《駆け出しの半亜人》:冒険者
「ティル君、おはよう! ニャ!」
この都市で唯一と言っても過言ではない、ティルが心許せている人、正確には
猫人族は成人する頃から季節が移る毎に体毛を生やすかどうかを自分の意思で決めることのできる特殊な種族だ。シエラは猫の耳だけを生やしており、それ以外は全く人間と変わらないのだ。
これはほとんどの獣人族に共通して言えることだった。
「シエラさん、おはようございます」
ティルは朝から自分のことを待っていてくれたのか、いやいやそれは自分勝手な考えだ、と頭の中で思いつつ、急いでシエラの元に駆け寄る。
ティルは頭一つ小さな誇り高き猫人族を見下さないように細心の注意を払う。
冒険者から人気の高い赤と黒を基調にした受付嬢の制服はしわ一つなく、程よく伸ばされた猫背がシエラの性格を物語っていた。
「今日はいつにも増して元気そうだね、何か良いことでもあったのかニャ」
役作りのために慣れない語尾を付けているという生々しい本人からの話を思い出し、思わず表情筋が弛緩する。
普段は外面完璧絶対美少女として冒険者組合でも大人気なシエラ・イリルなのだが、歳下のティルに対しては思わず本音が漏れてしまうのか、よく組合の愚痴話に付き合わせられている。
「実はさっき男の人とぶつかった、というかぶつからたんですけど、その人が良い人でちょっと嬉しくなっちゃいました」
シエラが腰に手を、顎先に指を当て、考えてますよという雰囲気を演出する。
大抵の人がしようものなら確実に白けるような仕草であったとしても、このシエラ・イリルにかかれば自然体そのものだ。
「ほうほう、さっきまで冒険者組合にいた男の人……それだけじゃ分からないな」
「……語尾」
「ニャ……」
犬人族が語尾にワンと付けることはないし、竜人族が常に唸り声を上げているわけでもない。
無理なら諦めればいいのに、とティルは毎度のことながら考えていた。
「僕より大きな盾を背中に背負っている金髪の人なんですけど、すごく優しかったんです。僕みたいなみすぼらしい冒険者に構うなんて余程の物好きなんですね」
「金髪の冒険者って今、言ったのかニャ」
「は、はい。ライオンみたいな金髪で筋肉の塊みたいな男の人です」
普段とは打って変わり、鬼気迫る形相で尋ねたシエラから一歩距離を取りながらティルが答える。
「なんか、こう、言葉にできない凄みを肌で感じられました」
「そりゃそうだなニャ」
「もしかして、お名前を知っているんですか。このハンカチ、僕には不相応なものなので返したいんです」
「んー、向こうに確認を取ってから教えて上げるニャ。でも……」
猫と同じように縦に長い瞳孔を緩めると大人びた雰囲気でシエラが続けた。
「一つだけ言えるのはティルは超が付くほどラッキーよ。あの御仁にお会いしたくてもお目通りを許されるのはほんの一握り。そもそも、あの方々は謎多き存在なの」
「存在って。あ、あのシエラさん……」
気まずい沈黙がおりかけた時、誰かがティルの肩にぶつかってきた。
朝早いため組合のロビーは混雑していないにも関わらず、当てられたことに不快感を覚えたティルはぶつかってきた張本人を探す。
すると、討伐依頼を受注するため受付に走るエルフの少女を見つけた。
「朝からあんなに焦っているなんて、よっぽどのことなのニャ。まだ、若いのに生き急ぐことはないニャ」
やれやれ、という態度でシエラが首を振る。先程までいたお淑やかな受付嬢はもはや消え去ったようで、いつも通りのシエラがそこにいた。
「よっぽどお金が必要なのでしょうね。僕みたいに……」
確かに討伐依頼には限りがあるが、掲示板に張り出されている依頼の数はロビーに集まっている冒険者が一つずつ受領しても余るほどだ。
焦らなくとも、あぶれるような心配は無いだろう。
「取り敢えず、君の進捗具合を聞きながら今後について話をしようじゃないか。色々と無茶してそうだし、君の担当として看過できないニャ」
そう言いつつ、シエラは個別に割り振られている部屋へティルを案内する。
受付で何やら口論しているエルフの少女に興味を持ちつつも、ティルは促されるままにシエラに従った。
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