第9話 文学的価値はない
カラカラとキャスター付きのワゴンの音がする。
なぜ、ワゴン?
と思っていたら、ドアが開いてセバスが入ってきた。
私は目を見張った。
手押しワゴンの上には、手紙がいっぱいだった。なるほど、これでは銀の盆になんか乗せられない。
一体、何通書いたのかしら。
殿下は少々居心地悪そうにしている。
クリスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
クリスは殿下に、執事を手伝うのを強硬に止められたのだ。
「中身は存じません。封を切ってないものもございます。私は切手コレクターなもので」
「中身には、なんと?」
振り返って殿下に聞くと、殿下はますます居心地悪そうになった。
「……恋文……かな?」
小さい声で答えがあった。
「いただいてもよろしいでしょうか?」
「全部、あなた宛だ。もらって欲しい。五十通くらいあるかもしれないが」
「全部で五十八通ございました」
間髪を入れず、セバスが補足する。
「修道院には相応しからぬものかもしれません。でも、私にとっては、きっとこれが生きる糧。一生大切にして参ります」
でも、思ったよりかさばるかも。
「違うー!」
「お嬢様、殿下はそう言うおつもりではないでしょう!」
見ると殿下は真っ赤になっていた。
「全部、全部、あなたへの想いを書いたものだ。読んでくれ! そして、もし、僕を嫌いじゃないと言うなら」
そう言われた途端、この世にはフィリップ殿下しか存在しなくなった。
「僕と結婚してくれ。喪も開けた。昔の約束通り、結婚してほしい」
ソファとテーブルと飛び越えて、フィリップ殿下が迫ってきた。
「ずっとあなたを思って書いた。会えない間」
「はい」
「千の言葉よりも、行動だ。だから、ここへきた」
ケッと言うような声がした。
「素人詩人の自己陶酔の恋文なんて……」
どうでもよかった。私には蜜のような言葉の数々に違いない。
「焚き付けにするのも使えやしない」
殿下もまったく聞いていなかった。
「また来る。次来た時には、返事を聞かせて」
返事なんか決まっている。
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