隠れ里ばれる(極大魔法)
お祭りを明日に控え、俺たちは倉庫から出した飾りつけの道具を使い、隠れ里中を飾りつけていく。
はずだったが、突然のダークナイト・グランドの出現報告に俺たちは急いで馬車に乗り込む。
「あぁ、どうしましょう。神器を持ってきてしまいました」と慌てた声をつぶやきながら、ミコさんは俺に合わせながら横で走っている。
その手の中にあるのは、手のひらサイズの鏡だ。
「持ち出し禁止なのに、ガリアに知られたらどうしましょう」とこれから戦いに向かうのに、そんな事を気にしているミコさんを少し可愛らしいと思った。
馬車の御者台でガリアさんの代わりに手綱を持つのは、カエデさんだ。
「今回は隠れ里のすぐそばに来ているとのことです!この里の位置がバレないように回り込んでいきます」
「大丈夫なのか。里に先に入られたら」
「里には様々な結界が張られているので、それを一日二日で破れるはずがありません」
アリスが遠くから空を飛んでくるのが見えた。
相変わらず身体能力が高いな。戦いの前にそれを見ると、安心する。
「全員揃っていますね、では、出発しま……」
その時、ドォンとものすごい音がした。
半透明の黒いドーム状の何かが、大きくなっていくのが見える。
「何だ、あれ!」
バリバリバリと雷のような大きな音が聞こえてくる。
「結界が!」とミコさんが叫ぶ。
「ダークナイト・グランドの極大魔法よ!剣を早くこっちへ!」
こちらに落ちてきながら、アリスが怒鳴るように言う。
剣を抜く暇もなく、鞘ごと窓の外に手を出して掲げた。
「ありがと」
器用に剣だけを抜き去り、馬車の屋根をけりつけて、ダークナイト・グランドが放った極大魔法の方へ飛ぶ。
『シャイニング・シールド!』
黒いドームと光をまとった剣がぶつかり合い、強烈な音を立てる。
「たあああああああああああああああああ!」
アリスは叫ぶ。
極大魔法を押し返そうと単騎で、それに立ち向かっているのだ。
ここの結界が壊れないように、ただ一人で。
隣で座っているミコさんを見る。
偶然なのか必然なのか、ぴたりとミコさんと視線が重なった。
瞳の中のわずかな恐れを、俺は手に取るように読み取れる。
彼女の弱さを、俺は知っているから。
だから投げ出されている手を、自分から握りに行く。
冷たい。
温めるように、強く握り締める。
「ミコさん、アリスが戦っている。一緒に戦いましょう」
そしてミコさんは頷いた。
「ええ、戦いましょう」
俺は彼女のエスコートをしながら、馬車を下りる。
きっとアリスだけでは、あれを防げない。
ミコさんだけでは、きっと戦えない。
だから俺は戦えないなりに、二人を助けないと。
「どうか、今度は離さないでください」とミコさんが上目遣いをしながら言った。
「離さないよ」
俺は安心させるように、さらに力を込めて語り掛ける。
にこりとミコさんが笑う。
握りあっている手とは逆の手を、黒いドームへと向けた。
『フォレスト・ウォール』
地面が盛り上がるように膨らみ、まるで巨人が起き上がるように木が生えていく。
何十何百と言う木の幹が絡み合いながら、黒いドームを防ぐために太い一つの木となりながら向かっていく。
それは木の津波とでも言うべきだろうか。
周囲に生える木々は傷つけずに、意思を持ってその巨大な木は広がり、膨らんでいく。
ドームとぶつかり、木はガガガガと悲鳴を上げる。
ぶつかり合い、反発し、しかしそれでも後から後から木は絶えずドームを押し戻そうと伸びていく。
それはドームを包み込むような巨大な木でできた手のようにも見える。
ミコさんが作り出した恐怖を乗り越えて、直接立ち向かう意志を示した彼女の拳である。
握っている彼女の手は、もう冷たくない。
ドームが広がるのが止まった。
「よし!」
アリスとミコさんの力を合わせれば、何とかなる。
そう思ったが、俺の手の中に剣が戻ってきた。
やはりうまくはいかないようだ。
「くぅ……」とミコさんが小さく苦悶する。
「もう、不便ね!」と文句を言いながら、空からアリスが下りてきた。
「ん?あなた達、仲良いのね」
俺たちが手をつないでいるのを見たのだろう。
「ま、まぁな」
そして「それよりも、ミコ、ドームが押しとどめるのを任せてもいい?」と言う。
「はい。まだ行けます」
「分かった。私は中にいるダークナイト・グランドを叩くわ。あいつをどかせれば、この魔法は止まるはずなのよ」
「アリス、お願いします」
「ええ、任されたわ。ミコ、借りるわよ」
アリスは俺から剣を受け取ると、ミコさんの出した木の幹の上をドームに向かって走っていく。
斜めにそそり立つ木の幹をまるで平地と同じだとでも言うようなものすごい速度で、駆け上る。
そしてドームよりも高い場所へ飛び上がる。
『シャイニング・セイバー』
そう高らかに叫びながら、ドームに向かって自由落下を始めた。
それはまるで光の流星のようだ。
黒いドームと光りはぶつかる。
ズドンと巨大な衝突音がした。
「全力で行くわよ!」
そんな声が聞こえてくる。
まさかまだ全力じゃなかったというのだろうか。
太陽が二つになったかのような凄まじい光が放たれる。
そしてドームがゆがみ、表面が波立つ。
悲鳴を上げるかの如く、ドームは凄まじい轟音を上げて、アリスの攻撃に耐え続ける。
「ぐっぅう!」
アリスの攻撃により、激しくドームが反発しているのだろう、隣で苦しそうにミコさんが苦しそうな声を上げる。
「頑張れ」と声を掛けると、「はい」と短く返事をして、ドームを抑え込む巨木の手にさらに木が絡まり、ドームを包み込むほどの大きさになった。
アリスとミコさんの抵抗にドームは、一度大きく形を崩した。
しかしそれも一瞬の事であった。
ドームの上部がビキビキと音を立てて、半透明のドームにヒビが入り始める。
それは次第に大きく広がっていく。
バリン。
そしてドームの頂点にあった光が消えた。
同時にドームはガラス球を地面に堕としたように、ヒビが入った箇所から砕け、破片は宙に舞い塵となって消えていく。
そしてドームは崩れていった。
ばらばらとドームの上の方から崩壊していく。
ミコさんも役目を終えて手を下すと、巨木はまるで元から何もなかったかのように溶けるようになくなる。
そして張りつめていた緊張が解けたのか、へなへなと足元に座り込んだ。
「大丈夫か?」
「はい。今までで一番魔力を使って、少し立ち眩みが……」
ミコさんを支えて、馬車の中に戻ると、背後から金属の音がした。
「カエデさん、出してください」
御者台で待っていたカエデさんにお願いをする。
「はい、まっすぐ行きます。揺れるので、つかまっていてください」
カエデさんが手綱を握り、金属音のする方角へ走る。
しかし金属音は近づくどころか遠くへ離れていく。
「カエデさん、追いつけませんか」
「馬車だと、どうしても……」
おそらくダークナイト・グランドと戦っているであろうアリスを追いかけないと、そう焦っている内に自分の手の中に剣が戻ってくる。
戻ってきたという事は、今アリスは武器がない。
たった一人で、武器もないままダークナイト・グランドと対峙している。
「カエデさん!」
「分かっています」
急かしても馬車が早くなるわけでもない。
少し走ると、森が丸く抉られている場所に出た。
ここはドームがあった場所だろう。
押し倒されたような木々が点々と転がっている。
速度を上げて、その平らな地面をかけていく。
そして再び森の中に入っていく。
木の幹に剣でつけたような傷がついている森を馬車が入ると、すぐに「来たわね」とアリスが走っている馬車に乗り込んできた。
「ダークナイト・グランドはエルフに追いかけてもらっているわ」
どかりと馬車の椅子に座る。
彼女の身体をぱっと確認するけれど、けがなどはない。
「極大魔法を使っだんだもの。もう魔力も相当使っているはずよ。このまま潰しましょう」
アリスは水を飲みながら、余裕そうに言う。
「でもまだダークナイト・グランドの魔法の対抗策はできていないんだ。一旦引くのが、良いんじゃないか?」
「そうは思わないわ。魔力がなければ、魔法を使えない。自分から魔力を消費してくれたのよ。ここを狙わない方法はないわ」
確かに、良く分からないけど、あの魔法は凄そうだった。
たった一人で、アリスとミコさんの二人と張り合ったのだ。
だがその分魔力の消費は大きそうだ。
「なるほど。一理ある」
「でしょう。戦ってみたけれど、まだダークナイト・グランドの傷は回復し切っていないわ。今回は絶対に逃がさないわ」
アリスの言葉が殺伐としている。
「逃げ足は相当早いのですね。私達、エルフから森の中で何度も逃げているのですから」
ミコさんが口をはさむ。
確かに、最初にアリスが見つけた時からずっと足を悪くしていたはずだ。
魔法を使って、移動を補助しているとはいえ、エルフの目と足から逃げている。
森の中を枝から枝へと軽やかに飛び移り、はるか先を見ることができるエルフをかいくぐるのは、まるで忍者のようだ。
エルフが一人、馬車の進む先に降り立った。
カエデは馬車を止めながら、「何か見つけたか?」と聞く。
「ダークナイト・グランドの巣穴を見つけたのね!」
アリスは楽しそうに言う。
これでダークナイト・グランドと決着をつけられるだろう。
しかし帰ってきたのは、真反対の言葉だった。
「ダークナイト・グランドを見失いました!」
「なんだってぇ!」
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