再封印へ(黒騎士翁の策)

 湖のほとりに立てた屋台の中で、俺たちは集まった。


 あのユグドラシルの根元から生えた何かから、距離があり落ち着いて話せる場所がここだったからだ。


 屋台の椅子に座り、俺はミコの言葉を待つ。


 今までにないほどミコは緊張しているように見えた。




「あれは、邪悪龍ディアボロ。かつて、魔王軍の幹部と共に、人間の領域を犯していた魔物です。ただ他の幹部と違うのは、あの龍は魔王の配下ではなく、その他の魔物のようなただ食欲に任せた存在だという事です。突然1日中暴れたかと思えば、その後何十年も眠り続けるような魔物です」


「じゃあ、ここであのディアボロとかいうのが、眠っていたというのか」


「いいえ、違います。ディアボロは眠っていたのではなく、倒されて封印されていたのです」


「封印?」


 俺はユグドラシルを見上げる。


 巨大な枝を広げて、空を覆うほどの大きさの巨木を。




「そうです。ユグドラシルは邪悪龍ディアボロの封印です。この封印を守るために、私達、エルフはこの場所に隠れ里を作りました。この封印を監視する、それが私達、エルフの役目。私の役目です。あの龍が解き放たれれば、この地はまた恐ろしい災厄に呑まれるでしょう」


 ミコが何度も言っていた役目の正体が、明かされた。


 かつて暴れた邪悪龍ディアボロの封印を見守り続けるという役目。




「だから封印をし直します。まだ尻尾だけしか動かせないようです。その前に、私の植物魔法を使って、封印を直せれば復活を阻止できるはずです。ユグドラシルの近くに寄れれば、魔法は発動できます」


「分かった。護衛するわ。そんな化け物が出てくるなんて、王女として見過ごせないもの」


「ありがとう。アリス。修平もお願いしていい?」


「もちろん、ミコ」


 初めて人前で、ミコと呼び捨てで呼び合った。




「修平って?」とアリスが目を細めて、呼び捨てで呼び合ったのが気にしたのか、怪し気に俺を見た。


 こっちを見ないでくれ、なんとなく恥ずかしいから。




「そ、それでいつ封印に行く?」


「すぐに行きたい所ですが、今日は祭りで全員疲れています。封印はすぐには解けないはずです。明日の朝、向かいましょう」


 アリスとミコが話して、明日の朝の決行となった。


 ため息をついて、ベンチの上で寝るために横になる。


 さっきまで、ミコと良い感じだったのに、どうしてこうなった。




 *




「行きましょうか」


 何度目かの馬車に乗り込んで、俺とアリス、ミコは乗り込んだ。


 御者台には、カエデさん。


 馬車は俺たちが乗り込むとほぼ同時に出発する。




 ユグドラシルの根元から生えている尻尾は、その周囲にある建物をほぼすべて壊しつくし、ユグドラシルを何度もドンドンと殴っていた。


 だがユグドラシルはびくともせず、傷もついていない。


 封印は予想以上に、頑丈なようだ。


 尻尾という脅威がなければ、このままでも大丈夫なんじゃないかと思える。




「とりあえず、作戦の確認よ」とアリスが言った。


「馬車でディアボロの尻尾の攻撃範囲ギリギリまで近寄る。それから私達で、ディアボロの尻尾を攻撃して、尻尾を引き付ける」


「それで私とカエデでユグドラシルに近付いて、封印を施します。それまで耐え抜いてください。すぐに終わるはずです」


 途中で俺はアリスについて、ディアボロと戦わなければいけない。


 ミコと途中で別れないといけなくないが、尻尾の暴れる中馬車で動く方が危険だという話になり、俺とアリスで尻尾と戦う事になった。




「大丈夫か、ミコ」


 隣に座るミコの手を握り、声を掛ける。


「はい。修平もどうか、お気をつけて」


 ミコは俺の名前を読んで、笑いかけた。


 心を隠しがちなのは分かっているから話しかけてみたけど、この調子なら大丈夫だろう。




 俺を半目で見てくるアリスの視線が痛い。


 ただ心配だから言っただけなんだよ。


 そんな目で見てこないでくれ。




「それにしても、尻尾だけであの大きさって、本体はどれくらいデカいんだ」


 視線から逃げるために、話を逸らす。


「山と言っていいほどの大きさですよ。突然山ができたと思ったら、それが邪悪龍ディアボロだったという話もあったはずです」とミコが答える。


「そんなデカい化け物をどうやって、倒したんだ。そこまで大きいと、もう剣で刺しても通じないんじゃないか」


「それは……」


 歯切れ悪くミコは口籠る。


 何かまずい事を聞いただろうか。




「そうね。あれもかなり太いし、斬るのも大変ね」


 アリスはぶんぶんと座りながら、斬るふりをする。


「でもミコが封印さえすれば、万事解決だ。ダークナイト・グランドとかロックジャイアントみたいに、倒すまでやる必要はないし、見たところ尻尾しか出せないんだから今回は楽だな」


 俺は尻尾の届かない安全地帯にいればいいから気も楽だ。


 これまでみたいに、逃げながら守られながらではない。


 死と隣り合わせの戦いはないのだ。




「でも、本当にそうでしょうか」とミコが不穏なことを言う。


「何かあるの?」とアリスが聞くが、ミコは首を振る。


「何もないと思います。そのはずです。ですが、このタイミングで封印がとけた。あのダークナイト・グランドの不可思議な行動はこれを予知していたからではないでしょうか。だとしたら、ダークナイト・グランドはこの騒ぎに乗じて、何かをしようとしていた……?」


「でもそのダークナイト・グランドはもう倒したじゃない。だったら、もう気にする必要はないと思うけど?」


 俺もアリスの言葉に賛同する。


「そうだよ。もう倒したんだ。これ以上何かが起きることなんて、ないさ。ミコは心配し過ぎだよ」


「そうでしょうか……。そうですよね、すみません、考え過ぎたみたいです」


 ミコは微笑んで、心を切り替えるように「カエデ、もう少し急いで」と御者台に座るカエデさんに言った。




「はい」と返事があり、馬車が少し大きく揺れ、外の景色の流れるスピードが速くなる。


 ユグドラシルに近付くにつれ、出ている紫色の光を放つ尻尾の大きさにも圧倒された。


 あんなものでぶん殴られたら、骨折どころでは済まないだろう。


 人の形が残っていれば良い方だ。


 しかもレベル1。もしかしたら衝撃で、ばらばらになってしまうかもしれない。




「そろそろ尻尾の射程範囲です」とカエデさんが言った。


 馬車の外を見ると、壊れている建物と壊れていない建物の間が見えてくる。


 壊れている建物はもうそこに建物があったとは思えないほど、粉々に砕かれていた。


 その一方で、尻尾が届かない範囲は、暴れた衝撃で少しものが倒れていたり崩れてはいたりはするが、元の形は残っている。


 その境は、すぐそこに見える。




 ドンと尻尾が落ちてきた。


 馬が驚いて、足を止め暴れた。


 衝撃のせいで、馬車の中が揺れる。


 よろめいて、ミコとぶつかり、思わぬ接触にちょっと身体が熱くなった。


「いちゃいちゃしないの」とアリスがたしなめるように言う。


「すみません」


 ぱっと二人でN極同士をくっつけた時のように離れる。




 バツが悪く感じて、そうだと思って、『レベルック』と落ちてきた尻尾に向かって魔法を使う。


 少し遠かったが、問題なく魔法は作用し、レベルを表示させる。


 そこに出た表示を見て、俺は目を疑った。


「レベル8100?」


 俺が見てきたどの敵よりも、遥か上のレベル。


 目の前にいるアリス・キングという女性のレベル6000台よりも、強い存在。




「そうですね。確かに、それくらいのレベルだったはずです」


 ミコは全く動じない。


 そしてアリスも同様だ。


「そうなの?久しぶりね、私よりもレベルが高い敵は」


 レベルを見て、今になって不安になる。


 アリスのレベルを知っていたから、今までなんだかんだ安心できていたのだと気付いた。




「だ、大丈夫なのか?アリスよりもレベルが高いんだぞ」


「そんなこと言ったって、何にもならないでしょう。私たちはあの尻尾の注意を引くこと。倒せじゃないのよ。うまく立ち回ればいいだけよ。これまでもそうだったでしょう」


「うっ、そうなんだけど……」


「大丈夫ですよ。この植物魔法の封印は、完璧です。ディアボロを1000年もの間封印していたのですから、これからもきっとそうなります」


 ミコに言われてしまい、少し恥ずかしくなる。


 自分が支えてやると言ったのに、今回は支えられてしまった。




「ごめん。ちょっとあのレベルを見て、動揺した。もう大丈夫だ。俺たちで頑張って、あれを封印しよう」


「おう!」とアリスが軽快に腕を上げる。


 俺たちは俺たちの役目を果たせばいい。


 それだけだ。




 馬車はすぐに停まった。


 ここで二組に分かれることになる。


 俺とアリスはここに残り、ミコとカエデさんでユグドラシルに向かい、封印を施す。


 馬車から降りて、さっそくアリスに剣を渡す。


「任せた」


「任されたわ」


 その軽い返事に、気が楽になる。


 なんだかんだ、うまくいくんじゃないかと言う気になる。




 もう一度ユグドラシルを見上げる。


 尻尾よりもはるかに大きな大樹。


 その幹は一晩中、尻尾に殴られ続けていたというのに傷一つない。


 何かに守られているのかもしれないな。


 俺の知らない魔法で。




 ユグドラシルの幹は他の木と変わらず茶色いが、一部だけ黒っぽくなっている。


 それが影によるものかと思っていたが、その円形状の黒さは不自然に見えた。


「なぁ、アリス。あれは、何だ」


 今にも飛び出していきそうなアリスに、恐る恐る尋ねる。


 このふつふつと沸き起こる異様な不安感を、アリスに吹き飛ばしてほしいと願わずにはいられない。




「あれって何?」


「あの幹の黒い所だよ!」


 思わず叫んでしまった。


 馬車に残っていたミコも俺の声に驚いて、馬車から顔を出し、そして俺の指さす方向を見た。




「何よ、あれ。中央に何か……」とアリスは目を細めて、何かつぶやいている。


 そして「杖……。魔力を帯びた杖」と重い口調で言った。


「ユグドラシルに杖を刺すなど聞いたことありません」


 ミコは杖の存在を否定した。


 だとしたら、誰かが設置したのだ。




 その誰か、怪しい奴は一人しかいない。


「ダークナイト・グランドの目的は、あの杖をユグドラシルに差すこと……」


 俺は自分の推測を口にする。


「どんな効果があるのか、どんな目的なのかは分からないけど、あの杖を壊さないと」とアリスは剣を大上段に構える。


「届くか?」


「届かない。だから爆風で壊すしかないわ」


 しかしミコは「ダメです」と否定した。




「ユグドラシルは封印対象以外に対しては、普通の木と変わりありません。ここを隠したのは、ユグドラシルを隠し、守るため。アリスの技を放てば、封印が解けて……」


 アリスを引き留めるミコの言葉は最後まで続かなかった。


「広がっている……」


 そう何故なら、黒い部分が目に見えるほど早く浸食を始めたから。




「ユグドラシルが、黒く染まっていく……」


 太い幹が見る見るうちに黒く染まり、枝から上へと広がり、葉をしおれさせていく。


 青々と茂っていた葉の一枚一枚が、黒くかびたように染まり、枝から離れ落ちる。




 信じられないものを見るように立ち尽くす俺たちに向かって、この青い空の暖かい日に季節外れの雪のような黒い葉が風に舞いながら落ちてきた。

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