《研鑽せし冒険者》:目覚め‐閑話休題‐

 「ご苦労様。私はもう発たなくてはいけません。彼のことは頼みましたよ」


どこからともなく声が聞こえ、ティルが眠りに落ちた後の部屋に緊張が走る。

既にウォーロックとアレイア、リンは部屋から去っており、今後の事を話し合っているシエラ、リーエス、そしてフェアネだけがその声を聞いた。

三人は自然と胸部が圧迫されるような苦しさを感じ、自然と呼吸が早くなる。


「な、なぜですか……」


息を吐くようなかすれ声でシエラが言う。

恐れしらず、誰にも屈しないのを誇りとする獣人族ですら今はただ怯えている。


「気にする必要はありません、と言っても気になるのは仕方のないことですね」


声の主がくすりと笑う。鳥の囀るような、耳に心地よい笑い声だ。


「心して聞きなさい、小さき子らよ。世界の流れが変わり始めています。その流れは急で多くの街々を呑み込むでしょう。訪れる時代の移り目に際して、私たちは器を欲しています。その器を持ちうる存在が彼なのです。気に病む必要はありません、恐れる必要もありません。彼自身が選択し、進もうと決めた道です。あなた方は彼を育み、教え、正してあげて下さい」


部屋そのものが支配されているかのように、右から左から、天井から床から声が聞こえてくる。

慈愛に溢れたその声は消えたが、その存在がまだ部屋に留まっている事を三人は肌で感じていた。


しかし、言葉を発するものはおらず、そのまま時が流れる。

ややあって、謎の存在が魔法を与え始めた。


「日は沈み月が昇る、海は枯れ山は崩れる。理を越えた邪悪が近づいた時、力を湧き起こさせてそれを守れ。全ての元素の支配者たる私の言において、あなたに祝福と守りとがありますように」


それは魔法であり、予言であってその存在自体の願いでもあった。



言葉が紡がれると共に光の輪が現れた。

赤、青、茶、緑、黄、紫、白、黒、そして透明な輪がティルに覆い、消えてゆく。

幸せそうな顔で眠り続けているティルを見るに、呪いの類ではなく祝福なのだろう。


「あの……」

「静かに。今は寝かせてあげましょう。夜明けは近い、でもまだその時ではない」


風が通り過ぎるようにその存在は消え去り、後には普通の部屋にいる組合職員と冒険者達が残された。

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