《駆け出しの半亜人》:パン屋Part2

突然、店に現れた怪しい冒険者の二人組に対してウォーロックが店主として対応する。だが、その肩が少し震えているのは気のせいだろうか。


「お、お客様。当店はしがないパン屋でして、お二がお買い求めになれるものは無いかと思います。それにローブを取っていただけないでしょうか。裾に武器を忍び込ませる輩がいるのような世の中ですので......」


雰囲気に呑まれていたティル含める客人より先に、ウォーロックがローブの二人組に言った。だが、何も聞こえていないのか、小柄な方が陳列棚へ歩み寄ると、パンをバスケットの中に放り込む。

エルフとその連れのヒューマンは数歩後ずさりし、静かに様子を伺っている。


「ああ、パンが目的でしたか……って、お客様?」


ウォーロックが動揺するのも無理はない。

小柄なローブがバスケット二つが一杯になるほどまで、パンを入れているのだ。

この地域に住み、この店を訪れる客がそんな大金を持っているなど考えられない。


「会計を頼む」


女性の声だろうか。

くぐもっていてよく聞こえなかったが、ウォーロックに投げられた声音は確かに女性特有の高めのトーンであった。


「合計で……一万二千ディネロになります」


いちまんにせん。

ティルが一日で稼げるのが三千ディネロ、そして実際に使えるのが半分以下である。

この二人は一日で三万ディネロ以上を稼いでいる冒険者ということなのだろうか。

レベル30以上になると、一日三万ほど稼げるといわれており、この二人がレベル30以上であることは明確だ。

しかし、


「お客さん達からは、ちとヤバい匂いがするんですよ。こういっちゃなんですが、あんまし関わりたくはない......冒険者の方々ですかね」


ウォーロックが金貨一枚と銀貨二枚を受け取りながら、問う。


「ああ」


それに対する答えは簡潔なもので、必要以上の情報を与えないものだった。

抑制された声音のせいで、それが真実かも定かではない。


「それにしては、物騒な格好ですな。まるで今からどこかに押し入る賊のようだ」


武器を携行しているようには見えないが、拳闘士、マーシャル・アーツを会得している冒険者も多々いる。

大柄なローブの方が一言も喋らないのが、不気味さを増し加えていた。


「店主」


ローブから問いかけ。


「何でしょうか」


すると、ティルからは見ることができないが、小柄な方がローブのフードを少しだけめくり、顔を見せている。


「あ、あ、貴方様は……」


その素顔を見たウォーロックは驚きのあまり喘ぎ、椅子に倒れ込む。


「関わるな」


既にフードをおろしていた小柄な方がウォーロックに冷たい声で忠告すると、いきなりティルの前に移動した。

別にテレポートしたわけではない。確かに小柄な方はしっかりと歩いてティルの前へ移動したのが、その歩みを認識できた者はここにはいなかった。


「ひっ」


何が起きたのか当然、理解できていないティルは半歩後ろへ下がってしまう。

両腕に膨れ上がった紙袋抱いている小柄なローブと暫く無言の睨み合いが続いた後、紙袋の一つがティルの方へと放られた。


「餞別。しっかり、食べなさい」


今まで話していた硬質な声とは違い、小柄なローブの声音が慈愛に満ち溢れ、相手を気遣う思いが込められていることに動揺する。

更に数秒、小柄な方がティルの顔を眺めた後、誰一人動けくなってしまっている店内から二人の不審者は去っていった。


「あ、あの、ウォーロックさん…どうしたんですか」


嵐が過ぎ去り、ようやく我を思い出したティルがウォーロックに聞いてみるが、不安と恐怖が刻まれている表情を見て、体調を案ずる。


「い、いやなんでも。少し、ほんの少し気分が悪くてな。今日は店、もう閉める」

「え、もう閉めちゃうんですか」


日付を超えるギリギリまで店を開け続けているウォーロックがこの時間帯に店を閉めるなど珍しい。いつもはパンが売り切れるまで慈善的な値段でパンを売っている。


「ボウズもはよ帰れ! 夜道で狼に襲われても知らんで」


気丈に振る舞おうとしているのか口調だけは平常運転であるが、目が笑えていない。


「そ、そうですね。ありがとうございました」


挙動不審になっているウォーロックが心配ではあるものの、黒ローブの二人組を見た後では、冗談が冗談では済まされないような雰囲気になっていた。

大人しくティルは家路につくことにした。

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