エルフの隠れ里

旅の始まり(強制連行)

「こっちは順調よ。うまくいったみたい。うん、うん、そう」


 御者台に座って、器用に馬車を扱いながら、呑気に誰かと電話している。


 その誰かはおそらく俺の知っている人間だろう。この状況に陥れたあの女だ。




「あの……戻りませんか?」とダメもとで御者台にいるアリスに聞いてみる。


「ダメよ。あ、こっちの話よ。それで防具もまともなの欲しいの、うん、高くても良いから」


 取り付く島もない。


「アリシアさんも聞こえているでしょう。俺を町に戻してください」


 電話先にいるであろうアリシアさんに、どうにかお願いをしてみる。




「聞かなくていいわよ。それで……」


 俺の言葉はアリスに容赦なく、遮断される。


『レベルック』と魔法を使う。


 周囲にいる魔物のレベルを確認する。


 レベル100。レベル121。レベル159。


 信じられないほどの高レベルの魔物。




 誰か助けて……。


 恐ろしくて、馬車から一歩も出られない。




 *




 3時間前……。




 俺たちは倒したロックジャイアントのドロップアイテムを集めていた。


 魔物を倒すと、魔物の身体の一部や使っていたものがチリとならずに残ることがある。


 それはとても良い道具や武器になるらしい。




 そしてロックジャイアントの身体の一部というのが、破壊された破片でも適応されるらしく、それを発見した時には冒険者他、町の住民まで盛り上がった。


 そして街をあげてのドロップ品回収になったわけだ。




 俺もついでに交じって回収していたら、別の馬車を持ってきたアリシアさんの中で休んでいなさいという甘言に乗せられてその馬車に乗り込んで、座席で横になっていた。


 そして初の魔王幹部との戦いで、自分でも気づかないくらい疲れていたのか、アリシアさんが何かをしたのか分からないが、眠くなってしまう。


 睡魔に負けて、眠ってしまった。目が覚めると、馬車は動いていて周りは高レベルの魔物ばかりだった。




 *




「あの街に返して……」と泣きごとが漏れる。


「うるさいわね。私がいるんだから、大丈夫よ。ちゃんと守ってあげるから、その剣でね」


 ニタリと笑う。


 魔王の幹部、ロックジャイアントを倒すときに大活躍した剣。


 確かに強いけれども。




「四六時中一緒にいるわけにはいかないだろ!トイレ中に襲われたらどうするんだよ!お前は、来てくれるのか!」


 ポンと掌をアリスが鳴らした。


「それは盲点だったわ。そうね、そうなったら仕方ないわね」


「どういう意味の仕方ないなんだ!?助けてくれるの?それとも見殺しにするの?」


「そんな話は置いておきましょう。目下の問題は、どうやって安全に夜を過ごすかなんだから」


「だから、戻ろうって言ってるじゃない!」と女言葉を使ってしまうほど、俺は混乱していた。


 だって仕方ないし、マジで死にかねないし。


「それにお別れの言葉も、アハトさんに言えていないぞ」


「それなら、私が伝えておきますよ」


「もう!ありがとう!よろしく伝えておいて!」


 やけくそ気味にアリシアに頼んだ。




「私が戻ったら、屋敷に連れ戻されちゃうもの。せっかく出れたのに、また缶詰なんて嫌だわ」


 屋敷に連れ戻される?


 そういえば、アリシアさんがアリス様と呼んでいた。良い所のお嬢様なのだろうか。


『レベルック』の魔法で、胸元に出る四桁後半の数字を見て、それはないと否定する。




「アリス様、私も戻った方が良いと思います。残りは半年ではないですか」


 漏れ聞こえる通話の音声で、アリシアは俺に賛同してくれていた。


「嫌よ。私はもっと暴れたいのに……」


 何やら物騒な言葉を漏らした。


 本当にこいつと一緒にいることが安全なのか。




「アリス様、新川さんにも聞こえるようにして貰えませんか」


 アリスはひょいひょいと指先を動かして、捜査した。


「できたわよ」


「ありがとうございます。新川さん、聞こえますか?」


「聞こえます!早く、この人を説得してください」


「無理です」


「何でですか!」


「私が強引に連れ戻すのは難しいですし、アリス様の事ですからおっしゃったことを曲げることはしないと思いますので。だから新川さんに、アリス様の傍なら安全だと説明した方が早いと思いまして」


 アリシアさんの諦めたような声がする。


「投げ出さないで!」


 俺の命がかかわっているんだから。




「落ち着いて聞いて下さい。その方は、アリス・キング。このキング王国の第2王女です」


「おうじょ……?」


 頭が理解することを拒んでいる。


「紛れもなく王女です」


「王女って、もっとおしとやかで……」


「王女にも色々な方がいますから。それでアリス様はある事件を起こしてしまったため、あの街で謹慎生活をしていたのです」


「いったん受け入れます。それである事件というのは……?」


 どんなに信じられなくても、まずは受け入れておかなきゃと自分に言い聞かせる。




「アリス様は、魔王の幹部による人間領土の侵略戦争の防衛に当たっていました」


「それって王族がやることなんですか?最前線まででているってことでしょ」


「新川さん、聞きたいことは色々とあるでしょうが、話が終わってからでよろしいでしょうか」


「ごめんなさい」


 アリシアさんに話の腰を折るなと怒られてしまった。




「アリス様は王様に頼み込んで、指揮官として防衛の指揮を執っていました。ある日突然、敵側の基地に殴り込みをかけました。たったお一人で」


 気になることが多いが、ここはぐっとこらえる。


「同時にアリス様のいない自陣営の防衛戦も同時に始まり、指揮官を失ったまま戦う事になりました。苦戦を強いられましたが、幸いにも優秀な副官のおかげで、大きな損害も出ずに事なきを得ました。そしてすぐにアリス様の捜索隊が編成されて、アリス様を助けに向かいました。そしてアリス様を敵陣の真ん中で見つけた時には、全ては終わっていました」


 一呼吸を置いた。




「敵陣の魔物はすべて皆殺し。そして敵大将であるダークエルフを討ち取っていました。それは大きな功績でしたが、自分勝手な行動で軍隊を危険にさらしたことを問題視されて、アリス様はあの街での2年間の謹慎を命じられました」


「だからあの街にいたと……」


「そうです。魔王との戦いで最前線で戦い抜き、単騎でも敵陣を無双できる強さを持っています。安心できませんか?」




 確かに周りは100以上で、俺よりもはるかに強い奴ばかりだからそれを倒せる人がいるのは安心する。




「いや!しないけどな!」


「そう言わずに、アリス様のお世話をお願いします。お金も食料も不自由はさせませんから、馬車にある程度積んでいますし、こちらでもサポートします」


「この人と一緒にいることが一番の不自由だよ。何でそうな危険な人間と一緒にいなきゃいけないんだ!」


「まぁまぁ、ただ戦いが好きなだけですから、逆にレベル1で弱い新川さんは安全ですよ」


「そういう問題じゃないんだけど!戦いが好きとか、もうそこから怖いんだよ!」


 元の世界にいたら、ただの殺人鬼だぞ。


 そんな危ない奴と一緒にいたくない。




「良いじゃない。一緒に頑張って、魔王を倒しましょう」


「魔王だって?俺はレベル1でこれからもレベルがあがらない可能背が高いのに、そんな無茶なことができるか!」


「ええ……。私がこんなに頼んでいるのに」


「頼んでないだろ!魔王なんて嫌だからな。さっきの戦いも、死ぬかと思ったんだからな!」


 あんな神経を削るような戦いをこれからもしてなんかいられない。




「お金をくれるんだろ。俺はそのお金で、安心安全な生活をするんだ」


 そうだ。アリシアと約束したんだった。


 剣を届けてくれたら、褒美にいくらでもお金をくれると。




「それは……、アリス様が逃げなければ……の話でした。アリス様は今、ご実家の王家の方からお金を受け取れないので無理です」


「え?無理?」


「はい。私の方で少しは工面できますけど……。おそらく望むほどの大金ではないので……」


「魔王を倒せば、一生使いきれないほどのお金を手に入れられるわよ」


「一生使えるお金をもらう前に、俺の一生がなくなるわ!」


 こんな人に付き合ってたら、命がいくつあっても足りない。




「アリシアさん、迎えに来てくれませんか」


「私は店があるので、代わりの馬車が準備できるまで無理です。それまでは一緒にいてもらうしか」


「そんな……。というか、どこに向かっているんですか、この馬車は」


 基本的な質問をまだしていなかった。




「秘密。でも一晩、どこかで泊まらなきゃいけないのよね。私が寝ている間は無防備になるのが、問題よね」


 チラチラとこちらを見る。


「もう、分かったよ。俺が夜に見張りを一晩やればいいんだろ。少しでも魔物が近づいてきたら、起こすからな」


 このお姫様は人の話を聞かないし、もう俺が割り切ってついていくしかない。




「やった。これで問題はなくなっ……ん?」


 アリスは馭者席から目を凝らして、何かを見つめ始める。


 同じ方向を見るが、ただ左右に森が広がるどこにつながっているか分からない道しかない。


 魔物の唸り声や鳥や獣の鳴き声が聞こえるだけで、何か面白いものも見えなかった。


 もう日が傾いて、空が赤くなってきている。


 そろそろ夜になっていくだろうか。




「剣を頂戴」


「ん?はい」


「手綱を持って」


「はい」


 アリスに言われるがままに、剣を渡して、代わりに手綱を受け取った。




 徐に立ち上がって、手に持った剣を構える。


 揺れている馬車の上で立ってもよろめかないのは、戦いをずっとしていて体感が鍛えられているからなのか。




 剣が光を帯びる。


「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」


 唐突に真正面に向かって、魔法を放った。


 夕焼けの森の中を光は、まぶしく照らしながら走る。


 そして森の中で、爆発した。




 ドォン!




 そして突風が吹き荒れる。


 木の葉や木の枝が飛んできて、当たって痛い。しかも馬が驚いて、暴れだす。


「なにやってくれてんの!」


「はい。返す。そっちを返して」


「はい。はい!いきなり変な事をしないでくれませんか!馬鹿なのか!」


「何が馬鹿よ。ちょっと追い払っただけじゃない」


 俺の文句に対して、ふてくされたように言う。




「何がいたんだよ。ここら辺の魔物は、レベル100だろ。オーバーキルだわ!」


「当てたけど、逃げられたと思うわ」


「え?」


 アリスが不穏なことを言い始めた。




「なんて?ここにいるのは、レベル100くらいの魔物なんだろ。あの魔法はレベル1600の魔物を吹き飛ばせるんだよな。それに耐える魔物がいるっていうのか?」


「ここの魔物じゃなかったわ。遠めだったけど、はっきりと見えたわ」


 どれくらい視力が良いんだ。


 着弾点まで200mくらいの距離があったぞ。




「ダークナイト・グランド。魔王軍の魔獣の部隊を率いる魔王の幹部よ。あの禍々しい黒い甲冑姿は、見間違えようもないわ」


「魔王の幹部?冗談だろ?」


 ロックジャイアントにダークナイト・グランドと1日に2体の魔王の幹部に会うなんて。


「どうするんだよ。あっちにも位置はばれたんだろ。どこかに逃げなきゃ!」


「大丈夫よ。致命傷にはならないかもしれないけど、ちゃんと命中させたから、きっと回復するまで何日かどこかに潜むでしょうね」


 何でこのお姫様はこんなに落ち着いているんだ。


 自分が強いと言っても、周りに味方もいない。いるのは、レベル1の俺だぞ。


 女神の剣にたかっている虫みたいなもんだ。




「いや、誰が虫だ!」


 自分の心の声に突っ込んでしまった。




「何を独り芝居しているの?アリシア、聞いているわよね。ちょっと執事のヘクターにそれとなく伝えておいて、もしかしたらヤバいのかも。何かは分からないけど」


「分かりました。魔王の幹部が実は一人ではないかもしれないと感じさせればいいんですよね」


「お願い」


「ヤバいって、魔王の幹部がここにいるっていることだよな」


 二人でまるでテレパシーでも使っているかのように、要点を言わない会話をしていて、思わず口をはさんでしまう。




「そうよ。そもそもここに魔王の幹部がいるのが、問題。人間と魔王の領土の境には強力な結界が張られていて、毎日それを破ってきた魔物から人間の領域を守るのが私のいた部隊の役目。うち漏らさないように、入ってきた魔物はすべて監視しているの。一匹もうち漏らさないようにするのが、鉄則。こちらで自然発生する魔物よりもはるかに強いから、一匹でも通していたら大問題よ」


「だけど、こんな奥の方にまで入り込んでいる」


「そうよ。あんなのがいたら、ここに住んでいる人々は皆殺しにあうわ」


 ロックジャイアントとの戦いを思い出される。




 自分を押しつぶそうと岩のこぶしが迫ってきたり、戦いの衝撃で馬車が揺れて外に放り出されそうになったり。


 恐ろしい事が色々とあった。


「ダークナイト・グランドを早く倒さないとな」


「あんた……」とアリスが驚いた顔をした。


「今がチャンスだ。さっきのが当たって、弱っているなら簡単に倒せるはずだ」


「秋川さん、そうですね。倒しましょう」とアリシアが同意してくれる。


 俺はこぶしを握り締めて、決意を固めた。




「俺の安全のために!早く倒さないと!」


 アリスとアリシアは、はぁと何故かため息をついた。




「せっかく男らしい所を見せたと思ったのに」とアリシアがこぼした。


「男らしいとか、関係ない!早く倒してしまおう」


 もう目はつけられているんだ。


 回復させる好きを与えるものか。




 ビュン!カツ!




 俺のすぐ真横の壁に矢がどこからともなく飛んできて、勢いよく刺さった。


「ひっ!」と声が出る。




「そこの馬車、とまれ!」


 森の中から声がした。


 アリスは無言で、手綱を引いて馬車を止めた。




 そして四方八方から背の高い人たちが出てきて、俺たちは囲まれてしまう。


「何だこの人たち」


 弓と刃先のない槍を持っていて、凄く攻撃的だ。


 さっきのダークナイト・グランドの悪口を言ったからか。


 ダークナイト・グランドの命令で俺たちを殺しに来たのだろうか。


 その人たちは、構えを崩さないまま徐々に近づいてくる。




 万事休すか?

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