国家公務員 言語専門職

 わたしは若いころから、役所に勤務して、漢文の文書を筆写したり、日本の官僚の作文をなおしたりする仕事をした。そのうちに、帝のおそばにとりたてられた。当時の帝は、日高ひたかのひめみこ、元正天皇だ。かずかずの公文書が、帝のことばとして発表される。帝は、それが正しい漢文になっているか、確認しておきたかったので、いわば辞書として、わたしをお使いになった。こまごましたことでたびたび呼び出すのには、老師よりも若者がよいと判断されたのだろう。

 帝が律令の編纂をお命じになった。のちにいう「養老律令」だ。もちろんおおぜいの官僚が分担してする仕事だが、帝ご自身が文章を確認したいとおっしゃることも多かったので、わたしの仕事もふえた。そのうちに、律令の担当者から相談を受けた。漢文であっても、日本のことばの単語をまぜる必要があるばあいがある。それをどう書けば、まぎれないですむか。発音をつたえる場合と、意味に対応する漢字をあてる場合の両方について、いっしょに考えることになった。

 律令は漢文で書かれるが、それが執行される現場で話されることばは漢語ではない。国司は、漢文をやまとのことばで解釈する訓練は受けている。しかし、各地の住民のことばは、やまとのことばとも、だいぶちがう。もし、ひとつの「国」のうちでは同じことばが通じるのならば、国司のほうがそのことばを覚えればよいだろう。国のなかでもことばのちがいが大きいときはどうするか。帝も、わたしが言うまでもなく、そのような問題の存在はごぞんじだったが、答えの案がなく、なやんでおられた。

 わたしは、「言語事情の現地調査をしたい。そのために、遠方の国の国司 (もちろん国守ではなくその部下) になりたい。ただし、毎年ちがうところに異動させてほしい。」と申し出た。異例だったが、実際にそのような辞令がくだされた。

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