5 少女
「ケビン」
ㅤ声を聞き、感覚で分かる。これは紛れもなく、死者の再臨と言っていい。試してみる価値はある。
「ケビン、私だ。お前と切磋琢磨し、感覚を共有し、そして命を預けたノエルだ。分かるか」
「お前がノエルであることは、闘いによって証明してみろ」
〈クイーン、セトの話が確かなら、君の情報はあいつの最後のピースだろう。戦わない方がいい〉
ㅤサージュの言葉に妥当性を見出し逡巡していると、ウォーカーは機械特有のモーター音を出して機銃を構える。背後には遮蔽物が無かったはずだ。気は引けるが、ベッドの上に横たわる人々ごと足場にして、一気にウォーカーへの距離を詰める。するとあちらはアームの可動域を活用して私の頭を粉砕しようとする。勢いそのままにウォーカーの懐へ飛び込むと、おそらくベッドと床が割れてその破片が飛んだのだろう、粉塵と共に木片やコンクリートの塊が四方へ飛び散っていた。
〈大丈夫かい?〉
「危険そうなら、逃げる。だがこのデカブツが本当にケビンなのか、どうしても確かめたい」
ㅤこれが、他人やアンダーの未来ではなく、自分たちに向けた、利己的で、何の得にもならない行動だということは理解できていた。自分たちを手の上で転がしていたセトと、彼によって再び呼び戻されたケビンの始末。それに、これ以上関係の無い人を巻き込みたくはない。ここで終わらせる。
体勢を立て直す時間もなく、匍匐でベッドの下を進む。その隙にウォーカーを改めて観察するが、体は銃弾など一切受け付けないと言わんばかりの装甲に守られている。どう攻略すればいいのだろうか。
〈ウォーカーの主な対象は歩兵だ。移動式の装甲車だと思って。だから本来は逃げるべきだけど……、しいて言えば、脚部は逆関節上になってる。そのジョイント部分を狙えば可能性はある〉
開発者らしく、サージュが有効な情報を提供してくれる。セトが改良しているとしても、恐らく基本の造りは今でも同じなはずだ。しかしどのタイミングで発砲していいのか、見当もつかない。こちらの姿を見つければ、鉄製のベッドどころか横たわる命もものともせず突進してくる。見つからないためには動き続けるしかないが、疲れ知らずの機械との体力勝負など、結果は明白だ。どちらにせよ、優先すべきは周囲の人々を無駄死にさせないことなので、ここに入ってきたときに使った唯一の出入口へと向かう。効力には疑問しかないが、スモークグレネードを投擲して目くらましをする。全力で扉へと向かっていると、空気の圧縮されたような音が聞こえた。たちまち背後から熱線が降り注ぐ。次いで爆風が肩をかすめた。髪の焦げるにおいが、何とも不快だったが、ランチャーを装備した相手から逃げるこの状況でいちいち不満は言っていられない。ひとまず廊下から個室に入り込み、呼吸を整える。もしウォーカーがこちらに気づいていないのなら、勝機はあった。銃弾が通らないとなると、こちらも爆発で対抗するのみ。難点は、グレネードで関節を効果的に攻撃するためには空中炸裂させなければならないこと。こればっかりは、今まで培ってきた経験がものを言う。
ㅤ程なくして、乱雑な扉の開閉音と共に建物が瓦礫と化す衝撃が伝わってきた。鉄の足音はこの瞬間、自分のいる部屋を通り過ぎた。ここしかない。グレネードの
階段に差し掛かると、複数の足音が聞こえる。やはり。
計三人の兵をやり過ごし、一階に出る。あとは出口を目指すだけだったが、途中で違和感を覚えた。左の部屋から、戦の中心では効くことが出来ない、他人の生活音が発せられている。神経を研ぎ澄ませていると、再度兵士がこちらに向かっていることがわかった。
「了解、目標十二の確保に向かう」
目標十二……。ウォーカーのことか。何を回収するのかは不明だが、セトの手下が任務を遂行することは、奴の計画を助長させるようなものだ。無音の部屋に入り、扉の裏に張り付く。やがて前を二人が過ぎ行こうとするので、後方の兵を捕まえて銃を乱射させる。前方を小銃で撃ち抜けば、こいつも用済みだ。みぞおちに肘を叩き込む。また、後方から遅れて三人駆けつける。敵兵の銃を手にするが、やはりIDロックが掛かっており使い物にならない。最後のグレネードを投げ込むと、彼らは銃を持ったまま絶命していた。
ハンドガンにナイフをつけ、ゆっくりと扉を開ける。部屋の中央に置かれた机に向かっていたのは一人の――
「お前は?」
〈何?〉
見間違いではない。シルエット、後ろ姿、オーラ。気配に気付いてこちらを向いたその顔は、まさしくまだ発達途中のあどけなさを湛えた子供のそれだ。こんな場所に最も似つかわしくない、少女がいる。
「誰、あなたは」
尋ねられ、クイーンと名乗る。すると彼女は口を開けて不思議そうに見つめてきた。何をしている。こうしている内にも、脅威が迫っているかもしれないのだ。が、無邪気な瞳に吸い込まれる。混沌にすら抵抗するほどの強かさを持ち合わせる特異点が、私を掴んで離さない。
「もしかして、外の人。ねえ、何しに来たの」
「ウォーカーを……、いや、時間が無い。ここにいては危険だ」
来るか? 手を差し伸べて、訴えかける。少女は軽く頷く。決まりだ。肩に担いで、共に出口へと向かう。
「こちらクイーン。子供を確保した」
〈捕虜か?〉
「分からない。拘束もされていなければ、部屋には鍵もかかっていなかった」
〈了解。あとでゆっくりと話を聴いてくれ〉
侵入した時の記憶をたどって、解放された窓から脱出する。時間はそれほどたっていないはずなのに、空気はまるで違っていた。周囲の確認をした後、足に力を入れたその時、背後から爆発があった。
「大丈夫。私が起爆したの」
「何? 爆破など――、何を言っている」
「あの部屋、私の研究レポートがまだ残ってたから。誰の手にも渡すことはできない。C4を仕掛けておいたの」
こんな年齢で、研究。それに爆弾を入手・制御・起爆できるのか? いったい何者だ。思わず、そんな恐るべき子供を担いでいることに身震いした。全ては話を聞いてからだと自分に言い聞かせるが、不信感がぬぐえなかった。
ㅤ幸いにも、兵士たちは先程の爆音につられてか道中には姿が見えなかった。偶然の陽動に感謝しつつ、ビークルに乗り込む。
「これは?」
「うちにいるロボ好きが作った。珍しく思うのも当然だ」
ㅤそのまま、少女は子供らしく好奇心のみを働かせ観察している。普段見ることの出来ない天真爛漫な仕草には、枯れた果てた私の心もかわいらしいという気持ちを抱かずにはいられない。一体、何者なんだ。そういうことは基地に帰ってから聞きたいものだが。傍受される危険を排除するために無線を切ってから、恐る恐る訊く。
ㅤ彼女から告げられる事実は、予想通りと言うべきか、「予想だにしない回答」としてすらすらと語られるのであった。
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