決着?(強化魔法)
爆炎が俺たちを包み、隠れ里すべてを焼き払われたと思っていたが、俺たちは無事だった。
「良かったです。間に合いました」
俺たちの前に現れて、爆炎を防いだ少女が立っている。
「ミコ、魔法は無事に完成したんだな」
「はい。問題ありません」
そう言って、笑うミコの背中には色鮮やかな蝶のような丸い4枚の羽が生えている。
これがエルフが使いディアボロを葬ったと言われる強化魔法の効果。
「綺麗だ」
ミコは照れたようにふいと俺から目を逸らす。
そしてその鱗粉のようなものが、俺たちを包み爆炎から守ってくれていた。
里全体を包むようなドーム状の虹色の光。
それは温かい光を放ちながら、俺たちに覆いかぶさっている。
「時間稼ぎをありがとうございました。アリス、修平、カエデ」
ミコは俺たちにそう言って、空へと羽を一回はばたかせるだけで飛び上がった。
「次は、私が守る番です」
邪悪龍ディアボロと同じ高度でにらみ合った。
あの龍は今、何を思っているのだろうか。
全てを焼き払うほどの魔法を、ミコに防がれ悔しがっているのだろうか。
それとも何も考えず、自分の食欲にしか興味はないのだろうか。
ミコは蝶の羽をはばたかせ、まっすぐに黒龍へと飛んだ。
俺には全くその動きをとらえられなかった。
動いたと思った瞬間、黒龍の腹部にミコが強烈なパンチを浴びせているのが見えたのだ。
強化魔法と言うのは、こんなにもミコを強くできるのか。
アリスの剣戟にびくともしなかった黒龍は、苦悶の声をあげながらそのまま吹き飛ばされる。
そして雄たけびを上げたディアボロは、隠れ里へ深い穴をあけた焔のブレスをミコへ向かって放った。
しかしそのブレスもミコが腕を払うだけで、かき消えてしまう。
何度も何度もディアボロはブレスを使うが、全てはじかれてしまっていた。
強すぎる。
先ほどの苦戦は何だったのかと言うほど、邪悪龍ディアボロはミコに手も足も出ていない。
まるでさっきのアリスとディアボロの立場を逆にしたような力関係だ。
ここまで圧倒されると気持ち良いくらいだ。
ディアボロがミコに向かってまっすぐに突撃して、口を大きく広げ、アリスにしたように丸のみにしようとした。
しかしそれはミコが前方に張った隠れ里に張ったのと同じバリアによって阻まれる。
大きく口を開けた状態で句中に固定された。
その口から紫炎がほとばしるも、バリアは完璧に防いでいる。
ミコはバリアから手を出して、ディアボロの牙を持ち、ぐるっとディアボロを振り回す。
邪悪龍ディアボロがて小柄なミコによって、ジャイアントスイングされて、地面にたたきつけられる。
ドゴォン!
地面を揺らす轟音がとどろく。
ミコは手の中に残った勢いで抜けてしまった牙をぽいと投げ捨てる。
そしてディアボロの腹に急降下して、踏みつける。
地面がミコのディアボロへの攻撃によって揺れていた。
まるで何かの恨みを晴らすかのように、執拗な攻撃が続いている。
ディアボロの身体が木々の間から、悶えながら空に火を吐いているのが見えた。
尻尾や翼が木々の上に出たり隠れたりして、暴れているのが分かる。
しかしミコの力が強いのか、再び空に飛び上がることはない。
徐々にディアボロの鳴き声が小さくなって、尻尾や翼が見えなくなる。
それでもミコが攻撃しているような打撃音が終わらない。
静かな森の中で、その振動だけがどこか不気味に続いている。
まだディアブロをだ押しきれていないのだろうかと不安になった。
そこで俺たちはミコが戦っている所に向かう事にした。
ディアブロが地面に横たわり、腹の上にミコは仁王立ちしながら、真下に向かって何度もこぶしを振り下ろしている。
ミコはディアブロの返り血を浴びて、半身を赤く染めていた。
そしてディアブロは、既に生き絶えているように見える。
頭を半分潰されて、翼や腕もボロボロに潰されている。
それでもミコは妖しい蝶の羽を輝かせながら、ディアブロの巨体にこぶしを叩きこんでいた。
何かに駆られるように、一心不乱にディアブロを殴り続けている。
その異様な様子に俺たちは、息をのんだ。
そしてアリスはミコに近付いていった。
「ミコ、何をしているの?」
アリスに気付かず、ミコは延々と殴り続ける。
「ミコ!」とアリスはミコの肩を引っ張り、無理やりミコの暴力を止めた。
「どうしたの?ミコ、ちょっとおかしいわよ」
「アリス……?」とミコはやっとアリスに気付いたようだ。
しかしどこかぼんやりとした様子をしている。
「大丈夫?気分はどう?」
「アリス、大丈夫です。なんか、興奮しちゃって……」
アリスの顔を見て、落ち着いてきたのかミコはやっと会話ができるようになったようだ。
「ふぅ……、もう大丈夫です。申し訳ありません」
「良かった。ミコ様」
カエデさんがミコの身体についた血を、丁寧に拭く。
「邪悪龍ディアブロを倒せたわね。やっと終わったのね」
アリスが伸びをしながら言う。
アリスのいう通り、これでロックジャイアントからの一連の戦いはすべて終わった。
ダークナイト・グランドの策によって復活した邪悪龍ディアボロも、エルフたちの力によって倒された。
これでミコも自由の身に。
ミコの顔を見ると、どこか晴れ晴れとしているように見える。
それもそうだろう、終わることがないと思われた役目ももう終わったのだ。
「さあ、里の者に報告しに戻りましょう」とカエデさんが言った。
「里……」とミコが呟いた。
「そうね、みんなに報告しないと。きっと喜ぶわ。2日連続で宴会ね」とアリスは宴会を楽しみにしているようだ。
短い付き合いだけど、宴会とか早食い大会とかそう言った騒ぐことが、アリスは好きなのはわかってきた。
「里……。みんな……、うっ……」とミコが頭を抱える。
「ミコ様?」とカエデさんがミコに手を伸ばす。
しかし唐突に背中の蝶の羽をはばたかせて、空へと舞い上がった。
その風圧に俺たちは、無防備で吹き飛ばされる。
ごろごろと転がって、何にもぶつからずに草の上で止まった。
危なかった。
もし木とかにぶつかっていたら、死んでしまったかもしれない。
「ミコ?」
アリスにつられて見上げると、空にミコが浮いていた。
そして様子がおかしい。
まず背中の蝶の羽が、虹色に輝いていたはずが、今は黒く染まっていた。さらに二回りも、羽が大きくなっていた。
その身体にかかった返り血によって、不穏な気配を感じる。
「ミコ様、どうされたのですか?」
カエデさんが心配そうに声を掛ける。
「あぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
返事をする代わりに、ミコは叫び声をあげた。
まるで悲鳴のような声。
「ミコ!どうしたの!」とアリスが声を掛けても、悲鳴にかき消される。
「おい、ミコ!降りてこい!」
俺も悲鳴に負けないように言うが、全く届かない。
何が起きているのか分からない。
ミコの身に、どんな変化があったのだろうか。
ミコの蝶の羽から、何本もの細いレーザーが宙に放たれた。
それは放物線を描き、里の方へと落ちて行く。
ドドドドドンといくつもの爆発が重なる。
レーザーが落ちて、爆発したのだろう。
続いて、何度も黒い羽根から細いレーザーが、間髪を入れず放たれていく。
「何をやっているの、ミコ!」とアリスが言うが、ミコは気付かないようで、頭を抱えて絶叫している。
俺から剣を受け取って剣を掲げるが、そこで動きを止めた。
それはそうだ、そのまま魔法を使ったらミコを傷つけてしまう。
「返すわ」と言って、アリスは剣を持たずに飛び上がった。
「ミコ!目を覚ましなさい!」とミコの肩を掴んで、地面へと押し倒した。
レーザーはひっきりなしに飛ぶが、その一部は里から外れて森の中に落ちる。
命中した不運な森の木がバリバリと音を立てて倒れていく。
「どうしたの!何が……!」
アリスが必死に声を掛けるも、ミコはわがままな子供がするように腕を振り回すだけで、アリスは横に吹き飛んでしまう。
そして木の幹にぶつかっても止まらず、何本かの木が犠牲となってしまった。
「何が、怒っているのですか……」
カエデさんが隣で困惑しているが、俺も同じ気分だ。
ミコの豹変に、俺たちはついていけずにいる。
「……い……」と悲鳴をやめたミコが、何かを呟いた。
「……くい……、さと……」
よく聞き取れない。
耳を澄まして、聞き取ろうとした、その時。
「里が、憎いぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!」
ミコが言葉を発し、同時に再びの風圧によって、俺もカエデさんも吹き飛ばされる。
二人で絡まり合いながら吹き飛び、何とか今度も生き残る。
「今、ミコ様……」
ミコの叫びを聞いて、カエデさんは衝撃を受けているようだ。
だけど俺は知っている。
ミコの心の内を。
与えられた役目に鬱屈とした感情を抱えていたことや、自由になりたいと願っていたことを。
しかしそれはもう終わった事ではないのか。
何故、こんなことを始めたんだ。
思い当たるのは、一つだけだ。
「魔法……」
「え……」
「ミコにかかっている強化魔法は、どういう物だったのですか?」
「いえ、何も、かけられた者のすべてを強化するというものと父は説明していました」
それは俺も聞いていた内容だ。
ミコがこちらに来た時も、成功したような雰囲気だった。
何か隠しているような素振りも見せていない。
だったら、魔法自体は成功したとしか思えない。
かつてこの魔法を使ったとされるエルフは、魔王軍に下った。
それは本当に魔法とは関係ないのか。
「アリス!」
「何!」と吹き飛ばされた場所から戻ってきたアリスに声を掛けた。
「お前が倒したダークエルフって、どんな感じだった?」
「どんな感じって」
「ミコと同じ様子だったとかないのか?」
アリスはミコを見上げながら、目を閉じた。
「会話はしなかったから分からないけど、そうね、暴走している、いえ、理性を失っている感じだったわ。ミコも理性を失っているとみれば、同じと言えるかしら……」
「じゃあ、これは魔法の影響……」
ドドドドドンという爆発音に、焦りが大きくなり、うまく頭で考えられない。
「あの魔法が、ミコをあんなにしたってこと?」
「そうかもしれない」
「危惧していた事態が起こったのね。でもミコに強化魔法を掛けなければ、ディアブロを倒せなかった。難しい所ね」
「みなさん、これはどうなっているんですか。何故、ミコ様は……」
木から木へ飛びながら、ガリアさんが俺たちの近くに来た。
「魔法には、副作用みたいなものがあるみたいよ。長く使っていると、暴走してしまうみたいな」とアリスが簡潔にガリアさんに説明した。
「そんな……。ミコ様、を止めるすべは……。ぐっ……」
ガリアさんは膝をついた。
「すみません。魔法には膨大な魔力が必要で、まだ回復し切れず……。皆は湖の向こうの避難所に隠れていますが、私は様子を確認しようと戻ってきましたが、こんなことになっているとは」
魔力が少ないというのは、つらいのだろうか。
顔に汗を滴らせて、苦しそうにしている。
「ガリアさん、魔法の効果って、すべてを強化するという事で、間違いないんですか?」
「は、はい。そう書いてあったと思います。肉体と精神をエルフ同士の波長を合わせることで強化し、何物にも負けぬ魔力を持つことができる魔法と……」
空でガリアさんは、書いてあったであろう一節を口にした。
そこに引っかかった所がある。
「精神も強化するんですか?すべてっていうのは、心も影響する?」
「そのまま文を受けるなら、そうですね。そうなると思います」
ガリアさんがうなずく。
そして俺は仮説を口にする。
「もしかしたらですけど、この魔法って、感情も強化してしまうのではないですか」
「感情の強化?」とアリスは復唱した。
空でもだえ苦しむミコの姿を見上げ、その仮説の信ぴょう性が増していく。
あれは、自分の許容量を超えた憎しみに囚われて、苦しんでいるのではないかと。
「そうだとしたら、どうするのよ!感情なんて、私達ではどうにもならないじゃない。しかも邪悪龍ディアボロを倒したのよ、私だけじゃどうにもならないわ。ダークエルフよりも強いと思うわよ」
「ディアボロは倒したのですね。今回は頭数はそろっていたので、その分強くなってしまったのですね」とガリアさんが分析する。
空で一人自分の感情に苦しむミコを救いたい。
だけど、心や感情が相手じゃ、どうにも……。
そう思って、ミコを見つめていたが、ミコとの思い出と共に解決策が思い浮かんだ。
憎しみ。
それが心の淀みだといえるのなら。
「湖です。あそこにミコを突き落とせば、憎しみを流せるかもしれない」
俺の言葉に、「はぁ、何言ってるのよ」とアリスが言ったが、「そ、そうですね。何で忘れていたのでしょう。それなら、行けそうです」とガリアさんが俺に同意する。
「アリス、あの湖はユグドラシルの魔力を受けている神泉から水が来ているんだ。その水には、心を洗い流す効果がある。だからミコをあそこに突き落としてほしい」
「彼の言っていることは、正しいです。どうか。お願いします」とガリアさんはアリスに頭を下げる。
「良く分からないけど、それが妄想出ないなら良いわ。それですべてが解決するのね」
俺たちは頷いた。
そしてアリスはミコに向かって、飛びかかる。
頭を抱え苦しんでいるミコは、簡単に吹き飛ばされていく。
レーザーは乱雑に落ちてくるが、もうそんな事を気にしている暇ではない。
「俺たちも行きましょう」
俺はカエデさんに背負われ、ミコのレーザーをかいくぐりながら、湖へと押していくアリスの後を追う。
ミコは抵抗らしい抵抗もせず、アリスに押されるがままだ。
強化魔法の象徴となっている羽の部分は暴走していて、そもそもミコが進んで魔法を放っているわけではなさそうだ。
自分の感情に苦しんでいるだけだ。
「これで、終わりよ!」
気合を込めて、アリスはミコを湖に叩き落した。
ドボンと言う音と共に、噴水のように高く水しぶきが上がる。
すぐに湖の水面は静けさを取り戻し、森の木々を鏡のように映しだした。
「お願いだ。戻ってくれ、ミコ」
「ミコ様……」
「ミコ、これで大丈夫なのよね」
俺たちは湖のほとりで、湖の中に落ちたミコを心配する。
ミコの言っていた通りなら、これで憎しみと言う感情は洗い流されたはずだ。
なら、ミコはいつものように照れたように笑ってくれるはず。
「何よ、あれ……」
アリスが湖を見て言った。
俺にも湖の変化が見て取れる。
湖の中心がピンク色に染まったのだ。
しかもそれは絵具を水に一滴だけ堕としたときのように、徐々に湖の水面に円状に広がっていった。
ゴクリと生唾を飲む。
まだ、終わっていない。
それがはっきりと分かった。
湖がピンク色に染まって、湖の中央からまるで湖の精霊のようにミコが下から浮き上がるように現れる。
苦しんでいる様子はない。
悲鳴や憎しみの怨嗟を口にしていない。
背中に生えた蝶の羽は、今度はピンク色に染まっていた。
両手は胸の前で握り合わされている。
そして彼女は呟いた。
「好き」
……と。
湖は心の淀みしか洗い流せない。
『愛』
人を慈しむ感情であると同時に。
それは憎しみと同じように、人が人を傷つける激しい感情でもある。
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