黒騎士翁の心(何があったのか)
2日前……。
「ちっ、油断した」
洞窟の中に戻り、椅子にまで戻る気力はなく、洞窟の壁を背にして地面に崩れ落ちる。
胸元の鎧に入った大きなヒビ。
あの女が放った魔法よりも、内部にまで届いていた。
「これは回復が間に合わないか」
時間がないというのに、手痛い一撃を受けてしまった自分のふがいなさに歯噛みする。
あの一瞬、あの男のはったりにまんまと乗ってしまったのが、運の尽きだった。
あの女の魔法を同じ武器で、真似をしてくれたおかげで、真実味が増した。
よく見れば判断できたはずだった。
ズキリと痛みが増す。
「よもや、生きているとは……。いや、だがあれは、いつだ」
記憶をたどる。
「あぁ、そうか、あれと同じ千年前だ。なんとも面白い!ぐっ……」
少し興奮した声を出すと、すぐに痛みが増す。
「くそっ、回復に専念して……」
それからどうする……。
今、部下はいない。魔王城との連絡は取れない。
姿の見えないロックジャイアント。
これだけ連絡がないなら、あの女に倒されたとみるのが妥当だろう。
一人で探さなければならないらしい。
ロックジャイアントのように土の中を高速で移動できず、足で探すしかないのは骨が折れる。
しかもあの女のせいで、邪魔をされる。
このままでは、間に合わないだろう。
そして何かをやろうとしても、魔力が足りない。
捜索しようにも、身をさらしながらでないといけないから、戦闘になってしまう。そして魔力を消耗してしまう。
魔力を回復しようにも、時間が足りない。
そして戦闘による消耗と回復で魔力が足りない。
せめてロックジャイアントがいれば、捜索を任せられたのだが。
「お困りのようじゃな」
どこからか声がする。
一瞬敵がここを見つけたのかと思ったが、すぐに同じ魔王の幹部だと分かった。
「リッチ、お前も人間の領域にいたのか」
「ええ。目的は全く別のようじゃがな」
「それで何の用だ?儂を嘲笑いに来たのか?何度も人間に後れを取る儂の姿を見て」
くっくっくとリッチは不気味に笑う。
リッチの姿は見えない。
おそらく遠隔から言葉を飛ばしてきているのだろう。
どこにいるかは分からないが、この場所を突き止め、言葉を送り付けるのは大量の魔力と精密な魔法がが必要だ。
膨大な魔力を持ち、おぞましい実験を好む魔王の幹部であるから当然だが。
「まさか。まさか。ただ私はお手伝いをしに来たんじゃ」
「手伝いだと?お前がここに来て手伝うというのか?」
「くっくっく、断る、こんな穴倉にいたら、息が詰まるというもの。儂の手を一秒も無駄にする時間はないんじゃ」
「だろうな。お前がそう簡単に手を貸すわけがない」
「良くお分かりで。少しばかり、私の実験に付き合って頂きましょう」
リッチはそりの合わない魔物だが、魔王の幹部としての実力は信用ができる。
「分かった。リッチ、お前の実験とやらに付き合おう」
「良い返事じゃな。では私の実験作品を送る。テレポートの魔法は時間がかかるのじゃ。しばし待つのじゃ」
そしてリッチとの短い会話が終わった。
身体の痛みに、身をよじる。
これで行き詰まっていた流れが、動き始める。
例えこの身が砕けようと、やり遂げなければ。
*
作戦はうまくいった。
見つからなかったのも無理はない。
何十にも張られた結界によって、あれは守られていたのだ。
エルフたちの動きからあたりをつけて、負傷覚悟で長文の極大魔法の呪文を唱えたかいもある。
結局、エルフたちは攻撃してこなかったため、杞憂だったが。
儂の極大魔法は、影を質量を持った小さな剣として周囲へまき散らすもの。
外見は黒い球体だが、実はその表面は鋭い刃で当たったものを切り飛ばしている。
この極大魔法を使って、あぶりだす作戦だった。
そしてそれは大成功だ。
当たりを付けた場所の近くで、抵抗がある。
それがこの土地にかけられた結界だと分かった。
後は、この結界を極大魔法で吹き飛ばす。
しかし予想通り他の抵抗もあった。
当然、あの女とエルフの女。
光の盾と巨大な木の手が、儂の極大魔法を押し返してくる。
「ぐぅ……」
不安定になった極大魔法が儂の身体にさらなる魔力を要求してくる。
一気に大量の魔力を吸い取られ、足元がおぼつかない。
手に持った杖を地面に差し、倒れそうになる身体を支える。
「ふっ、実験とやらに付き合ってやろう」
リッチの実験で、身体に何やら仕込まれて、『限界まで魔力を引き出せる』ようになったらしい。
その代わりにその限界以上に使った場合、身体が自壊するらしい。
「望むところだ」
自壊しようとも構わない。
魔王様のためにこの身を捧げよう。
身体から魔力が流れ出す。
極大魔法が広がり、それを押し込まれる。
しかし結界を見れば、一部が壊れそうになっているのが見える。
奴らは気付いていない。
「持っていけ!俺の魔力を!」
極大魔法へ魔力を注ぐ。
己の身体から信じられないほどの魔力が流れ出る。
拮抗し、反発し、膨張する。
結界の一部が割れる。
そして俺は目的を果たした。
極大魔法を頭上からたたき割り、内側へと侵入してきた一筋の閃光と刃を交え、俺は残り少ない魔力を使い迎撃しつつ撤退を始めた。
バキリと体の中で何かが壊れる音がする。
*
何回目の撤退だろうか。
しかしそれはすべて無駄ではない。
戦いの中で、何が何でも生き残る行動をとる。それこそが、戦いの鉄則だ。
撤退し傷を癒し、虚を突き、敵を乱す。
その結果、目的は達成された。
次は、この身体を治す。
表面上は癒えているように見えるが、まだまだ痛みがひどい。
だが時間に追われることはない。
ゆっくりと体を万全に整えて、阿鼻叫喚の渦に呑まれている地上へと出て、存分に借りを返してやろう。
回復をし始めたその時、強力な魔力が頭上から落ちてくるのを感知した。
咄嗟に、大剣を頭上へとかざし、その魔力の塊を受け止める。
それは何度も剣を交え、戦ったあの女の魔法。
隠れ家としていたロックジャイアントが作った洞窟を見つけられた。
文字通り袋のネズミ。
そしてもうこの地下の隠れ家は機能しない。
そうだとしたら、俺が取るべきことは一つだ。
真上を見上げる。
あの女が魔法で切り裂いた断崖の上に、太陽を背負い、剣を高々と掲げて次の攻撃を放とうとしている姿。
輝く金の髪、決意を込めた青い瞳。
まぶしいほどに輝く、女神の祝福を受けた剣。
それは憎たらしくも、あの女の二つ名にふさわしい。
『勇者』
遥か昔、魔王様の身体に傷を負わせたものと同じ二つ名。
その名を持つ者を、全身全霊を持って殺す。
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