《研鑽せし冒険者》:日常②

昼下がり。


太陽が頭上で輝いてはいるものの、要塞都市カストラの冬は寒い。

まだ雪が降っていないのがせめてもの救いだが、朝夜は石畳が凍結してしまうため歩き辛くなる。


シエラに、いつか返してくれれば良いニャ、と言われ、与えられた長めのコートを羽織ってはいるが、リンのいない側の身体が凍えるほどに寒い。

ティルは道を急ぎ、数分した後に目当ての店へと着いた。


「らーれいのかしてん?」


たどたどいが、一言一句違わずに看板を読んだリンに感心し、ティルは心の中で読み書きを教えてくれたであろうリーエスやフェアネに心の底から感謝した。


「ラーレイの菓子店だよ。ノルド皇国の特産品マカロンを売ってるんだ。知ってると思うけど、《エーデルシュタイン》のメンバーは僕を含めたらリーエスさんとアレイアだけだからね。良く、女の人がここに入っていくから、多分女性に人気なお菓子なんだと思う」

「お金、足りる?」

「ゴブリンたちを倒したときのドロップアイテムと討伐依頼報酬があったから大丈夫だと思う。結果的にリーエスさんたちのお仕事を奪う感じになっちゃったのは、申し訳ないけど」


とりあえず、とティルがリンに向き直る。


「リンは顔が知られたら面倒になるでしょう。僕が病院にいる間はどうしてたか知らないけど、とりあえずフードを被っといて」


そう言い、ティルはリンの厚手のパーカーのフードに手をかけ、それを頭を覆うようにして被せた。

そしてそのままリンの顔を覗き込み、しっかり隠れているか確認する。


「だいじょうぶっ!」


フードの中、満面の笑みを浮かべているリンから急いで顔を引き離したティルは、熱くなった顔を冷やすように風に当てる。


「あ、どきっとした?」


おちょくるような口調でリンが笑う。


「してない」


恥ずかしさを隠すようにリンの頭にチョップを落としておき、店の扉をくぐった。

中は赤やピンクを基調とした色が特徴的な造りとなっており、棚に飾られている小さく、丸いふっくらとした色とりどりのお菓子がマカロンだろう。

店内にいる婦人達の視線に怖気づくこと無く、ティルは棚へと進み、四人分と書かれた箱を手に取る。


「一箱で三〇〇〇ディネロ……そんなにあれば数日は暮らせるのに……」


だが、背に腹は変えられない。


散々お世話になっている人へのお土産を安いもので済ませるのは、ティルの誠実な性格が許さなかった。

念のためにもう一箱を手に取り、会計へと向かう。


流石に一流店の店員がティルがクオーターであるため品物を売らないといったような事はなく、スムーズにお金を手渡して買い物を終わらせられた。

始終向けられている軽蔑的な視線や奇怪な物を見るような視線を無視し、足早に店から立ち去った。


「ティル、私もそれ食べられるの?」

「余ってたらね」


甘い菓子類は嗜好品であるため、庶民ましてや貧乏な駆け出し冒険者が手にすることなど出来ない。

自分の成長をしみじみと感じつつ、ティルは事前に教えられていた場所へと行き先を変更した。


既にティルが住んでいた部屋は契約がシエラの手によって解約されており、荷物なども全て《エーデルシュタイン》に移されているそうだ。

普通、本人がいなければ解約などの手続きは出来ないはずなのだが、家主はクオーターであるティルが住み続けることを嫌ってか、はたまた賃貸料を滞納する駆け出し冒険者に部屋を貸したくなかったのか、リーエスの用意した解約手続き書にすんなりとサインし、今は別の誰かがティルの部屋に住んでいる事だろう。

どちらにせよ、賃貸料が浮くことや初めて家族以外と同じ家に住むことにティルは心を弾ませずにはいられなかった。


ティルが今まで住んでいた家とは違い、治安の良い内周地域にある《エーデルシュタイン》のギルド会館に到着したティルは、冬であるにも関わらず庭先で咲き誇っている花々に思わず目を奪われる。

腰ほどまである木製の扉を開け、等間隔にあけられた石畳の上を進んでいく。

一足先にギルド会館に住んでいるリンに促され、ティルはレンガ造りの家の正面玄関に立っていた。


「ノック。リーエスがノックしてだって」


リンに指さされ、ティルはひんやりと冷たい鉄製のドアノッカーを手に取り、二回、軽く扉を叩く。

すると、家の中から人の声と誰かが駆ける音が聞こえた後、扉が開かれた。


「いらっしゃい。ティル君だよね」


扉を開けたのはリーエスでもアレイアでもなく焦げ茶色の短い髪に少し日焼けした肌が印象的な小人族だった。


「ああ、はじめましてだもね。僕はライオス・バーギン。ティル君も知っているフェ

アネがギルマスをしている《コランダム》のメンバーだよ」


温和な表情にどこか気の抜けたような言葉遣いに中性的な声音。

優しさに包まれた自己紹介だ。


「は、はじめまして!ティル・ベイリーです。よ、よろしくお願いします」

「ははは、そんなに緊張しないでくれよ。さ、外は寒いから早く中に入って入って」


ライオスに手招きされ、ティルは家の中へと足を踏み入れた。

温かい空気が凍えそうになっていたティルの手足を温めると同時に、部屋の奥から漂ってくる美味しい香りに頬を緩ませる。


「うちじゃ靴は脱いで、室内用のに履き替えるんだ。ティル君のはこれ、ってリンちゃん!靴は脱いでくれ!」


ティルを押し退けるようにして家の中に進もうとしていたリンをライオスが引き留めようとするが、料理の良い匂いに釣られたリンを留めるのは小人族には荷が重かった。

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