《駆け出しの半亜人》:半亜人

 ティル・ベイリーが住んでいるここ要塞都市カストラは円形の城壁に全方位を囲まれた人口二五〇万人を擁する大都市である。世界最大級の都市であるカストロが建てられたのは約三百年も昔のことだ。

今よりも世界にモンスターが溢れていた時代、人々は安寧を何よりも求めた。当時主要国家として名を連ねていた国々は、その求めに応じる形で一時的な協定を締結した。そしてモンスターが生まれるこの場所、旧カストラ平野に要塞を作り上げた。

建設は度重なるモンスターの襲来によって大勢の人々が犠牲になり、一時は中止を求める声も上がった。しかし、半世紀の月日を経て都市は完成したのであった。


ティルが住んでいるのは要塞都市の中でも、最も壁際にある最外周地域。

貧困層や犯罪者などが住んでいるここは、都市を十字に分けるようにして横断する四本ある大通りマグノ・ヴィアからも離れており、普通の人は追剥などを恐れて滅多に近づかない場所であった。


ティルの目指している場所は都市の中央部にある。そのため一度、マグノ・ヴィアに出るため路地裏を歩きながらも、露天や出店などに目を彷徨わせる。

マグノ・ヴィアで店を構えるには要塞都市の実権を握っている議会からの承諾が必要になり、必然的に高級店などが大通りには集中する。

承諾を得られないような小さな店がマグノ・ヴィアを繋ぐ横道に集まり、市場のようになっているのだ。ティルのように収入の少ない駆け出し冒険者や戦争で身寄りなくした子供たち、そして貧しい人々が日々の食事を求めて幾つもある横道市場に集っていた。

そのため、焼きたてのパン、収穫したばかりの秋野菜や果物、日用品から雑貨、中には怪しい魔術具や呪具の店が所狭しと並んでいる路地は、ただでさえ狭いのに、人ひとりが歩けるほどの場所しかない。

だが、痩身のティルにとって、人々の合間を通り抜けることなど簡単なことだ。

誰にも触れないように細心の注意を払い、時より漂ってくる串焼き肉の香気の誘惑を断ち切りながら、やっとの思いでマグノ・ヴィアに出る。


建造物が立ち並んでいる路地に入らない太陽光も、ここならしっかりと届いている。

また、道の舗装もただの石畳からレンガに変わっており、マグノ・ヴィアの中央線をひっきりなしに重そうな荷馬車を引く御者で溢れかえっていた。

マグノ・ヴィアに出てしまいさえすれば、誰も道に迷うことなど無い。

道は中央区から城壁まで一直線に作られているので、道の先に城壁が見えれば外周へ、もう片方を見れば大聖堂、教皇庁、冒険者組合、ギルド会館、議会堂などの巨大建造物が一瞥できる。


冒険者であるティルはまず朝一で冒険者組合に向かわなくてはならない。

陽光を胸一杯に吸い込み、組合へ向けて一歩を踏み出す。

今日は天気が良いなとか、やっぱりここは活気があるな、などを考えながら組合までの長い道のりを進む。

そうでもしなければ聞こえてきてしまうので、行き交う人々の声が。


「あの尖った耳。それでいて、ヒューマンみたいな体つき」

「奥様、あの年齢にしては頑強な体つき、ドワーフじゃないのかしら」

「そんな、ドワーフとエルフの子供なんて……」


という、婦人服店から出てきた貴婦人と女店主の会話や、


「お母さん、あの人の髪の毛、黒色だよ!でも、ちょっと青いね」

「こらっ、人を指ささないの…あんな、クオーターの話題なんかしちゃいけません」


無邪気な子供と母親の会話が心に小さな棘を残していく。

この都市に来たのはたった数ヶ月前。

諸事情により生活するためにお金が必要になり、冒険者になったのであった。最初、周囲がティルを指差し何事か話していても、特に気になりはしなかった。だが、その回数が徐々に増えてゆくにつれ、何かがおかしいと感じ、露天を営んでいる中年のドワーフに訪ねてみたのであった。


ドワーフの答えは衝撃的なものだった。そして聞かなければ、と激しく後悔した。

ティルは、エルフとドワーフとヒューマンの混血、クオーター、または半亜人であると人々から揶揄され、蔑まれているのだった。

この要塞都市の建設が開始される数十年前まで、エルフとドワーフとは長き戦争に明け暮れていた。しかし、どちらの種族も戦いのため疲弊し、襲来してくるモンスターを凌げないばかりか、エルフは里を、ドワーフは住処を追い出された。

彼らはヒューマンに庇護を求め、ヒューマンはその代わりとして停戦を要求。こうして、長く、誰もが無意味と分かっていながら続いた戦争に終止符が打たれた。

だが、エルフとドワーフの確執は今もなお根深く、特に同族を裏切るような行為をする仲間には容赦がなかった。


無論、人々はただティルの外見だけでエルフやら、ドワーフやらと判断しているのではない。

生物には魔を象った霊が宿る。

エルフは主に水霊、ドワーフは土霊を宿しているため長命種である。

ヒューマンはどの霊も宿さず、霊の欠片や成りそこないを宿して生まれることが多い。しかし、ヒューマンの中でも奇跡的に霊を宿している者もいる。

そのため水霊と土霊の両方が宿っていると、それ特有の魔力の波長が生まれる。

エルフとドワーフの結婚が忌み嫌われる世界において、その子供は忌み子と呼ばれている。


だからこそ、おかしな話なのだ。


「僕のお父さんも…お母さんも、家族みんな人間なのに」


そう、ティルは両親、家族、そして親戚がヒューマンであることを知っている。

それなのに、ここでは一度も会ったことのない人々からクオーター、半亜人と呼ばれ差別され、貶され、忌み嫌われている。


理不尽なことだが、ティルができることは自分が傷つかないために、足早にそこから立ち去ることだけであった。

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