《研鑽せし冒険者》:戦闘①

 その、二時間前。


マグノ・ヴィアを進み、要塞都市カストラの大門を通り抜けて豪華な宮殿地帯へ入ったティルとリンは決めておいたとおり、リンの戦闘スタイルを知るために【メヒモス】を狩っていた。


ティルの予想通り、リンは殴る蹴る何でもありの近接戦闘を主体としており、ティルが差し出した剣には目もくれなかった。


硬化魔法〈ヴォレンティス〉、そして筋力増強魔法〈ヴィリブス・アンプリファイ〉を併用しており、拳と足を硬化した上で筋力を増幅させているので、殴りや蹴りに重みが増している。


現に、ティルが苦労していた【メヒモス】の外殻を粉砕するほどの威力を持っており、まともに喰らえば骨が折れてしまいそうだ。

なにより、


「すごい、相手の動きを見切った上で近接戦闘に持ち込んでる。【メヒモス】の突撃を躱してから、次の一撃を繰り出すまでの速度が早くて目に見えない」


単調だが、凶悪な【メヒモス】の突撃をひらりと避け、その避け際に確実にダメージを与えている。

防御と攻撃を同時に行うのはティルにはできないことだ。


「〈イクト〉!」


リンがそう吠えると右手が輝き、【メヒモス】の身体を貫通させる程の威力で拳が打ち下ろされた。


「聞いた事も呼んだ事もない魔法だな」


全ての魔法を知ることなど、到底不可能だ。

エルフの長がその長い人生を魔法研究に費やしたとしても、魔法の深淵を覗けはしないだろう。

それ程までに魔法とは奥が深く、人間種程度では解明できない真理がある。

だから、ティルがリンの使用している〈リクト〉を知らなくとも無理はない。


「簡単な増強系だろうけど、攻撃は放つ直前に土霊系の魔力を感じる。魔法の効力が極端に短い分、詠唱が殆どないのだろうか」


再びリンが〈イクト〉を叫び、四体目の【メヒモス】を粉々にする。


「ありがとう、リン。【メヒモス】じゃ君の相手は務まらないね」


息も上がっておらず、汗一つかいていない所から察したティルが手を上げてリンを呼び止める。

涼しい顔でリンはそれに応じると、魔法を解除した。


「怪我はない、手を見せて」


素直に差し出された手を見るが、きめ細かい肌には傷一つなかった。


「服も破れないのか。リンの魔法は身体だけじゃなくて、身体に接触している物まで硬化しているのかな」


散々、蹴りを繰り出していたはずだが靴やズボンにも戦闘の跡はなく、朝、服を着た時と同じ状態を保っていた。


「あ、あの……」


もじもじとリンが身体を動かし、何かを訴えかける。


「やっぱり、手が痛むの。ダメージが蓄積されていたりするのかな?」


見た所、異常はないのだが、医療に関しては全くの素人である自分が判断を下すのはまずい、と考えたティルが続ける。


「耐えられないほどの痛みになったら教えて。そうしたら、都市に帰って軟膏を……」

「はず……かしいです」

「買ってあげる……恥ずかしいってどういう意味?」


リンの羞恥を称える瞳を見つめ返し、己の手を見下ろしたティルは状況を理解し、神域の速度で手を離した。


「ご、ご、ごめん! ただ心配だったから! ほんとにごめん」


気まずい沈黙が二人の間に降りる。

ウォーロックがいたならば冷やかし、シエラならば目をときめかせたに違いないとティルは考え、猛省する。

恐らく、数分が経過した後、ティルがようやく口を開く。


「つ、次は【トルトル】でも良いんだけど【ゴブリン】を二人で討伐しよう。【トルトル】だと練習相手にもならない気がするんだ」


離している途中から落ち着きを取り戻したティルはリンにそう提案した。

リンがモンスターの種類を把握している事はないだろうが、知識を伝える必要がある。


「【ゴブリン】て一言で言っても沢山種類がいるんだ。あ、こっち側に進もう、近道だから」


今から狩場へ行く冒険者と満身創痍になり都市へ帰還する駆け出し冒険者たちが行き交う大きな広場の外れにひっそりと隠れるようにしてある獣道をティルが指差す。


「暗い」

「大丈夫、道は知ってるから案内するよ」


薄暗い森へと続く道が不安感を煽るが、既に何度も獣道を使っているティルにとっては日常だ。


「分かった」


冒険者達から奇怪な視線を向けられながらも、二人は広場を横切り、獣道に入った。

モンスターが生まれるエリアは〈アーティファクト〉が定めているが、基本的に変わることはない。


そのため、狩場と呼ばれる場所があり、そこ以外は安全というのが一般常識である。

ティルは冒険者になって初日にシエラからその仕組を教わって以来、できるだけ人目につかないように生活するために、このような抜け道などを使ってるのだ。

時折、遠方からモンスターの唸り声や冒険者の雄叫びが聞こえてくるものの、モンスターや人はおろか、生物を見かけたことがない。

人々が森に近づかないのは迷子になった際、面倒だからなのではと検討をつけているティルは警戒した様子もなく、森を突き進んでいく。

対象的に、リンは足元で折れる枝の音や擦れる砂利の音に毎回驚き、ティルから離れないよう、しがみつくようにして何とか歩いている。


「平気だと思うよ。モンスターが出れば全力で逃げるつもりだし」


怯えているリンを宥めるように、ティルが優しく声をかけた。


「……」


それを聞いたリンは若干安心したのか、ティルと距離を取る。

数多の木々に生い茂る葉が陽光を遮っているせいか、獣道の脇には雑草しか生えておらず、不毛の地とまではいかないが、何とも言えない寂しさを感じる。


「それにしてもさっきのリンの戦闘、見入っちゃったよ。あの魔法や武術は誰かに教えてもらったの?」


黙々と木々の間を進むのも味気ないと思い、ティルが話題を提供する。


「人のを見て、覚えた。教えてもらってない」


感情の抑制されたいつものトーンでリンが返答する。


「見て覚えたんだ。でも、いいな〜、そういう事をしてくれる人がいて。有名な冒険者で職業を魔法剣士にしている人がないせいで、僕のは完全に独学なんだよね。あ、でも、フィオっていう凄い人が魔法剣士ってシエラさんが言ってたっけ」

「フィオ?」

「確か《ディアマンテ》のギルドマスター、じゃなくて団長をしている人なんだ。それで凄いのがね、フィオていう人と同じギルドのメンバーが昔から生きてる『英雄』なんだって! 『五大英雄』なのかは流石に怪しいけど、『英雄』を嘘で名乗る人はいないと思うから本物だと思うよ」

「怪しい……?」

「うん。だって、『五大英雄』が初めて吟遊詩人の語るお伽話に登場したのはもう千年も前のことなんだ。いくら『精霊竜』を討伐して、暗黒時代を終わらせた『英雄』だからって、千年は生きられないよ」

「千年……はどれくらい?」

「んー。多分、リンは僕と同い年か一つ二つ違う程度だよね。僕たちの年齢分をあと五百回生きたとしても、千年には届かない。これで分かるかな」

「分からない」


その後もリンが質問し、それをティルが答えるという不思議な会話が続いた。


リンの知識欲は凄まじく、知らないことがあれば何でも知ろうとし、そしてティル自身も教えたり伝えたりする事によって知識力を深めていった。


「それで……ッ!」


すると突然、リンが質問を途中でやめて、森の奥を睨みつける。


「ど、どうしたの」


リンの向いている方向に目を凝らしてみても、何も感じられないティルが聞く。


「いる」


短い答えだが、それで十分だ。

獣道でもなく、ただ鬱蒼とした森の中にいるのが人間種な訳がない。

もしかしたら動物かもしれないという希望的観測がティルの脳裏をよぎるが、油断は大敵である。

すぐさま抜刀し、魔法の準備をする。


「リンが前、僕が後ろ。危なくなったら交代。僕が逃げてって言ったら全力で来た道を戻って」


小さな声で簡潔にティルが指示する。


「どこだ」


五感を集中させるが、不意遭遇戦の経験がないティルにとって索敵は難しい。


「あそこらへん」


何かの存在に気づいているリンが、大木の陰を指差す。

大木に纏わり付くようにして群生している植物が邪魔してそれの招待を確かめられないが、植物が不自然に揺れたことにより、ティルは何者かを認知した。


「低い。それの身を隠して奇襲しようとする知能。マズいな」


リンがいち早く何かを察知していなければ二人は奇襲されていたに違いない。

総合的に考えても、今のティルとリンでは対処が難しいモンスターだろう。

また、森という環境が二人の状況を悪化させており、それの種類や数が分からない状況では果たして逃亡が最良の選択肢であるのかすら分からない。


「他は」


己の判断だけでは情報不足なため、再びティルが問う。


「前に沢山と、後ろにちょっと。あとは分からない……」


「後ろにもいるのか」


慌てて後ろを振り返り、リンと背中合わせになったティルは全神経を集中させて、もはや敵と認識した何かを見つけようとする。

見渡していた森の一角に違和感を感じたティルはそこを凝視し、ようやくそれが何であるのかを知る。


「【ゴブリン】だ」

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