《研鑽せし冒険者》:日常③
そのまま引きずられていったライオスに唖然としつつも、後を追うため、ティルは室内用の靴へと履き替えた。中に緩衝材が入っており、いつも履いている無骨な革製の靴より柔らかい靴だが、ティルは生まれて初めて履いたため、歩くのが億劫になる。
「何をしているの。久しぶりすぎて、歩き方を忘れたのかしら?」
声をかけられ、そちらを見やると、階段から降りてきたアレイアが数冊の本を片手に立っていた。
冒険者の時の服装とは違い、シンプルだが手足を露出されたワンピースを着ている。
いくら部屋が温かいとはいえ寒そうな、と思いティルがまじまじとアレイアを見つめていると、違う意味で寒い風が吹く。
「いい度胸じゃない」
「あっ、え、違います」
微弱、しかし明確な魔力の活性化を感じたティルは自分が何かしでかしたと思い、この場合は正解である謝罪を選択し、素直に頭を下げる。
「ほら、リーエスさんとフェアネさんが作ってくれたご飯が冷めるわよ。あなたの退院兼加入パーティーなんだから」
それだけ言うと、アレイアはそそくさと立ち去っていった。
「良い人……なんだろうな」
自己表現が苦手なのだろう、とティルは勝手に判断をつけ、アレイアが進んだように廊下を通り、匂いの正体を探る。
外壁に当たるところはレンガで作られているが、それ以外は木で作られている家はこ
こらでも珍しいことはない。だが、ティルが住んでいた所は至る所に穴が空いていたため、しっかりとした壁があるだけで、こんなにも安心感があるのだと久しぶりに実感していた。
リーエスの趣味だと思われる品の良い絵画が壁にかけられ、先程庭で見た花が小さなサイドテーブルに乗っている花瓶に生けられている。
そのせいか、少し狭く感じられる廊下を通り突き当りまで行くと、そこには大きな部屋があって、見知った顔や知らない人が和気あいあいと料理を卓に運んだり、暖炉に薪をくべたり、飾り付けをしたり、つまみ食いしたりしていた。
「あ、今日の主役が来たわね!」
部屋に入るよりも先にリーエスがティルの事を見つけ、スキップしそうな軽やかな足取りで近づいてくる。
またもや、リーエスの部屋着に動揺しているティルの手を取ると、部屋の中央へと連れて行った。
「お、ラーレイの紙袋ってことはマカロンだな!もーらい!」
セーターにホットパンツというちぐはぐな服装のフェアネがティルの手から紙袋が掻っ攫った。
呆気にとられているティルを尻目に紙袋の中を物色していたフェアネは見当の物を見つけたのか手を引き抜き、黄色のマカロンを口に放り込む。
「きぃみぃ、いいセンスしてるじゃん!」
合格合格、と良いフェアネに背中をバシバシと叩かれたティルは何が起きているのか分からず、リーエスに助けを求める。
「ちょっと、フェアネ!独り占めはずるいじゃないの」
あ、ダメだ。
ティル含め、ここにいる誰もが半ば事態の収束を諦めかけた時、両手に大皿を抱えた救世主がキッチンから現れた。
「二人共、落ち着くのニャ。皆の前で恥ずかしくないのかニャ」
分厚いステーキに魚のソテー。
ティルは唾を飲み込み、お腹が鳴らないように最善の注意を払う。
「ごめんね、ティル君。リーエスもフェアネも外では大丈夫なんだけど、家だと性格
が変わるのニャ。もう、慣れるしか無いから、頑張るのニャ」
「は、はあ」
呆れた、と言わんばかりに首を横に振っているシエラの姿がいつもより大人びいて見えたティルは静かに頷いた。
「あ、なんか失礼な事を考えていたのニャ!」
騒ぐリーエスとフェアネ、怒るシエラ。
料理を食べようとするリンにそれを止めるライオス。
窓辺で我関せずを貫き、読書に勤しんでいるアレイア。
そしてそれを、おどおどとした表情で見守るティルと……
「えーと、《コランダム》の方ですか」
白髪に赤い瞳。
若干、垂れ気味の可愛らしい耳が頭の上で忙しなく動いている。
しかし、同じ獣人族のシエラと違う所が一箇所。
「そ、そうです。アッシュです」
ティルの事が怖いのか、今にも泣き出しそうな表情の少女の耳が更に縮こまる。
「僕はティル。よろしくお願いします」
変に慰めるのは逆効果と感じたティルは丁寧にお辞儀をし、精一杯の笑みで自己紹介をした。
すると、少女の表情が泣きから困惑へ、そして和らぎへと移り変わる。
「ところでアッシュさんは、その……犬人族(シェン)なの?」
「そうです……変ですかね」
特段、要塞都市で犬人族が珍しいことはなく、ヒューマンやエルフには数で劣るものの、猫人族やドワーフと同数ほどが住んでいるとされている。
「変じゃないよ。僕には犬人族の知り合いがいないから、少し確認してみただけで……」
両手を合わせ、少し明るい雰囲気で謝罪すると、少女が笑みを浮かべる。
「私もクオーター……あっ、その、そういう意味があったわけじゃ……」
クオーターも元来、三種族以上の血統が三世代前まで混じっている者を指すために使われてきた言葉だが、今では蔑称のように使われている言葉を口にしたアッシュが表情を凍らせる。
しかし、アッシュに悪意がない事を知っているティルは、少しくすぐったいような気遣いに照れた笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。最近、クオーターだから、半亜人だからこそ、僕には価値があるって教えてくれた人がいるので。あまり気にしてません」
部屋の中にいる人々。
ヒューマン、エルフ、小人、猫人、犬人。
様々な種族がいる。
「嬉しそう……」
だが、ここにいる誰もが種族で相手を判断したりしないと今のティルには断言できた。
「あ、分かっちゃいました」
たった数ヶ月前、絶望に打ちひしがれ、現実から逃れるようにして辿り着いたここで、ようやく手に入れられた幸せな空間。
心地よく、温かい。
「分かりますよ。私やシエラさんと違ってティルさんには耳が無いから分かり辛いだけですよ。初めて会った私でも分かっちゃう位、ティルさん、楽しそう」
「そうですね」
読書を妨害されたのか、遂にアレイアが騒ぎの輪に加わり、更に事態が悪化している。
だが、誰もがその顔に笑みを浮かべ、幸せを噛み締めているようだ。
「私達だけで食べ始めちゃいましょうか」
アッシュのその一言が事態の悪化に拍車をかけたのは、また別の話であった。
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