝手に『読んで』しまうのです。非礼なこととは分かっているのですが、癖で」
「…………占星術師? 星が私の過去まで教えるのか?」
「いいえ、私が視る星は、天のそれではなく地に輝く星。人の星でございます」
それって要するにただの情報収集と観察なのでは?というツッコミは心に仕舞っておく。
「あ、疑っておられる。これでも宮廷にいたことだってございますのに」
(読まれた…………)
まあ事実、天候まで当てるというのだから、占星術師としての腕も確かなのかもしれない。
魔女は私の目を見ると、少し寂しそうな顔をする。
「いやはやなるほど、これは確かに怪物でございますね」
「何だと?」
「今に流行っている風刺詩はご存じですか?」
知らない、と答えると魔女は小さく口ずさみ始めた。
白蝋の城に主はいない。
空っぽの玉座。
血濡れた玉座。
次に座る恥知らずはどこの誰?
北の裏切り者か。
それとも西の怪物か。
はたまた東の英雄か。
「…………私は、『西の怪物』こそが、次の王たり得ると思うのですけれど」
魔女は既ににやつきをやめていた。
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