3 第二の罠


ㅤ地球との連絡が途絶えたことで競走が激化する火星地下には、いつしか四つの賊国スートが誕生していた。スペード・ハート・ダイモンド・クラブの四国は、互いに互いを削りあうことでしか存在しえない軍事国家だった。だが、どんなに蓄えがあったところで、長期に渡る戦火はあらゆるものを疲弊させる。人民も国家も破滅への抗力を弱めていた中で、唯一衰えを見せなかったのが戦争の主導者だった。

ㅤそこに、一人の男が現れる。ケビンは超人的な戦闘技術と圧倒的な人望をもって、瞬く間に四国の要人を殺害、地底世界を統一してしまった。彼のカリスマ的支配からは、誰も逃れようとはしない。そんな一極集中状態を嫌ったケビンは本名を隠し「ジャック」という名称を浸透させるも、時は既に満ちていた。彼の武勲やザ・サンという称号は、全てを飲み込んで肥大する。そのあとは、空気圧に耐えきれなくなって破裂する風船よろしく、瓦解の一歩を辿るしかなかった。


「前に否定した放射能、炭疽菌、そして代表的な感染症を引き起こす伝染性病原体、薬物反応、どの検査も陰性だったよ」

ㅤ医療スタッフが解析結果をサージュに手渡し、彼がそれをリポートする。例え報告の内容が彼の知識の専門外であっても、例外はない。その広範な知識体系も決め手のひとつだが、最たる理由は「教えたがり」な性格が役柄に合っているからだろう。

「現時点では、未だに死の原因は謎のままだ。医療研究班曰く、全く理解に苦しむ、だそうだ」

「それはつまり、何一つ手がかりが掴めなかったということか。火星固有のパンデミックが起きないよう、祈るしかないな」

「いや、クイーン。実はね、そんな中でも異常な点が一つだけあった。持ってきてもらった血液サンプル全てにおいて、血小板量が平均以上だ。果たしてこのことが大量死と関係があるのか……。血小板血症と仮定しても、全員が同じ時期に死ぬ、というのはあまりにも不可解だよ」

「なら、クイーンがあっちで目撃したウォーカーについて、知っていることを言ってくれ」

 クラージュの声は、変わらず威勢がある。こんな状況で、こんなにも光の少ない場所で、唯一頼もしさを感じることができた。

「あれは」

 サージュが、罪深さを湛えた顔のまま、俯く。

「勘違いされたくない。あれは僕なりの平和表現だった。けど、今では贖うべき罪になってる」

ㅤケビン、もといジャックが地底を統一する前、私達は巡り会うことも知らず、自分の道だけを見つめていた。例えばサージュは、スペードで進められていた無人兵器の研究に関わっていたし、クラージュはハートの特殊部隊「トライアンフ」の一員だった。

「もともと、僕は戦争なんて不利益なだけだと思ってた。それで、ウォーカーだけは、敵を倒すことではなく、平和を創出することを目的とした兵器として設計した。堅固でいて軽量な装甲、高度な数的情報処理と駆動系との連携、圧倒的な火力・俊敏性。平和への抑止力となるに足る戦闘力は、それで十分なはずだった。けど、上からの指示は、違ったんだ」

 画期的なアイデアと確かな腕を持っていた彼は、しかし指導者の目指すべき理想が自分のそれと乖離しているのを知って、亡命を図った。今乗っている車椅子は、連れ戻される際に下半身の自由を奪われた名残だ。

「僕は軟禁され、その後も開発を強制された。ウォーカーのプログラムの多くは、僕が作成したアルゴリズムに則っているからね。そうやって最終調整を続けていたら、どこからともなく現れた〈ケビン〉の手によって、戦争に終止符が打たれた。解放された僕は、自分の研究を悪用されないよう全ての研究資料と開発中のウォーカーを廃棄したんだ。だから僕無しで、それもこんなに早くウォーカーが完成するはずがない!」

ㅤ白熱し、いつも以上に饒舌になったサージュは車椅子を前後させる。後悔と、焦燥に惑わされた目だ。今ケビンのことを思う自分も、こんな目をしているのだろうか。

「ジャックの声がした。それについては?」

 案の定、二人とも黙り込んでしまった。二人とも、彼の死は繊細であり影響力のある問題であることを素直に受け入れていた。思わず口走ってしまったが、彼の大いなる死については私でも、議論するに値しないではないか。

「ジャックのことも気になるが、今はこの怪事件の真相を掴むことが大切だろう」

ㅤ黙りこくってしまったサージュも、やっと虚空を見上げる。何か言いたげではあったが、口を切ったのはクラージュだ。

「俺の独断ではあるが、どうも今回の調査の依頼主が怪しいと思ってる。匿名で送られてきた上に破格の報酬、さらに対象としている事件も尋常ではなかったから思わず飛びついたが、あの場所に複数いた兵士やジャックの声を発するウォーカーがいることも、よく考えれば依頼主が何かよからぬことを企んでいる前兆だとしたら……。もしアンダーテイカーを排除する目的で、こんな依頼をエサにしているとしたら?」

ㅤ懐疑心に突き動かされ、彼は同じ依頼者に連絡を取ってみたのだという。すると、またしても数奇な依頼が飛んできた。もちろん規格外の報酬と共に。

「誘拐事件は現在でも減ることは無いが、昨今クラブのトレイ地区で急激に被害が増加しているという。しかも、現在使われていない施療院に、何者かが侵入している形跡があった」

「使われていないはずの施療院か。肝試しにぴったりだ」

ㅤクラージュが体を揺らす。医療設備の中には貴重な電子機器や特殊な薬品を使うものもあるから、それを狙った盗賊団の仕業かもしれないとの推理だ。アンダーテイカーの人員からは、人さらいと盗人は関係性が薄いのではという声もあがった。関係や真相はともかく、これが危険な任務であることは確かだった。

「今回も、クイーン一人で潜入することになりそうだな。だが、万一に備えて、予備部隊を背後に配属しておく」

ㅤ言葉を聞いて、小さくため息をついた。またあの二足歩行兵器と対峙すると考えると、気が重かった。それに、ケビンのこともある。

ㅤ一通り悩んだが、悩むという行為が何になると言うのだ。

せめてものわがままとして、帰還した時にタバコをふかせるよう、嗜好品の補充を要求する。健康志向のサージュは、この言葉に肩をすくめていたが。


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