《研鑽せし冒険者》:戦闘②
「【ゴブリン】だ。【ゴブリン】は群れで移動する習性があって、冒険者に追い立てられた森に入り込んだんだ」
葉の影から見えた尖った緑色の耳を持っているモンスターなど、ここらでは【ゴブリン】と限られている。
「推奨討伐レベルは5から10。一体なら簡単だけど、数体だと厄介だな」
【ゴブリン】が群れる事を理由に推奨レベルに大幅なブレがあるものの、駆け出しを少し過ぎた辺りの冒険者、下級冒険者が主に討伐しているモンスターである。
先日、レベル10に上がったティルも数回、【ゴブリン】との戦闘を経験しており、動きは理解しているつもりだ。
「長期戦になれば僕たちが不利。短期で決着をつけよう。閃光魔法を使うから目を固く閉じておいて。僕がリンの腕を叩いたら、前の多い方から片付けよう」
以外にも冷静な判断を下す分だけの理性を保っていたティルが作戦を提案する。
リンはそれに首肯して同意すると、目を瞑る。
「〈雷の精霊よその輝きを与えたまえ、フラッシュ〉!」
眩い小さな雷光がティルの指先に浮かび上がると、炸裂して辺り一面を白日のように白くする。
術者であるティル自身には影響がないため、ティルはリンの腕を叩いた後に駆け出す。
大木を目指して疾走するティルは両手に剣を握り、後ろへ振り絞る。
―――〈フィジカル・ライズ〉はまだ使えない!
後ろにもいる【ゴブリン】の事を考えると、切り札をそう容易く使える訳がない。
「〈シャープネス〉!」
得物を鋭利に保つ魔法を施し、大木の影に隠れいる【ゴブリン】へ飛び込んだ。
剣が【ゴブリン】の肩を突き刺し、ティルはそのまま勢いを保ったまま【ゴブリン】の集団から離れようとする。
「……グッ!」
突然、目の前に何かが振り下ろされ、上半身を背けて避ける。
勢いを殺されたティルは状況を理解しよう数歩後ろに下がったが、背中側に気配を感じて素早く反転する。
案の定、ティルの後ろにいた【ゴブリン】が錆びた剣を振り回して近づいてきており、そこにいたら背中を切り刻まれていたに違いない。
肩を刺されたの、錆びた剣を構えているの、そして棘のついた棍棒を担いでいるの、見えているだけでも三体の【ゴブリン】がティルとの間合いを少しずつだが確実に詰めてきている。
「【ゴブリン】が武器を持ってるなんて……」
命の危険を直に感じたティルは声を震わせる。
今まで戦ってきた【ゴブリン】が武器を使っていたことはなく、鉤爪や噛み付くなどシンプルな攻撃を仕掛けてきていた。
【ゴブリン】の亜種である可能性が脳裏をよぎる。
「〈ヴォレンティス〉!〈イグニ〉!」
動揺し、足の止まっていたティルに襲い掛かった棍棒の【ゴブリン】を、拳に火を宿したリンが殴り倒す。
「硬い」
驚愕すべきことに、【ゴブリン】は棍棒でリンの攻撃を受け止め、威力を殺しきれずに後方に吹っ飛んだものの、傷一つなく立ち上がる。
棘が拳に刺さり、血を流しているリンが初めて痛みの表情を見せれる。
―――僕は何をしているんだ!
硬直していた身体を叱咤激励し、ティルは最初に肩を刺し通した【ゴブリン】に切りかかる。
負傷した肩では得物を持てないのか、素手で応戦しようとした【ゴブリン】の脳天に剣を突きつけ、絶命させる。
血が吹き出すことはないが、より人間に近い【ゴブリン】が甲高い鳴き声を上げて倒れる様はあまりにもおぞましい。
「〈イクト〉!」
棍棒を持っていた【ゴブリン】の頭を吹き飛ばしたリンは鬼の形相で最後の【ゴブリン】に飛び掛かった。
殴りの連打を食らわせた後、足払いで剣を落とさせる。
「ハアッ!」
空いて腹にティルが剣を走らせ、それが致命傷となった【ゴブリン】は地へ伏した。
「後は後ろだけ!」
だが、いける、と感じたティルの期待感は一瞬で裏切られた。
殺気を感じ取り、リンの手を引いてがむしゃらに前方へと転がると、先程まで二人がいた場所を紫色の雷光が走り抜ける。
明らかな魔法攻撃だ。
「【ゴブリン】が魔法?いや、【ゴブリン】じゃないのか!」
剣を握り直し、低い姿勢を維持していつでも回避できるように保ちながら、視線を素早く走らせるが低木が視界を遮り、【ゴブリン】かモンスターの姿を直接捉えられない。しかし、草を掻き分け、こちらに進んでくる音が聞こえる。
「このまま走って逃げるよ。遠距離攻撃に当たらないように、ジグザグに」
魔法を使う【ゴブリン】などシエラから聞いたこともないし、読むように指示されていた本にすら載っていなかった。
万全の準備をしたとしても何が起きるのが分からないのが冒険者稼業である。
武器を所持している【ゴブリン】がいるという時点でも十分すぎるほど異常だが、魔法を使うのはティルの理解の範疇を越えている。
「いくよ。3、2、1、走れええええええ!」
ティルの号令と共に二人は草むらから飛び出して、一気に獣道沿いを走る。
死物狂い、という言葉が適切な全力疾走である。
背中からはモンスターの唸り声が聞こえ、時折、耳元を魔法が通り過ぎる。
「あと、ちょっと!」
これまでにないほどの速度で疾走しているティルが息も絶え絶えに、しかし喜びに満ち溢れて言った。
ここを抜ければ冒険者が大勢いる狩場だ。
申し訳ないが、他の高レベルの冒険者にこのモンスターを討伐してもらうしか、今のティルには手立てがない。
「あぐっ……!」
その時、すぐ横を走っていたリンがティルの視界の端から消えた。
慌てて足を地に突き刺し減速して、何事が起きたのかを確かめる。
「うぅ」
リンが右足首を押さえるようにうずくまり、押さえている右手から微かに血が溢れ出ている。
「歩ける⁉」
剣を引き抜き、何秒後かにはその姿を現すであろうモンスターからリンを守るように、ティルが立ちふさがる。
「少し、だけなら」
回復魔法や治癒魔法はヒーラー系の職業を主としていない場合、習得するのは非効率的とされ、ティルを含めた大勢の冒険者は自身にかけるための、擦り傷程度を癒やす治癒魔法しか使えない。
「このまま真っ直ぐ進むんだ。そうしたら狩場に出る。他の冒険者に助けを求めて」
「で、でも……ティルが……」
「大丈夫、僕は半亜人だよ。ドワーフの血のお陰で身体は丈夫だから」
笑みを浮かべ、ティルが答えた。
「早く!減痛魔法を使えるなら、忘れずに!ほら、行った!」
戸惑っているリンに発破をかけ、先を急がせる。
それでも迷っていたリンだが、残ったとしても足手まといになるのに気づいたのか、
血の流れる右足を引きずりながら駆けていった。
「……大丈夫」
浅くなっている呼吸を整え、迎撃体制を取る。
恐らく走っているであろうモンスターの速度を利用し、まずは一体を安全に処理したい考えのティルは、木の陰に身を潜める。
その直後、五体のモンスターをティルは捉えた。
「【ゴブリン】……でも、アーマーを着ている」
目の前にある光景が信じられない。
革製で傷んでいるものの、一体の【ゴブリン】がアーマーを着用しているのだ。
それに加えて、他の一体は人間の魔術師が持っている物と酷似している杖を抱えている。
あの【ゴブリン】が魔法を使ったとでも言うのだろうか。
「まだだ……ギリギリまで」
そして、遂にその時がやってきた。
【ゴブリン】が木の前を通り過ぎる直前、ティルが一団に襲いかかり、厄介そうなアーマーを着ている【ゴブリン】の首を切り落とそうとする。
だが、角度が悪かったせいか剣が途中でとまってしまった。
「〈火の精霊よ、燃え盛る太陽の恩寵を与え給え、イグニ〉!」
ティルの剣が燃え上がり、【ゴブリン】が苦悶の表情を浮かべた。
「〈インパクト〉!」
先程、剣に施した〈エンダランス〉と〈インパクト〉の効果が相まって、やっとの思いでティルは【ゴブリン】の首を根本の肉ごと削ぎ落とした。
しかしその間、事の成り行きを見守っているような優しい連中ではない。
魔法を使う【ゴブリン】と斧や棍棒を抱えた【ゴブリン】が一斉に飛びかかり、ティルの四肢を断とうとする。
反射的に攻撃を躱すことはできたが、空を走る雷の直撃をまともに食らったティルは片膝をつく。
筋肉や神経が痙攣し、脳が麻痺したような錯覚に陥る。
激しい心臓の鼓動が耳にまで聞こえ、脈打つ血管がはち切れそうな程にまで血を循環させる。
「ふんっ!」
突き出された剣を払い除け、地を転がるようにして【ゴブリン】から距離を取る。
すかさず飛んできた紫色の光を回避した後、狙いを魔法を使う【ゴブリン】に定めてティルんが突進する。
「ああああああああああああああああああ!」
振り下ろされた棍棒を左腕で受け止め、再び杖を振るおうとしていた【ゴブリン】の両手を切り落とす。
流れるような動作で胸に二度、剣を走らせると【ゴブリン】は動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
恐らく、骨が砕けたに違いない。
思うように動かない左腕の事は忘れ、残った三体の【ゴブリン】に意識を集中させる。
簡単な突進攻撃はもう通用しないだろう、とティルは感じていた。
この【ゴブリン】は今まで戦ってきたのとは何かが根本的に違う。
仲間と連帯を取ろうとする同族意識、奇襲を試みる知力、そして魔法を行使する魔力。
一体目は無傷で倒せたが、二体目を倒す時に左腕を持っていかれた。
毎度、身体のどこかを使用不能にされては痛みで動けなくなってしまう。
「はあああああああ!」
地面を蹴り上げた事により土埃が舞い、【ゴブリン】がティルの姿を見失う。
おおよそのモンスターの位置を記憶していたティルが見えない【ゴブリン】へと剣を突き刺す。
手に感じた確かな手応えを頼りに再び突き刺すと、悲鳴に近い声が聞こえた。
「あと、二体!」
土埃が舞い落ちる前にもう一度、という思いを胸に、次は大雑把な横薙ぎで【ゴブリン】の位置を把握しようとしたその時、右脇腹に鋭い痛みを感じた。
「うぐっ……」
左後方へと逃げなければ危ないのは分かっている。
しかし、激痛のあまり身体が動かず、剣を持つこともままならない。
「……ッ!」
脇を見下ろしてみると、そこには小さな矢が深々と刺さっていた。
それを射ったであろう【ゴブリン】を探そうとするが、視界がぼやけてしまう。
「ガルッァァ!」
低い唸り声を上げた【ゴブリン】が棍棒を天高く掲げ、ティルへと振り下ろした。
なんとかそれを既に使い物にならない左手で受け止めるが、衝撃に負けてティルは両膝を地へと着けた。
剣を持った【ゴブリン】もすかさず切りかかってきたが、最後の力を振り絞ってそれをやっとの思いで払いのける。
痛みに荒れた呼吸を落ち着けようとするが、再び掲げられた棍棒や突き出される剣に恐怖を感じてしまい、更に呼吸が乱れる。
―――ああ、死んだ。
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