vs黒龍(紫焔の太陽)
『プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー』
アリスはディアボロに向かって、まずおなじみの魔法を使った。
それはディアボロに直進し、天空で翼を広げ、悠々と舞う黒龍に命中する。
ズドンと爆発して、ディアボロが煙の中に消えるた。
ぐるぉぉぉぉおおおおおおおお!
ディアボロが叫びをあげる。
そして隕石が落ちてくるように、アリスに向かって急降下する。
巨大な口を開けて、空中で上へ登っていくアリスを飲み込もうとしていた。
その巨大な口は、まるで赤黒い洞窟のようだ。
「アリス!」
その巨大な口に比べ、アリスの姿はまるでアリのようだ。
あまりにも大きさが違い過ぎて、俺は不安になって叫んでしまった。
アリスは俺の声に気付いたのか、俺の方を振り向いて、フリフリと軽く手を振ってくる。
そして巨大な口がアリスを飲み込もうとした瞬間、アリスは再び『プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー』と剣を振り、その巨大な口の奥に向かって放った。
ディアボロの口の中に飲み込まれた光の剣閃は、ディアボロの中で着弾し、くぐもった爆発音が聞こえてくる。
口から煙を吐きながら、ディアボロは地面へと今度こそ落下する。
ズドンと落ちて、それだけで膨大な砂埃と風を巻き起こした。
ディアボロとアリスの最初の衝突は、アリスが勝利したようだ。
アリスはすぐ近くに着地する。
「いったん時間リセット」と俺に剣を返してきた。
いつもアリスがピンチになるのは、剣が俺の手の中に戻ってくるタイミングだ。
ここで時間をリセットして、その可能性を少なくするのは賢い選択だろう。
「私の魔法が聞かないわけじゃ、なさそうね。口の中とかに攻撃すれば、攻撃は通じそうよ」
「柔らかい所って言っても、ほとんどないだろ。また口を開けてくれるまで耐えないといけないのか」
「そうね、一撃目は全然効いていなかったみたいだし、ダメージを与えられそうなのはそこらへんね。次は口を開けるのは難しそうだけど」
アリスは油断なく、落ちた黒龍を見つめている。
ばさっ。
翼を広げた黒龍は立ち上がり、翼をはばたかせ、再び宙に浮く。
その赤い瞳は、アリスをじっと見つめている。
きっと餌としてではなく、敵として判断したのだろう。
「新川、逃げなさい!」
俺から剣を奪い取り、俺に逃げるように指示しながらアリスは龍へと走っていく。
同時に龍は口から紫色の焔を噴き出した。
俺はカエデさんに引き寄せられて、カエデさんとともに地面に倒れこむ。
そしてさっきまで俺たちがいた場所を焔が焼く。
焔はアリスを追って、動いていった。
「あ、危なかった」
「良かった」
アリスは邪悪龍ディアボロの足元に向かって走り、焔はそれを追っていく。
俺から離れていく火の柱を目で追いながら、その火が焼いた場所は抉れて焼き焦げている。
その焼き焦げた穴を見てみると、底が見えないほど深い。
黒々とした深い穴があの焔の威力を物語っている。
ロックジャイアントもダークナイト・グランドも、こんなことはできないだろう。
今まで戦ってきた敵と、あの黒龍は格が違う。
アリスは俺に被害が出ないようにあの焔を引き付けてくれているが、俺はアリスに何ができるのだろうか。
何か、何か役に立てないだろうか。
少しでもあいつの気を安全にひくことができたり、口を開いたり……。
ドォン!
空中で爆発が起こる。
アリスの魔法がディアボロに当たった音だろう。
煙幕の中にいるが、かすかに映る影からディアボロは全く動じていないように見える。
結局のところ、いかにアリスの魔法が強力でも防御力が高すぎて効いていないので、どうにかしてダメージが入るように誘導しないといけない。
どうすればいい。
何度も焔をはき、隠れ里のあちこちが深く削れる。
今はアリスはよけ続けているが、いつ当たってしまうのか分からない。
「ディアボロですけど、翼がある割に全然動きませんね」とカエデさんが呟いた。
「そうだな。それにアリスの魔法に何度も当たっているな」
どういう事だろうか。
「もしかして、長い間封印されていて弱っているのか。例えば、空腹だとか」
「そうかもしれませんね。最初、アリスさんを食べようとしていましたよね」
最初、アリスと戦うような動きだったが、あれはもしかしたら空腹からの攻撃だったのかもしれない。
今のように口から火を出すような攻撃はしていなかった。
空腹だったとしたら、もしかしたら隙を作れるかもしれない。
「宴会で肉ってありましたよね。それってまだ残っていますか?」とカエデさんに聞く。
カエデさんはミコとガリアさんと共に祭りの運営をしていたから知っているはず。
「はい。それなら、里の倉庫の中に入っています」
「倉庫はどこ?」
「神社のすぐ近くです。それをどうするつもりですか?」
「ディアボロの隙をつくる。アリスがもう一度、口の中に攻撃できれば倒せるかもしれないだろう」
「な、なるほど……」とカエデさんがうなずく。
その時、ドオンと音がして、近くの建物が崩れた。
なんだと驚いて、そこを見る。
するとそのがれきの中からよろよろとアリスが、身体のすすを払いながら現れ出た。
「おい、大丈夫かよ!」
少し声を荒げて言ってしまう。
アリスが負ければ、俺たちは敗北。
その事実が俺を焦らせていた。
「大丈夫よ。ちょっと失敗しただけよ」とひらひら手を振る。
それは俺たちを安心させるための芝居なのか、本当なのか。
俺にはその判断はできない。
ちょうど剣が俺の手の中に戻ってくる。
「俺たちは神社に行く。そこに肉があるから、それであの腹ペコ龍の隙を作る。俺たちが準備できたら何か合図する」
「了解。そっちについては任せるわ」
軽く説明すると、アリスはすれ違うようにして、俺から剣を受け取り再び黒龍へと立ち向かっていった。
「新川さん、行きましょう。馬車ではこの先は進めませんので、どうぞ」とカエデさんがしゃがむ。
後ろに手を回して待っている姿は知っている。
おんぶだ。
一瞬、躊躇する。
この年になって、見た目が同年代の女性におんぶされるのか。
いや、でもその方が理にかなっている。
ためらえば、ためらうほど、下心があるように見えてしまうに違いない。
「じゃ、じゃあ、お、おねがいしゅ、します」
ヤバい、噛んでしまった。
俺はカエデさんの肩に腕を回し、背中に覆いかぶさるように身を任せる。
「よいしょっと」と少し年寄り臭い掛け声をして、カエデさんは立ち上がった。
少し揺れて、咄嗟にバランスが取れず、思わず腕に力を込めてしまう。
首を絞める動作にも、カエデさんは全く意に介さなかった。
「では、行きます」
そう言って、カエデさんは駆けだした。
ドンと地面を踏み抜く音がして、カエデさんは車のような速度で走り始める。
後ろにおいてかれそうになり、必死で俺はカエデさんの背中に抱き着いた。
するとカエデさんの柔らかい女性の身体に身体を摺り寄せることになっていしまう。
俺よりも身体が細く、ぷにぷにとしているのに、俺をおんぶしていても全く重さに振り回されることはない。
首に手をまわしていると、腕の下側でカエデさんのお胸が若干触れて、それの熱が伝わってきてしまう。
俺にはミコと言う恋人がいるのに、こんなおんぶなんてもので惑わされるなんて。
「こうしていると、ミコ様の幼いころを思い出します」とカエデさんが言った。
ミコと言う名前が出てきて、俺は罪悪感でドキッとしてしまう。
「父と同じ職に就いたおかげで、ミコ様のお世話係をすることになって、ミコ様の幼い時にはこうしておんぶをしていました」
カエデさんは全く俺を背負っている最中に、ミコの事しか思っていないみたいで、何か男として悲しくなる。
「ミコ様は好奇心旺盛で、村中を私に背負われながら散策したものです」
「そうですか。そうなると、今のミコはかなり落ち着いていますね」
そう答えると、カエデさんは「そうですね」と言って口籠った。
「ミコ様は前里長から力を受け継ぐまでは、快活な方でした。受け継いだ途端に、落ち着いてしまわれて……。仕方ない事なのですが……」
「他のエルフの何百年の記憶を受け継ぐ訳ですから……」
そうだよな。突然、性格が変わったら、俺も寂しく思ってしまうかもしれない。
俺は気まずくなって、空で行われる光と紫の焔の戦いを見上げた。
アリスは空を飛ぶ龍の近くで光の盾で足場を作りながら、龍の周りを飛び回り、効果のない魔法を撃ち続けて気を引き続けている。
女神の剣で切りかかっているが、女神の祝福のかかった剣でもあの龍のうろこを貫けないようだ。
まるで空を飛ぶ要塞だ。
その時、黒龍は翼を紫に光らせた。
その光からいくつものとげのような先端が出てくる。
とげのすべてはアリスに向かって、伸びていた。
それは唐突にアリスに射出される。
まるで雨のようにアリスに射出されて、アリスは光の盾や剣でそれを払い落としていく。
その攻撃はあまりにも広範囲で、俺たちの所にも降ってきた。
「カエデさん、気を付けてください」
俺の言葉で空から落ちてくるとげに気付いて、すぐにとげの着弾地点から逃げる。
地面に落ちたとげは、地面に8割くらいの長さを埋めていた。
その太さも人間の腕くらいは十分にあるようだ。
ぞっとする。
地面よりも柔らかい自分の身体に刺さればどうなるだろうか。
神社にはだいぶ近付いた。
黒龍が出てきた穴が見えてくる。まるで地獄の底に続くような巨大な黒い穴だ。
ここにユグドラシルが生えていたとは、今となっては信じられない。
二つに割れて倒れるユグドラシルは、黒く枯れて青々とした木々の中に横たわる様子は違和感しかない。
「倉庫は、あそこです」
神社の近くに立つ大きな木でできた巨大な建物。
神社内にあった倉庫とは別の建物のようだ。
手の中に剣の重みが戻ってくる。
ちょうどいい。
アリスに伝えよう。
そうして剣を取りに来ているだろうアリスを迎えるために振り向いた。
するとそこには、身体中に切り傷ができたアリスがいた。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫よ。だいぶ、強いわね、あの黒い龍」と普段通りの口調で笑う。
「あともう少しだ。頑張ってくれ」
「分かったわ」
剣を受け取って、こちらに目掛けて吐き出された火球を薙ぎ払う。
「カエデさん、急いでください」
「分かっています」
僅かに速度は上がったが、でもこれが限界のようで、なかなか辿り着けないことにいら立ちを覚えてしまう。
それをぐっと我慢して、その建物を見続ける。
「着きました。カギは、かかっていません」
カエデさんは俺をおろして、扉に飛びついた。
両開きの扉は、ギィと音を立てて開く。
そしてひんやりとした空気の中、干し肉の独特のにおいがする。
そこには大量の肉が棚に所狭しと収められて、並んでいた。
「これだけあれば……」
「すべて使っても構いません。ディアボロを倒せなければ、生きていけないのですから」
でもどうやって出そうか。
俺とカエデさんしかいないし。
これを出そうとしたら、たくさんの人出が必要だ。
どうすれば……。
いや、逆か、どうやってここを外にするか考えればいい。
「カエデさん、この倉庫は壊しても大丈夫ですか?」
「はい。必要ならば」
「なら、カエデさん、この壁を壊してもらっても良いですか」
「なるほど、この倉庫を壊して、この肉を外に出すという事ですね」
カエデさんの理解が早い。
「外に出ていてください」
俺はカエデさんにその場を任せて、外に出る。
そして出た瞬間に、『エア・フォース』と呪文を唱える声がして、倉庫が巨大な竜巻に囚われる。
しかもかまいたちのように、切り刻まれてもいるようで、倉庫の壁や天井が細かくなっていく。
ばらばらの木くずになった倉庫だったものは舞い上がり、そして無害なものとして周囲の地面へ落ちてくる。
ここまでの事を想定していなかったので、あっけにとられてしまった。
もしかしたらカエデさんも、ミコやアリスたちに隠れているが、想像以上に強いのかもしれない。
それでもこれでおとりとなる餌は、準備ができた後は……。
「カエデさん、火の魔法は使えますか?」
「え?苦手で弱くても大丈夫なら……」
「それで構いません。肉の匂いをあのディアボロに気付かれるようにするんです」
そしてちょうどいい事に周りに、燃えやすい木屑が周りに落ちている。
「よし、火をつけたら、逃げましょう。ここは危ないです!」
火の魔法を使って、木くずが燃え上がったのを確認する。
カエデさんにまたおぶさって、その場から逃げる。
合図をすると言ったが、普通の火が燃えていたりさっきの風魔法が合図となるだろう。
空で戦っている姿を見るが、気付いているのかいないのか分からない。
また剣が戻ってくる。
もし伝わってなくても、剣を取りに来た時にでも伝えられる。
そう思ったが、ディアボロの尻尾の攻撃に当たって、アリスが地面に吹き飛んで行ったのが見えた。
そしてアリスの落ちた地面に向かって、ディアボロは口に焔をほとばしらせようとした。
しかしディアボロの視線は、アリスから外れた。
俺たちでもなく、さっき火をつけた場所を見ている。
見つかった。
予想よりも見つかるのが早い。
アリスに伝える前に、気付かれてしまった。
黒い龍はその黒い翼を広げて、嬉しそうに空に雄たけびを上げる。
「カエデさん、アリスの所に」
カエデさんは方向転換し、アリスの落下地点に向かった。
バサッと音がして、ディアボロは翼で宙を撃ち、地面に落ちている肉に向かって急降下する。
まずい。
隙を作るために肉を使ったのに、そのまま食べられては意味がない。
せめて通信機器とかがあれば、うまくタイミングを計れたのに。
そう後悔しても、後の祭りだ。
しかしアリスの落ちた所が爆発し、アリスが飛び出してきた。
風のように俺たちとすれ違い、俺から剣を取って、「ありがとう」と短く言って背後へと消えていく。
あっけにとられていると、背後で爆発が起きる。
それはディアボロが地面の肉を食べるために口を開けた所に、アリスが魔法をぶち込んだ音だった。
ディアボロは地面に落ちて、そこでのたうち回り、今度こそ痛み苦しんでいる。
良い感じに体内まで、魔法が入り込んだのだろう。
もしかしたら、俺たちだけで倒せるのかもしれない。
のたうち回る龍の近くで、様々な方法で切りかかるアリスの姿を見ながら思った。
しかしそれは甘い考えだった。
アリスの追撃をものともせず、ディアボロは起き上がり、空へ舞い上がる。
そして全身から、紫の焔を燃え上がらせた。
まるで禍々しい太陽のようだ。
その焔は巨大なディアボロの姿を覆い隠し、さらに巨大になる。
何をしようとしているのか分からないが、何か嫌な予感だけは猛烈にあった。
死が目前まで迫っているような不穏な感覚。
冷たい汗が身体中から噴き出し、頭が事実を否定するかのようにぐらぐらと揺れるようにめまいがした。
カエデさんは俺を背負いながら、脱兎のごとく逃げ始める。
同じ感覚をカエデさんも感じているんだと、少しだけ安心した。
しかしそんなものでは逃げられないだろうという事が、感覚で分かっている。
巨大な太陽は、ディアボロを完全に包み、猛烈な熱波を周囲へ放ち始めていた。
「逃げなさい!」
背後からアリスの焦ったような声がする。
初めてきくような声。
そこからもあの魔法のヤバさが分かった。
しかし、逃げられない。
俺たちに追いついて、背後で光の盾を展開するアリス。
そしてその太陽は爆発した。
濃縮された焔は、ディアボロを中心に円状に広がり、全てを焼き尽くさんと解き放たれる。
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