第二話 かすが野の 若紫の すり衣…
八四〇年(
十四年間も大宰府に飛ばされていた奈良の帝の長子は、自分の邸と
いまの政治に不満をもつ人々が、壮年の親王のもとにあつまる可能性がある。阿保は、謙虚で
なるだけ人目をひくことはさけたいから、末の息子の
阿保親王の末息子の
体調をくずしていた
「葬儀は簡略に。遺骨は砕いて、山野にまいてほしい」
五月八日に、淳和太上天皇は五十四歳の生涯を閉じた。
皇太子から遺言を伝えられた、仁明天皇も太政官たちも困った。
天皇は
心くばりのできた淳和太上天皇は「思考力が低下しているかもしれないので、判断はまかす」とつけ加えていたが、元現人神の遺骨を砕いて山にまくのは…いったい、だれ?
官地か皇嗣系官人がもっている土地を買って御陵を造ったほうが、ずっと楽だと仁明天皇も太政官も遺言を拒否しようとしたときに、遺言どおりにするようにときめたのは、もう一人の太上天皇の
淳和天皇の御遺体を治めた棺は、牛車で大原野まで運ばれた。
そこで
淳和天皇を荼毘にした場所のそばには、昔は長岡京の内裏ががあった。
この地は、桓武天皇の皇后で嵯峨の帝の母の乙牟漏と、桓武天皇の夫人で淳和天皇の母の旅子が若くして亡くなり葬られた場所でもある。乙牟漏と旅子はイトコで仲が良かったと聞いている。
幼いころに母を亡くした嵯峨の帝は、同じように幼いときに母を亡くした淳和の帝の心を汲んで、この地をえらんだ。
淳和の帝の
三十歳になった
仁明天皇は父の嵯峨の帝よりも、皇太子として一緒に過ごすことの多かった叔父の淳和の帝を慕っていた。
淳和の帝が亡くなって一か月余りのちの六月十六日に、仁明天皇は前年が
仁明天皇は「穀物の不作は、
天皇が食事までへらせば、太政官は従うと言わざるをえない。それを予想して、天の
淳和の帝の死後、これまでとは、ちがう独自性をもって仁明天皇は政務を執りはじめた。
このときに
加冠したばかりの阿保親王の末っ子で十五歳の
感覚派の業平少年のなかで、この刺激がどんな実をむすぶのかは、まだ分からない。
六月十日に、阿保親王は
淳和の帝が亡くなって、二か月後の七月七日。こんどは右大臣の藤原三守が五十五歳で亡くなった。直前まで公務をしての突然死だ。淳和の帝は、仁明天皇の
左大臣の藤原
八月八日に、空席となった右大臣に源
「お待ちしておりました」と、
二十九歳になった大枝音人の、清々しい瞳の輝きもかわりがない。
酒人内親王が亡くなってからも、狛は季節の野菜や魚を
さりげなく町の
岡田狛にとって、酒人内親王はかけがえのない
東西の市は国営だから勝手に商いができるわけではない。生産地に顔がきき、商品を大量にまとめて輸送できる経済力と輸送力をもち、市での商いの許可をとった人だけが市人として商売ができる。市は都に住む人々の衣食をまかなうから、都の金はここに集まる。
一方、商人が富むのをはばもうとしているのが、遠い
都にある東西の市を管理するのは
つまり公的空間をタダでつかって、税金を払わずに商いができるから丸もうけ。そのうえ市籍人には
庶民なので身が軽く、その時々で、いかようにも生きてゆけるような気がするから、さきの不安も余りない。ただ、それだけでは、どこか空しい。たぶん父や祖父が話していた冒険
岡田氏は、
立場を心得ている狛は、自分のためや家族のために大それた夢を描いたりしない。名や位よりも金や縄張りなどの
眼をうつすと、烏帽子に
狛はゾッとした。ともかく色が白い。ふっくらした赤い唇。顔の輪郭が少女のように滑らかで、すんなりと尖ったアゴ。長い
視野のなかに動くものがあった。音人たちについてきた、
東の市につづく
「こんなところですが、どうぞ」
自分の住む小屋に案内すると、狛は大枝音人と若者たちをうながして板の間に上った。供人は背中をみせて上り
「
…奈良の帝の三回忌の日に、酒人さまの供をして
「はじめておめにかかります。岡田狛です。お見知りおきください。
さて音人さま。わたしに、折り入ってたのみがあると…」
「この春に、末の業平が
気をゆるした者のまえでは、音人は兄として在原の弟達に接する。
「祝いは、なにがよいかとたずねたら、ねだられた。太上天皇の
「はい?」
「……」
「……音人さま?」
「こいつが、女を知りたいと兄者にあまえた」と十七歳の
「そういうことで。それなら年頃のよいお方が、いくらも、おられましょう」と狛。
「いや。そういう店に行きたいという」と守平。
「
東の市の外町には三軒の
「父上に迷惑がかかるようなことは困る。説教をしてみたが、一生に一度だけ。一度でよいからと泣きつかれて、どうしてよいか分からずに、途方にくれてしまった。
そういう場所を、どこか知らないか?」
聞きずらいらしく、音人は頬を染めて身をかたくしている。
「若盛りですからねえ……」と狛。
どうやら音人は、なにも知らないらしい。狛の郭でもよいのだが、これほど目立つ若者たちだから「あれはだれ?」ということになって…むこう三軒つらなっている郭中に、音人と狛の関係や、音人と阿保親王家の子息たちが
「たしか阿保さまは、
弾正伊は、
しかし町の治安や町並みの不全などは、弾正台が視察して
「警護はつける」と音人。
音人の言葉に、上がり
「堺と
「
「これは、ごあいさつがおくれました。岡田狛ともうします」と狛も、あわてて身を屈めた。
「分からぬように人を配ってございやす。ご安心くだせえ」
いかつい顔をした
「難波の土師氏がついておれば…」と考えが決まった狛が、背をのばして
「西の市の外町に住む、
聞いていた
「頼めるのか?」と音人。
「
「業平の初冠の祝儀だ」と音人が
「十分です。おあずかりします」と手で重さをはかった狛。
「どちらに、お戻しすれば?」
「守平は、父上とくらしている。業平は、
秀才の音人は、いまの業平とおなじ初冠した歳ごろに、酒人内親王に会って衝撃をうけた。ふだんは真面目なくらしぶりなのだが、なぜか
こんなのにかかわっていたら、どんな
東の市の
双砥楼の本当の持ち主は
「これ。どうかした。ぼうや」と、まえを歩いていた
市は東西ともに四
外町には
「じゃあ、ぼうやも、やっと遊ぶ気になったかい」と
「おことわりです」
「それは、こっちが言いたいよ。うちは、ひとときの幻、まやかしの恋を売るところだ。冷やかしなど、おことわりしたいよう」と
心配だとついてきた
「白砥。
「まるで蛍だ。さあ、ぼうや。遊ばないのなら、いつまでもキョロキョロしないどくれよ。そういうのが一番たちがわるい。
狛の住まいと似た小屋に、業平をあげて、
「兄さまは、陽がのぼるまで出てこないよ。夜道は帰せない。今夜はここに、お泊まりな」と青砥が
「なにか腹に入れるかい」と白砥。
「うん」
「お偉い方の食べ物をまねた
「なに、それ?」
「米や菜を炊き合わせた
「うん」
「そういえば……
「また、となりのジジイの世話でもしているのだろうよ」と青砥。
「小夜。小夜!」大きな声をだしながら白砥が外にでると、青砥が強い香を炊きはじめた。もどってきた白砥が、土間から
「
そそがれた山桃の汁を一口飲んで、うまそうな顔をした業平が「ねえ。おばさん」と白砥に声をかける。
「ン!」と白砥。
「ひとときの幻。まやかしの恋って言ったよね。
「みてくれはよいが、おまえさん。つくづくヤな子だねぇ。好かれている。
「
「
「たまには、いたがね。胸をしめつけるような客がさ。ねえ、白砥」と青砥。
「胸をしめつけるか…。いいねえ。ひとの恋でも恋心はいいものだなあ」
「恋におぼれて、身をこがし」
「あげくに焼け
そこに体格の良い女が、
「母さん。
「なにを炊きこんだ。小夜」と白砥。
「米と、菜っ葉と、鹿の干し肉と、鮭の削り節を入れた。熱いうちに卵を割りこむといい」と小夜。
「おまえ! ワシらがいないと、こんなに
「亀ジイが干し肉と卵をくれた。あんれ、まあ!」と小夜がドタリと座った。
「どうした?」と青砥。
「客というのは、新しくきた
「男だよ」と椀に雑炊をよそって、業平のまえにおきながら白砥。
「別嬪というは、仕草や表情を美しく練りあげた人のことだよう。生まれつきの良し悪しは、どうにでもなる。考えもなく立ち、ボーっと歩き、顔の表情を自在にあやつれないものは、よく見りゃ造りは良いのにねえと、いわれるのが落ちさ」と白砥。
「しかしな。生まれつきがよくて、可愛い可愛いともてはやされ、いつのまにか見せかたを心得てるってこともあるだろう。すこし
「わしらみたいに、育てた米も食えない百姓の子ならな。男でも女でも、これだけの玉なら磨きあげて都一の
「母さんたち。
木しゃもじで雑炊をすくって、口をつけた業平が「アチッ…!」
「ほら。熱ものを口にできない、
「まったく、おしいねえ」
「そうだねえ」
「おしい!」と
つぎの春(八四一年・
甘い風を吸いこんで、
そろそろ
青春ただなかの十八歳の春だから、守平は心が
金銀、赤、紫は、上級貴族の色で、ほかの階層が着てはいけない禁色で、色も上位に行くほどに濃くなる。守平も業平も血統的には二世王(天皇の孫)だが、三品
業平の母の
「
守平がうなずくと、さっそく業平は馬をおりてモクミに烏帽子を外してもらっている。
「…ったく! もう!」と守平は口をとがらせた。
成人して冠をかぶると人前で外せなくなる。外出中はもちろん自宅でもかぶる。病に伏していても、訪ねる人があればかぶる。冠は
モクミとサンセイは、止めの
東の山間から飛んできた矢をモクミがたたき落とす。二本目の矢は、サンセイが二つに斬った。三本目の矢をモクミが両断していると、サンセイが業平をかかえて業平の馬に
二人乗りをするつもりだと守平が体を前にずらすと、モクミがうしろに飛び乗ってきた。山のなかから口笛が交わされる。
「だれ?」と、
「トウゾク!」とモクミ。
サンセイとモクミが
四人が目指しているのは奈良だから、ここからは川筋から離れる。
「オリル! 馬、ヤスム」とサンセイ。
「おまえらは、スゴイ」といいながら守平が馬をおりた。
サンセイとモクミは、阿保の母の葛井藤子の甥になる
サンセイとモクミは山を
年は本人たちも知らないが二十歳くらいで、兄弟でも親族でもないそうだが二人とも小柄で似ているから従弟ということにして、二人の住んでいた
親王家や貴族の邸の使用人は、身元を届ける義務があった。戸籍台帳は手書きで元本に不明な字が多く、それを書き写しているから、あてにならないしろものだった。それに有力な保証人があれば、新戸籍の
都の庶民の戸籍や納税は、
サンセイとモクミが籍をつくって親王家の使用人になるのを、山の仲間たちは気の毒がった。山を
「さっきの、あいつら。なんだったの。
「山人、ナイ!」とサンセイがむくれて、馬の首筋を拭いた。
「ヤジリ、チガウ」と馬の足を調べながらモクミ。
「おまえが派手な格好をするから、ねらわれるのだ。
「どうして、そうなるの!」猫柳を、うしろ
「マチブセ?」とモクミ。
「小熊、ネラッタ?」とサンセイが、守平と業平をジロジロながめた。
「小熊って、われらのことか? 狙われるおぼえなどないよ」と守平は、川面すれすれに石を飛ばす。小石ははずんで三回跳ねた。
「小熊コロス。親熊クル。クルト殺す」とサンセイ。
「そんな可哀そうなことをするの? おまえたち」と業平。
「山人。シナイ!」とサンセイ。まてよ…と守平が聞きかえす。
「父上の動きを
「ソウ、イッタ」とサンセイ。
「どこが?」と業平。
「シラベル」とモクミ。
「もう逃げているさ」守平。
「アト、アル」とサンセイ。
「……そうだな」と守平。
「守兄! そうやって分かってやるから、サンセイとモクミは言葉がうまくならない」と猫柳の枝を襟にさし、ほぐれた鬢の毛を風になびかせながら、しんなりと身をそらして業平が陽光に目を細めた。
サンセイとモクミは、なまりが強くて都言葉に慣れようとしない。二人だけだと、よく分からない言葉を早口で交わして、笑ったり、じゃれ合ったりするから
昼すぎには、
「業平さま。
「小木ジイ。これ」と業平が猫柳をさしだした。つくまえに
「
真如は阿保の弟。葛井三好は阿保のいとこで兄の
萱の御所は奈良の帝の私有財産と認められて、
宮城あとのすぐ北側にも、都をつくるときに
奈良の帝の
「ハッ!」「ハッ!」と、サンセイとモクミが身を伏せる。
「どうだ。都になれたか?」
「ハッ!」「ハッ!」
「なにか、困っては、いないか?」
「ハッ」「ハーッ」
「都にきて、どれぐらいになるかな?」
「ハッ」「ハッ」
「?」
「あの…三好どの」と守平が割ってはいって「じつは…」と、矢でおそわれたことを話した。
「ねらったのでしょうか」と本主が心配そうな顔をする。
「臣籍降下している守平と業平を、ねらうだろうか」と叔父の真如。
「阿保さまは親王のままです。
「モリサマ、ナリサマ。オネガイシマス」「シマス」
「この地には、大枝本主さまの親族の
「ハッ!」「ハッ!」
炊いた米や
入れ替わるように、名虎の息子の
「
「
静かな声をだす僧だ。大安寺は奈良にある
「この者が、
「宇佐八幡宮をですか」と本主。
宇佐八幡宮は九州の大分県にある
ただ
「どちらに
「
「ああ。男山は、紀氏が
「はい。山崎の
平城京から
平城京は、佐保川につづく大和川が河内平野を流れて堺港に入るが、ところどころ船の往来に苦労する場所がある。それにくらべて木津川、宇治川、桂川が合流する長岡は水利が格別によい。合流した川は、淀川となって難波の港に流れこむ。淀川は大和川より川幅があり流れもおだやかだ。
ただ長岡は水利がよすぎて、
平安京に移ってからも、物資の輸送には長岡京の近く三つの川の合流点から水路を用いている。この合流点を山崎の
「宇佐八幡でしたら、お許しがでましたら、
「はい。なにかとお世話になると思います」と行教。
真如の師の空海は、一念で雨も降らす熱い男だった。行教は静かだが、山水のような存在感をただよわせている。人柄も信頼できそうで、つきあったほうが良さそうだと、大人たちが互いを
はじめての遠乗りで、尻やももの内側がすれたらしい。座っているのが辛くなった業平が、
大人たちが知らん顔で話しているのをみて、守平も「尻が痛くて熱い」と、いつも挿している腰の小刀をおいて横に腹這った。守平も業平も臣籍降下したが、天皇の孫で年も十八と十六。もう子供ではないのだが、わきまえがない。
「かわいいな」と業平がささやく。
小木麻呂に遊んでもらっているのは、十歳を過ぎたぐらいの二人の少女だ。似ているので姉妹かもしれない。年上の少女は伸びはじめた前髪を、紫色の細い
「きれいな
「ねえ。守兄。大人になったら、女は顔も名もかくすって、ほんと?」と業平。
「うん」
「顔もみないで、その人を好きになれるの?」
「
守平も位階がないから高貴な女性を知らない。そういう人がいる場所に出してもらっていない。阿保家の女房や、
近ごろは通うところもあるが顔をむきだした庶民の娘なので、上流階級の女性のことは噂でしか知らない。
「額や髪に恋するの? 母上はかもじ(エクステやかつら)をつけているよ。良いかもじだから、守兄にゆずるように、ねだってあげようか」と業平。
「ばかにするな!」と守平が業平の首に腕をまわした。
記憶がはっきりしている五歳のころには、業平は守平の弟としてそばにいた。業平の母は高い身分の内親王で、守平の母はいやしい生まれだが、一緒に遊んで育ったから仲がよい。
「評判で美人だときいて歌のやりとりをすると、
「
「いや。そっちじゃなくて、たぶん恋の歌は和歌じゃないかな」
「和歌ねえ。それなら、なんとかなるかも…」と業平。
「創ったことが、あるのか?」と守平。
「ないけど、やってみなければ分からない。五・七・五・七・七と言葉の数を合わせればよいのだろ」と業平。
「そんなに簡単なことでは、ないと思うけどな」と守平。
「あの子たちは大人になれば、きっと美人だよ。だから、いまのうちに口説いておこうよ。うまくいったら二人のうちの一人は守兄にゆずる。だから、あの
異母兄弟は、母の身分の差で上下関係ができる。業平が母の生まれを意識して守平を使うのならば、それはそれでいい。でも業平には、そんな気はない。それでも業平と一緒だとワリを食うことが多いのが頭にくる。
まず女のような
きっと、これは
業平が自分の狩衣の裾を、守平の小刀で切っている。
「おい! なにをしている。おまえの母上が、今日のために、そろえてくださった新しい
業平の狩衣は、
「守平! 業平!」と、真如の声が飛んだ。
やべぇ…と守平は、素早く座って「はい。叔父上」
「なにをしている」と真如。
「庭にかわいい乙女がおります。文を使わそうと思いました」と守平のよこに、ゆっくり座りながら、ぬけぬけと業平が答える。
有常がスッと立ち寄って庭先をのぞき、「あの娘たちですか」と聞いた。
ギョロ目で
「上の娘は
「……」業平が指で鼻の横をこすった。
「娘たちは幼くて返歌もできません。せっかく
読み終わった頃合いをみて、「有常どの」と本主が声をかける。有常が本主に布を届け、五十代の三好から三十代の行教までが、かわるがわるに十六歳の恋の歌に目をとおし、やがて行教が
かすが野の
(若紫とおなじ色の 紫の
「よい歌だ」と本主が感心する。
守平は九州の大宰府で生まれたが、そのころのことは覚えていない。兄たちから聞かされた思い出が、自分の記憶のようになっているだけだ。
京の都に帰ってきて、はじめて文字を教えてくれたのが大枝本主だった。業平も五歳から本主に読み書きを教わった。本主はやさしい先生で、いつまでも二人のことを気にかけてくれる。
だが、ほかの者は首をかしげたり腕を組んだりして黙っている。これは小言がはじまるまえの、イヤーな雰囲気だ。
「業平どの。これは、ほんとうに、あの娘たちにあてた恋歌ですか」と怖い顔をして紀有常が、みなの思いを言葉にした。
和歌は、どのようにでも読みとれる危なさがある。かすが野という奈良の地名と、紫という皇位の色。
そりゃないと守平は思うが、業平は考えもなく結論に飛んでしまうことがある。政治に無関心でも性格が危ない。
「お相手が幼すぎて、ほんとうの恋とは遠いから解釈もうまれるのでしょう。歌にともなう恋があれば、だれも
この若さで、これを詠まれたのですから、
業平さま。泥の中から立ち上がり、美しく咲くから
苦しみ、哀しみ、もがき、あこがれる。悩みの多い良い恋をなさいませ。
そして、これからも、よい歌をお詠みください」と行教が、しっとりと場を治めてくれた。
なるほど…お坊さんは話が上手いな…と守平は感心して、有常も「とりあえず、娘たちが成長するまでは、わたしがあずかりましょう」と信夫摺りの布をふところにつっこみ、一件落着と席にもどって居ずまいを正した。
「では、
話の途中だったのを、戻したのだろう。転がっているわけにもゆかなくなって守平と業平も座に加わる。
十五年まえに亡くなった、さきの右大臣の藤原
しかし仁明天皇の即位のあとで、冬嗣の次男の良房が功績もないのに七段を飛びこえる昇進をして、
それを話題にしていたのだろう。
「その潔姫さまと良房どののあいだに、お子はございますか」と本主。
「女子が一人おられます。わたしの娘の
庭で遊んでいる年下の女童を、有常は娘の涼子といった。みるからに幼い。
「元服なさった
「さきを危ぶんでのことか」と真如。
「はい。皇太子の父君の
有常は父の名虎にいわれて、政情を伝えにきたらしい。
左大臣の藤原緒継は式家で、急死した先の右大臣の三守は南家だった。この二人が欠けたあとに残るのは、藤原北家の大納言の愛発と中納言の良房だ。
「良房どのと源氏が義兄弟となりますと、恒貞皇太子を廃して良房どのの妹がもうけた帝の第一皇子を
「こんどは愛発どのと良房どの。北家同士が
「あのう…」と、ついて行けなくなった守平が右手を上げる。本主が条件反射で「どうしました」と聞いてくれた。
「おっしゃっていることが分かりません。皇太子を入れ替えるとか、どうして、そんな物騒なことを話し合われているのですか。もしかして、これって
「バカモノ。なにを
父の阿保より七歳下の叔父は、いつも自然体だ。
「それは聞こえましたが、なぜ皇太子さまが廃されるのです」と守平。
「
この道康親王の母は良房の妹で、良房の妻は源氏の一姫だ。良房は血のつながる道康親王を皇太子にしたいだろう」と真如。
「したいからって皇太子ですよ。変えることができるのですか」と守平は分からない。
「この国の実権を握るためなら、どんなことでも藤原氏はする。とくに北家の
「そんな、ばかな!」と守平よりはやく、業平が反応した。
「これまでに、くり返されてきたことだ。父も内麻呂に皇位を追われた。いいか。業平。おまえの母方の南家を陥れたのも、内麻呂と冬嗣だ」と真如。
「真如さま!」と本主が止めようとした。
「いずれ分かることだ。はっきり伝えた方が良い。内麻呂、冬嗣、良房とつづく藤原北家は、おまえの仇だ。向こうにとっても、おまえはやっかいな存在だろう。
どうやら、おまえには歌の才があるらしい。歌を詠むなら、自分の立場をわきまえて疑われるような歌を詠むな」と真如。
「たかが、歌で?」と業平。
「そうだ。たかが歌だが、それを使って
京の都は東西約四、五キロ、南北約五、三キロの長方形で、北の中央に
宮城の外壁の南中央にある
朱雀大路の東を左京、西を右京という。朱雀大路を中心に、東と西に向かって一から四までの
どの道にも
地形は北東の土地が高く南西に向かって低くなっているから、側溝の水も都の南西に広がる河内平野に流れ込む。
地価は宮城と朱雀大路のそばが高い。つまり中心に近く北に行くほど高くなる。東西では南西部が低く、右京は湿地になりやすいので、東の左京の方が
阿保親王の邸は左京二条三坊にある。邸をもらったときは現役天皇の第一皇子だったので、一町(一万四千四百平方メートル・四千三百六十余坪)の広さがあり場所も良い。十四年も九州にいたが、品位も邸も没収されなかった。
都に帰ってすぐに淳和天皇の口添えで、叔母にあたる
伊都は無品の内親王で朝廷から邸をもらえず、母の藤原平子は
婚姻してから、阿保は邸の一画に一棟を建てて母娘を迎え入れた。
いまは阿保は三品親王になっていて、伊都の母の平子も亡くなった。
阿保は役職のほかに、
阿保の住まいは客の出入りがあるので、北の中御門大路に
ただ阿保は見栄っ張りではなく、よけいな出費をおさえる貯蓄方で、奈良の帝の合理主義をついでいる。住み暮らすケ(常)の場には何棟かの建物がある。ハレの場と阿保の居住する棟は、
大宰府生まれの守平は、その一棟で成長した。
父が三品親王で、
従五位下は貴族の最下位だが、七千人の官人のなかの選ばれた四百人、日本のトップ四百人だ。
位階をもらえば国から給与がでるから、職場のない
すでに兄の
阿保は勉強、勉強とうるさくするかわりに、二人をサンセイとモクミにまかせた。
勉強がいやならば、
伊都内親王の住まいの南側の使用人の小屋や畑などがある半町は、守平と業平、サンセイとモクミに荒らされっぱなしだ。見た目とちがって業平は、
とくに乗馬が好きで、阿保が馬を四頭もそろえてくれたので、しばしば遠乗りにもゆく。奈良の帝から相続した長岡京の邸と土地を、阿保はさらに買いふやして別荘と田畑にしている。都から長岡までは人通りが多いので早駆けはできないが、遠乗りにはよい距離だった。守平と業平はサンセイとモクミをつれて、よく長岡の別荘に遊びに行く。
六月になって、淳和の帝の孫の
淳和の帝と高志内親王は異母兄妹だったから、二人の間に誕生した子は体が弱いこともある。孫の正道王も弱い体質をついだのかもしれないが、淳和の帝の遺族が亡くなると宮中の
守平と業平は大人たちの緊張を敏感に感じていた。だが人生経験が少ない二人には、なにが起こっていて、その先になにが持ちあがるのか分からない。
九月のはじめに大雨がふって川があふれた。京中の橋と
見に行こうとしていると、サンセイとモクミが新しい
「はァーッ?」
「人、死んだ。家、流れた。見たいのバカ。道、グチャグチャ。馬、かわいそう。バカ歩く」とサンセイ。
「こんな舎人みたいな恰好で~ぇ?」と業平。
「舎人、靴、ない。怪我、困る」とモクミ。
「靴はく!」とサンセイ。
長靴の上に浅い草鞋(わらじ)をつけて、サンセイとモクミがミノを着せた。
「行こう!」とサンセイ。
「なんで、おまえが仕切るのさ」と守平。
「
「それ、合ってる」とサンセイ。
「ねえ。おまえたちって、ほんとうは、もっと話せるだろう?」と業平。
「
「軽いのは烏帽子じゃなくて、守兄の性格でしょうが」と業平。
天変地異は不吉なできごとの前ぶれで、人は
山崎の
「おなじとき、生きるように生まれた。だから、みんなで生きる。困っているとき助ける。困ったとき助けてもらう。分かるか」とサンセイ。
「分かるよ。あれ……まだ子供だ」と業平が、流れてきた溺死者に寄ろうとする。
「怖かっただろう。かわいそうに」と守平も追う。
「動くな! モリ! ナリ! 足とられる」とモクミ。
「引き寄せる」とサンセイが、サオを探してきた。
崩れた船着き場の石垣の石を運んだり、流れて打ち上げられた戸板や木材を運んでいると、屈強な男たちを指揮して残った橋げたを調べさせていた
「…?」見覚えがあるような気はするが、分からない。
「
「ああ…」名乗られて思いだした。遊郭に行ったときに、音人が連れていた土師の手配師だ。山崎橋周辺の
「もう、
「朝廷からですかい。
「じゃあ、人助け?」と業平。
「そんなタマにみえますかい。ここは、うちが
溺死者は、わらの上に並べておくんなさい。木材は高みに運んで、乾きやすいように立てておくんなさいよ。使えそうなものは使いやす。石は大きさを分けて積み上げてくだせい!」
けっきょく長岡の別荘に帰るのさえ、おっくうになって、小高い場所に建てられた大きめの小屋で、見知らぬ人と炊きだしの
「お邸の方は、ごぞんじですかい」と
「行先はつたえたが、泊まるつもりはなかったから」と髪についた泥をポロポロ落としながら守平が答える。
「知らせたがよいと思いやすよ」と雄角。
「だめ。離れない、行けない」とモクミ。
「なるほど…」雄角までが、モクミの言葉を解して腕を組んだ。
「春先に、雇われ盗賊にねらわれたそうでやすな。だが、その格好じゃ、だれにも分かりゃしませんぜ」と雄角。
「われら、思った、いい」とサンセイ。
「離れない。流れに行く。危ない」とモクミ。
「ねえ、モクミ。あのとき、モリ。ナリって怒鳴ったろう?」と業平。
「忘れた!」とモクミ。
「そうだな、坊ちゃんたちは、こんな所をごぞんじないから、そりゃ目を離さねえほうが、よゥございましょうな。これから
「われ、サンセイ」「われ、モクミ」
「紀氏さまのお許しがでたら、男山の木を少し
「ノホキリ(鋸)ない」「テップ(鉄斧)ない」
「いや、山や木の具合を見てもらえればよいので。素人が、やたらと伐ったら、あとで山がこまりやしょう」と雄角。
避難してきた人や助けにきた人が詰まった部屋で、サンセイとモクミに挟まれて守平と業平は横になった。守平の腕を枕に、業平はスースーと寝息をたてているが、守平は寝付けない。
体臭と
洪水が起こった日から、八日後。まだ水は引いていない。都も西の京の南西部は道が泥の川となり、泥に埋まった小屋もある。
米やマキの値が上り、河内平野からくる野菜も、難波から運ばれる魚も届かない。
庶民のなかに
重陽の節会は、菊の宴ともよばれる。菊花を浮かべた酒を
この
祖父の
国道は非常に有能だった。能吏として評価されて
この家系を背負った伴善男は、これまで内裏のなかにある
文官ではないので、阿保親王は「自宅にいます」とことわって重陽の宴にでなかった。京の都は、東に
阿保の立場はむずかしい。弾正台で阿保の下の
山崎の泊りから帰ってこない二人の息子を思いながら、阿保は邸で菊花を浮かべた盃をかたむけた。松の
この日は、
それなのに「そこの者。とまれ!」と先頭の若い巡回使が
「荷をあらためろ」と巡回使が
主らしいその男が書状と木札をだして小者に渡し、小者からそれを受けとった京職の役人が、そのまま巡察使に渡した。
弾正伊の阿保親王の身元保証書と、
「知っているのか」
「はい。例年のことです。行かせてよろしいでしょうか」
「ああ」と不機嫌そうに新入りの巡回使がうなずいた。
「行ってください」と京職の役人が、男たちをうながす。
道の掃除も、どぶさらいも、土塀の補修も、住んでいる人が家のそばをきれいにすることになっているが、熱心にする人は少ない。それを管理する京職は忙しい。
弾正台の新入りに余計なにことをされるのは、うんざりだ。
もう十年以上も重陽の宴のころに紀伊からとどくものを、守平も、阿保も、伊都も、業平も、邸中が心待ちにしている。弾正台の役人に止められた男たちの一団は、伊都内親王の邸の
「おお!」と戸を開けた舎人が、うれしそうな顔をした。
「あれ!」と
「よお」と走り寄った馬飼いは、荷車を運び入れるのを手伝う。
「
下女が井戸の水を汲み足洗いの桶を満たす。
知らせをきいた
「シャチどの!」
「伊都さま。ご
「さあ、早く…」と、三十八歳になった伊都は、シャチの手を握って引きずらんばかりだ。
伊都内親王と阿保親王は、
伊都の母の平子は、藤原南家の
子供に異常がでることが多いので異母兄弟婚は禁じられたし、内親王は家臣と通婚できないから、もともと配偶者のあてがない。だから多くの内親王がヒッソリと生涯をおくる。なかには出家して
そんなときに、ときの淳和の帝が用意した縁組だ。南の国から年上の甥の親王が帰ってきたのだ。
くらべる相手はないけれど、阿保親王は包容力があり生活力もあるよい夫だ。結ばれて業平が生まれてから、伊都は阿保の邸の一棟で育つ守平のことが気になりはじめた。身分の
守平の母が子をたずねてきたと知ったときは、阿保を愛しはじめていたから嫉妬した。阿保は音楽が好きで、笛も
婚姻のかたちは男が女のところに通う
その子の母親が訪ねてきていると聞いたときは、血が引いた。
…この邸に身分の
ある日、ようやく歩きだした業平に
「お名前は?」三歳ぐらいの子は、キョトンと伊都を見あげている。男の子のそばで膝をついてひかえた若者が、「
「あなたは?」
「阿海の母で、シャチともうします」
予期していなかったので、伊都はつまった。目をしばたいているあいだに、ためていた
「母って、え…あ…どうして、そのような
返事がない。聞こえないのかと「もう少し、こちらへ」と大声をだすと、水干姿の若者は子供の手をひき、立ちあがって寄ってきた。その仕草も表情も、えらく男前で、これほど
伊都は二十三歳。誕生日を祝うことがないし年号が変わるので、庶民は自分の年を忘れてしまうから分からないが、シャチもおなじような年ごろ。眼のまえで片膝をついてひかえられると、
「いつも、そのう…男のような姿でいるのですか」と、こんどは伊都の母の平子が興味深そうにたずねた。
「さようでございます」とシャチ。
「母君は」と平子。
自分の母を母君とよぶとは思っていないシャチが、意味が分からず、いぶかしげな顔をする。平子のほうは言葉が通じないのかと大声で区切って聞く。
「あなたの、お・か・あ・さ・ま・は、お・元・気・で・す・か?」
「生まれたときに、亡くなったときいています」とシャチ。
「父君は」と平子。
「二年まえに
「いまは、お一人きりですか」と、もともと嫉妬深い性格ではない伊都が口をはさむ。
「兄が三人おります。三人とも、おなじ船に乗っています。父も叔父も
「あなたは…えーっと」と伊都。
「シャチともうします。船の上で育ちました。いまも大船に乗っております」とシャチ。
「もしかして…あなたは、あのう…
「はい?」と、まぶしそうな目で伊都を見あげて、シャチが苦笑いをした。
シャチに会って、阿保が守平を自邸で育てることを受けいれた伊都は、守平を自由に自分の住居に遊びにこさせて泊めたりするようになった。
それから十余年。伊都の母の平子は亡くなり、阿保は伊都のために邸を建ててくれた。渡り鳥のように一年に一度、シャチは息子をたずねてきて滞在する。そして、いつのまにか伊都はシャチの航海の無事を祈り、シャチは伊都の邸にもどってくるようになっていた。運んでくる木箱は二重底で、下に珍しい異国の品をかくしている。
「
「業平さまと、守平は」とシャチ。
「まあ、聞いて。帰ってこないのですよ。あの子たち…」と伊都。
ずっとまえに、シャチが植えた伊都の庭の銀杏が色付きはじめている。
藤原
阿保親王は十八歳から三十二歳になるまでの十四年間を、大宰府の
バカかもしれないと少し期待をしたが、
大柄で整った容姿をしていて、
「紀伊の
「はい」と
「それで」と良房。
「はあ」
「なにをしている」
「いつもと、おなじようで、東寺の真如さまが、たずねておられるようです」と三竹。
「かわりはないのか」ろ良房。
「はい」
五戸の責任者が集まって、道の掃除や、隣のようすを気にかけるような仕組みがある。あるが、うまく機能はしていない。その仕組みをつかって、良房は
阿保親王の邸は良房の小一条第から近いから、三竹は阿保家の家令の
阿保の弟の四品
真如のばあいは、空海に惚れこんで出家してしまった。出家するまえに生まれた息子や、その母たちに邸を渡して、修業僧として身一つで空海に師事している。変わり者といえば、こっちも変わり者だが政治にかかわる心配はない。
だから伊都内親王の邸の裏口に、中年の修業僧と潮焼けした無冠の男たちが出入りすることを、良房はふつうだと思っている。いまのところ、阿保親王のまわりに不穏な動きはみられない。
「あれは?」と良房。
「どれでございます」と良房の目を追って、三竹が聞く。
「
「ああ。かれこれ十年になりますか。京職の役人が使ってくれぬかと連れてまいりました。孤児の童でございます」と三竹。
「孤児……十年もいるのか」
「はい。おとなしい子で、ていねいな仕事をします」
「おとなしいか。口答えをしないのか」と良房。
「言いつけたことを黙って、まじめにする子です」
「人づきあいは」
「うまくないですね。人に逆らいませんが、口下手なせいか一人でいるのが好きなようです」
「名は」
「連れてこられたころは、四、五歳にみえましたが、自分の名も親の名も覚えていないようでイチと呼んでいます」と三竹。
良房は、その童の働きぶりをしばらく眺めていた。几帳面な仕事ぶりだ。
「まじめで人に逆らわないか。十五、六歳にはなっていよう。戸籍を作ってやれ。
「はい。ありがとうございます」と家司がうれしそうな顔をした。
十一月の
良房の同母弟の藤原
「本心を聞かせてほしい。信用に足りる男と思うのか」と徹底的に人払いをした
考えをまとめるために、
「嵯峨太上天皇のまえで、たしかに源氏を守ると約束しました。そのとき嵯峨院には一郎や二郎や四郎がおりましたから、その約束は違えないと思います」と常。
「そのことを右大臣は、どう思う」と仁明天皇。
もう一度、常は間をおいた。
「帝。源氏は臣籍降下した帝の臣下でございます。特別扱いをなさらないようにしてください。
仁明天皇が鋭い目を常にすえた。仁明天皇は三十一歳。源氏の中で、もっとも優秀な源
この二人だけで無く、嵯峨太上天皇には分かっているだけで四十九人の子がいる。そのうちの三十二人が源氏だ。
「嵯峨の帝は、ひどく、お悪いのか」と仁明天皇。
「ご
「国政のことなど考えられたことは、一度もあられまい。
最後のわがままが、源氏を守るために
「中納言を正三位にしておけば、
「わたしは、まだ、その先があるように思います。どこか、ふつうではない気味悪さを、わたしは良房さまに感じています。お気をつけ下さい。帝」と常が見上げた。
キシキシと、
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