第422話 意外な再会

 和やかで少し砕けた感のある宴席は、実際にはルブルスクとの親善の場という意味合いも相応にあった。ほぼ初対面といった感のある要人たちを相手に、リズは握手に応じ、言葉を交わしていき――

 宴席が成功裏に終わった後、改めて身内向けの場が用意される運びとなった。特に親しい仲の者だけが残った格好だ。


 兄弟三人、ヴァレリー、エリシアを前に、リズは改まって「ただいま」と口にした。


「まぁ、他の国で言うのもなんだけど」


「はいはい」


 やや照れ隠し気味に付け足した言葉に、ファルマーズが適当にあしらってくる。3年の経過でずいぶんと背が伸び、大人びて凛々しくもなった彼だが、リズにしてみれば生意気な弟でしかない。

 一方、他の四人は、外見上の変化はほとんどない。激務で参っていると言った様子もなく、一安心である。

 かねてよりの懸案事項として、兄ベルハルトがうまくやれているのかどうかという事があったが……それも杞憂だろう。

 それでも一応、リズは聞いてみることにしたのだが。


「ルキウス兄さん、そちらの陛下はどんな感じ?」


 問いを投げかけられ、彼は渋い笑みを浮かべた。


「どうと言われてもな……お前が心配するような事態にはなっていないぞ」


「ならいいんだけど……」


「信用ないな」


 ポツリとこぼすベルハルトに、リズはやや申し訳無さそうな苦笑いを向けた。


「ほら、任命責任ってものもあるし……ね? 」


 それから視線をヴァレリーに向けると、彼はベルハルトに顔を向けて尋ねた。


「無礼講でよろしいでしょうか」


「そりゃもう」


 一応は尋ね、すぐに快諾するというのが、この二人の関係性らしい。年が近いこともあってか、気兼ねない感じでヴァレリーが口を開く。


「君の兄上だけど、将兵からの信望がすごくてね……刺激になるし、うかうかしていられないと焚きつけられる感じもあるよ」


「なるほど。私の目は確かだったわ」


「チョーシいいんだから」


 ざっくりと切り捨てるようなツッコミに、向かい合うそれぞれが含み笑いを漏らす。


 それからしばらく歓談し、満足したリズは「そろそろ」とお開きを切り出した。


「みんな忙しいでしょうし」


「……まぁ、そうだね」


 今のリズに比べれば、いずれも立場ある身分だ。あまり長引かせて明日に響いては……という遠慮も実際にある。

 名残惜しそうにするエリシアが「また、お話しましょう」と声をかけ、リズは「もちろん」とうなずいた。

 そこへ、今度はベルハルトから声がかかる。


「明日、何か予定は?」


「マルシエルへ向かうつもりだけど……」


「……ふーん。その前に、私が借りてる執務室へ来てくれないか? 話しておきたいことがある」


 彼の妙に改まった様子がどことなく引っかかりはするものの、断る理由は特になかった。

 念のため、ネファーレアに確認を取るも、彼女も「どうぞ」と快諾。

「その時は、私は外しておきますね」とも。



 そうして翌日。朝食後、仲間たちと軽く語らった後、リズは約束の場所へと向かった。

 ベルハルトが厄介になっているという建物は、官庁街にある貴賓館のひとつであった。この国に逗留してかなり長くなる上、彼だけでなくルキウス、ファルマーズも世話になっているとあって、ほぼラヴェリア向けの建物となっているとのことだ。

 やはり、身分は伏せておき、事前に授かった紹介状を提示して中へ。


 案内された先の執務室では、ベルハルトが一人、どことなく浮かない顔で席についている。

 あまり良い話ではないかも――なんとなくイヤな予感が、リズの胸中に顔を出す。


「わざわざ来てもらって悪いな」


「いえ、それはいいんだけど……あまりいい話でもなさそうね」


「まぁ……お前には言いづらくあるんだが、かといって言わないわけにもな……ってところで」


 なんとも煮え切らない態度のベルハルトに、リズは口を閉ざした。そこまで深刻な話でもなさそうに感じられるが……

 少しの間、二人の間に静寂が続き、不意にドアのノックする音が響く。続く「失礼します」との声に、ベルハルトは複雑な顔で「どうぞ」と応じた。

 外からの声に、リズは、聞き覚えがあるようなないような、なんとも言えない奇妙な感覚を味わった。

 ともあれ、呼び出しに関わる人物に違いない。やや体に力が入るのを感じるリズだが――


 入ってきた人物を前に、彼女の頭の中が真っ白になった。


 驚きのあまり目が見開かれ、口は言葉を結ばずパクパク開くばかり。小さく震える指で、ラヴェリア王の客人を指差す。彼女はそれを、失礼とも何とも思わなかった。


「ど、どうして……」


 この世界・・・・では初対面だが、見覚えのある青年がそこにいる。

 ベルハルトが倒したはずの魔族、ヴィクトリクスである。


 《時の夢クロノメア》で幾度となく目にしたリズと違い、この・・彼にとっては、リズは完全に初対面である。彼はしみじみとした様子で、「そうか、君が……」とつぶやいた。

 彼の態度を見る限り、敵意はまったくないように感じられるが……疑問が湧いて止まらない。

 少なくとも、ベルハルトが関わっているのは間違いない。兄へ思わず責めるような目を向けるリズに、彼は心底申し訳無さそうな表情になった。


「実を言うとだな……」


 発端は、ヴィクトリクスとの戦いを終え、虚空から現世へと帰還した際のことだ。ルーリリラの前に姿を現した彼は、ヴィクトリクスの亡骸を担いでいた。

 過去に類を見ない好敵手と認めた相手を、あのような虚無の中で置き去りにするのが、あまりに忍びなかったためだ。

 人類側に着くルーリリラとしても、ベルハルトたっての頼みであり、加えて同族意識も多少は手伝い、ヴィクトリクスを手厚く葬ることには同意したという。

 ただ……リズを例の棺に収めた時点で、ベルハルトは心変わりした。


――アイツ・・・も蘇らせてみたらどうだ?


「……マジで?」


「いや、お前が怒るのも当然だけど」


 思わず語調がきつくなったのを実感し、リズは落ち着いてため息をついた。

 軽いところのある兄だが、考えなしというわけではない。繊細というか、感傷的なところもあって、強いくせに柔らかな弱点を好ましくも感じている。

 どうにか表情を柔らかくしたリズに促され、ベルハルトはホッと一息ついて話を続けた。


 ヴィクトリクスまでも蘇生を試みることについて、彼にはいくつか理由があった。

 まず、本当に蘇生の禁呪が見つかったとしての話だが、運用にあたって十分なデータが残っているものとは期待しづらい。

 となると、まずは実験台も必要ではないか。

 ただ、人間を対象にするとなると、色々と問題がある。秘密裏に行うとしても、誰を対象にすべきかで揉める可能性はあり、係累がいれば情報が漏れる恐れもある。

 できることなら、身内が誰もいない被験者を――

 そういった観点では、ヴィクトリクスは好きに扱って構わない被験者と言えた。


 しかし、こうした理由は言い訳のようなものだと、ベルハルトは勝手に懺悔した。他の理由が、もっと重要だったのだと。

 まず、死なせるには惜しいという思いがあった。

 戦いの後、「二君に仕えない」とは言われたものの、「人として生まれたなら、仕えてやっていたかも」といった感じの事を言われたのも、淡いもしかしたらを後押しした。

 ロドキエル――それも分身体――を滅ぼしたのなら、義理立てすることもないのでは、と。


 加えて、大魔王を倒したばかりの中、ベルハルトは物事をシビアに考えていた。どうせこれからも、魔族との戦いは続くだろう、と。

 しかし、彼は種族間抗争から思考を一歩進めた。


 取り込める奴は取り込んで良いんじゃないか。


 人類側についた魔族も、魔族全体を思えばイレギュラーな存在ながら、確かにいた。

 ならば、受け入れる寛容さを見せ、これに応じる心積もりがある者であれば、手を差し伸べてやってもいいのでは。


 当然、ヴィクトリクスを引き込むことについて、異論は上がった。いかに、見るべきところある存在だとしても、人々を苦しめた魔族には違いない。それを赦し、手を差し伸べようなどというのは……

 だが、ベルハルトは反論した。


――私だって、何人も人を殺した、と。


「……それで、裏切りを懸念する声もあったけど、それもどうにかなってな」


「どうにかって……ああ、魔法契約とか?」


「察しがいいな。レリエルに任せて、色々と反逆行為を縛ってもらっている」


 そういった諸々の処置があるからこそ、こうして大人しくしているのだろうか?

 いぶかしく思い、ヴィクトリクスへ視線を向けるリズだが、さすがに腹の中までは読めなかった。


「……で、生き返らせてまで、彼に何してもらってるの?」


「まぁ、色々だな」


 リズよりも3ヶ月ほど早起きした彼は、ベルハルトに付いて動く形で、いくつか仕事をこなしてきたという。

 まず、人類最強になってしまったベルハルトのための訓練相手。手を読んでくれるおかげで、やりごたえがあるのだとか。


「兄上も十分強いんだが……さすがに、私の訓練に付き合せてしまうのもな」


「あなたたち二人が、訓練にかかりきりってのはね」


 この訓練相手というのは、実際にはベルハルトの趣味のようなものだが……もっと実務的な仕事もある。各種会合における読心だ。


「この世の中で、私利私欲に走る為政者なんて……と言いたいところだが、希望的観測だろうしな。目立った脅威が去った今だからこそ、他を出し抜こうという考えの者もいるかもしれない」


「それで、目を光らせていると」


「ああ。実際、こういう働きをしてもらうことで、信頼を得ている部分はあると思う」


「ふーん」


 倫理的な部分はさておいて、心を読む能力を、例えばアスタレーナは高く評価するだろう。

 それにしても……新たな王に即位した兄にとって、ヴィクトリクスの蘇生は、最初の重要な決断となったはず。早くも身を危うくしかねないところだったことだろう。


「この件、他に誰が知ってる?」


「私たち兄弟と、フィル様たち魔族の協力者。それと、お前の仲間でも主だった面々だな」


「……私の仲間まで? 別に、そこまで関係があるとも……」


「いや、お前が生き返ってからやりたいことに、関わってくるんじゃないかと」


 思いがけないタイミングで言及され、リズは思わず真顔になった。


「知ってたの? ああ、いえ……準備に時間かかるでしょうし、さすがにみんなの方から話すか」


「ああ。相談を持ちかけられてな」


 それから、ベルハルトは改まって姿勢を正した。


「ヴィクトリクスは、対外的には私を補佐する一人ということになっている。フィル様と同じように、人類側についた魔族の一員ということでな。ただ、お前が動き出したなら、同行させるつもりだけど……どうだ?」


「どうだ、って言われてもね……」


 確認を求められるも少し戸惑い、リズはヴィクトリクスへ顔を向けた。


「あなたは構わないの?」


「僕は……いや、そもそもの話として、僕が陛下に逆らえるとでも?」


「心情的に受け入れられるかどうかって話よ」


 リズにしてみれば、彼のせいで何度も別の時間軸で殺されてきたわけだが……現世に限ってみれば、立場は逆転する。ヴィクトリクスはリズの策略に見事ハメられ、殺されたわけだ。

 そういった諸々を無言で思い描くリズに、彼はフッと穏やかな笑みを浮かべた。


「君への恨みはないよ……むしろ、感銘を受けた。生き返った時、陛下に仕える事を選んで、あの戦いの背景を話していただいて……『ああ、そういうヤツに負けたんだ』と。正直に言うと、君の棺へは何度も足を運んだし、そのたびに祈った」


「そ、そう……調子狂うわね」


「君は嫌か?」


 実のところ、敵として認める気持ちは、リズにもあった。とはいえ、ここまで切り替えのいい相手となると、少し戸惑ってしまうところもあるが。

 その時、彼女はふと前世におけるアレコレを思い出した。現物を前にして、色々と想起するものがあったのだ。

 ついつい悪い虫がうずいた彼女は、ご挨拶代わりにと、かつて彼と戦った折の秘策を思い浮かべ――


「な、何を考えてるんだ、まったく!」


「ああ、やっぱりちゃんと読めるのね」


 色白の顔を紅潮させる彼に、ニヤニヤと人の悪い笑みを向け、リズは続けた。


「次のご主君、こんな私でもよろしいのかしら~?」


「へ、陛下の勅命とあらば……仕方ない」


 腕を組み、そっぽを向く新たな配下。恐るべき力を有しているのは確かだが、相変わらずな弱点もある。今となっては、こうしたイジりやすさも可愛らしく思え――


「まったく……!」


 勝手に心を読んでくる彼に、リズも不満げを装って鼻を鳴らした。


「デリカシーの無いやつね」


「それは君の方が! 他人ひとの裸体を……」


 と言い合いかけたところ、二人は重大なことに気づいた。

 揃って視線を向けた先、ベルハルトが苦笑いしている。


「仲が良さそうで、何よりだな……」

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