《見習いの半亜人》:エーデルシュタイン①

壁にかけられている鏡で自分の身だしなみを確認し、黒青色の髪が跳ねていないことや服が乱れていないことを確認する。


「シエラ、ベラグレスさんがいらっしゃったよ」


扉を開けたのはシエラの姉ソーイ。

片手に水が並々と注がれたコップを三つ載せたお盆を持っているにも関わらず滑らかな動きで部屋へと入り、コップをテーブルの上に並べる。

その後ろから部屋に足を踏みれた人物を見て、ティルの記憶が揺さぶられる。


「ッ......!」


あの夜、そうウォーロックの所で出会った女のヒューマンが今正に目の前に立っている。

ウェーブのかかった若葉色の髪を背中まで垂らし、碧玉のように輝く瞳を楽しげに揺らしながら、ソーイと談笑している。

笑みを浮かべる度にできる笑窪が印象的な人である。

そこでティルは思い出したかのように、アレイアを探す。

昨日の今日で更に今だ。

だが、開いている扉から誰かが入ってくる様子はなく、アレイアが一緒ではないことが分かり、胸を撫で下ろす。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


シエラの熱い抱擁をソーイは身を翻して躱し、部屋から退散する。

自分を抱きしめるような形で立っていたシエラが顔を赤らめて席へと戻り、一つ咳払いする。


「お二人共、今日はありがとうニャ。ティル君のレベルが上がったお祝いとギルド加入の相談を兼ねてのお食事会ニャ。ティル君、こちらは《エーデルシュタイン》のギルドマスターであるリーエス・ベラグレスにゃ」


先程、ソーイが言っていたのは名字の方であるため、ソーイとリーエスはあまり近しい中、少なくとも友人ではないようだ。


「そしてリーエス、こちらがティル・ベイリー君ニャ。私が今、ここ要塞都市カストラで一番推している冒険者ニャ!」


一番という言葉に気恥ずかしさを覚えつつも、リーエスの方から差し出された握手に応える。ティルがクオーターであるのは気づいているだろうが、一切の忌避感を覚えずに差し出された手はティルにとって、とても温かいものであった。


「シエラに紹介された通り、私の名前はリーエス・ベラグレス。《エーデルシュタイン》のギルマスよ。趣味は……って、さすがに名前と所属だけでいいかしら」


耳障りの良い、いかにもお姉さんといった感じの声音。

妙に甘ったるく、猫っぽいシエラとも、棘のあるアレイアやおっとりとした口調のソーイとも違う別種の声。


「あ、えと、あの。ティル・ベイリーです」


続ける言葉が見つからず、耳まで赤くなりながらティルが顔を俯ける。

その様子を見ていたシエラが何を勘違いしたのか人の悪い笑みを浮かべるが、リーエスの方を見やると困惑した表情となる。

ティルだけならまだしも、リーエスまで両手の中に顔をうずめて悶ているのだ。

二人を交互に観察しているシエラだけが部屋の中で唯一、生きているかのように微動だにしない二人であったが、ようやく何かから解放されたのかリーエスが顔を上げる。


同じ頃、ティルも覚悟を決めて両目でシエラとリーエスが座っている丁度、中間の辺りを見つめて心の冷静さを取り戻す。


「ふ、二人共。何があったニャ」


純粋なシエラの疑問に再び顔を俯けるティルト顔を横に振るリーエス。


「もう、何でもいいけど話が進まないのは困るニャ。ご飯食べた後にギルドの話はしようと思っていたけど、こんな空気じゃお姉ちゃんのご飯が美味しくなくなるニャ。リーエス、《エーデルシュタイン》について言いたいことはあるかニャ。ティル君がどういうギルドなのか知るためにニャ」


手で顔を扇ぎ、口を水で濡らすとリーエスが簡単な説明を始める。


「《エーデルシュタイン》は今年作られた新しいギルドでメンバーは私と……ティルくんも昨日会ったと思うけど、アレイアっていうエルフの子で二人だけよ。《エーデルシュタイン》はただ強い冒険者を目指すだけじゃなくて、人を助ける冒険者を目指す人が集まっているところよ」

「助ける……」

「ティルくんも知っているとは思うけれど、毎年、低レベルの冒険者が講習も受けられずに地帯へ出て、大勢が再起不能な負傷や最悪の場合戦死しているの。私はその現状を危惧している冒険者の一人で、《エーデルシュタイン》は駆け出しを応援できるようなギルドにしたいと思っているの、けど……」

「けど……」

「そのためにはやっぱり、駆け出しを導けるような、憧れの的と為るような存在が必要なのよ。それで、あなたを見つけたというわけ。具体的にはシエラからティルくんの事を聞いたんだけどね」


導く。憧れ。

それはティルとはかけ離れ過ぎている言葉だ。


「で、でも僕はクオーターなんですよ!誰も僕に憧れなんてしません、むしろ気味悪がられるに決まってる!」


シエラが悲しそうに瞳を潤ませるが、今のティルがそれに気づく余裕はない。

「違うよ。クオーターだからこそなんだよ」


しかし、リーエスの答えはティルの考えを凌駕するもので、思考を停止させるには十分な爆弾であった。


「エルフの魔力、ドワーフの頑強さに加えてヒューマン特有のバランスの取れた身体能力。周りはティルくんに何か言うかもしれないけど、それは全部、嫉妬」

「嫉妬」

「そう。世界最強と謳われる『英雄』たちと同じ領域にもしティルくんが足を踏み入れられたら、先天的な魔力や身体能力が優れているティルくんのほうが単純に強い。それは今のレベルでも通じること。だから周りはティルくんに散々、罵詈雑言を浴びせてティルくんが同じ土俵に立たないようにしてるんだよ。だってもし、ティルくんが成長して強くなったら、彼らが間違っていたことになる。クオーターや混血は劣っている存在なんかじゃないってことが証明される」


街行く人々の心のない言葉が思い出され、胸がつかえ、黒い霧が心の奥底で唸りを上げる。だが不思議と、リーエスの言葉を聞いている内につかえは降り、霧が晴れる。

しかし、ティルにとって最後の念押しは必要だ。

どんなに鬱陶しがられようと、これだけは言わねばならない。


「僕のせいでギルドに迷惑がかかるかも、いやかかりますよ。そうしたら、リーエスさんが描いている低レベルの冒険者を助けて応援したいという夢は潰えてしまうかもしれないんですよ」


するとリーエスが笑みを浮かべ、あの笑窪を浮かべる。


「それはティルくんが将来、責任を取ってクオーターが忌むべき存在じゃいことを証明してくれると信じてるから」


大胆、いや丸投げな答え。

それでいて、とても心地の良い、胸の奥底にまで届く言葉だ。


「それ、ひどくないニャ」


シエラもその顔に笑みをたたえながら、リーエスの腕を両人差し指で交互につつく。


「僕の責任ですか」


とても、重大なことだ。

けれども人に責任を負わせられるという事に、普通ならば嫌な事にありがたさを感じる。

それはリーエスがティルを信頼している証拠であり、自分の夢を賭けてまで信じ切っ

ていくれている優しさだ。


「そのとおり、ティルくんの責任。でも、安心して。その責任の半分はギルドマスターである私が途中まで手伝ってあげるから」


私が半分の責任を負ってくれるのではなく、手伝ってくれる。


「それにティルくんは絶対に強くなる。ここにいる誰よりも強くなれるよ。私はそこに自分の人生を賭したんだから、ちゃんとお釣りが貰えるぐらい回収させてよね、私の掛け金」


人の悪いウィンクをし、リーエスが茶目っ気たっぷりに言った。

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