3人の戦い(非戦闘員2人)

 激しい爆発と爆風。


 近付くにつれ、それは大きくなっていく。


 まるで戦争の真っただ中にいるようだ。


 それは間違いではないのだけれど。




「大丈夫なんですか!えっと、商人さん」


「大丈夫じゃないわ。後、私の名前はアリシアよ。よろしくね」


「よろしく。壊れた剣が落ちているんですけど、あの人以外にも戦っている人がいるんですか」


 戦いに近づくにつれ、ロックジャイアントから落ちたであろう岩が街のいたるところに落ちていた。


 もう逃げてる人たちはいなくなって、閑散としている。


 そして柄や刃の破片が落ちている。鞘も無造作に捨てられている。


 その柄や鞘の宝石がきらきらと輝いていた。


 全て剣だけど、数としてはかなりある。




「いいえ、あの人だけ。私が武器を渡したって言ったでしょう。その残骸よ」


「そんなに脆いものなんですか?」


 元の世界の日本にも何百年も残っているものなのに、こっちでは剣の強度は脆いのだろうか。


「そんな訳ないでしょう。二流品と言っても本物の鍛冶屋が売っているのよ。何十万もするの。でも魔王の幹部との戦いには合わない。あぁ、もう勅令がなければ……」


「勅令?」


 聞き返すと、「ごめんなさい。聞かなかったことにして」と言われた。


 勅令はたしか偉い人の命令みたいな感じだったはず。




「武器の残りも少ないはず。そうなったら、圧倒的に不利よ」


 もう巨人の足元まで来ている。


 ここまでくると見上げると、ほぼ巨人の図体が視界の大半を覆って、空が狭く見えた。


 デカすぎて勝てるシチュエーションが思いつかない。




 そしてロックジャイアントと戦っている人が戦っていることが辛うじて分かる。


 ロックジャイアントの腕や胴体に切り付けているが、その剣の傷はすぐにふさがってしまう。


 何かが通りに落ちてきて、それが壊れた剣の刃なのだとすぐに気付いた。


 魔物が固すぎて、あの人が強過ぎて壊れていく武器。


 その人は一瞬で100mほどを移動して、おそらくおいてある武器を拾って再びロックジャイアントに挑んでいく。




「もう少しよ。町から出て、馬車で逃げながら彼女に武器を渡す。町の中じゃ、逃げ道が確保できないから」


「分かった」


 ガラララと馬車の速度が上がる。


「後少しよ。あぁ、もう早く、早く……」


 心配なのか貧乏ゆすりを続けている。




「大丈夫だ。強いんだろう」


「そうね。そうだけどね……」


 街を囲む塀は見えている。


 後は馬車で外へ出て行くだけだ。


 爆風が真上で起きる。爆風がまっすぐに上から下に吹き荒れる。


「ぐっ、すごっ……」


 馬車が揺れる。


 近くのモノに手を伸ばして、掴む。


 それは偶然にもアリシアさんの腕だった。


 細くて柔らかくて、ドキドキしてする。


 咄嗟に離そうと思わず、逆に力を込めてしまった。




 揺れが収まって、すぐに手を放す。


「すいません。わざとじゃ……」


「分かってる。外に出るわよ。さっきも説明した通り、すぐにあの人が来るわ。そうしたら、剣を渡すのよ」


「あぁ!分かってる」


 腰に差している剣を、渡しやすいように引き抜く。




 馬車が塀をくぐる。


 剣を持つ腕を掲げた。


 太陽の光が剣に反射して目に当たり、一瞬だけ目を閉じる。


「ありがと」と知らない女性の声ではなかった。




 目を開けると、青い宝石のような瞳と目が合う。


 それは昨日俺に案内を頼んできた女性の瞳だった。


 金色の長髪を風にたなびかせ、俺の手から剣を奪っている。


 そして馬車から飛び降りて、地面に着地した瞬間、地面がへこむ。


 ロケットのように彼女はまっすぐに空へ飛びあがった。


 恐ろしいほどの脚力とジャンプ力。




「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」


 空から彼女の雄たけびが聞こえる。


「こっちよ」


 アリシアが俺の肩を掴み、引き寄せる。


 むにゅと顔が彼女の片胸に押し付けられた。


 来ている服はシルクのように艶々とした肌触りのいいもので、しかも薄い。その下にある豊満なモノを、ほとんどそのまま伝えてくれる。




 レベル差で俺の方から解くことは不可能だ。


 だからこの状況は俺の意志ではない。




 シルクの滑らかな肌触りとそのモノの柔らかさが、絶妙にマッチして、まるで生まれたままの姿で抱かれているようだ。


 服がその柔らかさを邪魔しないせいで、顔が埋まり暖かささえも伝わってくる。


 加えて何か艶かしい花の匂いが、鼻孔をくすぐる。


 女性はこんなに良い香りがするのだろうか。




 馬車の走る上下の振動で、俺の顔面が擦りつけられるが、全く痛くない。むしろそのモノの柔らかさを、余すことなく伝えてくる。


 ぽよんぽよんと何度も、そこへダイブしているように、押し付けられる。そう女性という海へのダイブだ。


 まったく痛みはなく、むしろ感じるのは幸福感。


 元の世界では一度も味わったことのない、初めての感覚。


 それは天国のような感触と匂い。




 ドキドキと聞こえる心臓の鼓動は、俺のものかそれともアリシアのものなのか。


 きっと魔物との戦いの緊張感から鼓動が早くなっているだけだろう。


 アリシアが抱きしめている事とは何も関係がない、と思う。




 アリシアの身体が俺の予想以上に、豊満だった。


 俺の顔はそこに沈み込み、温かい底なし沼のように沈めていく。


 沈んで、しかもわずかに反発をしてきて、快感を感じるような絶妙な感触。


 これが歴史上、様々な男がはまってきた底なし沼。


 その素晴らしい場所へ俺は、はまっていた。




「来るわ」


 アリシアの警告する。


 ドンとさっきとは明らかに違うレベルの突風。


 馬車が跳ねるように揺れる。もしかしたら本当に浮いていたかもしれない。


 次の衝撃がもし抱きしめられていなかったら、俺を馭者席から吹き飛ばすほどの衝撃だったからだ。


 もちろん俺は吹き飛ばされず、アリシアの胸に全ての衝撃は吸収されて無傷だった。


 しかし俺はその衝撃で咄嗟に、抱き着いてしまう。




 そして左腕はもう片方の胸に、そしてもう片方はアリシアの腰を掴む。


 左手に感じる柔らかな感触。


 それはこれまで触ってきたどんなものよりも、温かく柔らかかった。


 もし力をこれ以上いれたなら、つぶれてしまうかもしれないと思った。


 右腕は細い腰に回していて、あたかも俺がアリシアを抱き寄せたかのようになってしまった。




 アリシアの腕の拘束が弱まったすきに、俺は思い切り飛び上がって距離を取った。


「ごめん!」


「私がやったことだ、気にしないで」


「本当にごめんなさい」


「そんな事より、どう?倒せた?」


 アリシアの顔を見るのも気恥ずかしいので、口実ができたのでほっとする。




 馬車から身を乗り出して、背後のロックジャイアントを見る。


 見上げると空がすっきりとしていた。


 上半身が吹き飛んでいた、残っているのは腰から上だけ。


 しかしその腰の上部分が、ドロドロと蠢いている。


「まだです」


「くそぉ!」と商人が罵倒の言葉を口にする。




 そして再生が始まろうとしているのを、俺と同じように見たのだろう。


 宙を泳いでいる青い瞳の女が、剣を光らせている。


「追い打ちをかけるつもりみたいです」


「分かった」


 そしてまた俺は天国へとアリシアの手で連れていかれる。




「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」


 ドッと凄まじい音と共に地面が揺れる。


 今度こそ本当に馬車が飛んだ。


 着地の衝撃で、お尻が打ち付けられる。骨がいかれてしまうかと思った。


 ただ顔はアリシアに密着している部分は、何もなかった。




「ぷはっ。あいつは!?」


 馬車から背後を見ると、塀のすぐ外の地面がクレーター上に抉れていた。


 なんて威力なんだ。


 二発であの巨体を消滅させてしまうなんて。




 手の中に剣が戻ってくる。


「た、倒したんだ!凄いっ!跡形もない!」


 興奮して叫ぶ。


 しかし「剣……」といつの間にか御者台の俺の横に現れた青い瞳の女が、そう言って手を伸ばしてきた。


「何で……。終わったんじゃ」


「終わってないわ」


 ズンと地面が揺れた。




「左に!」


 短く言って、アリシアはその指示に従い、手綱を振った。


 馬はすぐに方向転換し、左に曲がる。


 そしてすぐ近くで突然地面が隆起し、それが空へとつきあがった。


 それは紛れもなく先ほどのロックジャイアントと同じ姿だ。




「嘘だろ。あいつは不死身なのか!」


「不死身ではないはずよ。でもあれは何度も蘇るわ。さっきみたいにすべてを消し去っても、地面から生えてくる」


 青い瞳の女は憎々しそうにさっきと変わらず立つロックジャイアントを見つめる。


「アリス様、大丈夫ですか」


「ええ、楽しいわ!」


 俺の手から剣を奪い取り、女性がするには危なすぎる笑顔を浮かべた。




 そして馬車から飛び降りて、再びロックジャイアントへ飛ぶ。


 後ろを見ると、今度は技を使わずに直接その巨体へ斬りつけていた。


 腕、顔、胴体をロックジャイアントの身体を飛び跳ね回りながら斬っていく。


 輪切りになった箇所は、僅かにずれるもすぐに表面が蠢き、元に戻る。


 ただ斬るだけでは、全く効果はない。


 やはりさっきの吹き飛ばす攻撃じゃなきゃ、意味がないんだ。




 そしてロックジャイアントは腕を振り上げる。


 巨大な両手を重ねた。


 真下で走る馬車に狙いを定めている。




 その両こぶしが徐々に大きくなっていく。それは魔法ではない。


 ただ俺に向かって振り下ろされていくのだ。


「アリシアさん、逃げて!」


「分かってる」


 だけどそれよりも馬車に落ちる影の方が早い。




「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」


 再びの爆発。


 今度は、アリシアは焦っていて抱きしめられなかった。


 馬車に全力でつかまって、衝撃に耐える。




「よっと!」


 ドンと音が真上でした。そして遠くでドガンと固いもの同士がぶつかる音がする。


 見るとロックジャイアントの腹にロックジャイアントのこぶしがめり込んでいた。


 きっと吹き飛ばした破壊したこぶしを蹴り飛ばして、ロックジャイアントにぶつけたのだ。




 だけどロックジャイアントは身動きせず、ドロドロとぶつかったこぶしは動き、元のように腕を形成していく。


 全然効果はない。


 そして「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」という掛け声とともに、またロックジャイアントの上半身が吹き飛ぶ。


 だけどそれもさっきのように効果はないだろう。




 煙が晴れていくにしたがって、上半身が修復される。


 自分の手の中に剣の重みが増えた。


 そして「ふぅ」とすぐ横で、青い目の女が息をつく。


「あれに核とかないんですか。何かそれを壊せば、倒せるとか。他に何か魔法を使っている人がいて、その人が操っているとか」


「あれと戦ってきた私達が、その可能性を考えなかったと思うの?全身吹き飛ばしたら、核の有無なんて関係ないでしょう。何度も戦っているけど、その時に周囲をくまなく探しても、魔力をたどろうとしてもそんな痕跡はなかったわ」


 俺の手から剣を取りながら、質問に答えてくれた。




 そしてすぐにロックジャイアントへ向けて飛ぶ。


「アリス様は強いわ。心配しないで、武器を手に入れたなら大丈夫よ」


「そうだといいんですが、俺にも何かできれば……」


 俺にできること……。




 ロックジャイアントへ掌を向ける。


『レベルック』


「いや、何の意味があるんだよ!」


 自分で自分に突っ込む。


「気負わないで、渡してくれるだけで良いの」と商人がフォローしてくれる。




 攻撃でもないただレベルを見るだけの魔法なんてなんの意味があるんだ。


 ロックジャイアントのレベルは1600だ。


 それを見たところで、何が分かるっていうんだ。


 でも一応確認する。


「え?」


 ロックジャイアントに現れるレベル1の文字。


 もちろん胸の部分に1600という数字もある。


 1600という数字は揺れていた。




「あれはどういう……」


 自分の見たものについて、考えを巡らす。


「もしかして!」


「どうした?」


 横から商人が問いかけてくる。




「秋元さん!」と声がした。


 そちらを見ると、受付の女性が塀の所からこちらに向かって手を振っている。


「危ないです!早く逃げて!こっちです!」


 そしてこちらに走ってくる。




「もしかして俺を逃がすために追ってきたのか!」


 俺がレベル1であることを知っているから、馬車で向かっていくのを見かけて、連れ戻しに来た。


「アリシアさん、迎えに行けますか!」


「分かった!」


 馬に鞭打って、受付の女性の方へ方向転換する。




「狙われなければいいけど」とアリシアさんがこぼすが、やはりそんな甘い願いは届かない。


 ロックジャイアントは、すでにこちらに狙いを定めている。


 引いた右腕をこちらに向かって、こぶしを振り下ろしていた。


 受付の女性も攻撃対象にされているのに気づき、今度は逆に街の方へ戻っていく。


 だけど人間の足で、魔王幹部の攻撃から逃げられない。


 迫ってくるこぶしの方が早い。




「プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー!」


 何度目か分からない攻撃で、右手が吹き飛ぶ。


 突風が馬車を襲う。


 そしてその突風は例外なく、受付の女性も襲った。


 煽られて、バランスを崩して転んでしまっている。




 そしてほぼ同時に俺の手の中に剣の重さが。


 背後を見ると、右手を再生させないまま、左のこぶしがこちらに向かって伸びてくる。


 その左こぶしは、俺たちの馬車と受付の女性を正確に狙っていた。


 あの攻撃を防ぐことができる剣は、青い瞳の女の手にはない。


 何の力もないレベル1の俺の手の中だ。




 その左こぶしの影は、俺たちのすぐ背後まで迫っている。

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