秘密(1000年の記憶)

 ミコが『フォレスト・バインド』と唱え、地面に手をつく。


 手をついた地面から木が盛り上がるように伸びて、ユグドラシルへ向かう。




 その間にもユグドラシルは枯れるように黒くなっていく。


 ミコの魔法によって生えた木はユグドラシルに絡まり、まるでツタのようにユグドラシルを包んでいく。


 これで守れるのかと思ったが、地面から生えている尻尾が暴れるとその木は簡単に砕けてしまう。


「うくぅ……」とミコが声を上げる。


 何度も何度も木は伸び、ユグドラシルを守ろうとしているが尻尾によって簡単に阻まれていた。




『シャイニング・セイバー』


 ユグドラシルに当たるのを危惧してか、光の刃を飛ばす魔法を使って攻撃する。


 それは尻尾に見事命中したが、全く傷付いた様子はない。


 もしかしたら表面に傷はついているのかもしれないが、血が出ていたり切れたりしていたりはしていなかった。




 そしてバリバリと何かが壊れるような音が聞こえてくる。


「ユグドラシルが!」とミコは悲鳴のような声を上げた。


 見るとユグドラシルの根元近くの幹にひびが入っている。


 邪悪龍ディアボロの封印がとかれようとしていた。


 ダークナイト・グランドが残したと思われる杖によって、ユグドラシルが黒く枯れたせいである。


 俺たちはダークナイト・グランドに勝負に勝ったが、試合に負けた。




 あれにとっての本当の目的は、ユグドラシルを破壊し、邪悪龍ディアボロを復活させること。


 俺たちは、杖の存在に気付かない時点で既に負けていたのだ。




 ミコの植物魔法は尻尾に妨げられ、アリスの魔法も効果はいまいちだ。


 このままでは、封印が解けてしまう。




 その時、ビッと音がして何かが俺たちの上空を飛び、ユグドラシルに向かっていく。


 そしてユグドラシルに当たると、それは爆発するような音を立てた。


 その後、ビキビキと音を立てて、ユグドラシルの幹を凍らせていく。


 同時に尻尾も動きが鈍くなり、力なく横たわる。




「助かったのか?」


「いえ、あれは、万が一に用意された応急処置にすぎません。しかし少し話をする時間くらいはございます」


 背後から声がした。


「ガリア!」とミコが声を上げる。


「すみません。不穏な音がしたので、急いで追ってきました。間に合ってよかった」


 屋根の上を伝ってきて、すぐ近くに着地したガリアさんは笑った。


 これほど頼もしいと思ったことはない。




「話をするってどういう事?そんな事をしたところで、あれを止められるの?」とアリスがガリアに聞いた。


「はい。私に策があります」


 ガリアが自信ありげに答える。


「まさか。昨日、言っていたあの魔法ですか……」


「はい。あれを使うしかないと思われます」


 ガリアとミコだけで、話が進む。




「そうですね。それしかないですね。だったら、その魔法は私が使います」


「ですが……」


「危険なんですか」と口籠ったガリアさんに聞く。


「いえ、そもそも危険なのかどうかも、分かりません。ですが、使うしかありません。あの邪悪龍ディアボロを倒した魔法ですから」


「ディアボロを倒した?そりゃ凄い!」と俺はミコの言葉を聞いて喜んだ。




 そんな魔法があるなら、心強い。これでもうあのディアボロにおびえる必要はない。


「それでその魔法を使うのに、ためらうのはどういう意味なの?」とアリスが冷静に質問をする。


 ミコは目をつぶり、そして静かに話し始める。


「この魔法は、アリスが倒したダークエルフが使ったと思われる魔法です」


「ダークエルフ?」


 どこかで聞いたと思ったが、アリスが単騎で魔王軍に突っ込んで倒したと言われていた魔王軍の幹部だ。




「遥か昔の話です。邪悪龍ディアボロが暴れていた時、私達エルフ族も人間と共に魔王軍と戦っていました。その時は、隠れ里もなく、エルフ族の人数も人間と負けず劣らずいました」


 ミコは当時に思いをはせるかのように、目を閉じながら話し始める。


「しかし邪悪龍ディアボロが魔王軍との戦いの準備をしているエルフの軍に攻撃を掛けてきました。ディアボロとの戦いは凄惨を極めました。多くのエルフが傷つき倒れ、そして多くの者がなくなりました」


 苦しそうな声色で語る。


 まるでその戦いの光景を見たことがあるかのように。




「その時、エルフ族に天才と呼ばれた魔法研究者がいました。彼女は魔法を使い、邪悪龍ディアボロを倒しました。しかし彼女は何を思ったのか、魔王軍へと下りました。詳細は誰も知りません」


「どうして?」


「ディアボロとの戦いで生き残りはいなかったからです。エルフ族で生き残ったのは、負傷し治療をするために下がっていた者たちだけ。私達が戦場に戻った時に見たのは、激しい戦闘によってボロボロになったエルフたちと荒れ果てた大地、そして瀕死となっている邪悪龍ディアボロの姿だけでした」




「その瀕死となった邪悪龍ディアボロも、当時の私達では倒しきれなかった。だから当時のエルフの長であった植物魔法の使い手が、ユグドラシルと言う封印を作り上げて邪悪龍ディアボロを封印した」とガリアさんが続ける。


「エルフはその襲撃で、同胞のほとんどが失われてしまいました。私たちは人間の王と話をつけ、この邪悪龍ディアボロの封印を隠して守り続けるという盟約を王と結びました。隠れ里を作り、エルフが絶滅しないように戦いから離れるという盟約を」


 それが隠れ里の設立の流れ。




「なるほどね。そんな事が昔あったのね。私は全然知らなかったわ。お父様も知っているの?」


「はい。隠れ里を守る上で情報の秘匿は重要でしたから、王は自身とその後継者にしか告げないという決まりでした」


「ふぅん。そうなのね」


 アリスは口をとがらせながら、不満そうに言った。


 自分に隠し事をされているのを気にしているのだろう。




「あら、そういえば、ダークエルフをミコは親友と言っていなかったかしら?」とアリスが言った。


 確かに隠れ里はかなり昔からある言い方だし、ダークエルフも当時生きていたのだとしたら、ミコの年齢と合わない。


「それは……。いえ、もうここまで来たら、説明しましょう」


「ですが、それはエルフ族の秘密ですよ」とガリアさんがミコを止めようとする。


「ここで私たちに不審を抱かれるのも問題です。私達には、過去のエルフの記憶やスキルを受け継ぐ術があるのです」


「受け継ぐ?」


 そんな事が可能なのか。




「はい。具体的な方法は伏せますが、もちろん条件などもありますけれど、私とガリアはその邪悪龍ディアボロと戦ったエルフの記憶を持っています。……しかし、ディアボロとの最後の戦いでは戦線を離脱していましたが……」


「ミコには、そのエルフの記憶があるっていうのか?」


「はい。記憶もありますし、邪悪龍ディアボロを封印した植物魔法。それはまさに私が使っているこの魔法です。ガリアもまたその当時、魔法の弓使いとして名を馳せていたエルフの記憶とスキルを持っている者です」


「ダークナイト・グランドが私に向かって言った『魔弓のグラリア』が私の受け継いだエルフの記憶だ。ただ私の力が弱いばかりに、彼の力を十分に使えていないが」


 あの時、ダークナイト・グランドの胸を射抜いた一矢は、『魔弓のグラリア』によって受け継いだスキルの一端なのだろう。




「私の受け継ぐ記憶のエルフが、ダークエルフとなったエルフの親友でした。変な言い方をしてしまったことを謝罪します」とミコが頭を下げた。


「謝る必要なんてないわよ。私こそ、エルフの秘密を暴くような真似をしてごめんなさい」


 お互いに謝りあった後、話は元に戻る。




「そうなると、誰もその魔法の全容は分からないという事ね」


「いえ、魔法陣の形から見て、強化魔法だという事は分かっています。でもなぜ、彼女が魔王軍に下ったのか分からないのです」とガリアが説明した。




「強化魔法?それだけ?」とアリスがガリアさんに確認をする。


「はい。そのはずです。エルフの魔力を集め、一人を強化する。『オール・フォー・ワン』という魔法です」


 ガリアさんの説明だとリスクがあるようには思えない。


「ディアボロを倒すには、この方法しかありません。間もなく、ディアボロは封印から解き放たれてしまうでしょう」


「ですが、ミコ様が使う必要は……」


「私は隠れ里の長です。それに最も魔力の素性を持っているのも私です。私が使えば、さらにディアボロに勝つ可能性も高くなるでしょう」


 ミコが強い口調で言う。




「そ、それは……。……分かりました。ですが、何か異常がありましたら、すぐに他の者に変更しますよ」


「はい。それで、構いません」


 そして俺の傍に近付いてくる。




「昨日の愚痴を覚えていますか?もしディアボロを倒して、私の役目が終わりましたら、一緒に旅をしてくれますか?」


 俺にしか聞こえないような小声で、そう囁いた。


 確かにディアボロを封印を見守り続けるという役目は、ディアボロを完全に倒せば、ミコは自由になれる。


 そうしたら、ミコは俺たちと一緒に旅ができる。


「覚えています」


「ふふ、お互いに頑張りましょう」


「はい。頑張りましょう」




 そしてミコはガリアさんの元に戻り、「では、行きましょう。早く魔法を発動させなければ」と言った。


 ガリアさんはミコを引き連れながら、一緒に車のように走っていく。


 残されたのは、俺とアリス、カエデさんだけ。


「あんたたちって、いつから付き合っているの?」


 直球な質問がアリスから飛び出してきた。




「な、何のことやら」とはぐらかそうとするが、「あんなにいちゃいちゃしてて、良く言えるわね」とアリスがあきれたように言う。


「えっと、昨日の夜から……」


「ふぅん……、私にはどうでもいい事だけどね」


 なら、何で聞いたんだよ。




「私はお二人のサポートに徹しさせていただきます。馬車も操作できますし、新川さんをそれなりに守れると思います」


「お願いね」


「はい」


 その時、バキバキと背後で音がした。


 ユグドラシルを固めていた氷にひびが入っていく音だ。


 瞬く間にヒビは広がり、氷は粉々に砕けてしまう。




 そして同時にバリバリと木が裂ける音が聞こえ、ユグドラシルの幹に入っている傷はユグドラシルを駆け上っていく。


 その傷は太い枝にまでそれは伝わった。


 ユグドラシルは二つに割れながら、徐々に倒れていく。


 ドドンとユグドラシルは地面に横たわる。


 ユグドラシルがなくなった場所には、大きな穴ができた。


 暗く深い巨大な穴。




 ぐるぉぉぉぉおおおおおおおお!




 恐ろしい地響きのような声がする。


 それははるか昔の人間やエルフを苦しめた邪悪龍ディアボロの雄たけびだ。


 ドンと地面が揺れて、その穴から巨大な影が飛び上がった。




 バサリ。




 空で黒い影は、大きな翼を広げた。


 太陽を隠し、俺たちに影が落ちる。


 まるでユグドラシルと見まがうほどの巨大な黒龍。


 かつてエルフたちの手で倒され、そして今ダークナイト・グランドの策によって復活した巨大な暴龍。




「行くわよ」とアリスが俺の手から剣を受け取った。


「あぁ、俺は必死に逃げるさ」


「お願いします。力不足かもしれませんが、新川さんは私が守ります」


 アリスは自分よりも高いレベルの黒龍へ全く躊躇せずに、地面を踏み鳴らしながら飛び上がった。

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