《見習いの半亜人》:再会

 「集中できない」


四体目となる【メヒモス】を無傷で狩り終えた時、思わずティルが呟いた。


要塞都市に来た当初、様々なギルドを行き巡り、加入申請を出しては弾かれ、出しては弾かれを繰り返していた。仮に運良く書類が通ったとしても、一目見ただけで直ぐに追い返される日々はティルにとって残酷すぎる毎日であった事をよく覚えている。


そのため、シエラが話していた《エーデルシュタイン》というギルドや話題には上がったが聞くのを忘れていたフィオ・デ・カータという人物が気になり、戦闘に身が入らないのだ。


「今日はもう少し奥まで行ってみようかな」


周囲にいたモンスターはあらかた狩り尽くされ、他のパーティーも移動を開始した。

既に四体狩れたので帰ることも考えたのだが、シエラにプロテクターを買うと約束してしまった手前、いつも以上に頑張ればなるまい。

という理由もあり、モンスターを求めて辺りを彷徨さまよい歩ていると、森の中に怪しい赤色の輝きを見つけた。モンスターの目ならば暗褐色に光るだろうし、人工的な光源がここにあると聞いたことはない。

植物の緑や茶色の単調な世界で、赤色の何かは惹きつけられたティルは、歩を向ける。

そして、その正体はすぐに分かった。


「果物……リンゴかな」


春夏秋冬、全く実りのない呪われた木々の中に一本植えられているリンゴの木。確実に誰かが、人為的に植えた物だろう。

それにしても、


「美味しそう」


実りの秋だ。

赤い球体には光沢があり、瑞々しさが見ただけでも感じられる。

昼前のこの状況、食べるなと言う方が無理な話だ。

それに、もしこの木が誰かの物だろうと、ここは特定管理区域。要塞都市が管理はしているものの、誰の所有物でもない土地だ。

そこに植えられているリンゴの木から、リンゴを食べたとしても何の罪に当たるのか。


「頂きます」


ティルの手の届く範囲に実っているリンゴに手を伸ばし、枝からもぎろうとした時、後ろの茂みが揺さぶられる音が聞こえた。

音から遠ざかるように素早く前進し、茂みの中に身を伏せる。

次第に接近してくる何かに全神経を研ぎ澄まし、剣に手を伸ばして臨戦態勢に入る。


―――頼む、こっちに来ないでくれ。


その願いは悪い意味では裏切られ、良い意味では聞かれることとなった。

茂みから現れた何かはフードを被り、弓を背中に背負っているためモンスターではないのだろう。

何者かは軽快な足取りでリンゴの木へ近づくと、躊躇なく実を幾つか収穫する。

その際、枝がフードに引っかかり、その素顔が顕になる。


「ア、アレイアさん」


鮮明に記憶している昨晩の出来事。

笑みを浮かべながらリンゴの実を眺めているアレイアの姿はティルの知っている彼女ではないが、これがアレイアの本当の姿なのかもしれない。


「誰!」


鋭い聴覚を有しているエルフがティルの呟きを逃すはずがなく、ティルの隠れている茂みへ誰何する。

このままでは弓で射られるか、短剣で刺し通されると感じたティルは、慌てて茂みから両手を宙へ上げ飛び出す。


「ああ、またあなたなの」


弓へと伸びかけていた手を降ろし、冷めた目つきでアレイアが言う。


「ここで、何してる」

「何をこんな所でしていたんですか」


被った。


「それは私の台詞よ。ここは、私が組合から許可を受けて、実験を兼ねてリンゴを栽培している農場よ。そこに見ず知らず……でもないけど、部外者が勝手に立ち入るなんて、不審者として切り伏せられてもしょうがない事よね」


アレイアの手が短剣に伸びかけたので、ティルは大慌てで言い訳を始める。

几帳面そうな性格だ。刃もその腕前も鈍らだとは考えられない。


「ちょ、ちょっと待ってください。第一、ここがアレイアさんの農場だなんて僕が知るわけないでしょう」

「知らなかった、で済まされるのなら都市警備隊はいらないのよ」


追い打ちをかけるように投げられた言葉はティルを更に慌てさせるが、その反応に満足したのか、アレイアの表情が和らぐ。


「これが、気になったんでしょう」


すると、リンゴを一つ差し出す。

小動物のように怯えながらもティルはそのリンゴを受け取る。

見た目より重量感のあるリンゴに驚きつつ、アレイアの短剣が届く範囲から少しずつ外れようと動き始める。


「気にならないの、なんで私がここでリンゴを育てているのか」


今すぐ立ち去りたい気持ちを何とか抑え、ティルが数回頷く。

気にならない、という意味の首肯であったものの、それを気になるという意味に捉えたアレイアが説明する。


「よろしい、特別に私が説明してあげるわ。四つの特定管理のことは勿論知っているはよね。豪華な宮殿、燃える砂漠、輝く湖畔、そして美しき庭園。それぞれが特徴的な地形をしていて、育っている植物や生息しているモンスターが地帯によって大きく変わるのよ。要塞都市カストラはこの呪われた地帯に周りを囲まれているせいで食料自給率が著しく低いの。借りにマグノ・ヴィアが破壊されたら、供給網が滞ってしまう。そうしたら、食料を巡って冒険者たちが争いを始め、力のない市民が虐げられてしまうという事態に陥る可能性があるわ」


分かる、と問われるが、ただティルは首を縦に振ることしかできなかった。

力ない市民と漠然とした表現だがアレイアの瞳は真剣そのものだ。


「だから、私はレベルの低いモンスターしか生息していないこの地帯で、どうにか食物を育てられないかを考えているの。このリンゴがその実験第一号で、今日が初めての試食なんんだけれども、あなたにその権利を上げるわ。感謝しなさい」

「あ、ありがとうご……いやいやいや、危なくないんですか」


手に持ったリンゴをまじまじと見つめる。

先程まで美味しそうに見えていたリンゴが、人体に影響のある物質を含んだ代物にしか見れなくなってくるから不思議だ。


「毒成分を中和する魔法があるから、安心しなさい」

「で、でも……」


アレイアの腕が背中へと伸び、弓を掴む。


「三百メートル先まで届く魔法の火矢……味わってみたいのかしら」


脅迫罪で訴えられたら勝てそうだ、と思いながら、半泣きになったティルは観念して一口齧る。


感触はあのリンゴと全く同じだ。

シャリッとしてた食感に、水分豊富な実。

すぐに口全体に甘味が広がっていく。

味も…リンゴだ。


「甘い……」


だが、何かが普通のリンゴとは大きく違う。

味も食感も違わないのに、リンゴという果物に何かが足されているような感覚に陥る。

そして、この良く知っている感覚は、


「魔力が補給される……のかな」


戦闘で魔力を切らしかけているティルですら僅か程度に感じるほどだが、枯渇しかけていた魔力の泉に水滴が何滴か落とされたかのような感覚だ。

すると、そこまで傍観していたアレイアもリンゴを袖に擦りつけて汚れを落とし、小さな口へと運ぶ。


「少しだけど、魔力が回復している。回復薬や万能薬のような劇的な効果はないけれども、染み渡るような感じで身体中に魔力が巡るのが分かるわ」


アレイアの冷静な分析を聞きつつ、確かにその通りだとティルは思う。

暫くの間、二人の間ではリンゴを咀嚼する音だけがあった


「ここの事は他言無用よ。私は組合にこの事を報告して、組合が発表するかどうか判断する。ただ発表すれば、世界が注目することになるはずよ。今まで食物から魔力の回復が可能だという報告は私の知る限りでは無いわ。もしかしたら、大地とモンスターとの関連性の解明に繋がるかもしれない。それに地帯そのものの……」


しっかりと釘を刺されたティルに背を向け、アレイアが何事かを考えている様子で立ち去った。

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