《駆け出しの半亜人》:エルフの少女

 ティル・ベイリーがシエラ・イリルによって尋問まがいの質問攻めを受けている部屋の外では、一人のエルフの少女が受付嬢と激しい口論を広げていた。


「ですから何度もお伝えしています通り、こちらの討伐依頼はフルパーティーが前提となっております。例え要求レベルを満たしていましても、パーティーに所属していなければ受注することはできません」


するとエルフは両拳を長机に叩きつけ、身を乗り出す。

金色の長髪を揺らしながら激情のあまり先の尖った耳を朱色に染めている姿は衆目を集めるのに十分だ。


「私は強い、あなたが考えているより。だから、私にはこの討伐を受けれる…」

「これは規則です。たとえ、あなたが有名な冒険者であったとしても規則を破ることは許されません。どうぞお引取り下さい……次の方、どうぞ」


痺れを切らした受付嬢がエルフの少女に、手で動くようにと促す。


「……」


一目見てブチ切れていると分かるエルフは怒りに身を戦慄かせながら、足早に冒険者組合を去ったのであった。


***


 何かあったのかな。

ティルがようやくシエラから開放されたのは詰問から説教のフルコース小一時間ほど経ってからだ。

部屋を出て、疲れ切った神経をほぐそうとすると、周囲の空気が異様なことに気づいた。

普段から命を賭けている冒険者達が醸し出している独特の雰囲気はもう慣れた。しかし、今日は妙に殺気立っている。

無用な争いごとを好まないティルは、人々の間をぶつからないように気をつけ、出口を目指す。

だが、途中から違和感を覚える。いつも、革張りのソファに座っている老練な犬人がいなければ、飲んだくれているドワーフもいない。


しかし、すぐにその違和感の正体に気がついた。

冒険者の服装や身なりに統一性がないのは当然なことなのだが、ここにいる数人が同じような紋章を肩や胸などに刺繍されている。漆黒の緩やかな外衣を纏った骸骨がその手に鎌を握りしめている、そんな紋章だ。

そしてこの都市でそんな紋章を使用しているギルドは一つしかあるまい。


《ルベリオロス》

要塞都市カストラに存在する五つの巨大ギルドの一つで、非常に好戦的なギルドとしてもよく知られている。

《ルベリオロス》の総メンバーは三二九名、内半数以上がレベル50に達しており、他ギルドより頭一つ抜きん出た存在である。

中でもギルドマスターであるプラーグ・ディストラはレベル81であり、民衆からは『英雄』と崇められている存在だ。

そんな《ルベリオロス》のギルドメンバーが十数人規模で冒険者組合にいるのをティルは見たことがなく、他の冒険者達も興味津々といった様子だ。

ティルがようやく大扉に辿り着き、組合を後にしようとした時、青年が木箱の上に立って手を叩いた。

空気が引き締まるのを肌で感じる。


「諸君、朝早くから呼びかけに応じてくれて感謝する。私は《ルベリオロス》の下級メンバー、ルーテル・ウェイマンだ」


下級メンバーとはいえ、《ルベリオロス》にいるメンバー以上の人員はたった42名だ。その内の一人であるルーテルはかなりの実力者といっても過言ではない。

また、長年培ってきた経験のお陰もあり、《ルベリオロス》はとある一点を除けば、完璧なギルドといっても過言ではない。


「今月も宴の日がやってきた。燃える砂漠地帯にある古城の主・【荒地の王】が復活した。今回は我々ルベリオロスが討伐する手筈となっている。だが、我らが《ルベリオロス》の主たるプラーグ様は慈愛に満ち溢れた方だ。一つのギルドがボスのドロップアイテムや〈経験値〉を独占するのを良しとされていない。それでだ、諸君。君らもボス討伐に参加してみたくはないかね」


冒険者たちが興奮した表情で早口にお互い話し始めた。

【荒地の王】は燃える砂漠地帯のオアシス付近に位置する古城に一定期間ごとに復活するモンスターだ。

特定のアイテムや経験値が獲得できるため討伐に加わりたい者が多いのだが、複数のパーティーが必要なのに加えレベル適性が30から40であることが冒険者たちの参加を難しくしていた。


「無論、無条件とはいかん。レベルは最低でも25、職業は問わないが回復職や後援職は歓迎する。そして……もちろん、ドワーフ以外なら」


《ルベリオロス》の問題点の一つ、それはドワーフ種族全般に対する差別意識だ。

先代ギルドマスターであるガオディ・ディストラはハイエルフと呼ばれている妖精人王族の血筋を引く気高きエルフであった。元々、長命種であるエルフであるがハイエルフ、加えてレベル70以上という事からガオディはエルフとドワーフによる長き大戦を経験している。そのこともあって、ドワーフのことを毛嫌いしていた。《ルベリオロス》にドワーフが加入することは許されていないし、パーティーにする加入することすらもできない。

要塞都市カストラで差別を助長するような行為は禁じられているため、《ルベリオロス》は幾度となく勧告を受け、制裁を受けたことも数多い。


しかし、豊富な資金力や人材を有している《ルベリオロス》にその程度では何の痛痒を与えられず、かえって金さえ払えば万事大丈夫と勘違いされている。

今更、《ルネリオロス》の方針に口出すような蛮勇を持ち合わせている人など、ここにはいなかった。

他人事とは思えない状況を見ては居られず、ティルは組合を出たのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る