隠れ家(外れる占い?}

 ミコさんは地面に手を置き、目を閉じている。




「ありました」


 ミコさんはゆっくりと目を開いて言った。


 ダークナイト・グランドが消えた気のある場所からほんの数歩移動した場所。




 女神の剣をアリスに渡す。


「ありがと。離れていなさい。また気絶されたら困るから」


「了解」


 ミコさんとカエデさんを連れて、少し離れる。


 馬車は他のエルフに任せている。




 剣を掲げる。


 そして刀身が光り、空に光の剣が伸びていく。


『シャイニング・セイバー』と光りの刃を地面へと飛ばす。


 ドンと地面に巨大な割れ目が入る。


 光の剣は地面に吸い込まれ、アリスの真下の地面を切り開く。


 地面をまるでバターのように滑らかに切り裂き、そしてその剣は唐突に止まった。




 ガキンと剣が上に跳ね上がる。


「みいぃつけたぁ!」


 アリスが邪悪な声色で、その割れ目の奥に向かって叫んだ。


 そして再び剣を掲げる。


『プロミネンス』


 そう唱えた所で何をしようとしているのか察しがつく。




「乱暴だな!ミコさん!お願いします」


「はい!」と手をつないだミコさんが返事をすると同時に、『エクスプロージョン・セイバー』と唱えながら振り下ろす。




 ズドン




 地面が吹き飛んだ。


 アリスから放たれた強大な魔力のエネルギーが、地面の割れ目に飲み込まれ、そしてそのエネルギーが周囲の地面を吹き飛ばした。


 一瞬地面がなくなる。


 僅かな浮遊感。


 すぐに『プラント・ウォール』と唱えたミコさんの魔法によって、ツタの地面が足元に現れた。




 そして周りよりもだいぶ低くなった地面に降り立つ。


 ガキンガキンと金属音が鳴り、戦いが始まっていることが分かった。


 ダークナイト・グランドの戦う姿が、そこにある。




 そう、ダークナイト・グランドはあの地面の下にいた。


 何故、エルフの捜索に引っかからないのか。


 何故、エルフの追跡を何度も撒けたのか。


 何故、唐突に現れるのか。




 その答えが、これだ。


 ミコさんの協力者というのが、ヒントになった。


 その協力者を俺は知っている。


 協力者は生きていなくても、良いのだから。




 ロックジャイアント。


 ダークナイト・グランドは奴を知っていた。


 おそらく一緒に来ていた魔王の幹部だ。


 つまり協力者として、充分な存在だ。




 ロックジャイアントの魔法は、土や岩を操る能力だ。


 だったら地下に空洞を作るなんて、造作もないだろう。


 エルフは地上を走るため、地下になど考慮しない。ましてや出入り口のない地下の空間を、想像などできていなかっただろう。


 俺もそうだ。もしロックジャイアントと先に戦っていなかったら、この隠れ家を予想することはできなかった。


 そしてミコさんが植物魔法を使って、地下を植物の根を操作して探せなければ見つからなかった。




 もうダークナイト・グランドには逃げ場はない。


 他の隠れ家があったとしても、この短い距離でしかその隠れ家へ移動できなかったのだ。


 エルフたちに追ってもらって、消えた所をまたミコさんに探してもらえば、何度でも見つけられる。




 後は、ガリアさん抜きで戦えるか。




『シャドウ・ダブル』


 ダークナイト・グランドは地面に降り立ち、唱えた。


 影が泡立ち、そしてアリスを苦しめた分身を生み出そうとしている。




 地下へ移動できたことで、あの魔法の共通項の予想ができた。


 きっと移動元と先に同じものがなければ、瞬間移動ができないはずという予想。




 俺は手の中にあるものをダークナイト・グランドにかざした。


 そしてそれを使って、ダークナイト・グランドの分身を生み出そうとしている影を照らす。


 すると分身を生み出そうとしていたダークナイト・グランドの足元の影は、不規則な動きを徐々に小さくしていく。


「ちっ!」と舌打ちをして、ダークナイト・グランドは俺に向かって走ってきた。




 今度こそ、俺を敵として認めたのだろう。


 ダークナイト・グランドの横へアリスがロケットのように突っ込む。


 そしてダークナイト・グランドはアリスの勢いに押され、横に吹き飛ぶ。


 ぶつかり合う衝撃で、風が吹き荒れる。


 土埃から顔を腕で守りつつ戦いを追う。




「ミコさん!」


 土埃に紛れながら、影のナイフが飛んでくる。


 同時にアリスと戦いながら、足元の影からとげが俺たちの方へと何度も射出された。


『プラント・ウォール』


 地面から生えた植物が、周囲を囲み、影のナイフととげを防ぐ。


 この魔法の利点はすべての方角を一気に守れるところだ。どんな所へも出せて、ミコさんは俺を守ってくれる。




 俺は鏡をダークナイト・グランドへ再び向ける。


 この鏡はミコさんが急いできたせいで間違えて持ってきたものだが、何よりも勝る武器となっている。


 そう、ダークナイト・グランドの魔法の発動条件は『影』だ。


 先ほどの分身の召喚を防いだところからも、確信できる。




 そう考えてみれば、全ての攻撃は影から出現していた。


 そして瞬間移動の魔法も、地面と地下の空間の関係も大きく見れば地面の影と言えるだろう。


 影を鏡で反射した光で、薄めてしまえば魔法の発動は防げる。


 戦い自体は追えないが、分身を出すときには必ず止まってたし、出現するまで時間がかかっていた。


 だとしたら、俺だってこの戦いで、ただの剣の受け渡し以上の役目を負う事ができる。


「レベル1を舐めるなよ!」




 鏡を向けて、ダークナイト・グランドの足元を照らす。


 反射した太陽光が、動き回るダークナイト・グランドを追い、逃げるようにダークナイト・グランドは俺との距離を話した。


 そして俺に向かって何度も影のナイフやとげを投げてくるが、それはすべてミコさんによって防がれている。


 行ける、そう思ったとき、剣が手の中に現れる。




 片手はミコさんと手をつなぎ、もう片方は鏡を持っている。


 よく考えたら、剣を持つ手が足りないという事に気が付いた。


「やっべぇ!」


 剣と鏡を強制的に片手で持たされて、俺は剣を取り落としそうになる。


 堕とさなかったもののこのままでは、ダークナイト・グランドへの妨害ができない。




「ミコさん!」と片手を握っているミコさんに語り掛ける。


「抱き着いて下さい!」


 傍から見たらド変態な要求をしたが、ミコさんは意外にもすぐに俺の腰に抱き着いてしがみつく。


 これで片手が空いた。


 鏡を持ち直して、ダークナイト・グランドに向ける。




 俺に向かって走っているアリスとその背を追って無防備な背中にとどめを刺そうとしているダークナイト・グランドが見える。


 影を使って、ダークナイト・グランドが移動しているが、俺はその陰に向かって鏡を向ける。


 そして影は消え、ダークナイト・グランドの移動が止まる。


「よし!」




 剣を手にしたアリスは、俺をちらっと見ると、「何させてるのよ、変態」と言葉を残して、ダークナイト・グランドの方へ折り返した。


 やめて、そういう傷付くことをさらっといっていくのは。


 俺だって、分かっているから。


 こんな所で、付き合ってもいない女の子に抱き着かせているのは変態だって。


 人間に2本しか手はないんだから。


 身体じゃなくて、心が傷つく。




「えっと、ミコさん、もう良いですよ」


「いえ、このままで大丈夫です」


 何を言っているんだ、この人は?


「魔法とか使いにくくないですか?」


「大丈夫です。このままが良いです。新川さん、ダークナイト・グランドがそちらにいきましたよ」


「あっ、はい」


 鏡をそちらの方に向ける。


 太陽の光をダークナイト・グランドに合わせた。




 ダークナイト・グランドはアリスと変わらず戦っているが、アリスが押している。


 俺の鏡から逃げつつ、アリスの猛攻に耐えているせいで、本来の動きができていない。


 こちらに向かって何度もとげやナイフを飛ばしてくるも、それはすべてミコさんの植物魔法によって払い落とされている。


 俺は足元の影を狙って、分身を出させないようにしていた。




 そしてアリスの光の剣が、ダークナイト・グランドを袈裟切りにした。


「ぐっ……!『シャドウ・スライド』」


 すぐにダークナイト・グランドは距離を取り、同時に俺の手の中に剣が戻ってきたため追い込めなかった。




 傍にアリスが戻って来て、俺たちは負傷したダークナイト・グランドと並んで対峙する。


 ダークナイト・グランドの鎧が、ついに崩壊していた。


 血は流れず、壊れた鎧の内側は暗い影が満たされて、何も見えない。


 兜の内側から、恐ろしい目が俺を見つめてくる。




「見事だ。人間の若者どもよ」


 時代劇がかった言い方をして、ダークナイト・グランドは語り掛けてきた。


「儂をここまで追い詰めるとはな。偽りのない心からの賞賛しよう!」


 そう言いながら、俺たちに大剣を構える。


 初めて自分へ向けられる殺意。


 今まではアリスが相手を務めていたから、俺に直接向けられることはなかった。


 あくまでアリスへの挑発や動揺の材料として、俺は攻撃されていた。




 この瞬間、俺はダークナイト・グランドの前に本当の意味で立っている。




 ガタガタと身体が震える。


 武者震いか、それとも恐怖か。この震えが何なのか俺には判断ができなかった。




 剣をアリスが俺の震える手から受け取る。


 そしてダークナイト・グランドと呼応するように構えた。




「だが、儂も魔王様の幹部!ただで死ぬわけにはいかぬ!」


『シャドウ・キラー・ソード』


 大剣が黒い影に包まれる。


 咄嗟に鏡を向けたが、既に発動した魔法には意味がないようだ。


 もともと大きな大剣が、まとった影によって一回り大きく見える。




『シャイニング・セイバー』


 アリスもまた光をまとわせる。




 影と光。


 対照的な色が、このクレーター状の戦場にあふれる。


 強い魔法によって、大気が搔き乱されて、不規則な風が吹き荒れていた。




 次で、終わりにするつもりだ。


 それだけの魔力がつぎ込まれている。


 お互いの全力を、たった一振りに込めるつもりだ。




 俺とミコさんは、静かに見守る。


 アリスに全てを任せ、打ち勝つことを祈るしかない。




 風が吹き、土埃が舞い、木々がざわめく。




 ダークナイト・グランドの鎧から紫色の塵がまるでマントのように広がっている。


 既にダークナイト・グランドは力尽きかけていた。


 自壊が始まっているにもかかわらず、全く大剣はぶれない。まとう魔力も変わらない。


 一撃に自分のすべてを籠め、最期を迎えようとしていた。




 そしてほぼ同時に大地を蹴った。


「おぉぉぉぉっぉおぉぉぉぉぉ!」


 二人の雄たけびが、ぶつかる。


 キィンと透き通るような美しい音がした。




 二人はすれ違い、背中を向け合い止まる。


 交差する瞬間、俺には見えない速度で剣戟が放たれ、俺にはどちらが勝ったのか判断ができない。


「うっ……」とアリスが剣を持つ腕を押さえた。


 その腕に赤い血が流れている。


 まさか、負けたのか。




「見事だ。儂はここまでか……。流石は……人間の『ゆ……」


 ダークナイト・グランドはそう呟きながら、鎧は真っ二つに割れ、倒れることもなく全身が塵となって消えて行った。




 残ったのは、ダークナイト・グランドが使っていた黒い大剣といくつもの魔石。


 あれだけ俺たちを苦しめていたとは思えないほど、あっさりと消えてしまった。




「勝ったわね」とアリスが振り向きざまに言う。


「はい。私たちの勝利です」とミコさんが腰に抱き着いたまま言う。


 周りで見ていたであろうエルフたちが、森の中から続々と飛び出して集まってきた。


 俺たちを口々にほめたたえてくる。




「ドロップアイテムを拾ったら、戻りましょう。エルフたちに報告してあげなくちゃ。もう心配ないって」とアリスはエルフたちをかき分けながら、俺たちの所に来て言った。


「そうだな。戻ろう。まだ祭りの準備は残っているからな」


「はい。報告が楽しみです」


 喜び騒ぎながら、俺たちは隠れ里へ馬車に揺られて戻る。




 占いは外れだ。


 ダークナイト・グランドの脅威は祭りの日を待たずに去った。後は気を楽にして、祭りを楽しむとしよう。

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