《見習いの半亜人》:魔法剣士

 帰り道、ティルもまた思考の海に沈み込んでいた。

二日間にかけて、三度も出会ったアレイアに運命を感じているのではなく、要塞都市のあり方や特定管理区域という存在そのものについて考えを巡らせていた。


今までは、要塞都市は冒険者に衣食住を提供する代わりに彼らの武力を求め、管理区域は魔物を生み出すとともに魔晶石を人々に恩恵として与えるという、途切れることのない一連のシステムとして考えていた。

しかし、アレイアを含めた冒険者組合や要塞都市は特定管理区域の表面上の問題のみならず、根底にあるシステムを解明しようとしている。

原因不明、理解不能。

そう言われ、半ば諦めかけられている特定管理区域の究明と解決を目的に冒険者として生きているアレイアはまるで―――。


「おい……おい!換金するの、それともしないの」


換金所で魔晶石の鑑定を行っているドワーフの老女に呼ばれて、自分の番が回ってきたことに気がつく。立派なあごひげを蓄えており、一見すると男に見えるが、ドワーフの中では男女関係なくひげを伸ばすらしい。

注目を集めた恥ずかしさに身を縮こませながら、空いた場所へと進む。


「見せてみな」


そう老女に促され、胸ポケットから六つの小さな紫紺色の魔晶石を取り出し、カウンターの上に並べる。老女はそれを手に取り、計り皿の上に置くと数字が銀色の針が細かく震えてちょうど六のところに合わさる。


「品質はまぁまぁだね」

「はい」

「こんな小さな欠片、すぐに燃え尽きちまう」

「……はい」

「六〇〇〇ディネロだよ」


思わず、目を剥く。

単純計算でいえば、一つあたりの金額が一〇〇〇ディネロという事になり、先週より二倍近い値がついたのだ。

どういう事かと銀貨を六枚も受け取りながら戸惑っていると、老女がその無言の問いに答えてくれる。


「どこの国も手当り次第魔晶石を買い集めてるもんだから、値段が高騰しているんだよ。庶民が手に入れづらくなるから、議会が買い手を落ち着かせようとしているんだけど、奴さんらは値段を釣り上げてまで買いたいらしくてね」


すると、ティルに顔を近づけ、声を潜めつつ老女が言う。


「こりゃ、戦争が始まるね」


はっ、とティルが顔を上げる。

魔晶石はありとあらゆる物の動力源として使われている。

魔法の代わりとなりうる兵器はまだ世界には存在していないが、魔法を使用した兵器なら既に存在している。

特定の魔性使用者が行使した魔法を増幅させる装置や、複数人の魔性使用者が同調してより強大な魔法を使うものまである。噂によれば都市一つを破壊する究極的な魔法を再現することも可能だそうだ。

大量の魔晶石が必要になってくるシナリオの結末を想像するのはとても容易い。


「せ、戦争ですか」

「決まったわけじゃない。私の勘だよ」


怯えた表情をしたティルをそれ以上怖がらせないためか、老女が勘という抽象的な言い方をする。

が、


「私の長い人生で、この勘が外れたことはあまりないね」


ヒェッヒェッヒェッ、と気味悪い声を上げる老女に対してティルは絶句するしかなかった。


***


 中央噴水広場は普段から大勢の人や獣人で賑わっている。

その内訳の大多数を冒険者が占めるものの、各施設の職員、観光客なども大勢いる。

そのため、五つの巨大施設を取り囲むように食料品や雑貨、衣類、消耗品などの店が立ち並んでいるのだ。


月に二度、議会から許可を得た人々が中央噴水広場に露店を開けられる時があり、今日がまさしくその日なのである。

先着順ではあるものの、いつもは横丁で商いをしている人々が中央噴水広場で商品を売れる機会を無駄にするはずがなく、広場は無数の露店で占拠されていた。


牛、豚、兎、馬、などの様々な肉に加えて得体のしれない大きな肉塊を売っている精肉屋。買ってすぐに香辛料の串焼きにしてくれるのが一番の売りだ。


負けじと魔法によって鮮度の保たれている色々な種類の魚を売りさばいている魚屋。生で魚を食べる文化のある国からきた冒険者が嬉々として魚を選んでいる。


また、遠く離れた地から買い付けてきたと思われる不思議な品々を勧めている商人。

武器に呪いの道具、嘘か本当かは分からない宝の地図まである。


常日頃からモンスターの恐怖と戦っている人々が羽を伸ばし、財布の紐を緩めて、このお祭りを楽しまないはずがなかった。

それには無論、ティルも含まれていた。


「そのプロテクター、普段なら二万はするけど、今日はカッコいい冒険者様のために八千にしてやるよ! こっちは大損だけど、お客さんは大成しそうな冒険者様だから先行投資ってやつだな!」


大口を開けて笑うドワーフに勧められるがまま、両脛と片腕を守れる三つに分かれているアーマー思わず手に取ってしまう。

おそらくは普通の金属に何かを混ぜて作ったようなアーマーだが、手の感触から伝わるその頑丈さにティルは思わず目を見張った。二万ディネロというのはかなり盛ったのであろうが、普段なら八千では買えない代物だろう。


若干、重量はあるものの、そこは付与魔法で〈軽量化〉を施せば問題ない。

銀色の下地に紅色の模様が描かれたプロテクターは沈みゆく太陽のお陰で、燦然と燃え盛っており、ティルの瞳を引きつけた。


「盗品じゃないんですよね」


最も懸念している事をティルが口にすると、ドワーフの笑い声が不自然に止まる。


「お客さん……店前で滅多なこと、口にしちゃいけねーよ。俺はまだ寛容な方だからまだしも、ブチギレた店主に心臓を貫かれちゃ、人生勿体ねーだろう」

「し、心臓……」


確かに失礼な事を言った自覚のあるティルは素早くドワーフに頭を下げ、プロテクターを返した。


「それにしても、お客さんは冒険者様だろうが、何の職業なんだい。見た感じ装備は直剣だけで、それでいて軽騎士や戦士みてなーナリじゃねぇ。盗賊ていうわけでもないんだろう」


答えるのを躊躇うが、恥ずべきことではないとティルは自分に言い聞かせる。


「ま、魔法剣士です」

「……」


あんぐりと口を開け、有に数秒は呆けていた店主が、今日一番の大声で笑い始める。


「ま、魔法剣士だって!この冒険者が増えまくった時代で珍しさを出したいのは分かるが、よりにもよって魔法剣士だなんて……はぁはぁ……笑いすぎて息ができねー」


筋肉で盛り上がった胸に手を当て笑いを落ち着かせ、最後に水を一口飲んでようやく店主は笑いやんだが、その口角はまだ上がっている。


「いや、すまね。笑うつもりじゃなかったんだけどな」


顔を赤く染め上げているティルを見て罪悪感が湧いたのか、頭をポリポリと掻くドワーフ。


「べ、別に大丈夫です。自分でも馬鹿な事をしていると分かっていますので」


見ず知らずの人に笑われたかといって今更だ。

知っている人より、知らない人に馬鹿にされる方が心に応えない。

それに自分が一番理解しているつもりだ。


「そんな事はねーぞ」


先程まで全否定していたドワーフの店主が突然、ティルのフォローを始める。


「いいか、誰でも夢を見る権利はある。現にお客さんみたいな若いので魔法剣士を選ぶやつは少なくない」

「そ、そうなんですか」


魔法剣士はかなりマイナーな職業だ。

組合で冒険者としての登録をしようとすると、駆け出しはまず戦士職や騎士職などが勧められる。


魔法的才能が既に開花している者には魔法職などを勧める場合があるそうなのだが、大概は戦士職を選び、剣や斧などで戦っているうちに自分の適性職業を見つける。

その後、近接ならば剣技を、中距離ならば弓、遠距離職ならば魔法の修練を積み始めるのだ。


それらの過程で剣技に魔法を絡めあわせたり、弓に炎などの属性を付与する者がいたり、アレイアのように近距離にも対応すべく、短剣などを会得する者もいる。

では、なぜ魔法剣士職はマイナーなのか


「魔法剣士は二つを一気に習得しようとするからな。結局、どっちも物にできない。剣も中途半端で頼みの魔法も単純な付与魔法だったりする。これがあれば、どんな難局でも乗り越えられるっていう奴を持ってない。お客さんはどうだい」


ティルには〈身体強化〉という諸刃の剣がある。

だが、冒険者としてそれはどうなのだろうかと度々考えている。

一度きりの戦闘で行動不能になろうような魔法に頼り切ってても良いのだろうか。

危険はいつ、どこからでも無慈悲に襲いかかってくる。

その時に戦えないので待って下さいは通用しない。


「ぼ、僕は……」


何も答えることのできないティルを見て、ドワーフの店主がプロテクターを持ち上げる。


「お客さんが右手で剣を握るスタイルだと仮定すると、左手はいつもガラ空きなわけだ。それでお客さんは左手を盾代わりにしようと、これを見てたんだろう」


図星。


「それじゃ魔法剣士じゃなくて、ただの剣士だよ。いいか、本当の魔法剣士っちゅうのは右手を振れば剣撃が飛び、左手を鳴らせば大魔法を呼ぶ、そうじゃなきゃいかん。ただ剣を振るだけなら誰だってできるからな」


剣撃に大魔法。

どれもティルからかけ離れた物だ。


「どうしても、魔法剣士に詳しいのですか。僕は一度も魔法剣士の冒険者に出会ったことがなくて……」


まだ都市に来て一ヶ月ほどではあるものの、ほぼ毎日のように組合へ行き、特定管理地域で狩りをしているのだ、見てきた冒険者の数は多い。

それにも関わらず一度も同職の冒険者に出会ったことがなく、今もまだ手探りの状態で魔法剣士としての立ち回りを模索しているのだ。

付与魔法を使えば良いという考えに至ったのも、拳闘士の冒険者が仲間の術士に拳を硬化させる魔法を与えられてるのを見てからに過ぎない。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ、お客さん。冗談がすぎるぜ」

「冗談のつもりではないんですけど、何かご存じなのですか」


すると店主は未知の生物でも見つめる顔つきになり、ティルは反射的に身構える。


「俺をあいつらと同じにして欲しくないんだが、お客さんはエルフとドワーフのハーフですかい」


あいつら、とは《ルベリオロス》かそれとも他の過激な思想の人々なのか。


「あとヒューマンです…でも、僕の両親は二人共ヒューマンで、家族も全員ヒューマンなんですよ。信じられないでしょうけど」


この話を信じてくれたのはシエラだけだ。

あのウォーロックでさえ未だに半信半疑な所があるのだ。


「その話はあまり踏み込みませんけど、お客さんは最近まで都市外に住んでいたと」


首肯する。


「それなら知らないもしょうがないですな。《ディアマンテ》っちゅうギルドはご存知でしょう」


今朝、シエラと話していた会話の中で最強のギルドとして出てきた事を思い出す。

博識で言葉を大切にするシエラが「最強」という安直な言葉を使って説明したほどだ、物語に出てくるような冒険者が集ったギルドだろう、とティルは勝手に考えていた。


「そこの団長さん、いわゆるギルドマスターやな、は魔法剣士なんですぜ」


確か、団長を含めた最高幹部たちのレベルは……


「魔法剣士でレベルの頂点まで上り詰めた人がいるっていうんですか!」

「そういうことですぜ。最初はあの方を真似て魔法剣士なんて粋がっている奴らもいたが、中途半端な火力しか出せない魔法剣士なんかでパーティーに参加することなんてできやしないし、レベルの上がりやすい大型モンスターの遠征討伐にも加われない。あの方が最高レベルに到達してから数ヶ月で真似してる奴らは殆ど消えたな」

「殆ど……」


この都市に、同じ冒険者の中に魔法剣士がいるのなら、会ってみて、話をしたい。

そして願わくば、魔法剣士としてなすべきことを問いたいと考えるティルに返ってきた事は悲壮なものであって。


「生きて帰れなかったやつも大勢いた。そりゃそうだ、慣れない職業に変換していざ戦いに行けば、剣にも魔法にも重きを置けない戦闘を強いられる。それでも未来を信じて戦ってた奴ら全員が散っていったよ」


一時期は魔法剣士職を廃止にしようという声が組合まで上がった程に悲惨だった、と店主が過去を思い返し、悲しい表情で語った。


「……それでも、僕は魔法剣士職で冒険者になります」


店主は頑として譲らないティルに呆れつつも、興味が湧く。


「どうしてお客さんは、そこまでして魔法剣士職に拘るんですかい。脅すつもりはないが、諸々を天秤にかけても割に合わない職業ですぜい」


ティルは生唾を飲み込み、シエラにも話せていない己の過去の一部を明かそうとする。


しかし、その時、広場にある大時計が鳴り響く。


「あ!」


今朝、シエラとした約束の時刻である十八時を告げる鐘の音だ。


「す、すみません、お話中に! 今はお金持ってなくて……で、でも、人と約束してるので、後でまた来ます! その時、このプロテクターが売れ残ってたら、買わせて下さい!」


この都市に来て初めて人と会う約束をしているというのに、時間に遅れるとは由々しき事態だ。


「おうよ、けど売れちまっても恨むんじゃねーぞ」


ガッハッハ、と笑うドワーフの店主を後にし、ティルはモンスターから逃げるよりも速い速度で、人々の間をすり抜け、組合まで疾走する。

戦闘中に酷使した関節や筋肉が痛むが、それを気にしている余裕など一切ない。

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