《駆け出しの半亜人》:謎の人

 我を忘れ、早足で歩くこと十数分。ようやく目的地である冒険者組合がある中央区、中央噴水広場に到着する。

要塞都市の中心にある大理石製の噴水を円形に囲むようにして様々な建物がそびえ立っている。


煌びやな建築物が立ち並ぶ中でも特に目を引くのはやはり大聖堂だろう。

白亜の壁にその身を包み込み、塔の先端にかけて細くなるお馴染みの建築様式。美しいステンドグラスや今にも動き出しそうなほど精巧な石像、聖堂の四隅を支えている石柱に刻まれている古代文字。ここを訪れた人々が目を奪われてしまうのも頷ける。


その右隣に、マグノ・ヴィアの向こう側にあるのが教皇庁。

こちらは大聖堂より控えめな造りとなってはいるが、石造りの厚い壁やチェスのルークを連想させる円形の要塞。まるで敵からの攻撃を恐れているかのような堅牢な建物だ。毎週日曜日には礼拝があり、熱心な信者が祈りを捧げている。


大聖堂の左隣、マグノ・ヴィアを挟んで座しているのがギルド会館である。

冒険者組合に登録されているギルドは数百、無登録のギルドを含めればこの年だけでも数千あるとされている。

その内、このギルド会館に部屋を持っているのが数十のみという、会館としての意味をあまりなしていない建物だ。

それもそのはず、ギルド会館の一室を一年間借りるにはティルの稼ぎ十年以上ものお金でもまだ足りないほど高額なためだ。

大手ギルドですら、ギルド会館を拠点としていないところが殆どで、本来あって意義が形骸化しているこの会館の維持費が、要塞都市の悩みの一つとなっている。


そして、ギルド会館の並びにあるのが議会堂。

ここには要塞都市の都市長、議員、各国から派遣された外交官などが居住している。

外交官が滞在してはいるが、要塞都市カストラはどこの国家にも属していない。また、国として樹立もしていない。

そのため、各国の指導者たちは外交官を送ることによって少しでもカストラへの干渉力を強めようしているのだ。


何故か。答えはシンプルだ。

モンスターは魔力が凝縮されている魔晶石という物を核として生きている。

もし、モンスターが倒されてその魔晶石が何らかの方法でモンスターから離れると、核だけを残して体は消滅するのだ。

そして魔晶石は今日の重要なエネルギー源となっている。

多くの人々は魔晶石を使うことによって明かりを灯し、火を付け、生活を営んでいる。仮に魔晶石の供給がとある国家に対して停止すれば、そこに住んでいる人々はライフラインが失うことになり、生活に窮することになる。

魔晶石生産量世界一を誇るカストラが地理的にどれほど重要なのか、これだけでも容易に想像することができる。

お偉方が腹を探り合っている場所こそが議会堂である。


そんな議会堂とギルド会館に挟まれているのが、冒険者組合だ。

どういう仕組みなのかティルには分からないが、昨日の軽症者、重傷者、死亡者が記されている大きな掲示板が屋根から外に見えるように吊るされている。

ここ最近、死亡者が出ていないことは喜ばしいことだ。

石段を上り、いつも開かれている大扉をくぐり抜けようとした時、ティルは壁に叩きつけられた。正確には迫ってきた壁に顔面を強打されたのだ。


「ブッ!!」


石段を軽々と飛び越えて、地面まで飛ばされたティルは、日ごろからモンスターに吹き飛ばされていることもありなんとか頭だけは守ることができた。しかし、あちこちが痛む。口の中も切れたようで鉄の味が滲んでいる。


「すまない、少年!」


駆け寄ってきたそれは、人だ。

いや、人だった何かなのかもしれない。

ティルより頭三つ分以上背の高いそれは、白い歯を覗かせながら笑みを浮かべ、手を差し伸べている。ティルより二回りは大きく、多くの傷を残している手だ。

金髪に黄金色の瞳。筋骨隆々とした鋼の肉体を覆う薄い布は、はち切れそうなほどに盛り上がっている。獅子を連想させる風格は歴戦の猛者といった具合だろうか。


「鼻血が出ているじゃないか! 考え事に耽っていたら人にぶつかってしまうなんて、汗顔の至りだよ! いやはや、本当に申し訳ない!」


騒がしいのではない。

鍛えられた腹筋から出てくる重厚な声が辺りに響いているのだ。

それを聞きつけた何人もの冒険者や市民が、こちら指さして何やら話しているのが視界の隅に入る。


「僕の方こそ、すみません」


ティルは長いこと手が伸べられていることに気が付き、それを掴んだ。全く負担を感じない、滑らかな動作で引き起こされる。

以外にも繊細な力加減に驚き、改めて目の前にいる大男をティルは見上げた。

歴戦の猛者然とした威風を感じるが、人の良さが芯から滲み出てくるように感じるのは特有の人柄なのだろうか。くるくると変わっていく豊かな表情に、まるで知人と会話しているかのような口調。久しぶりに会った友人と他愛もない会話で盛り上がっている感じがする。

ティルがそう考えを巡らしている間にも、男の独壇的な会話は続いていった。


「それよりも鼻血が出ているじゃないか! 少し止まっていてくれ! そうだ!」


そう指示すると大男は”何もない”空間から白色の布を取り出し、ティルの顔に布をあて、鼻血を丁寧に拭き取り始めた。

予想していたよりも多い量の血が染み込んだハンカチを見て動揺し、そのハンカチの肌触りのよさがティルの動揺に拍車をかける。


「こ、高級なハンカチが! ご、ごめんなさい」


自分が謝るのもおかしなことだが、ティルは何故かだかこの大男に対して及び腰になってしまう。

無理もない。男がしゃがむことでようやくその背中に黄金色に輝く大盾が見えたのだ。あの大きさの盾を片手、いや、両手で持ち上げることすら並大抵の人間種には不

可能だろう。岩妖精族ドワーフであったとしても高位の冒険者でなければ難しい。

おそらく、目の前にいるのはティルが知らないだけで有名な冒険者なのだろう。

そんな人が自分の鼻血を拭いていると考えるだけで冷たいものが背筋を伝う。


「動かないでくれ! ちゃんと血が取れね〜だろ!」


そんな事はどこ吹く風よと言わんばかりに、大男はせっせとティルの顔を綺麗にしてゆく。鼻筋から口、そして顎周りまで。やはりその図体に似つかわしくない繊細な力加減だ。

だが突然、大男はその手を止めるとティルの両目を数秒間、凝視する。

時が止まってしまったのではないかと勘違いするほどまでに大男は微動だにしない。

沈黙が舞い降りた中、ティルはなにか粗相があったのかと自分の行動を思い返すが、男の気分を害するような言動はなかったはずだ。

不安に駆られ始めたころ、ようやく大男が目をそらした。


「あの、どうかしましたか……」


何事もなかったかのように大男はハンカチを畳むと両手でそれを挟んだ。

淡い光が両手の隙間から漏れ出てくると、微かだが大男の身体から物理的な圧を感じた。それもすぐに霧散していく。


「いや、すまない! また考え事だ、今日は天気が良いから久しぶりに脳が働いているよ! そのハンカチは少年にあげるぞ! 俺は忙しいから、これで!」


浄化魔法で洗浄されたハンカチをティルの手に押し付けると、大男は何か用事を思い出したのか足早に去っていった。その男にとっての足早なのだが、一歩がまるで巨人のようなのですぐにその姿が雑踏の中に消えていく。


「変な人だ」


手に押し込められたハンカチを広げ、しげしげと見つめながら独り言が漏れる。

覚えている違和感の正体、それは、


「あの人は僕がクオーターって言わなかった」


容貌、風格、そして威圧感。

どれもが超一級たる冒険者に相応しいものであった。

そんな人がティルのことをクオーターだと気づかないことがあろうか、いや気づいていても黙っていたのであろうか。

若干、薄気味悪さを覚えつつも、ティルは再び扉をくぐった。

冒険者組合に入ったまず目につくのが、椅子と机が所狭しと並んでいる雑談場所だろう。そこでは今日も多種多様な種族の冒険者がパーティーの勧誘を行っている。

駆け出しから中級者程度の冒険者がパーティーに欠けている人員を確保しようと躍起になっているのが見て取れ、あちらこちらで押し問答が繰り広げられているのはいつもの光景だ。どこのパーティーも回復職や援護職が慢性的に不足気味で、冒険者組合も頭を抱えているのはティルの知らないところである。


「ティル君、おはよう!ニャ!」


可愛らしい猫耳を揺らしながら、こちらに向けて大袈裟に手を振っている存在を見つけ、ティルは安心感を感じながら、恥ずかしげに小さく手を振り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る