《見習いの半亜人》:夕餉

 ティルとシエラ、そしてリーエスを含めた三人は美味しい食事に舌鼓を打ちながら様々な話題に花を咲かせていた。シエラが受付で働いている最中に起きた珍事や、リーエスが戦闘中に体験した出来事などなど。


話しは脇道にそれながらも逸脱することはなく、和気あいあいとした雰囲気のまま夜は更けていった。

お客さんが全てはけてからはソーイやその夫、マグノルも食事に参加し、デザートに差し掛かった所でシエラが真剣な表情である事について切り出す。


「最近、教皇庁から面倒な依頼が多く入ってきているのニャ。機密事項だから詳しくは話せないけど、豪華な宮殿地帯にいる特定のモンスターを徹底的に狩ってほしいなんていうヘンテコな依頼から、希少なモンスターのドロップアイテムを優先的に買いたいっていう依頼まであるニャ」

「それって組合の規則に反していないの。冒険者組合は何時如何なる状況になろうとも、特定の国家に所属してはならない、っていう文言があったでしょう」

「そうなのニャ。教皇庁のトップである教皇はノルド皇国を司っている方ニャ。凶悪な悪魔の出現や神災に備えて教皇庁が要塞都市にはあるけれども、組合に対して指図できる権限はないのニャ」


ノルド皇国とは要塞都市カストラの北側に位置している国だ。

神が唯一無二の支配者である、という名分をもって国を治めてはいるが、実質的には教皇が国の全てを取り仕切っており、宗教と国が融合しているのが現状である。

さらに、教皇は神聖魔法の使い手でありレベルは最低でも70以上であるという噂がある。皇国にいる誰もが教皇を止められなくなっている。


「でも、シエラ。組合はそんな教皇庁の横柄な態度を断ればいいんじゃないの。組合は規則に遵守するだけだし、何も問題じゃないでしょ」

「それが、なぜか組合はこの依頼を受けたんだよね。上層部の考えている事は分からないけど、今回の件は冒険者たちからも疑問の声が上がっていて、今度の円卓会議でも議事として取り扱われるの……ニャ」


姉の前だと気が緩むのか、いつにも増して語尾が存在感を失くしている。


「ギルド会議、とは何ですか。ギルドが集まって開く会議というのは分かるんですけれども」


リーエスやソーイは目をぱちくりとさせ驚き、マグノルは表情を変えずにお椀にスープをよそってはいるものの、興味があるのか意識をティルへと向けている。

じゃっかん、居づらさを覚えたティルは身じろいだ。


「ティル君はここに来てまだ数か月も経っていない新米ニャ。リーエスはギルマスとしてそこらへんを気遣ってあげて欲しいニャ」

「あら、そうだったのね、ごめんなさい。ギルド会議がどういうものか……」


暫くリーエスは考えた後に答える。


「ギルド会議は一般的に個人ギルド間で行われる連絡や情報交換の場を指すのよ。でも、円卓と呼ばれる場所で行われるギルド会議、通称円卓会議だけは意味合いが違ってくるの。円卓会議に参加できるギルドは最上級ギルドの全て、他は各階級のギルドからくじ引きで二つずつ選ばれて、各階級を代表する形で選任されるようになってる。円卓会議は五年に一度だけ開かれて、五年の間に発見された出来事や起こった事件などについて話し合い、ギルド指針というものを打ち出すの」

「ギルド指針?」

「各ギルドが共同体として何を目指すのかを書いた文章のことよ。基本的な事は毎回変わらないのだけれども、たまに超大型モンスターの討伐を目標として定めたり、冒険者の質の向上などを書いたりする年もあるは」


リーエスが額に手を当てる。


「えーと、何の話しだったかしら……そうそう、円卓会議が今度開かれるっていう話しよね。円卓会議に参加できる最上級ギルドは要塞都市だけに留まらず、世界中で活躍している一級の冒険者を大勢抱えているギルドなの。だから、その決定事項や話し合いの結果だけで世界の情勢が大きく変わるほどの影響力があると言っても過言ではないわ。だからこそ、教皇庁の一件に関する円卓会議の決定事項によっては皇国とギルド間での軋轢を生むかもしれないわね」

「そういう事ニャ。特に円卓会議に参加する《ルベリオロス》、《ディアレスト》、《セリーヌ》は兄弟ギルドが世界各地にある程、大きなギルドニャ。そしてなんと言っても、五大英雄が取り仕切る《ディアマンテ》が参加することが大きいのニャ」


話しを横から掻っ攫われ、眉を上げて抗議するリーエスを無視し、シエラが続ける。


「普通、五大英雄の方々自らが円卓会議に参加することは無いニャ。《ディアマンテ》が雇った人を代理人として参加させているニャ」

「それって、規則的に大丈夫なんですか」

「本当はダメなのニャ。でも、《ディアマンテ》のメンバーは文字通り、世界中を飛び回ってモンスターを討伐したり、国単位の問題を解決しているニャ。《ディアマンテ》の不参加は特例として認められているけど、納得していないギルドも多いニャ」


何かを思い出したのか、シエラが深い溜息を吐くが、すぐに明るい口調に戻る。

そこには内部のドロドロとしたいざこざが感じられ、ティルはあえて突っ込まないように気をつけることを記憶した。


「でもニャ、今回の教皇庁の議題、ある意味誰も触れられないような禁忌、教皇庁や冒険者組合で巣喰う人を炙り出すかのような……」

「シエラ、落ち着きなさい。あなた、組合で働いているんだから滅多な事は口にするもんじゃないよ」

「……と、とりあえず、誰も今まで取り上げてこなかった議題を持ち掛けたのがあの《ディアマンテ》なのニャ。しかも、副団長であるクリスティーナ・デン様が直々にサインしていることから、五大英雄から最低でも御一方が円卓会議に参加することは確定なのニャ!」


興奮したのか早口になり、耳を垂直に立たせているシエラに戸惑い、問いの視線をリーエスに送る。

するとリーエスがティルの方へ身を乗り出し、耳打ちする。


「シエラはクリスティーナ・デンの大ファンなの。なんでも一度お会いしたことがあるらしくて、それ以降ああいう感じなのよ。私は会った事すらないから、分からないんだけどね」


だから様付けなのだろう。


「それじゃあ、円卓会議に参加した人は五代英雄と直に会えるんですね」

「そうなんだニャ、ティル君! 君は本当に良いところに気がつくニャ! 最上級ギルドの幹部たちでさえまともに顔を合わせたことのないような大物ニャ! クリスティーナ様は年に一度、年明けのギルド会合に代表として出席されているけれども、他の方々のお顔を知っている冒険者は殆どいないニャ」

「でも、ここに住んでいて普通にモンスターを狩っているんですよね。それなら、狩場で顔ぐらい見る機会はあるんじゃないですか」


やれやれ、とシエラが首を振り、お手上げと言わんばかりに両手を上げる。


「《ディアマンテ》の幹部たちは全員が仮面を着けているニャ。それぞれの御方々の代名詞ともなっている獅子、狐、像、馬、猫を形取った仮面は有名ニャ。今日だって、お面が出店に売ったのを見なかったニャ」


そう言えば、動物のお面がよく店先で売られていた事をティルは思い出す。

それほでに民衆の中に浸透し、尊敬を勝ち得ている五大英雄ディアマンテ

ティルトは程遠い存在だが、興味がそそられる。


「デザートの焼きプリン。新鮮な卵を使った」


会話が一呼吸ついた所でマグノルが大きなプリンの乗ったお盆を抱えてくる。

カラメルソースが満遍なくかけられたプリンは黄金色に輝き、もう水すら入らないと呻いていた胃が道を開け始めた。

夜はまだ続きそうだ。

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