《研鑽せし冒険者》:英雄談
美しき庭園地帯。王宮。
一組の男女が清流のほとりでビーチチェアに寝そべり、降り注ぐ陽光を楽しんでいた。細い川には小魚が泳いでおり、平和そのものを体現していた。
また、側に控えている甲冑姿の女騎士は微動だにせず、男女の側に控えていた。全てが緩やかに移ろう世界において唯一、静でいるのは強烈な違和感を放っている。
そんなことはお構えなしに女の方が桜色の飲み物に手を伸ばし、喉を潤す。
魔法的な効果なのだろうか。大粒の氷が二つ入ったグラスは結露しておらず、氷が溶けていく気配すらなかった。
のどかな静寂を破ったのは男の方だった。
「やはり、成長とは良いものだな」
開口一番、男がそう言う。
どこか懐かしさを感じているのか、穏やかな表情で続ける。
「身体的な成長より、精神的な成長の方が難しいとは思わないか。身体がどれほど卓越した、超人的な能力を身につけたとしても精神が幼ければ意味を成さない」
「そうでもないと思う。いくら知恵や知識を使っても解決できない問題がある。結局、力が全てを解決してくれる」
「だが、その力を制御するためにも精神の成長は必要なのではないかな」
「確かに精神と力の均衡が取れていないと力は暴力になる。けれど、どちらを先に選ぶとしたら、私は力にする」
そういうものかね、と男が言い会話はそこで途切れる。
男が片手を上げると女騎士が歩み寄り、片膝をついて男の要望を聞く。
一通り指示が下されると、女騎士は深々と一礼して場を離れていった。
「ああ、忘れないうちに言っておこう。近い内に、五人でノルド皇国に行く事になりそうだ。気軽な散歩になりそうにはないな」
「面倒」
「その気持ちも分かるが、避けては通れない要件だ。最近、魔晶石の価値が高騰しているのは知っているだろう。冒険者にとっては喜ばしい話しだし、現に街行く冒険者の装備が格段に向上しているのは間違いない」
「今では銀よりも貴重」
「そのとおり、ここまで魔晶石が高騰するのも久しいな。どこかの国が、もしかしたら複数の国々が魔晶石を大量に買い集めているというのを小耳に挟んだ。歴史を見てきた身として、大量の魔晶石の使い道なんて一つだけだ」
「もしかしたら、大きなお祭りをするのかも」
「……今のは、冗談か。そうなら笑うべきなのだろうが……」
気まずい沈黙と二人は形容できるが、女騎士がいたなら卒倒するに違いないほどの空気が辺りを占めた。
「分かってる、戦争でしょ。ノルド皇国に行くという事は、皇国が何かしらの事情を知っているからなのか」
「いや、あいつが円卓会議で暴れた件について言いたい事があるらしい。教皇直々の呼び出しだから、無視する訳にもいかないのさ」
面倒な仕事から逃れようと、女は頭を働かせて理由を考え始めた。
「要塞都市の警護は誰が務める。《ルベリオロス》が手痛い被害を受けた亜種はまだ討伐されていない。第一、団長殿が私に討伐を許可していればなんの問題も起きなかった。ただ、私を止めたせいで今の面倒な状況に陥っている。そう全ては団長殿……貴様の責任だ! フィオ!」
「ミシェル、少しは考えてくれ。《ルベリオロス》が他のギルドの力を借りると思うのかい。彼らにも面子があるんだ、それを尊重しなくては」
「はっ! 討伐に失敗した挙げ句、多数の負傷者を出して最上級ギルドとしての看板を汚したのだぞ。いくら亜種が出てこようとも、それを解決する力を持っているのが最上級ギルドという称号に相応しいギルドだと思わないのか」
先程までの少し舌足らずな様相とは打って変わり、髪の毛を逆立て、激怒したミシェルが胸の前で腕を組み、激しく抗議する。
椅子に立てかけてある己の獲物に視線を向け、すぐさま手に取れるように上半身を椅子から起こした。
「クリスティーナによれば、来週中には討伐隊が再編せされるそうだ。《ルベリオロス》のサブマスターが参加するらしいから、今回は流石に成功するだろう。だから、僕たちは安心してノルド皇国に行き、来る戦争を回避しようじゃないか」
「ふん、だが教皇が私達を呼び出したのは戦争の件ではないのだろう。時間の無駄だと思うぞ。第一、教皇が円卓会議の議題に口を挟むなんて私が議長を務めていた頃にはあり得なかったぞ」
「最近は教皇庁の力が増しているからね。場所によっては聖騎士が主となってモンスターを討伐しているそうだ。冒険者の数が年々、減少しているのも原因かも知れないけれども、また厄介な問題だよ」
それは兎も角、と男が続けた。
「教皇が招いてくれるとなると話が早い。いつもは僕らを恐れて、なかなか会おうとしない臆病者がようやく表舞台に出ようとしているんだ。僕一人で行くより五人で行くほうが格が出る。そこで魔晶石の流れや戦争の火種となりうる事象を根掘り葉掘り聞こうじゃないか」
すると、ミシェルがその若い容姿には似ても似つかない笑みを浮かべる。
「私の力が必要なのか」
「多分」
「まぁ、いい。私、ミシェル・トンプソンは団長殿の命令に従ってノルド皇国へ行くとするよ。でも、面白いことがあると約束して」
男が立ち上がり、服の皺を神経質に伸ばし始める。
ようやく服の皺が無くなると、近くにかけてあったロングコートを羽織り、歩き出した。
「退屈はしないさ……それより今晩はあれを食べないか。最近、ドワーフ製の最高級葡萄酒が手に入ったんだ」
フィオが天を指差し、グラスを呷る仕草をした。
指さされた方にミシェルは顔を向け目を細める。そして、太陽に影を落としているものを見つけてにんまりとした笑顔を浮かべる。
「脂が乗って美味しそう。テール肉は私が貰う。竜肉はクリスティーナの大好物。久しぶりに五人で集まろう」
「それも良いな。折角なら団員たちも集めて宴にする事にしよう。あの子が成長している事も祝うことにしよう。聞いていただろう、シューエル。他の団員たちを集めておいてくれ。今夜は盛大に祝おうじゃないか!」
丁度、飲み物を片手に戻ってきた女騎士の前から二人の姿がかき消え、ただクモの巣状に割れた地面だけが二人が実際に存在していた事を示していた。
女騎士が顔を上げ、天を見上げると、そこには紅竜と対峙する二人の冒険者が舞っていた。
冒険譚に出てくるような戦いも女騎士シューエルにとってたは日常的な光景だ。
むしろ、この日常を何とかして止めたいと考えているほどであった。
「誰がこの床を直すんですか……はぁ」
女騎士は諦めの溜息をつき、修繕と破壊を繰り返している床を見やった。
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