第九話 ・・・露とこたえて 消えなましものを
仁明天皇の喪があけた八五一年四月二十八日に、元号は
元号が仁寿になったあとで、
これまで
基経の成人式は、臣下の良房が主催して天皇の御座所を使っている。この出すぎた行いは影で大いにヒンシュクを買ったが、面とむかって良房に抗議するものはいない。
良房の兄の長良は穏やかな人で、妻と子供たちと一緒に
東宮で元服して叔父の良房の
だけど、それまでつるんでいた友までが距離をとりはじめた。十五歳の基経は語り合える友達や、一緒に騒げる仲間のいない孤独な少年になった。
次の年(八五二年・仁寿二年)から基経は文徳天皇の
十一月には、新天皇が即位したときにだけ行われる
文徳天皇は、
恒貞皇太子が廃太子にされたときに、仁明天皇が内裏の改装で仮住まいをしたところで、嵯峨の帝が亡くなったあとは
天皇は内裏に居住して政務を執る。
諸官庁は大内裏の中にあるから、右大臣の良房が動かしている。隠居所に押し込められた文徳天皇は、大きな儀式があるときは宮城まで出向くが、毎日、通勤するわけにいかないから日常の政務から遠ざけられてしまった。
文徳天皇を支えていた
空いた参議の席に、良房は藤原
篁は亡くなるまえに、愛弟子の
はじめて天皇が
それを「おまえたちの知るところではないが、かれは疲れた
紀夏井は、
夏井は篁とにていて、学識があり知能が高く、そのうえ正しい心をもっていた。
小野篁が亡くなるとすぐに、
この二規約で、これからは親王と内親王の母は、皇女か藤原氏か橘氏に限定されることになった。橘氏は、太皇太后と右大臣を橘氏がしていた仁明天皇の治世下でさえ
この規約には、すでに認められた親王と内親王の同母の兄弟姉妹は除くという特例がついていた。太政官たちの奏上を認める代わりに、すでに認めた親王と内親王とその兄弟姉妹の地位は、文徳天皇が譲れなかった一線だ。
紀静子を母とする文徳天皇の第一皇子の
八五四年(仁寿四年)六月十三日に、左大臣の源
繰り返しになるが、左大臣と右大臣の
右大臣の良房は左大臣になるよりも、一人大臣として権力を行使するほうがおいしい。国のためにも大臣は一人のほうが安上がりだ。
だが
源信は、左右の大臣を置くことを、太政官会議でしつこく要求しはじめる。赤ん坊の皇太子を擁立するときに手を組んだ、良房と信のあいだにも
八月になって文徳天皇は、良房の娘の明子が生んだ
仁明天皇には、幼い頃からそばに置いていた皇太子にした甥がいて、最愛の沢子女御が遺した親王たちもいた。文徳天皇にも、愛する静子更衣を母とする親王がいる。九歳の
幼い皇太子や明子が憎いわけはないが、警戒心を持ってしまう。御簾があってよかったと文徳天皇はつくづく思った。
一人だけ、音人が連れてきた有力な人がいた。藤原氏の邸で育った文徳天皇には馴染の人だが、右大臣の良房の弟の
良相は民を思い、民が豊かになる理想の政治を目指す、清く正しい藤原氏だった。
上が泥仕合をしていた
雨が続けば作物も実らず
この災害に対して朝廷は神社や御陵にお参りをしただけだから、とうてい援助を当てにできなかった。
手下の乞食や浮浪者をあつめて、ホウは病人の看護にあたった。
ふだんは乞食姿で物乞いをしている手下だが、
行基の弟子たちは乞食姿をしていて修行が物乞いだ。この
ホウの手下の物乞いや屑拾いは、行基の布施屋の看護法も伝えている。
山崎の橋も半分崩壊した。都の橋は、どこもかしこもこわれていて、
それでも水害が起こると
八四五年(仁寿四年)には
疱瘡が流行っている最中の十二月三日に、
大雨がつづいた次の年はカンカン照りの
文徳天皇は冷泉院に遠ざけられて、政治に関わることができなかった。子供の半数が亡くなった
八五六年(
奈良の東大寺の東塔のそばに造られた
うららかな春だ。野辺には花が咲き、空には小鳥がさえずり、
平安京では高床を木で張って、そこに円座をおいて座るが、奈良に都が在ったころは生活の中で机や椅子を使っていた。この修理東大寺役所の入り口にある大きな部屋は、現場との出入りの便利さを考えてか土間に椅子や机をおいている。
人に囲まれた叔父の真如を遠くに見つけて、眼が合ったときに業平は軽く頭をさげた。
そばにいる弟子の
「そのへんの椅子におかけください。すぐに参られます」と一園。
相変わらず真如は、洗いざらしのような粗末な僧服を着ている。おなじように自分で
僧形だから年齢が分かりずらいが、弟子といっても出家した時期が遅いだけで、一圓は真如より三歳ぐらい歳下なだけだ。
「一圓どの」と業平。
「はい」と、一圓がキラキラした目を向けた。
「なぜ、よりによって叔父上の弟子なのですか」と業平。
「さあ……」
「ほかに立派な
「馬が合うのでございましょうね」と一園。
一圓の俗姓は大中臣氏。
真如は僧侶だが、四品親王という位階があるから朝廷から
しばらくすると、真如がやってきた。
「
「はい。元気です」と業平、
「
「そりゃ、よかった。サンセイ。わたしが落ちつかないから椅子に座ってくつろげ。ところで、業平。
今年の正月の評定で、業平は従五位下の散位から正六位上の散位になった。一階級の降格だが貴族と地下のちがいがあり、この一階級降格はとても大きい。それまで邸にきていた資人も来なくなった。来なくてセイセイするから、これは良いが、殿上にあがれなくなり、俸禄もガタンと減った。出世欲がないし
でも
「とりたてて、どうってことはありませんが、分からないのは、どうして降格されるような評定がでたのでしょうかねえ」と業平。
「なにが、ねえだ。おまえの失点ぐらい、いくらでも数えられるぞ。夜遊びがすぎるから遅れてやってきては居眠りをしている。
「え?」と業平。
「あれ? 音人が帝に、おまえの降格を願いでたことを聞いていなかったのか」と真如。
「え―ッ!」
打たれ強いと思っていたが、ドスンと腹を殴られたように、業平は息が吸えなくなった。兄たちが帝に
行平はともかく音人までも。五位から六位への降格を耐えていた業平の心が折れた。
「業平。おい。業平。サンセイ。体を温めてやれ。一圓。たのんだよ」
…真如の声が薄れていく。寒い…とっても寒い…
「気がついたか」と真如が言う。
業平は、小さな
「わたしの庵だ」と真如。サンセイが、そっと出て行った。
「すまなかった。知っていると思っていたから不用意な口をきいた。六位に降ろされたことで気張っていただろうにな」と真如がやさしく言った。
一圓とサンセイが、土鍋や器を運んでくる。
「食べながら、ゆっくり聞いてくれ」と真如が言う。
業平が起きるのをサンセイが助けて肩に衣包を掛ける。一圓が給仕をする。
「おまえの降格は、
「
「?」と、業平が真如の顔を見た。
「惟喬親王は十二歳。すぐに成人される。
良房を快く思わないものが惟喬親王の成人をしおに、幼い
惟喬親王は、良房にとっては目障りな存在だ。
惟喬親王を始末するには、静子更衣とおまえの恋の噂を流すだけですむ」と真如。
「はあーッ!」こんどの衝撃で、業平は
「静子更衣は六番目のお子をもうけられて、もうすぐ宿下がりをなさる。
更衣の里は、おまえの邸のとなりで、
「考えすぎでしょ!
静子さまが戻ってこられるときは、帝のお子を懐妊されておられます。
そのような方と、いくらなんでも、このわたしが。何を考えているのです!」と業平。
「おまえだからこそ、世間は納得する。
静子更衣は帝が
その方の相手は、おまえのほかに、誰がいる。
女好きで色男で皇孫だ。これほどの適材はない」と真如。
「わたしは、どなたの思い人も、とったりしません!
そのような美意識を持ち合わせておりません。それで降格ですか?」と業平。
「音人や行平は、おまえを良房に利用されたくなかった。
貴族ではなく地下の官人にして、たぶん病欠の届けを出すはずだ。
おまえの身柄は、わたしがあずかる。そう申し合わせた」と真如。
「断りも無く、勝手なことを、しないでください!」と業平。
「なあ、業平。奈良と長岡に住んで都には近づくな。
「……ずっと?」
兄たちに嫌われたのではないと分かると、気分がスーッとして腹の虫が鳴った。
一圓が
「帝は二十九歳で、赤子の皇太子が成人するまでには十二、三年はかかる。
良房は五十二歳のはずだ。…ん。うまい」と真如が、若菜を刻み込んだ粥をすする。
「良房も、自分の歳を気にしているはずだ。そのうち、なにか
ところで業平。いくつになった?」と真如。
「フー。フー。三十一歳」
米と豆と若菜に塩を少しいれて、煮込んだ粥は甘くてやさしい味がする。
「夜目遠目なら二十歳に見える。ますます怪しくなってきた」と真如。
「ほめてます?」
「じつはな。
その本尊を、おまえに任せてみようかと思っている」と真如。
「むりでしょう。素人にできませんよ」と業平。
「仏師も、宮大工も、
おまえは構想をねって指示するだけでよい」と真如。
「でも…おかわり!」「おかわり!」と真如と業平が
去年、八五五年(斎衡二年)の五月の末に、東大寺の大仏の首が、地震でも大風でもないのに落ちた。斎衡二年といっても、改元されたのが前年の年末なので、元号が変わってから半年も経っていない。
ちょっと泉がでて枯れたから、めでたいと元号を変えても、良いことは起こらずに悪いことは起こった。
落ちた大仏の首は、新しく
その大仏修理のための
いい香りのする艶っぽい甥と、小さな庵で粥をすする真如のもとには、たしかに日本中の技者があつまっている。
「そういうの、公私混同では?」と業平。
「技者たちが望み、こちらが工賃をだせば文句なかろう」と真如。
「仏師もいるのですか」
「新しい
父上(平城天皇)も兄上(阿保親王)も、よろこばれるだろうよ」と真如。
やりたくなった。とても魅力的な誘いだ。業平は、建築や衣装や工芸などの芸術全般に興味がある。
「その寺の名だが、
「不退寺?」
「父上は退位されていない。嵯峨の帝に譲位されたわけではない」と真如。
「…ロコツすぎません?」と業平。
「なあに、仏教用語だ」
五十七歳の真如がカラカラと笑う。日に焼けて笑うと目元にシワができるが、雰囲気は歳をとらないなと業平は叔父の顔をつくづく見入った。
この年に藤原
亡くなった長良の三男で、良房の
源
大臣候補となる大納言には、源
新嘗祭を欠席して、文徳天皇は冷泉院の庭で北面して天をあおぎ、自分の名を板札に書いた。それを藤原良相などにもたせて
中国の
桓武天皇は
まだ幼い皇后所生の皇太子を廃し、母の出自が低い壮年の第一皇子を皇太子に代えた。その皇太子が桓武天皇で、河内の交野は桓武天皇が郊天祭祀を行った場所であり、桓武天皇の生まれ故郷だった。
母の身分が低い第一皇子の桓武天皇が、即位して何年かあとに自ら行ったのと、更衣を母にする第一皇子を皇太子にしたいと父の文徳天皇が行うのとでは事情がちがうから、桓武天皇は父の光仁天皇の名を書いて天に国の主と伝えたのだが、文徳天皇は自分の名を書いた。
それでも文徳天皇が、幼い
二十三歳で即位して六年。内裏に住んで政務を執ることを妨害された二十九歳の文徳天皇は、正面から良房に挑戦した。それを手伝った大納言の良相も骨のあるところを見せた。
それから二か月後の、八五七年(斎衡四年)一月二十一日に、文徳天皇が
「とても疲れたから辞職したい。そうなると源信が大臣になるが心もとないので、弟の良相も大臣に立てたい。わたしは名誉職として留まるだけにしたい」と良房が言っていると、文徳天皇は母の順子皇太后からも聞いた。
良相が大臣になるのは、正しい政治を望む者にとってはよい話だ。
二月十九日に、天皇の
いままで右大臣が一人しかいなかったのに、いきなり三人に増えた。
良房が就任した太政大臣という職は微妙なものなのだが、念願の左大臣になった信は細かいことを考えない。
太政大臣は故人の功労をたたえて
内の二人は二百年もまえで、皇太子時代の大友皇子と天武天皇の第一子の高市皇子。
後の二人は百年まえで、独身女帝の
二百年まえの二人はちょっとおいて、百年前の藤原仲麻呂は
良房が太政大臣になったことで、官人たちは先のようすを冷ややかに見守り始めた。
三人に増えた大臣にかかる費用を
二月二十一日に、年号が
良房が太政大臣になったあとで、百年も空席だった太政大臣の
あつまったのは、藤原氏からは、太政大臣の藤原
源氏からは、左大臣の源
ほかに、
おなじ源氏でも、源
この太政官の
良房は飾りもの。政治に関わらないというところを重くみて、これを数の多い源氏が通してしまった。良房にとって、源氏ほど扱いやすい氏族はいないだろう。
しかし決定を聞かされるだけの貴族と地下官人は、この太政官の職権に首をひねる。仲麻呂が出るまで、もともと太政大臣は名誉職だった。それに未成年の天皇の補佐云々…とつけるのは、なぜだろう?
文徳天皇は三十歳。良房は五十三歳。病弱でもない文徳天皇は、あと二十年は息災だろう。未成年の天皇が即位する可能性は少なく、良房が未成年の天皇の補佐をする可能性は、もっと少ない。
そのなかの一握りの人たちは、良房が未成年の天皇の補佐ができるのは、
未成年の皇太子に譲位する気のない
四月十九日に、太政大臣の良房に従一位、右大臣の良相に従二位が授けられた。
そして、おなじこの日に、文徳天皇は第一皇子の
惟喬親王は十三歳。元服まえの親王に帯剣を許すのは、第一皇子を特別に思っている。
ここからは大騒ぎになった。太政大臣の良房も、左大臣の源信も、右大臣の良相も、許されないことが分かっていて辞表を提出したり、
文徳天皇の方は、すでに怪しげなこと(もののけや祟り)が起こっているからと、東寺の
この年の
天皇欠席のままで神官たちが催事をおこなった。翌、二十三日には、いつもの催事場の
そして十二月一日。文徳天皇は、自らの手で十三歳の
翌、八五八年(
四品惟喬親王が、
そして無位のままでいた紀静子は従五位下に、静子の後見人で兄の従五位上の
文徳天皇は、惟喬親王と紀静子の力となりそうな人を昇位させた。
五月の末に、またも大雨がつづいて水害がでた。それからも雨がやまず水害の救助や支援に追われて、やっと落ちついたのが八月。
八月十九日に、文徳天皇は右大臣の
天皇として内裏に住んで政務を執りたい。文徳天皇が相談したのは、このことだ。良相は承諾した。
だが良相と会った四日後の、八月二十三日の夕方に文徳天皇が倒れた。
異変が起こったと聞いて、藤原
二十二歳と若いから馬を飛ばしてきたので、早くついたほうだった。冷泉院のなかは人が右往左往して騒然としている。
「なにがあったのです」と女房をつかまえては聞くのだが、うろたえていて訳が分からない。
基経は十六歳から
そのとき、内善司のほうから顔を伏せてきた女房とすれ違った。後ろからは基経を追い越して右中弁の
「帝のご膳は」と夏井が問いかけている。
「もう洗ってかたづけました。ああ…。ご薬湯を入れたお
「どういう薬湯です」と夏井。
「
滑りこむように椀のそばに坐ると、夏井は指を入れて椀の内側をこすって
「洗ってある」と夏井。
「そんなはずはございません。戻されたばかりです」
「お膳をだしたのは」と夏井が聞く。
「一刻ほどまえです。騒いでおりますが、なにか、ございましたか?」
大きな体を丸めて座った夏井が、首を振った。
気づかれてないようなので、そっと基経は内膳司をでた。さっき、すれちがった女房は文徳天皇の女房ではなく、良房の妹の
基経は、いやなものを飲みこんだ。
「帝。帝。起きて…
わずかに体温はあるが
「大夫!」と順子は、
「一人ですごせるように、とりはからってください」
文徳天皇のようすをみた義男が「受けたまわりました」と退席して、御簾のそとで待機している太政大臣の藤原
御簾のなかには、順子と僧と医師と薬師だけが残った。
「どうしたのです。帝は、どうされたのです。なにが起こったのです」と問いかけているが、順子には現実感がない。病んでもいなかったのに、どうして、いきなり…。
「冷泉院の侍医から知らせをうけて、わたしが最初にまいりましたが、そのときから、ご容体は変わっておりません」と
「なんとかしてください。手立ては! 手立てはあるのでしょう!」と順子。
「皇太后さま。心を
「
「なにをいっているのか、分かりません。どういうことです! 異物とは何です!」と順子。
「毒を召されました。解毒するにも、すでに
声は聞こえるし言っていることも分かるが、順子には理解できない。座っている床が
やわらかくなって体が沈んでいくようだ。
「なにも、できないのですか!」自分の声が、他人の声のように外から聞こえる。思っているより子供っぽい声だ…。手のほどこしようがない。道康が死ぬ? 衝撃が強すぎて、順子は感情も感覚もにぶくなった。
二十四日になって太政官が新成殿に入り、夜に文徳天皇の学士だった
太政官と入れかわって順子は御簾の外にでた。文徳天皇は無呼吸で脈がなく体温も低下した。ふつうにいうなら、倒れたときに亡くなっていた。順子は体がむくんだように足がうまく運べない。耳の奥が痛い。皇太后大夫の伴義男が、すばやく追ってきた。
「どちらへまいられます。
答えようとしたが頭も口も動かない。善男がまえに出て、順子についている
女房のだれかが、順子の手を善男の肩においた。小柄なので杖の代わりにはちょうどよく、順子は善男の肩につかまって女御たちがあつまっている部屋へゆき、六人の女御をながめた。感情も感覚もない。
「
「こちらです」と善男がうながす。
冷泉院は、
善男を杖にして歩く廊下も長かった。重い雲の上を歩いているような妙な感覚だ。それに色がない。すべてが灰色に見えて、まわりが暗い。心因性の
その眼で順子は、のぞき穴から見るように静子をとらえた。必要がなかったから、順子は静子にも、その子らにも会ったことがない。それでも、すぐに静子が分かった。ドタッと横に腰を落とすと、順子は手をついている静子の肩をつかんで揺さぶった。なにがしたいのか自分でも分からない。
善男が動く気配がして、どうじに
「皇太后さま。お
順子は狭くなった視野で、目のまえの惟喬をモノトーンで見ていた。
「
頭の回転が速い伴善男は、順子の言葉を理解した。善男も、はじめて惟喬親王に会うが、仕草や表情が皇太子のころの文徳天皇にそっくりだ。
「道康…」あごを突きだし背中を丸めて、順子がつぶやく。
「……」と静子が顔をあげて問いかけた。
昨夜から女房たちが大騒ぎをしている。
「……いかがでございますか」と静子の声が、途中からはっきり聞き取れた。
道康のことを聞いている。道康は脈もなく呼吸も止まっていた。道康は亡くなった。…この女さえいなければ…この母子さえ居なければ。
思いがけずに一粒の涙が順子の頬に流れた。すると色がもどって視野が広くなった。感情が戻って頭も動きだした。
この子と、この女さえいなければ、道康が亡くなることはなかった。だが、この子と、この女だけは、道康を害することがない。
「帝は予期せぬことで
静子の顔から血の気が引く。惟喬の目が次第に充血してくる。
この場に関係のないことを、順子は思いだした。去年の
八歳になったばかりの
良かった…。道康は愛するものと楽しいときを過ごしていた。愛する子と愛する更衣の記憶に残った。
「ここから去りなさい。はやく去りなさい」と順子。
惟喬親王と静子の顔がこわばる。伴善男が、順子の顔をじっと見て聞いた。
「
「……
夏井とおなじく真済も紀氏の出身だ。混乱しながらも順子は、静子と惟喬を守ろうとしていると善男は判断した。
「皇太后さまは、お二方の身を案じられています。真済どのとご一緒に分からぬように冷泉院を離れて身をお隠しください。わたくしが手配いたします」と善男。
血塗られた家系を立て直そうと生きてきた、
八月二十七日に、三十一歳の文徳天皇の
文徳天皇には六人の女御がいたが、子のある女御は、
更衣の子で親王と内親王の
文徳天皇がせがまれるので、屏風に描かれた滝の絵をみて、静子が詠んだ歌がある。
想ひせく 心のうちの
(物思いが多い 心のなかの滝なのでしょう 落ちると見えますが 音は聞こえません)
文徳天皇が命をかけて愛した更衣の、表にだせない涙が体内をつたわって腹の底にしみいるような歌だ。
十四年まえに皇太子の交代があり、八年まえには在位中の仁明天皇が亡くなったから、なれている良房は要領よく動いた。
すぐに
文徳天皇を
そのあとで太政大臣の良房によって、叙位や任官が立て続けにおこなわれた。文徳天皇が信頼した紀夏井は、
十一月七日に、宮城内の
十二月八日に、年の終わりを告げる
十陵のほうは、天皇か皇后か天皇の母后の御陵で、そのときどきで多少の変化はあるが、いままでも、ことあるごとに幣を
なじみのない四墓は、藤原
官僚としての良房は、
四墓を天皇陵とおなじ扱いにした八歳の天皇の詔には、良房の弟の
文徳天皇が崩御されてからも、
大仏の頭は新造するはずで、真如は
そこで京に住む
このころの奈良の仏師は各寺に所属していて、新しい仏像を造る機会にめぐまれない。すでに、お寺には御本尊が奉られているからだ。集めてみたが必要のなかった仏師が
だから業平も制作に熱をあげていて、真如にとめられなくても奈良を離れる気はなかった。天皇の交代で官人たちは多忙だったが、正六位上で散位の地下官人のことなど、どこでなにをしていようが、だれも思いださなかった。
清和天皇が即位しているので惟喬親王の身辺はしずかになり、多賀幾子の葬儀のために久しぶりに業平は京に戻った。
良相の邸は
従二位の階位をもつから、りっぱな
父の良相は忙しく、喪主は息子の常行だった。現役の右大臣の娘の葬儀なので、ここぞとばかりに参列者が多い。業平は地下官人だから目立たないように末の方にひかえていたが、それでも視線が集中する。
もはや中年の三十三歳。
「
大枝音人が阿保親王の第一子なのは世間が承知していることだが、人まえでは
「大枝さま。このたびは、ご
「ご紹介しましょう。こちらは、在原業平どの。こちらは
音人は四十七歳。高階岑緒は、それより少し年上にみえる
「あの有名な在五どのでございますか。ご病気でご
「ようやく戻りつつあります。よろしく、お見知りおきください」と業平。
「こちらもよろしくおねがいします。お歌を楽しみにしておりますよ」と岑緒。
音人が親しくしている友人は学者が多く年齢も高い。知識人は自信があるうえに好奇心が強いから、感性の業平を暖かく受けいれてくれる。
音人の上司である
娘の多賀幾子を亡くしてから、良相は藤原氏のくらしに困っている子女たちのための救済と援助に私財を使いはじめる。
翌八五九年(天安三年・
文徳天皇の
四月十五日、年号は
喪も明けた八月に、畿内と畿外の
もともと良相は、速く高く飛べない小鳥を馬に乗って追いかけて、疲れたころに鷹を放って襲わせる
良房は、人事には関心があるが、いわゆる政務はしない。すべての政務を任せている。
だが、これが発端になって、左大臣の
十月一日に、静子の娘の
十一月十六日から、新天皇が即位された年だけ行われる
例年の
演台では
参議で正三位、
五節の舞姫は、通常の新嘗祭のときは四人、大嘗会のときは五人。貴族の娘たちが舞姫をつとめる。貴族の娘は人前に顔をだすことがないので、百官が期待して心待ちにしている出しものだ。
舞姫は
のちに大嘗会や新嘗祭の五節舞いがはじまるまえに、若い貴族が
文徳天皇が亡くなって一年半。その亡くなり方への
今回の舞姫のなかで、人々の関心を一番に集めているのは十七歳になる藤原
「おい。
「
「藤氏の娘を教えろ」と業平。
「真ん中の娘だ」
「化粧がこくて素顔が分からないな。動きはぎこちなくて舞いは下手だ」と業平。
「太政大臣は、あの姫を
「なにを考えている?」と守平。
「わたしの好みではないが…まあ、しかたがない」と業平。
「おい。業!」
業平は、目元で笑って闇にまぎれた。
「
「はい。五節舞姫をつとめられましたので、従五位下を
いまは宮中にあがってからの行儀見習いだそうですが、五条第の
「ずっとですか」と業平。
「はい。戻られるようすがありません。良相さまとお話が合うのでしょう」と睦子。
「じゃあ、いまの五条第には……」と業平。
「西の棟に高子さまだけが住まわれています。なぜ、そのようなことを聞かれます?」と睦子。
「いや。なに…」と業平が鼻の横を人差し指でこすった。
「そのくせ。ちっとも、お変わりになりませんね」とクスクス笑いながら睦子は「もしかして、高子さまの元に忍ばれるつもりでは…。あっ。
「…ん」
「
でも、今回のことで、いろいろと考えました。
順子さまは年下の仁明天皇に入内されて第一皇子をもうけられ、ずっと籐氏のために
どんなに高貴な生まれでも、母にとって子は子。かえがたい宝です。子を失くす悲しみに変わりはございません。我が子の命にくらべれは、皇位など、どうでもよいことです。
順子さまが西二條第から戻ってこられないのは、おなじように多賀幾子さまを亡くされたばかりの良相さまとおられると、心がやすまるからでしょう。
業平さま。わたしは高子さまには、ご自分で選ばれた道を、我がままに実り豊かに生き抜いて欲しいとねがっています」と睦子。
「と、いうことは、睦子どの」と業平。
「話はしましょう。業平さま。高子さまは自分で考えて自分で判断ができる、頭の良い方です。ご自分で決められるでしょう。すべては高子さまのお考え次第です。
さてっと…。本日はお暇をいただいてまいりましたので、こちらに泊めていただきましょうか」と睦子。
「エ…えーッ! ただいま、お送りさせます。すぐに仕度をさせますから…」と業平。
「どうぞ、お気づかいなく」と睦子。
「いえ。いえ。気を使わせてください」
「では、お言葉に甘えて。
三十半ばを過ぎた未亡人の睦子は、ますますドンとしてデンとしている。
八六〇年(貞観二年)の二月二十五日に、僧の
そして桜の花が散るころから、「
……昔々、あるところに、いやしい身分の男がいて、帝の元に入内するはずの大臣の姫に恋をした。
逃げる途中の山道で、草についた夜露が月の光にきらめくのを「あれは、なあに?」と背負った姫が聞いたのに、追手を恐れた男は先を急いで返事をしなかった。やっと山のなかに一軒の
つぎの朝、追手が来ないことを確かめた男が小屋の中に入ってみると、衣だけを残して姫の姿は消えている。その小屋は鬼の
哀しみにくれて、男が詠んだ歌
(あれは白玉か なにかとあなたが聞いたときに あれは草に付いた露ですと答えて 露のように消えてしまえば良かった…)
なんとなく恐ろしくて哀しく、月光に照らされて山を逃げる男と背負われた姫という絵になる話なので、アッというまに「鬼一口」は庶民に広まった。しばらくして、男は在五、姫は藤家の娘だという噂が伝わった。
まれな美貌と歌の才で、若いころに一世を
それも良房が幼帝のもとに入内させようとしている娘との、人目を
この話のモデルの実年齢は、帝の
さらに身分違いの恋というが、在五は正六位上で貴族ではなく地下人。
しかし良房はあくまでも臣下で、在五は
権勢欲に駆られた良房の父の冬嗣と祖父の内麻呂が
人々が「鬼一口」に夢中になっていた夏のはじめに、業平は奈良にいた。
「美しいな」と真如。
「開眼が終わったら、わたしは都に引きあげます」と業平。
「業平。おまえは、どうせ正六位上の散位だ。ヒマだろ。もう少し、いないか」と真如。
「叔父上。
それに二条三坊に邸を構えられて静子さまも移られましたから、うちの隣の紀氏の邸には舅の有常どのと、うるさい尼さんと、尼さんの娘の眞子さましかおりません。
ねえ。叔父上。惟喬親王のお邸は父上の邸跡だと知ってます?
なつかしいでしょう」と業平。
「あのな。ちょっと手伝ってもらいたい」と真如。
「なにを?」
「
東大寺の大仏の修理が終わった。それを祝う大仏會の総責任者になった真如は、あれこれ企画したのだが思うようにいかなかったらしい。
「いいか。業平。
「そのようなことを、わたしは命じられておりません」と業平。
「おまえ…なあ。ずっとまえに、チョコッと
ずっと
おまえに何かを命じたりしない」と真如。
「本人のまえで、よく言えますね」と業平。
「本当のことだろ。それにくらべて民は、おまえを必要としている。
どこがよいのか、おまえの歌を愛してくれている。ありがたいことだ。
この
帝のものでも、まして太政大臣、良房のものでもない。民のものだ。
この国に生きている、すべての命のためにある。
大仏會の手伝いを命じられるのは朝廷ではなく、生けるすべての人々だ。
命を与えられた鳥や獣や草や木や、すべての生きものたちだ。
仏の国では、みなが等しい。みなの
「病欠って! 評価もなしの、ただ働きですか」と業平。
「ときどき登庁できるように胃弱にしておく」と真如。
「叔父上!」
「功徳だと思え、業平。人は
できあがった
「竹ヒゴで形を作って薄布を張ると?」と真如。
「ええ。作りものの花で堂内を飾ります。
柱には錦の布を巻き、床も布を敷きつめます。床は紫か赤。どっちかな…。
ここには張り出しの舞台をこしらえて、庶民にも見えるように
仏師や宮大工にできるかどうか……。
東塔と西塔のまえの広場にも、小舞台をつくって催しものをしたいな。
歌や踊りや琵琶や笛などができる人が、そんなにいるかなあ」と自分で作った絵図面を見ながら、業平は夢中になっている。
「奈良の帝の
「なにが?」
「作り物の
それから、ずっと昔に
そのふもとの山崎に色町があるそうだ」と真如。
「ああ、はい。はい」たしか
「八幡信仰を広げるために、おもしろいことを企んでいる。歩き
歌や踊りを教えて、札をもたせて諸国を巡らせる。春もひさぐのだろうが、女一人では危ないから
遊女を集めるわけにはゆかないが、巫女なら、どうだ?」
「そちらは、わたしが手配します」と業平。
「あん。出来るのか?」と真如。
「有常どのにたのみます」
「ああ。おや……あの娘は?」と真如が、遠くでサンセイと話している娘に目をやった。
「仏師の
「身ごもっているように見えるぞ」と真如が業平を見る。
「種馬のように、わたしを見ないでください。サンセイの子ですよ」
「そうか。それは、めでたい!」と真如がポンと手を叩いた。
数日後に、八人ほどの異風の集団が
「おお!」とサンセイが、驚きの声をあげた。
「知り合いか?」と業平。
「
小野山は都の東北にある。サンセイは
「立派な寺になったな。なにか用か?
「兄上? えっ!
邸をたずねても、いつも留守だと追い払われました。文にも返事がない。
いったい、ぜんたい、あのう…。どうしたのですか。その格好は」と業平。
「悪かったな。そろそろ死亡届を出そうと思っている」と仲平。
「えッ!」
「
叔父上から、おまえが、わたしを必要としていると連絡をもらった」と仲平。
「わたしをさけて、叔父上とは連絡をしていたのですか?」と業平。
「今回の
子供みたいに、すねるなよ。弟の役に立つなら、わたしができることは、なんでもすると約束しただろう。なんの用だ」と仲平。
「業さま。
「わしの弟子にならないか?」
東大寺の仏師の
眼のまえには、
「弟子にするには歳をとりすぎているが、それだけ手先が器用なら
サンセイが、こまったような顔をする。
サンセイは三十半ばをすぎたのに、きまった妻がいない。はじめての恋。はじめての妻。まだ十七歳の桔梗が愛しくてたまらない。
慶行の弟子になって、桔梗と一緒に水田をながめてくらしたい。生まれてくる子と桔梗の両親とで、木の香りを
そう思えば思うほど、切なくなってサンセイはうつむいた。涙がポタリと床におちた。
「…だめか」と慶行。
桔梗の父だが四十歳になったばかりで、サンセイと歳がちがわない。
「そうしたい。そうしたいが…」とサンセイが声をつまらせる。
「
「許しはでる」
「…では、なぜ」
「うまくいえないが、
「業平さまから離れがたいのか」と慶行。
「業さまなら離れられるが、
どう話せばよいか分からない。業さまは、若いころから仕えた
在五さまは、わたしも手を貸して一緒につくった都一番の、いいや。この国一の
日が暮れはじめて、田の虫が泣きはじめた。
「…分かるような気がする」と、しばらくして慶行がポツリと言った。サンセイが目をあげる。
「仏師も彫った仏とは離れがたい。まして生きている人をつくったのなら、さいごまで手を貸したいだろう。サンセイ。生まれてくる子を、わしの弟子にくれないか」と慶行。
「女かもしれない」とサンセイ。
「女も男も、これから増えるのだろう?」と慶行。
「…」
「都へ行っても、せっせと通ってこい。わしの跡継ぎをつくってくれ。
在五さまを見届けたら、かならず、ここへ帰ってこいよ」と慶行。
田の虫の声がうるさくなった。
秋のひととき。
業平が都の邸に戻ってくつろいでいると、「よっこいしょ」と蔵麿が座った。
「かわりはなかったか。
「いっとき下火になったのに、また賑わってまいりましたな」と蔵麿。
「なにが」
「在五さまの邸を見物にくる人です。見料でも取って中も見せましょうか。
あ…そうそう。
ぜひとも、お目にかかりたいそうですが、どうします」と蔵麿。
「どう思う?」
「なにか、あったのでしょうな」
二日後の
「
「こんなに歩いたのは生まれてはじめて。足の裏が、すごく痛い。ふくらはぎも腿も背中までイタイ! どうしてくれるのよ!」と高子。
「やはり高子さまですね。睦子どの。これは、どうしたことです」と業平。
「さきに、申しあげたはずです。わたしは高子さまを我ままに育てました」と睦子。
「人に見られたらどうします。お邸のかたは、ごぞんじなのですか?」と業平。
「
「蔵麿どのから知らせをいただいて、この二日、病気のふりをして
「なぜ危ないことをなさいます。途中でなにかあったら、どうするつもりだったのです」と業平。
「在五さまに、どうしても言いたいことがあります。あの話を、わたしは好みません!」と高子。
「はい?」
「鬼に食べられる話!」と高子。
「どこが、お気に召さない?」と業平。
「あれでは、二人は小屋の内と外。結ばれるまえに、わたしは鬼に食べられてしまいます」
「
姫を
あなたを思いやってのことではないですか」と業平。
「そうやって恩ぎせがましく、わたしのせいにするところが、いやらしい。
あなたって、
「ん!」と業平がつまった。
「わたしが帝より八歳も歳上なのは、だれでも知っています。
帝も好まれないでしょうが、わたしも好んで入内するわけではありませんから、在五さま。自分の言い訳に、わたしを使わないください!」と高子。
「言い訳ですか…」
「十八にもなって、月光に輝く露も知らないほど、わたしは
「
「深窓といわれる場所がある邸は、庭も広くて虫も草も露も多いことぐらい、ご存じでしょう!」と高子。
「それは、あなたの高貴さを印象づけるためで…」
「好き合った二人なら、山の中で小屋を見つければ、まず抱き合うでしょうに」と高子。
「だから、あなたの純潔を…」と業平。
「お黙りください!
在五さま。あの話は、だれにあてて作られました。だれに向けて、あの歌を詠まれました。
わたしを利用して広く世に広めようと、自分の評判のためだけに詠まれたのではないでしょうか。根性、くさってませんか?
利用するだけならともかく、恩をきせるような言い訳までされたのでは、腹がたって腹が立って…。恨みます。呪います。祟りますよ!
きれいな別れ方ができないのなら、このまま、ずーっと、まといついて別れません!」と高子。
「はあ?」
「たとえ一時の恋でも、相手だけをみて、その人のためだけに身も心を
一心に思われて、はじめて恋はうつくしく
あなたの心を切り取って、わたくしにください!」と高子。
「こういう、お顔でしたか。
いつもは暗いし、白塗りをされているから分かりませんでした」と業平。
「話を、そらさないでください。
あなたが夢中になるほど、わたくしは美しくありません。
入内するかもしれない藤家の娘という、利用価値しかありません!」と高子。
「これはまた、ケチくさいことを口にされる。
自分を美しくないと
まあ並みのお顔立ちです。とくに
美しくなろうという意思があり努力を重ねれば、表情一つ、
努力もせずに自分を卑下するとは、なんとゴウマンな」と業平。
「努力って、どうすればいいの」と高子。
「まず鏡でご自分をたしかめなさい。人の動きやしぐさを真似るのも良いでしょう。顔の表情や体の動きをまねることは、そういう動きをするときの人の心も感じます。美しさとは生み出すもの。自分の力で作り上げるものです。
自分を知って、人の反応を知ることです。
はかなく消えても、燃えあがる情愛とはそういうものでした。
あなたは、わたしの目を覚ましてくださった。わたしの歌を待っていてください。
そして、あなたは、だれよりも輝く女性になる努力をしてください。
きっと、あなたなら、美しく輝く人になれます」と業平が保証した。
暗いうちに帰ったのに、つぎの日の朝に
「どうなさいました」と業平。
「こんどは、お暇を出されてしまいました」と睦子。
「昨夜のことで?」
「昨夜のことは、高子さまの物思いがつのってフラフラと
ただわたしは信用がありませんから、いつまでも高子さまが物思いにふけられるのは、わたしがいるせいだと追っ払われてしまいました」と睦子。
「これから、どうなさるおつもりですか。よかったら母と一緒に暮らされませんか」と業平。
「いえ。右大臣の藤原
藤氏にかかわっていれば、いつか高子さまの噂が届くかも知れません」と睦子。
「
「あの子は
「睦子どの。
「
業平さま。なにか
「つぎの桜が咲くころまでに、少し軽くなってくださるのなら」
「は?」
「すこしお痩せにならないと馬がめげます。睦子どの」と業平。
「
晩秋の光が差す、客足がとだえた
「アチャは、もう
良房の
それでもジュツは十文払って会いにくる。ジュツが阿茶の手から
「揚げ代を払って掃除を手伝う気かい。どうだい。いっそのこと一緒になっちまえば」と剛。
ジュツは黙って床をふいているが、どっこいしょと座った阿茶が、剛にまくしたてる。
「剛のおやっさん。冗談いっちゃいけないよ。どこのだれがテテ親か、あたいにだって分からないが、この人の子じゃないことは確かだよ!」と阿茶。
「えらい剣幕だ」と剛。
「あたいだけが分っているってやつだ」と阿茶。
「へーえ。揚げ代を払って
「いつもじゃないけどさ。この子のテテではないよ」と阿茶。
「こんどは、ちゃんと生まれて育つといいな。アチャ。いつごろだい」と剛。
「つぎの夏のごろだ」と阿茶。
「だけどな。腹が出てきたら、ここにゃ置けない。下女が腹ボテだと客が引いちまうだろうよ」と剛。
「追いだす気かい。こっちは行く当てがないんだよ。この
「おれのおやじの足腰が立たねえ。そっちの世話をしてくれ。なあ。兄さん。もしもアチャの子が無事に生まれたら、名をつけてくれねえか」と剛。
ジュツが、不思議そうな顔をして剛を見た。
「なにもアチャやガキを、おまえさんに押しつけようってんじゃない。
テテが、だれか分からないのは、生まれてくる子のせいじゃない。せめて、おめえのテテがつけた名だと言ってやりてえと思ってよ。
兄さんが、どこのだれかは知らねえが、妓女の顔を見にくるだけで下女に揚げ代を払って、掃除を手伝おうって変人なら、打ってつけじゃねえか」と剛。
ジュツが照れくさそうにうつむいた。
剛は、ジュツの素性も
孤児を雇うは美談のようだが、おなじことでも
それとはちがうようで、良房の側番舎人は、良房のそばに仕えて急死するか
「兄さん。あとで、おやじの家に行く道を教えるから、次からアチャに会いたくなったら、おやじのとこへ行ってくれ。ここへは来るなよ。商いのジャマだ」と、つっけんどんな
この冬に、そんなに
幼帝の
右大臣の良相はうんざりし、参議の
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