《見習いの半亜人》:全ての始まり

 同刻。とある建物内の地下室。


白いタイル張りの床、白い漆喰の壁と天井。

机、椅子、花瓶とそこに生けてある薔薇さえもが白く、その部屋の主人が持ち合わせている趣味が偏ったものである事がすぐに分かる。部屋自体が発光しているかのように輝き続け、瞼を透過して光が差し込んでくるほどまでに強烈だ。


部屋に唯一備え付けられている、これまた白いペンキで塗られた木製の扉が開き、白装束に身を包んだ男たちが引きずってきた麻袋を床に放り投げる。


麻袋の中から呻き声が聞こえ、よく見ると白い麻袋の至るところに赤い斑点がある。


一人が扉を厳重に施錠している間、もう一人が麻袋の首をキツく締めている紐を解き始める。幾重にも施された呪いや魔法を手際よく解呪すると、麻袋を持ち上げ、逆さまにして中身を”取り出した”。

鈍い音と共に性別不詳、種族不詳の何かが床へと落ちる。


目立った外傷は無いものの、衰弱しきっているのかその瞳からは生気が感じられず、どこか違う次元にいるように遠くを見つめている。

男がそのほっそりとし、今にも折れそうな腕を乱暴に掴むと、椅子まで引きずりそこに座らせる。


扉を閉じ終わった男がどこからともなく茶色の小さな長四角の物体を取り出すと、脇に抱えていた皿にそれを乗せる。

すると、その物体は煙を上げて徐々に膨れ上がり、煙が無くなる頃にはパンの形をした何かになっていた。何か、というのも色合いが汚らしく、とても食べられた物には見えなさそうだからである。


男が皿を机の上に置くと、腹を空かせていたのか何かは夢中になってパンに喰らいつき、動物かの如くパンを嚥下する。

男たちがその食事を冷めた目で見つめいた時、眩く輝いていた部屋が突如、闇に満たされる。


「なんだ! どういうことだ!」

「〈ルミナス〉!」


男が光を灯そうと魔法を唱えるが何も起こらない。


「ルーデル、部屋の光が消えたんじゃない! 私達の視界が何者かに妨害されているんだ! 〈サイト・エヴィデンシア〉!」


光を灯すのではなく視界を得る魔法を唱えたと同時に目に入ってくる眩しすぎる室内灯に思わず瞑る。

魔法が効いた事を悟った男はすぐさま、机に縛り付けたそれを確認しようと手をのばすが、そこにいるはずの物がない事に気が付き、顔面を蒼白させた。


「ヴァイス! あいつが消えた! 早く、応援を呼べ!」


ヴァイスと呼ばれた男が一瞬の内に状況を理解し、応援を呼ぶために魔法通話を始める。


ルーデルは応援を待つこと無く、解錠されているドアを跳ね飛ばして外へ駆け出て、地上へと続く階段を登る。


ルーデルとヴァイスの視界が奪われていたのは、ほんの数秒の出来事だ。あの弱りきった身体ではそう遠くへ逃げられない、と考えていたルーデルの自信は階段を駆け上がるごとに無くなっていき、焦燥感が身体を蝕む。


この件はあの方から直々に命じられた極秘実験の一部だ。

もし、あれが外界の明るみに晒されれば、あの方に留まらず世界中の同胞にまでも迷惑がかかる。


自分の命だけでは済まされないであろう。


昨日、二歳になったばかりの娘の顔を思い出しつつ、ルーデルはついに最後の段を踏み、外へと飛び出た。

青白く光る月がルーデルが成した所業を裁いているかのごとく彼を照らし、真実を白日の元に晒そうとしていた。

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