4 宣告


 トレイ地区は、先日訪れた「死んだ町」より活気があった。それでも、生の雰囲気が微塵もない町と比べられるということは、それだけ活気がない地域であるということだ。見た限り、この不気味な暗さが「行方不明者」の急増と関係しているのは間違いない。

 そこから施療院までの道を進む。無線によると、もう目的地についていてもおかしく無い時間だというが……。岩壁のくぼみに身を隠し、目を凝らす。と、まるで大規模な手品の如く、目の前に巨大な廃墟が忽然と現れたかのような感覚に陥った。実際はずっとそこにあったのだ。外壁が黒く塗られているのか、それとも特殊なカモフラ技術が駆使されていたのか、どちらにせよあまりにも見つけづらい。窓から一筋の光が放たれているのを見るに、依頼の情報は半分信用できる。もう半分が信用に足らないのは、暗視ゴーグルをつけ、最新の装備をジャラつかせた兵士たちが入り口や裏口といった全ての侵入口を厳重に警戒しているからである。

「施療院についた。が、ただの廃墟とは思えないほどに警戒態勢が敷かれている」

〈なんだと?〉

〈もし装備がお粗末なものなら、盗賊かもしれないけど……〉

「いや、明らかに正規軍レベルの装備だ。それにしては、それぞれ武器や防具が寄せ集めなのが気になる。統一性がない」

〈何にせよ、用心したほうがいいね。じゃあ僕はひとまず切るよ。ご武運を〉

 スニーキングに必須の精神統一を知ってか、サージュが離脱する。それに倣ってクラージュも、要求にこたえて「嗜好品」を入荷したことを告げて無線を切る。紫煙の香りをふと思い出してしまった。

 さて、ここからが私の舞台だ。敵と侵入経路を頭にいれる。全体を鑑みて、巡回兵の無力化は必至だろう。手中には消音器一体型ハンドガン〈Maximマキシム10〉。施療院から漏れ出す微かな光と気配を頼りに、まず入り口付近の二人を倒す。廃墟前面の右端に位置を取ると、数歩先に一人とそのまた先に一人。面倒なことに、奥の兵士はこちらを向いている。二人は向きを変えようともせずに立ち尽くすだけなので、前の兵を影に、奥の兵士を撃つ。背後からの異音を聴き取り確認する兵を、振り向くと同時に低姿勢から顎を突き上げる。

 これで、前面の敵兵はすべて無力化クリアした。しかし、中央の大きな扉を無理に空けると音で裏の兵を寄せ付ける可能性がある。幸いにも、少し歩いたところにある窓は鍵がかかっていなかった。クリアリングし、進入する。

 屋内での戦闘に備えMaxim10と共にコンバットナイフを構えた。注意深く扉を開け、地下へと目指す。もしここに何かしらの基地があるとすれば、中枢が地上に面した一階にあるとは考えにくい。

 数人の兵士を部屋に隠れてやり過ごし、地下へ続く一本道を警備する兵は気絶させた。いくら装備が立派でも、どうやら素性は雇われ兵と何ら変わりないらしい。そう思うと、俄然不安が消え去った。地下は若干警備が強くなっている気もするが、所詮は傭兵。恐れるに足りなかった。そのはずだった。

 何の変哲もない扉を開けると、その先はまさに地底の地獄だ。見渡す限り、所狭しと並べられたベッドの上には人間が横たわる。老若男女問わず、人々が均等に、仰向けで拘束されていた。服は身にまとっているものの、最も重要な「人権」という衣類をはぎ取られているという状態は、もはや半分死んでいるようなものだ。

 それだけではない。淡々と暗闇を照らす照明は、すべて人々の頭に装着された歪な機械が発信源だった。何か、頭部に細工でもしているのか……。どう転ぼうが、目の前の惨状には絶望と猟奇と無情が、見境なく踊り狂うだけ。

「こちらクイーン。地下に大勢の行方不明者が捕らわれていた」

 ちょうど無線通信が確立し、本部から報告に対する返答がなされるその時だった。

「無線機による会話は、ご遠慮願いたい。精密機器に支障をきたすのでね」

〈クイーン、そいつは……?〉

「ごきげんよう、ノエル。ザ・シャドウの称号を持ち、ジャックケビンキングヘイルをその手で殺めた、アンダーテイカーの女首魁クイーン。貴女も随分と物好きだ。気味の悪い煉獄パーガトリーにのこのこと」

 いつの間に、この男は背後をとっていた? どうやって私の情報を。なぜジャックに関する情報を知っている。自分でもわかるほど、今、私は動揺しているのだろう。このまま振り向いて銃を構えても、相手に何もかも知られる。だから敢えて背中を向ける。敵に背後を見せるなど戦場ではご法度だが、今はそのまま、こちらが疑問に思っていることをぶつけてやる。

「戯言を。お前が煉獄ここを作ったんじゃないのか?」

「間接的にな。私とて、こんな気色悪い場所など用がなければ来ることはない。必要悪――平和のための生贄だ」

 奴は何を言っている。自分で作っておいて気味悪い、だと。そこに必要悪などという単語を選ぶとは、よほどのご都合主義者なのだろう。途端に、今置かれている状況や場所自体に対するから恐ろしさはさほど影響のあるものではなくなった。その代わりに燃え上がったのは、奴に対する激情。もしかしたら例のウォーカーについて何か知っているかもしれない。顔を見てやろうという決心がついた。

 先ず目に飛び込んできたのは一つの「光る目」。両目を覆う形で装着する、単眼式の暗視ゴーグルだ。火星でなくとも、地底では当然光が駆逐される。背があまり高くはないことと並んで、それほど気にはならなかった。奇妙なのは首から下で、何の機能性もない燕尾服を身にまとっている。その様子はこれから……、

「その恰好、オーケストラでも指揮するのか?」

「ふむ、あながち間違いでもない。お前たちの脳を譜面とすれば、私はさながら指揮者だろう」

 何を言っているのか、さっぱりだ。出方をうかがっていると、無線の裏では何やらクラージュ達が騒がしい。

〈とらえどころがない男だが、話を訊く価値はありそうだ。何が目的なのかを聞き出してくれ。だが油断するな。外の兵士たちやウォーカーがバックにいるかもしれない〉

 もっともなことを改めて言われ、さらにきつく、ハンドガンを構えなおす。クラージュの言う通りに問いただすと、異様な答えが返ってくる。

「人類の、かつてない繁栄のためだ。お前は……、ああ、そう言えば無線通話しているのだったな。どうせなら仲間にも聞かせておくが良い」

 緊張が走る。男は武器も持っていないし、伏兵の気配もない。それなのに、マッドサイエンティストか、さもなくばシリアルキラーじみたオーラを持つあいつがここにいるだけで悪寒に抱かれている気分だ。無線の声も遠ざかり、か細い騒音が聞こえる静寂が到来すると、男が燕尾服を整えて口を開けた。

「セト。これがお前たちに与える、私の名前だ。少し前はあの権力バカ、ヘイルのもとで主任研究員としてやっていた。クイーン、それ故お前のことはよく知っている。あの時、私はモニターの前にいた。殺す前の発言だって、この脳細胞に刻んである。『あっち側でも、ケビンによろしくな』だったか」

 ヘイルのもとにいた研究員。点と点が、繋がった気がした。サージュの開発していたウォーカーは、破棄されたあとも彼が秘密裏に受け継いだのではないか。ヘイルが主導していたのなら、この説に筋も通ってくる。なら、ジャックとウォーカーは……、彼は関係ないはずだ。もう、終わったはずだ。

「何故、ジャックの声が、ウォーカーから聞こえた」

「鋭いな。その答えは、お前の弱点と同等だ。ケビンという一人の男とジャックという一つの人格に、お前は傾倒している。今を生きる原動力は、弟であるケビンにあるのだろう。格闘術では彼にすらかなわない程の技術を持ったクイーンという人物でさえ、そのカリスマ性には心を奪われずにはいられない。いわんや一般民衆など、唯一神の奇蹟を語るかのようにジャックの武勲を話す。わかるか、ジャックという人格が、このアンダー中に、すでに蔓延している。一人一人の内に、ケビンの化けたジャックという巨人が深く横たわっている。それを利用する」

 それは、ヘイルがケビンをジャックへと仕立て上げ、この世界を統一しようとした原理そのものだった。アンダーにまかり通る、ジャックを戦争と平和の象徴として語る風潮、戦争という名の混沌を生きるためのよりどころとして彼を崇拝する民。この構図にそって、大戦後ヘイルはジャックを前面に押し出した。まさか!

「ようやく気付いたのだな。私は、ヘイルをも超える。事前準備として彼に使えていただけ。あいつの軍事力、行動力を利用させてもらった」

彼の発言が意味するところは、アンダー世界の構造を巧みに分析し、反逆者をも手懐けんとした僭主ヘイルすら、セトの思考という枠組みの中に納まっていたことになる。私も、ケビンも、ヘイルに運命を湾曲された。サージュだって、ウォーカーを作るには至らなかっただろうし、クラージュも、今ほど血なまぐさい戦場に固執することはなかっただろう。二年越しに、私たちの真の仇が姿を現したことになる。銃を握る力が自然と強くなる。

「なら、一体お前はヘイルを踏み台にして、何をしたい。ジャックなら死んだ。人民を支配するのであれば、彼の死は不都合でしかないだろう」

「そう、ヘイルをおだてすぎた結果がこれだ。唯一の誤算だった。だからこそ、私はジャックを復活させた。人工意識としてな」

「人格の再現など、できるはずがない」

「それができるのだよ。何、証明は簡単だ。君たちにとっては、少々意識の拡張が必要になるがね。……いいか? 君たちこそが、作られた人工意識なのだ」

「ふざけるな!」

 私たちを間接的に弄んだ挙句、ジャックを死んでもなお利用しようとする。それだけには飽き足らず、私たちを「作り物」呼ばわりするとは何事か。無意識に声を荒らげてしまうけでなく、今にもハンドガンから火を吹きそうになる。だがセトは、不敵に笑みを浮かべ、話を進めている。

「おそらく私がふざけていると思っているだろうが、そうではない。先ず言っておくが、ここは火星ではなく、地球の地底だ。地球の世界経済は崩壊などしていない。むしろ史上最高の隆興期にある。しかし困ったことに人間は、発展したら発展した分だけ、その利潤をさらなる発展につぎ込む……。数年前、ステラ社という名の企業が擬似意識という名で強いAIの起動に成功した。世論という強い向かい風によって同社は直ぐに倒産したが、人工知能起動のノウハウは、非難だけでは潰えなかった。お前達パラレルは、 その擬似意識STELLARの子孫なのだよ」

「何を、パラレル」

 思考が大きくゆらぐ。クラージュは、あんな狂人の戯言になど取り合うなという。この場にいてくれたらどれだけ頼もしいことだろう。あいにく今は、私一人が、セトの相手をしなければならない。

「これを裏付ける根拠は山ほどある。例えばその銃はどこからやってきた? 地底に武器工場など無いはずだ。なのに、先の戦争では何百万という銃火器が使用されていた。さらにもう一つ、お前たちの両親の名は? いくら長年会っていないとしても、顔・名前くらいは覚えているはずだ。人間であればな」

 冷や汗が止まらなかった。この宣告が怖かったわけではない。ケビンをただ一人の血のつながった家族としてあれだけいとおしく思っていたのに、反して親の存在など考えたこともなかった自分が怖かった。そういわれたことがトリガーとなって、親という概念を形成したようだった。

 セトは、相変わらずこちらの反応にかかわらず話を続けている。奴の独擅場だ。ここは火星じゃない? 地球? であるとしても、なぜ私たちパイオニアに、地球の地下を火星と偽って生活させたのか、さらに私たちが「作られた存在」だと仮定して、一体全体何が目的なのか。地球の経済は衰弱したのではなかったか。パラレルとは何だ? 家族の記憶を思い出そうとして、無線もセトの発言も脳には届かない。彼は今もひとしきり話しているのだろう。辛うじて理解できたのは、パイオニアが作られた存在であることと、それゆえにジャックの再現は人工意識での再現が可能であるということだけだった。

「だが」

 私は強く反対する。

「いくら完璧な研究成果と的確な知識があったとしても、ジャックの記憶までは再現できないはずだ」

 大きな毒蛇が、頭の中にとぐろを巻いているように表意識が朦朧としていた。純粋に肉体だけの判断でハンドガンは辛うじて狙いを定めている。

「まさにその通りだ。ウォーカーにジャックの頭脳を搭載したのも、彼の記憶を単なる知能の集まりから、完全な記憶へと復元する目的がある。おや、噂をすれば」 

ㅤ影が来た。地からの微震を感じたと思えば、暗黒からウォーカーが姿を現す。

「彼女が、ノエルか」

「そうだ。かの類まれなる戦術から、記憶をできるだけ回収しろ。では、私はこれで。姉弟水入らずの時間をご堪能あれ」

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