《駆け出しの半亜人》:大鳥
魔物からの強襲を阻むため、円形型に建設された要塞都市のちょうど東西南北には厳しい検問が常に敷かれている大門がある。
住民や冒険者がその大門だけから出入りさせることによって、都市の安全を確保しているのだ。
また、都市の中央に位置する噴水広場から四箇所の大門まで伸びているマグノ・ヴィアの一つ一つが四大国家まで続いている。
東に続く道は世界でも数少ない民主主義国家であるオリエンス共和国へ。
西へ伸びている道は大公が治めているアイル大公国へ。
南に駆けていく道は皇帝が支配するスール帝国へ。
北に進んでいく道は教皇が司るノルド皇国へ。
これらの大道があるため、要塞都市カストラは世界の中心と呼ばれている。
物流や人流の要所で会うマグノ・ヴィアであるが、旧カストラ平野に蠢いている無数のモンスターから完全に守り切るのは現実的に不可能であり、幾度となく破壊と再建を続けてきた。
しかし、膨大な人員、時間、資金を投資してまで果てしなく続くマグノ・ヴィアを維持する価値があった。
ありとあらゆる種族、民族、文化、技術が交わるこの要塞都市は世界各地から訪れる商人、冒険者、観光客が落としていく外貨を使って都市を維持している。魔晶石を販売して儲けた金の殆どが要塞の維持費に消えていくため、外貨は要塞都市にとって絶対に欠かせない存在である。
早い話、都市外から来た人が使うお金が要塞都市の収支をプラスにしているのだ。
そしてもう一つ、マグノ・ヴィアが存在している理由がある。
「今日も豪華な宮殿地帯だから……ノルド方面への道を使って、それから地帯に入ればいいかな」
地帯、あるいは特定管理区と呼ばれる場所はモンスターが際限なく湧き続ける悪夢のような四つの地を指している。地帯にはレベルで分けられており、低レベルのモンスターを低レベルの冒険者が狩れるように徹底的に管理されている。
それは管理のなされていなかった頃に多くの冒険者が命を落としたからである。
要塞都市を中心に北東方向にあるのが豪華な宮殿地帯。ティルのような駆け出し冒険者からレベル30程度まで冒険者が主に行く狩場である。
北西にあるのが燃える砂漠地帯。遥か彼方に見えるオアシスが蜃気楼であれば良いのだが、モンスターによる幻覚という可能性にも考量するとレベル30から50の冒険者が推奨となっている地帯となっており、規定レベル以下の冒険者の生存確率が著しく低下する。
そして南東にあるのが輝く湖畔地帯。見た人が海と勘違いするような地平線の向こうまで続く湖を中心に地帯が広がっている。水中モンスターが基本的となっているため危険度が増幅している。ここはレベル50から80という一握りの冒険者のみが立ち入れる危険区域である。規定レベル以下の冒険者の生存は絶望的だ。
そして、大多数の冒険者が城壁から眺めたことしかない南西方面にある美しき庭園地帯。その名の通り、王城の庭園のような佇まいの特殊な地帯である。
ここはレベル80以上の者でなければ生還の可能性はなく、調査に立ち入った冒険者組合の職員がいないため、正確なレベル適正が曖昧となっている。そのため最低でもレベル80とだけ定められている。規定レベル以下の冒険者の生存は絶望的で、捜索もされない。
と、シエラから冒険者になって初日に叩き込まれたことをティルは思い出し、南西に浮かぶ雲を見つめる。
秋特有の羊雲が高い山々まで伸びている。
あの山の向こうにはどんな世界が広がっているのかと思いを巡らせていた時、ティルの真上を何かの影が横切った。
太陽からの柔らかい光が消えたかと思うと、鳥が羽ばたく音が聞こえる。日頃から培っている反射神経ですぐに真上を見上げてみると、人らしき何かが竜と見紛う程の大鳥に乗り、南西方面に向かって大空を飛んでいる。
姿は直ぐに見えなくなったが、空から落ちてきた一枚の羽根が今起きたことが現実であることの証していた。
「物語で聞くような飛竜乗り……でも、冒険者なのかも。飛んでいった方には輝く湖畔地帯が広がっているから、レベルは80以上…」
自分で言っておきながら、ティルは直ぐにその言葉を打ち消す。
世界最大級のこの都市でさえ、レベル70に到達した者は稀有な存在なのだ。
レベル80に至っては世界に数人程度しかいない。
それが、こんな朝早くから空を大鳥に乗り、飛び回っているわけがない。
そう、そんなわけがない。
「あ、急がなきゃ」
大聖堂の鐘が打ち鳴らされ、予定より遅れていることに気がついたティルは歩速を早め、目的地へと急いだ。
***
「すまないね、突然君の力を借りることになってしまって」
大鳥に跨っている男が、気遣うように大鳥の首筋を撫でる。
相変わらず柔らかな手触りは高級な羽毛布団のようだ。
「滅相もございません。私は何時如何なる時も団長にお仕えすると誓った身でございます。例え、出立数分前に声をかけられ、激励かと思いきや変身魔法を使えと言われましても私の忠誠は揺らぐことは決してございません。更に……」
「悪かったって。今度、帝国で取り扱っている氷菓子を買ってくるから、それで許してくれ」
喋れば喋るほど、不機嫌さが増していく話す大鳥に対して団長と呼ばれた男は機嫌をなだめるように首筋を撫でた。
等価交換として差し出された条件を吟味していた大鳥は納得したのか、喋ることをやめ、団長に頼まれた目的地へ翼を羽ばたかせた。
大鳥である人物が使用しているのは高位な変身魔法の一つだ。
己の肉体を一度を原子レベルまで分解し、他の生物として再構築するという魔法だが失敗すると肉体が元に戻らなくなり、どこかの原子に分裂した精神が付着するという状況に陥るため、並の魔法師や魔術者にできる芸当ではない。
「ですが、何のために私の秘術を衆目に晒す必要があったのですか。一般市民ならまだしも、この魔法に気がつく人も出てくるはずです」
「どうしても調べておきたいことがあってね」
「団長ならば大空を飛ぶことも容易いはずではありませんか」
「今回だけはそれじゃダメなんだ。それに……」
大鳥が首を回し、男を見つめる。
「どうやら奴が教えてくれた情報は真実なようだよ。早く引き返して策を練ろうじゃないか。他の有象無象が動き出す前に愛子を僕達の手中に収めないと」
そういうと男は大鳥に南西方面へ向かうように指示する。
主である男の厳格な雰囲気に反抗するのを躊躇った大鳥は、素直に南西方向に飛んでいった。
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