《見習いの半亜人》:デート①

 約束の時間には遅れてしまったが、シエラが裏口前で待っていないことを安堵しつつ、乱れた衣服や髪を整えるために鏡を探す。

ちょうど目の前にあるショーウィンドウに反射している自分を見て、ここらでは珍しい黒髪に指を絡ませた。


若干、青みがかった黒髪と瞳。

髪の隙間から見える、少しだけ先端にかけて細くなっている耳。

そして、服の内に隠されている靭やかな筋肉を有している肉体。

どれもティルの両親がティルに与えてくれたものだ。

だが時折それが、どうしようもなく憎らしくなってしまうことがある。


「ティル君、お待たせ。仕事が思ったより長引いちゃって、ごめんね」


嫌な感傷に浸るよりも早く、救いの手が差し伸べられた。

可愛らしく頭をペコリと下げたシエラの頭部にある猫耳に触りたくなる衝動を抑えつつ、ティルが笑みで返す。


「いえいえ、僕もギリギリ来た所で、今日どこに…!」


言葉を途中で切ったティルを不思議に思いシエラはティルの顔を覗き込むと、そこには顔を赤くしている少年がいた。


「ふっふっふ〜。どうしたの、少年〜。なんで、お顔が、赤い、のかニャ〜」


わざとらしく区切りつつ、ティルが頬を上気させる原因となったそれを揺さぶる。


「シ、シエラさん!そ、そ、それは!」

「ん〜、これのことかニャ〜」


そう言うとシエラがスカートを掴み、綺麗な動作で一回転する。

フワリと花の香りが辺りを満たす。


「私服なんだけど、気に入ってくれたようで、なによりニャ。味気ない制服に慣れている男子にはちょっと刺激が強すぎたかもしれないニャ」

「もう……勘弁してくださいよ」


茜色のロングスカートに、胸元が大きくはだけた白いブラウス。

組合の地味めな色合いの制服とは違い、薄紅色の髪に純真で乳白色の肌がいつもより際立っていて、物語から飛び出してきた国のお姫様をティルは連想する。


「さっきから、どこを見てるのニャ〜。はっ、ま〜さ〜か〜、私のお……」

「わーわーわー!早 く行きましょう! 僕お腹過ぎすぎて倒れそうなんですよ!」


姫という麗らかな幻想を一瞬で打ち壊し、脳の回線をショートさせるほどティルを茹で上がらせようと放たれかけたシエラからの凶弾、もとい一言を辛うじて止めることに成功した。

このまま主導権を握らせては何があるか分からないと察したティルはすぐさまシエラの手の小さな手を握って動き立とうとしたところで停止する。


「きょ、今日ってどこのお店に行くんでしたっけ」


そういえば、集合時間と場所を聞いただけど、どこに行くのかを聞きそびれていた。


「あれ、言ってなかったニャ。今日は私のお姉ちゃんがその旦那さんとやっているお店に行くのニャ!」


シエラに姉がいた事に驚きだが、お互いの交友関係について話し合ったことがないので当然のことだろう。

むしろ、家族が近くに住んでいるのは自然なことだ。


「お姉さんがいらしたんですね」

「私より五歳も年上のしっかり者ニャ。小さな頃から家事全般が得意で、将来はレストランを開きたいって話してて本当に開いちゃった凄い姉なのニャ」

「レ、レストランなんですね。僕、こんな服装なんですけど大丈夫なのでしょうか」


一度、父親と一緒に村から町へ出た時、居酒屋で食事をしたことがある。

その時は父のような村の生産品を売りに来た人や、炭鉱や何やらで働いているむさ苦しい男で溢れかえっているような店だった事を覚えている。

だが、品の良い私服に身を包んだシエラと日頃の戦闘でくたびれているティルとではあまりにも違いがある。


「ん〜、私のお姉ちゃんは気にしてないと思うニャ」

「で、でも……」

「気になるなら、普通に町へ出ていく時に着るを服を何着か買っておくニャ。服は無くならないし、持っていて困ることもないニャ。今日は市場で祭もやっているし、お姉ちゃんにはお店に十九時に伝えてあるニャ」


まさか、


「シエラさん、もしかして最初からこの流れに持ってこようとしてました」


ティルが何も言わずとも、シエラはきっとティルを誘導して服を買うように仕向けたに違いないと、ティルは思い始めていた。

事実、まるで目的地を既に把握しているかのような足取りでシエラが先を行く。


「え、いや、そんな事ない…ですニャ。あ、ここを右ニャ」

「……」


そっぽを向き、耳を忙しなく動かしながらシエラが口笛を吹く。


「まぁ、いいです。服もいつかは買わなきゃと思っていたので。僕が貧乏であると知っていながら買う事を勧めるってことは、シエラさんは安くて良い服を売っているお店、知ってるんですよね」


すると、シエラが満面の笑みを浮かべ、親指を立てて言う。


「お姉さんに、任せなさいニャ!」


いや知ってるんかい、という無粋なツッコミは心に大切にしまい込む。

そして声をあげて笑う。笑わずにはいられない。


「何が面白いニャ」

「い、いえ別に……本当に何でもないんです」

「ヒューマン特有の笑いのツボでもあったのかニャ。やっぱり、ヒューマンは変なやつが多いのニャ」


腹を抱えて笑いすぎるあまり、足に力が入らなくなって地面に突っ伏したティルの横でなにか釈然としない面持ちでシエラが立っている。


もし、人に優しくしようとするけど素直になれないのが猫人族の特徴なのですか、と聞いたら怒るのだろうか。

そんな想像を次々と膨らませていくと笑いを抑えるのが難しくなる。


この人には敵わない、ティルは心底そう思ったのだった。

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