《見習いの半亜人》:エーデルシュタイン②
これにはティルも苦笑いし、コップを口へ運ぶ。
《エーデルシュタイン》は良心のあるギルドだ。
人員は少なく、日もまだ浅いが目標がしっかりとしており、将来性がある。
ティルがクオーターと知った上で受け入れてくれる優しさや、ティルを仲間と認めてくれる信頼感がある。
自分のためにも迷うべきではない、とティルの片方が囁き。
周りのためにも入るべきではない、とティルの片方が嘯く。
だが、自分がギルドに加入し、仲間と共にパーティーを結成してモンスターを狩っている情景を思い浮かべると、胸が高鳴ってしょうがない。
激しい戦闘の後に一息つき仲間たちの無事を確認する自分の姿。
困難を乗り越えた暁の絶景を眺めて涙する自分の姿。
何でもない事で笑い合い、涙を流し、怒りに身を悶えさせる。
時には優しく、時には厳しい仲間たちと続ける冒険者どんなに楽しいことだろうか。
「リーエスさん」
「……」
ティルの表情を見て、リーエスは全てを察する。
「僕を……ティル・ベイリーを《エーデルシュタイン》に加入させて下さい。一人の冒険者として、ギルドメンバーとして《エーデルシュタイン》で自分が成すべきことを成します」
深々と、机すれすれまで頭を下げるティル。
「ティル、もう同じギルドメンバーなんだから頭なんか下げないで」
コンコン、と扉をノックするようにティルの頭頂部が揺らされる。
顔を上げると翡翠のようなリーエスの瞳がある。
だが、今回はその瞳から逃れること無く、しっかりと見つめ返すことが出来た。
「やったニャ!まさか、ティル君が二つ返事でオーケーを出すなんて思ってもいなかったけど、本当に良かったニャ!」
何故か両頬を濡らし、ずびずびと鼻を啜りながら泣いているシエラがリーエストティルの頭を両腕に抱えて言った。
「ちょっと、シエラ〜。あなたの汚い鼻水が私の洋服につくじゃない」
ケラケラとリーエスが笑い、つられてもティルも笑う。
ここ数日、激動の日々を思い出しながら。
リーエスに顔を拭いて貰っているシエラを眺めていると、ふと部屋を満たしている雰囲気が変わっている事に気がついた。リーエスやシエラからとは思えない重圧感がある、意識すればするほど、それはさらに強まっていく。
コールタールのように重く、胸骨が物理的に押しつぶされていく感覚に襲われる。
上手く呼吸ができず、脳が麻痺したかのように思考を拒否する。
(誰かに……見られてる)
呼吸を荒げ始め、焦点の合わない瞳で部屋を見渡しているティルに不信感を覚えたリーエスが何事かと声をかけようとした時、扉がノックされる。
その音で我に返ったティルは水を全て飲み、意識をハッキリとさせる。
すると、先程まであったまとわり付くような重圧感は消えていて、代わりにソーイが運んできた料理の香気が部屋を支配する。
「おお、丸ごとチキン!私の予算内でどうやって用意してくれたのニャ」
チキン、鶏肉を含めた肉類は要塞都市では貴重品だ。
要塞都市内で畜産をするのは困難なため、全てがマグノ・ヴィアを介して運搬されてくるのだが、傭兵を雇ったり長い旅路を踏破するための食料や必需品などに多額の費用がかかるため、割高となっている。
給料の良い組合職員であるシエラだとしても、簡単に出せるような金額ではないのだ。
「とある方から小包が届いて開けたら保存魔法がかけられた鶏肉が入っていたの。小包の中には手紙が入っていて、ティル・ベイリーのレベルアップ祝賀会用って書いてあって、料理費も一緒に入っていから、持ってきたんだけれども。私はてっきり、ベラグレスさんが送って下さったのかと」
「私は送ってません……シエラのお友達か知り合いじゃないの」
「ええ、私の知っている人で他人に鶏肉を丸々一つ遅れるほどお金を持っている人はいないニャ……」
オーブンで炙られて黄金色の焼き色がついている肉に光の筋と共に流れ落ちる肉汁。
差出人不明の鶏肉、されど肉。
「送り主はベイリーさんだから。どうするかはベイリーさんが決めるべきね」
唐突にソーイから指名され、動揺を顕にするティル。
迷いは一瞬だった。
「折角ですし、頂きます。でも三人じゃ食べきれないと思うので、ソーイさん家族で半分どうぞ」
丸々と大きなチキンだ。表面はカリッと焼かれており、上にはハーブが乗せられている。香気が部屋に充満し、食欲を激しく刺激している。
こんなご馳走は三人で食べきれずに処分されるのはあまりにも勿体ない。
「で、でもお客様のお皿に私が手を付けるなんて……」
「お姉ちゃん、大丈夫ニャ。でも、もしそんなに食べないって言うなら私が全部一人で食べちゃ……」
「そう、なら頂こうかしら。ベイリーさん、ありがとうございます」
「い、いえいえ。今日は個室も用意して貰ったことですし、遠慮なさらないでくださ
い」
切り分けてきますね、と言い残しソーイが部屋を去る。
するとコック帽を被ったソーイの夫が部屋に次々と料理を運んでくる。
湯気の上がるスープにパン、そして根菜中心のソースがこれでもかというほどかけられているパスタ。
どれも食指を動かし、喉を鳴らさせる。
「ごゆっくり、お楽しみ下さい」
コック帽の男が目尻に皺を寄せ、ティルを見やる。
無言の祝福を受け取ったティルの心は、この都市に来て初めて満たされ、溢れていた。
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