戦いの終わり(レベルは上がらない)
ズドン!と凄まじい音と地響きがする。
俺は馬車から放り出されて、平原の大地に転がった。
すぐ近くにアリシアさんも倒れている。
うまく転がれて、怪我は自分もアリシアさんもぱっと見はないみたいだ。
レベル1の俺が助かったのは、修道女の祝福の力か分からないが、何とか無事に最悪の危機を脱せたようだ。
だけど馬車は完全に壊れて、倒れてしまっている。もう走れないだろう。馬車につながれていた馬も、馬車に煽られて転んでしまっていた。苦しそうに息をしているので、申し訳ないと感じる。
左こぶしは俺たちのすぐ横に当たり、その余波で馬車が吹き飛ばされてしまったのだ。
「うっ……ぐっ……」
「アリシアさん、大丈夫ですか」
アリシアさんに声をかけると、「大丈夫」と返事がある。
「アリス様、大丈夫ですか」
「ええ、少し痛みはあるけど大丈夫」
背後にいつの間にか、青い瞳の女であるアリスは立っていた。
彼女の身体は泥にまみれており、左手がだらんとしていて力がない。
「もしかして、俺たちを助けて?」
「そんな事よりも早く!」
俺の手の中にある剣を奪い取るようにして取り、「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」と剣を振った。
遠くでロックジャイアントの上半身が消滅し、こちらに伸ばされていた右手がズドンと重力に従って地面に落ちた。
『レベルック』の魔法は健在で、ロックジャイアントの足に1600という数字が出ている。
もちろんレベル1も変わらず、ロックジャイアントに見えている。
アリスは俺の横を通って、ロックジャイアントへ立ち向かっていく。
「けがをなさるなんて……」
アリシアさんが呆然とした顔をしていた。
よっぽど彼女の強さに信頼があったのだろう。
そしてどれだけ無茶をして、俺たちを守ってくれたのかも垣間見れる。
「そうだ。受付のお姉さんは!」
どこにいるかと探すと、「ここです」と探し始める前に来てくれた。
「新川さん、大丈夫ですか?」
「えっと、大丈夫です。それで受付の……」
「その呼び方は長いので、名前で呼んでください。アハトです」
そういえば、名前もまだ知らなかった。
「アハトさん、怪我をしていませんか」
「大丈夫です。衝撃で転がって、擦り傷ができたくらいです」
目に見える範囲では、泥だらけで少し肌が薄く細長い赤い跡がついているだけのようで安心する。
「私、足を引っ張ってしまいましたか?」とアハトさんが言う。
「いえ、そんな事はありませんよ」
「でもあの戦っている方は、あの岩にタックルをして逸らしてくれましたけど、片腕が……」
アハトさんは俺たちを助けた一部始終を見ていたのだろう。
「大丈夫です。きっと……」
それを理解しているのは、戦っているアリスだけだろう。
俺達ではあの領域の戦いを理解できない。
「はい。……はい。それはよかったです……。こちらは……」
耳に手を当てて、アハトさんが話し始めた。
「もしかして、ギルドに連絡を取れるんですか!」
「え?はい。これは通信装置でして、この端末を持っている人とは連絡が取り合えます」
アハトさんが耳に引っ掛けられている小さな棒を、髪をかき上げて見せてくれた。
「だったら、連絡してほしい事があるんです!」
俺はアハトさんの肩を掴んで、興奮していった。
「連絡が取れると言っても、この付近にいるギルド関係者だけですよ。王都とかには連絡できません」
「十分です。俺の考えがあっていれば、あいつに勝つことができるはずです。アハトさんのおかげです!」
「わ、分かったから、何をすればいいの?」
「それは……」
ちらりとロックジャイアントへ視線を向ける。
再びアリスの技が当たり、上半身が吹き飛び、腕に1600という数字が見えていた。
*
そして準備は整った。
アハトさんから全員が配置に着いた事を聞いて、ほっとした。
ロックジャイアントが俺たちの行動に気付いていたら、攻撃の矛先をアリスから俺たちに向けて、俺たちはなすすべもなく殺されるしかなかったはずから。
ここにいるすべての冒険者や住人が、ジャイアントロック達よりもはるかに下であった事が有利に働いたのだろう。
ロックジャイアントとアリスの壮絶な消耗戦を観察して、理解した。
俺の考えは間違いでないという事を。
それはロックジャイアントを確実に殺せるという確信に至る。
アリスには攻撃に専念してもらう。
全力で戦ってもらえば、もらうほど効果的だ。
たとえ街の塀の上に並ぶ魔法を使えるすべての住民が並んでいるのを見たとしても、アリスが接近して戦っている限り自身に致命傷を与えられる攻撃ができないと考えるだろうから。
どうしようもない離脱として、俺のところに剣を取りに来る時間があるが、これも一瞬で素早く切り返し、最速で懐に潜って攻撃を再開させている。
これは常にアリスから目を離さないようにするための策だ。
アリスがロックジャイアントのすぐ近くにいても全く構わないのだ。
何故なら、今から使う魔法は攻撃魔法ではないのだから。
剣が俺の手元に戻ってきた。
壊れた馬車に隠れて盾にしつつ、アリスへ渡してきたが、もうその必要はない。
作戦開始だ。
それを真上へ放り投げる。
キラキラと太陽の光を反射し、全方向へと光りを放つ。
その光はすべての方向へと放たれ、作戦の開始の合図となった。
俺の近くに戻ってきたアリスが、頂点に達して落ちてくる剣を掴み、再度突撃する。
まっすぐにロックジャイアントの足元に向かって。
『レベルック!』
俺は魔法を使い、ロックジャイアントのレベルを確認する。
間違いなくロックジャイアントのレベル1600は胸元にある。
賽は投げられた。
後は、ロックジャイアントを倒しきるだけだ!
『ウォーターボール』
城壁の上に並んで立っている冒険者たちが、一斉に同じ呪文を唱える。
この魔法は水を生み出し、投げつけるしかできないほとんど何の役にも立たない魔法だ。
しかしそれを冒険者と一部の住人が一緒になって放てば、ロックジャイアントの身体をすべて濡らし、その内側まで浸透させられる。
さらに消費魔力も少なく、連発・連射できる。
バケツから水をひっくり返したような水が、ロックジャイアントの身体に降り注ぎ、その体を濡らしていく。
ロックジャイアントがこちらを向く。
しかしすぐにアリスへと視線を戻した。
アリスは水を被りながら、猛然とロックジャイアントの身体に攻撃を当てて、表面に傷を作っていく。
ロックジャイアントからすれば、水をぶつけて視界をくらましているだけに見える住人よりも、早く自分の身体を吹き飛ばしかねない敵を優先するのは当然だ。
アリスが倒れれば、一方的に街を蹂躙できる。
しかもアリスは手負い。
ただの弱い水魔法と比較しても、優先しないわけがない。
だけど「それが間違いだ」
気付いていない。
戦いに夢中になるあまり、自分の身体がどうなっているのか。
ヒビが入っていく。
ロックジャイアントの身体のあらゆる部位にヒビが大きく広がっていった。
そこから表面の土色と違う色が見える。
そう冬から春にかけて、地面を割って外に出るたけのこのように。
思った通りだ。
ロックジャイアントの身体出たレベル1の表記、それはこの平原に出る岩型の魔物だったのだ。
そしてそれを見て、ピンときた。
ロックジャイアントは再生しているのではなく、修理しているのだ。
その土地の土や岩を材料にして身体を作っていて、壊されたらまた土や岩を回りから回収して、また同じ形を作っているに過ぎない。
ロックジャイアントの能力は、再生能力ではなく、土や岩を操作するだけだ。
この平原にある岩型の魔物も一緒に混ぜて身体を作ったから、レベル1の表示が出た。
ロックジャイアント自身は、ここにそんな魔物がいるなんて思ってもみなかったのだろう。
水を掛ければ、膨らんで道や土地にヒビを入れるだけの魔物がいるなんて、だれが思うだろうか。。
そして再生でないなら、修復しようとしないと直せない事が分かる。
現にロックジャイアントは身体に入るヒビに気付かずに戦い、結果ヒビは広がり、さらに膨らませてしまっている。
あともうちょっとだ。
アリスが気を引いているうちに膨らませ切ってしまいたい。
ヒビに気付かれたら、それでゲームオーバーだ。
直されたら、倒す方法がなくなってしまう。
剣が俺の手の中に戻るのと、ロックジャイアントの身体がヒビに耐えきれず崩壊し始めたのは、ほぼ同時だった。
俺は剣を掲げる。
ロックジャイアントから破片が落ちていく。
だけどロックジャイアント本人は気付いていない。
その証拠に今俺に向かって、振りかぶった右こぶしを振り下ろしている最中だからだ。
その渾身の一撃の動作によって、致命的に身体が崩壊していく。
地面を踏みしめている足は、役目を失ったとばかりにすねのあたりから完全に壊れている。
腰もこぶしを出すためにひねり切ったまま、そのまま足と胴体が離れてしまっていた。
両腕も肘から先が壊れ、自由落下を開始していた。
この飛んでくる右こぶしも、ロケットパンチよろしく胴体とは離れていた。
そして今、身体に気付いたとしてももう遅い。
『レベルック』の魔法の効果で、はっきりと見えている。
四肢から切り離され、胴体の中で高速で右往左往する1600の数字が。
『レベルック』はその魔物や人間のレベルを表示する魔法。しかも板などを挟むだけで表示は見えない。今回のロックジャイアントは、魔法によって作られた魔物自身の身体として扱われたために表示できた。
そして他のレベルや情報を調べる魔法は、対象のデータを抜き出す魔法だ。
『レベルック』の結果はそのまま対象に表示するが、そのほかの魔法は情報を手元で確認する。だから魔物の姿を追えなかった。
だけど『レベルック』の魔法なら、その表示を見れば魔物がどこにいるか丸見えだ。
ロックジャイアントの正体は、巨大な図体に隠れて、土の中を高速で移動する魔物だ。
だからどこを吹き飛ばそうと残っている土の欠片に逃げ込めれば、そこから巨体を修理して何度でも戦える不死身の化け物となれたのだ。
そしてすべてが吹き飛ばされても、下が地面ならそこに逃げ込み、また修理する。
正体を明らかにしてしまえば、簡単な魔物だ。
ロックジャイアントは、土を移動する魔物である。
だから他の土の破片や地面に逃げられないように、気づかれないように下半身を壊した。
憶測だったが、土の中以外を移動できないのではないかというものも当たっているようだ。
そうでなければ、切り離されて宙に浮いたままの胴体の中にとどまっている訳がない。
かつてはとても安全な場所だったのだろうが、既にそこは逃げ場所のない土の牢獄となる。
後は簡単だ。倒せないではなく、逃げられていたから倒せなかった。
俺が掲げた剣を、アリスは金色の髪をたなびかせて受け取った。
青色の瞳と一瞬だけ視線があう。
金糸のような髪を太陽の光で輝かせる彼女を、俺は素直に美しいと感じた。
「敵は予想通り、胴体の中だ!」
「了解!」
俺の隣に立って、彼女は剣を高々と掲げた。
剣が猛烈な光を放つ。
太陽の反射光とそこに込められる光が合わさり、もう一つの太陽のようだ。
そして胴体が地面と接するより早く、剣を振り下ろした。
「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」
一閃。
振り下ろされた剣から放たれた光は、まっすぐに胴体を射抜き、そしてかつてないほどの大爆発を起こした。
暴風が吹き荒れて、俺の身体が半分浮く。
飛ばされると思ったが、両手を掴まれた。
アリスはこの風が吹き荒れる中で平然としていながらもしっかりと俺の手を掴んでくれている。
また別の方を見れば、アリシアさんとアハトさんが俺の手を握り締めていた。
身体は完全に宙に浮いていて、女性に助けられている情けない絵だったけど、なんとか生き残ることができた。
爆風が収まって、俺はもう一度魔法を発動させる。
『レベルック』
回りを見渡しても、レベル1600は見当たらない。
「よかった。勝てたんだ……」
ほっとしたら、足から力が抜けてしまう。
「新川さん、お疲れ様です」とアハトさんが言った。
「アハトさんもお疲れ様」と言い返す。
アハトさんが来てくれなければ、他の冒険者と連絡がつかずここまでスムーズに事が進まなかった。
来てくれた理由は早とちりだったけど、来てくれてよかった。
「お疲れ様です」と次に言ったのは、アリシアさんだ。
『レベルック』の効果で、胸元に918という恐ろしい数字が見えているが、黙っておく。
「お疲れ様、アリシアさん」
そして最後にアリスを見る。
「えっと、お疲れ様……アリスさん」
「お疲れー」と気の抜けた声で言っているアリスの胸元には、6789の数字があった。
ちょくちょく戦いのさなかにも見えていたが、この世界のレベルはいかれてる。
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