《修行中の半亜人》:日常②
普段、夜にしかウォーロック天然酵母店を訪れないティルにとって、朝の賑わっている店を見ただけで引き返しそうになる。
だが、ここまで来る間、既に幾度となく激しい主張を繰り返している少女のお腹は限界を迎えている。
行き慣れていない店にわざわざ行くより、親交のあるウォーロックを頼ったほうが合理的であると判断をしたティルは重い足を引きずり、店の扉を開ける。
「いらっ……ボウズ、朝方に来るとは珍しーな、おい!」
想像していたより客数の少ない店内に安堵し、ティルが少女の手を放す。
これまで無心で握り続けていたことを思い返して顔が熱くなる。
「それに可愛い嬢ちゃんの連れがいるんか、珍しいな」
可愛らしい女の子の手を握ってティルが店に入ってきたのだ。
多少、ウォーロックの口調がからかい気味になるのも頷けることである。
「お腹ペコペコなんですけど、朝ご飯に丁度良いパンってありますか」
壁際にいるヒューマンの老夫婦が何やらお互いに囁き合い、顔をしかめている。
それを視界の隅に追いやると、焼き立てパンの値札をチェックする。
どれもお手頃価格だが二人分になると考えると何もないはずの懐がさらに痛んだ。
「それなら厚切りベーコンとレタスのサンドウィッチ、もしくは砂糖を少し使った菓子パンなんてどうだ。まぁ、菓子パンつっても、もどきだがな」
ガハハハと相変わらずの調子で大口を開け、大笑いするウォーロックがティルの心に平静さを与える。
しかし、ウォーロックが指さした菓子パンを見てまた心臓の鼓動が早くなる。
「砂糖って、本物の砂糖を使ってるんですか!」
ティルが驚くのも無理はない。
砂糖を含める香辛料は滅多に手に入る代物ではなく、月に数度、遠方から遥々やってくる行商人から一グラム数万ディネロで購入する以外、方法がないのだ。
一部の人々にしか入手できない嗜好品である。
それをパンに使いでもしたら……
「ハハハハハ! 本物の砂糖なんて使っちまったら数十万はくだらない額になっちまうだろうが!ハチミツを結晶化させて、それをまぶしているんだよ」
「でも、ハチミツだって……」
「ちょっとしたツテがあってね。今日は安くしとくから全部持ってけ!」
三百ディネロと書かれている札を百五十とウォーロックが書き換える。
「さすがに悪いですよ……」
三百ですら破格だというのに、百五十にしたら元など取れるわけがない。
ウォーロックの好意にこれ以上甘えるわけにはいかないと思いつつ、ティルは熱くなった目頭をひたすら押さえる。
「おいおい、泣いてんじゃねーぞ! 男が女々しくしてんじゃねーよ」
大きな手をティルの頭に乗せ、ガシガシと撫でながらウォーロックが言った。
それを見ていた少女が何を思ったのか、ウォーロックのもう片方の手を持ち上げ、自分の頭の上に乗せる。
「お前もか! よっしゃ、俺に任せな!」
わしわし、と頭を撫でながら少女は溶けたような笑みを浮かべた。
それはそれは、もう、砂糖よりも甘い笑みだ。
と、ティルは勝手に上がりそうになる口角を必死に押さえつけながら考えていた。
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