《駆け出しの半亜人》:相談事

 「なるほど、なるほど。ティル君が都市に来て、一ヶ月弱。昨日、レベル9に到達したのニャ。他と比べると少し遅いぐらいだけど、安全第一で何よりだニャ」


案内された部屋は普段から職員と冒険者の相談に使用されている簡素な部屋だ。

少し大きめのテーブルと向かい合うようにして置かれている二脚の椅子、そして部屋の隅にある花瓶に生けてある橙色の花。窓から差し込んでくる陽光のお陰で照明は必要ない。

暖房器具は見当たらないが不思議と温かいのは魔法なのかもしれない。

冒険者がリラックスできる空間が整えられている。


「やっぱり戦士とか盗賊に転職しないかい。勿論、魔法剣士も良い職業だけど、言わ

せてもらえばパワー不足なのニャ」


ティルの成長具合が遅れている理由はその職業である、魔法剣士にあった。


「浪漫を感じちゃうのは分かるけど、魔法剣士は厳しいのニャ。それは君が一番分かってるはずなのニャ」

「はぁ……」


幾度となく繰り返されている内容の会話にティルは生返事で答える。

魔法剣士とはその名の通り、魔法と剣撃を使って戦うスタイルのことだ。

その響きから強力な職業に感じるかも知れないが、魔法と剣撃の両方を同時に極めていくのは不可能だ。そのため、特に初心者には向かない職業の一つであると言われていた。

魔法を習得するには莫大な時間がかかる上にセンスが求められる。また、剣の技術も同様である。よほどの物好きか新米でもない限り魔法剣士を職業にすることはない。


「でも、便利なんですよ。簡単な治癒魔法を使えるお陰で負傷せずに済みますし、それにポーションを買わなくていいのはお財布にも優しいんですよ」


ティルの手取りは一日三千から五千ディネロほど。(ディネロは世界共通通貨)。

月八万ディネロ稼げればなんとか生活できるのだが、もし怪我などで討伐に行けなくなってしまうと餓死する運命が待ち受けている。

だから、ティルは朝早くから夜遅くまで稼ぎ続けなければならないのだ。


「それはそうだけど、レベルも上がれば収入も増えてくるし、パーティーにだって入りやすくなるニャ。だから、魔法剣士なんてやめて……」

「そもそも、レベル上限が100で僕はレベル9。もう十分の一も上限に近づいているんですよ。それって遅いんですか」


強引に話題を職業の選択からレベルの話へと持っていく。

だが、レベルについは疑問に思っていたことの一つだ。一ヶ月もあればレベル10に到達できるのだからレベル100は一年もあれば容易に到達することができるのだはないかと。

だが、そんなティルの甘い考えを断ち切るかのように、シエラが髪に巻きつけて遊んでいた人差し指をビシッとティルに突きつける。


「甘い! 甘いよ、ティル君!」


すると制服のポケットから眼鏡を取り出し、それをかけた。

いつもとは違う理知的な雰囲気にドキドキしつつも、ティルはシエラの指導に耳を傾ける。


「レベルの上がり方には様々な説があるの、そして最も有力なのが2の冪よ!」

「2の……べき」


聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる。


「2の冪とは、2の累乗数! 1、2、4、8、16、32、64、128、256、512、1024…」

「シ、シエラさん、だ、大丈夫ですか」


数字の羅列を狂ったように呟き続けているシエラに一抹の不安を感じる。


「レベル99からレベル100に上がるためには1,267,650,600,228,229,401,496,703,205,376の〈経験値〉が必要になるの! ニャ!」


理解の範疇を越えている桁に舌を巻く。


「強いモンスターを倒せば倒すほど、貰える〈経験値〉の量は増えていくけど、レベル40から桁数が段違いに増えてくるニャ。ちなみに君がレベル10になるために必要な〈経験値〉は1024なのニャ。【メヒモス】か【トルトル】をざっと百体ぐらい倒せばレベル10になれる計算ニャ」


【メヒモス】は駆け出しが一番最初に戦うことになる昆虫系モンスター、そして【トルトル】は駆け出しを初めて苦しめるであろう飛行系モンスターだ。


「百体って……一日、五体が限界です」

「それなら百体まで二十日でいけるニャ。レベル10になったら身体能力もある程度、強化されるから使える魔法の種類も増えるし、今よりは多少楽になるニャ」


そもそも、レベルとは全ての生命体に先天的に授けられているものだ。

そして〈経験値〉とは何かを成し遂げた時、世の理が動いて人に授ける恩恵の事を指す。

このレベルと〈経験値〉の関係性を完全に解明し得た学者は未だおらず、研究者たちが掲げる一つの大きな目標となっている。

〈経験値〉はモンスターを倒すこと以外でも獲得でき、毎日少し歩いているだけでも少量だが〈経験値〉を獲得することができる。逆に〈経験値〉を失うことはできず、レベルが下るということはない。


「それにしても、ティル君。一日五体って、君のことを馬鹿にするつもりは無いんだけど、少なすぎやしないかニャ。安全第一なのも良いけど、そのままじゃいつまで経ってもギリギリ生活だニャ。毎日、硬いパンだけじゃ成長期の君には足りないのニャ」


シエラにはかなり私的なことまで打ち明けており、ティルがどこに住んでいて、どのような生活をしているのかを知っている。シエラがいかにティルの担当とはいえ、私生活にまで意見するのはかなり異例であることは間違いないのだが、あらゆる事に対して無知すぎるティルは全く違和感を感じておらず、むしろ感謝すらしている節があった。


「で、でも。モンスターとの戦闘で負傷して、そこから感染症でも発症した日には終わりですよ。僕が治癒できるのなんて擦り傷ぐらいですし、無理できないんです」


要するに、ティルは臆病なのだ。そして、それは本人も自覚していること。

だが、その臆病な性格が故に今日まで大きな負傷をせずに冒険者稼業を続けてられているのもまた事実である。


「それもそうだニャ」


ここで、この話はおしまいと言わんばかりにシエラが一呼吸置く。


「君の成長具合はここまでにして、サポート装備はどうなっているのかニャ。君が使っているメイン装備の直剣をサポートできる装備が必要って先週話したニャ」

「え、ええと……」


お金が無かったので買えませんでした、といえば先程の会話が繰り返されることになる。ない頭を必死に回転させる。どこかに必ず危機を脱することのできる道があるはずだ。


「じ、実はプロテクターを買おうとしていたんですけど、片腕を守れる物にするか、それとも胸を守れるようなアーマーにするのかで悩んでいるんですよ」

「ふむふむ、理由を聞いても良いかニャ」


理由理由理由。

ティル、考えるだ、今ここで。


「…ぼ、僕って右手に片手剣で左手で魔法じゃないですか。モンスターが接近してくる時、どうしてもガードできずに飛び退いちゃうんですよ。だから、ある程度の攻撃はプロテクターでガードしつつ戦うのがベストかなって」

「なるほど、チェストプレートの方はどういう意味なのニャ」

「やっぱり、命大切……なので、心臓を守れるようにチェストプレートもありかなって」


ハハハ、と引き笑いをし安堵の溜息を漏らす。

今悩んでいるといえば、買っていなくとも不自然ではない。


「確かに、どちらも道理が通っているのニャ。でも、あえてアドバイスをするなら私は腕のプロテクターをオススメするのニャ」

「なぜですか」

「【メヒモス】や【トルトル】に殺された冒険者なんてここ三十年は記録に無いニャ。周りに人がいれば助けてもらえるし、危なかったら逃げれるニャ。それなら効率を上げるために、プロテクターが良いのニャ」


【メヒモス】と【トルトル】はいわば雑魚モンスター。中級冒険者以降ならば攻撃されても身に傷一つつかないほど、弱い。

三十年前には死んだ人がいるという事実が若干引っかかるが、ティルは素直に頷いておいた。


「分かりました、お金が貯まったらプロテクターを購入し…どうしたんですか」

突然、シエラが片眉を釣り上げて表情を曇らせる。

「ティル君」

「はい」


何か地雷を踏み抜いたらしいが、何なのかサッパリ分からない。


「お金をためるってどういう事かニャ。まさか先週私が言ったのに、一ディネロも貯めてないのか…ニャ」


あ。


「理由をしっかりと、それはもうシッカリと聞かせたもらうから、覚悟してほしいニャッ」


シエラがティルの退路を断つように扉との間に仁王立ちする。

ティルより少し身長の低いシエラが、今はそびえ立つ巨人のように思えた。

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