第421話 私がいない3年間

 禁呪探しの旅についても、興味がそそられるところではあったが……「報告書や日記はあるぞ」とのことであった。代表者が変わっても、そういった文化や習慣は損なわれていなかったらしい。

 立ち話で済むボリュームとも思えず、リズは別件に移ることにした。


「禁呪探し以外の活動は? なんやかんやで、色々と手広くやってたけど」


 そうした諸活動について、再びセリアが簡潔に報告を始めた。


 まず、マルシエルとも関係の深い海運業について。リズを代表とし、ニールを船長代理として手掛けるこの事業は、当時から今に至るまで堅調だという。

 魔族の脅威が薄れつつある現在だが、身を潜めていたらしい海賊が、またぞろ息を吹き返したという流れがある。

 となると、海賊キラーとしての経験を積んでいるリズの会社が、同業者よりも確かなアドバンテージを有しているというわけだ。


 また、マルシエルで身分を隠すため、セーフハウス的に運用していた喫茶店も、相変わらず繁盛している。

 店長の身分を明かすことで宣伝を――という案がないこともなかったが、そこは自重したという。

 実のところ、マルシエル政府関係者には知れた話であり、あえて流布せずとも彼らが自ずと客になってくれたとのことだ。


 そして、リズが攻略したダンジョンについて。

 一連の大作戦において、協力的な魔族が存在したこと。加えて、こうしたダンジョンを用いたからこそ、例の作戦を成功させる知見を得られたこと――

 こうした情報は、国際的に広報されることとなった。フィルブレイスらの名誉を守る意図あってのことだ。

 その思わぬ副作用として、意欲的な猛者たちが、世界各所のダンジョンへ挑むようになったという。

 中でも、フィルブレイスのダンジョンは半ば聖地的な存在であり、敬虔な挑戦者たちが引きも切らず押し寄せている。


「そうしたダンジョン挑戦者向けに、諸々の生活支援を行うビジネスを展開していまして……」


「ああ、なるほど。海運の方で、一枚噛んでると」


「はい」


 色々とうまく回っているらしい。もっとも、自分が居ないからといって、それで立ち行かなくなるのでは――などという心配は、リズにはなかったのだが。

 自分が関わってきた事業に関しては、驚かされるような変化はなかった。だが、彼女が大いに驚かされるのは、ここからであった。


「殿下、マルシエルへは向かわれましたか?」


「いえ。先にこちらへ向かって、みんなと合流してから、と」


「そうでしたか……では、先にお伝えしますが、マルシエル議長マリア・アルヴァレス閣下は、大魔王討伐から少し後に政界から引退なされました」


 リズにしてみれば、かの議長は放浪の身から拾ってくれた大恩人だ。

 では、一線を退いた今、彼女はどうしているのだろうか?

 なんとなく、聞きづらい嫌な予感を覚えつつも、リズは尋ねた。


「では、前議長閣下は、今は……」


「それがですね……我々の事業の、相談役をやりたいとの仰せで」


 思いがけない返答に、リズは目を白黒させた。

 前議長の申し出は、実際には渡りに船でもあった。というのも、禁呪を探し回る旅の中では、リズに代わって事実上のまとめ役となるマルクも、さすがに他の事業にまでは気を配れないからだ。


「そういうわけで、表向きには海運業の顧問役としてお迎えし、各種事業についてアドバイスを頂いています」


「……仕事ぶりは、どういった感じで?」


「そうですね……伸び伸びとしておられます」


 自分たちの仕事に付き合わせていると思うと、中々に恐縮ではあるのだが……御本人としては楽しんでおられる様子ならそれでいいかと、リズは割り切ることにした。

 今後・・の事を思うならば、後ろを任せておけるのは心強くもある。


 さて、前議長について少し驚かされたリズだが……報告事項はまだあるらしい。

 ただ、これまで話してくれたセリアは、どこかためらいがちだ。暗い雰囲気ではないが、言い出しづらくある様子。

 彼女の視線を追うと、そこにはニコラとアクセルがいた。


「ニコラさん、あなたからお話しますか?」


「そーですね」


 あっけらかんとした感のあるニコラだが、どこか照れがあるようにも見える。

 一方、話の流れが変わった中、アクセルはさらに恥ずかしそうに、顔を赤らめており……

 なんとなく読めたリズの中で、納得と戸惑いが揺れ動く。


「ねぇ、ふたりとも、もしかして……」


「実は付き合ってまして。結婚を前提とした、真面目な交際です……お義姉様」


 親しみを込めた最後の呼びかけに、「ああ、そういうことになるのか」と、リズは妙な感覚を覚えた。

 思えば、男女の仲とまではいかないまでも、二人はかなり親しい仲だったような気が。


(アクセルの方が、尻に敷かれてるカンジだったけど……)


 照れくさそうにしながらも、仲睦まじく映る微笑ましい二人。ご報告に少し面食らったリズだが、驚きが過ぎれば素直な喜びがあった。


(ということは……)


 このままであれば、ネファーレアにとってもニコラは身内になるわけだ。確か、アクセルはネファーレアよりも後に生まれているはず。

 となると、ネファーレアはニコラの義姉となるわけだが……


(なんか、逆っぽいわね)


 そこでリズは、ネファーレアを指して「庇護欲をそそる」などと評したニコラの言を思い出した。

 何であれ、この話題が持ち上がった中で喜ばしそうにしているネファーレアを見る限り、何事も問題は無さそうだが。


 一連の報告の中、これが一番のサプライズであった。とりあえず、積もる話はさておいて、耳に入れるべきは話した感がある。


「後は、ルブルスク王家の方にお目通りして……兄さんたちっていうか、陛下もこちらにいらっしゃると聞いたけど」


 尋ねるリズに、セリアがうなずいた。さすがに議会直属の官吏だっただけあり、こういった情報も把握しているのだろう。

 彼女によれば、新王ベルハルト、ルキウス、ファルマーズのいずれも、近頃は王城内での会合に出席することが多いとのことだ。


「こちらから声をかけておけば、会合が済んだ頃合いに、皆様方とお会いする一席を設けられると思いますが」


「う~ん、私のために、そこまでしてもらうってのも……」


 世界がまだまだ忙しい中、恐縮を覚えるリズだったが、「お相手が殿下だからこそ、では?」とセリアが微笑む。


「むしろ、先方のご意向でもあるだろうし。遠慮するのが、かえって失礼じゃないか?」


 マルクの言葉もごもっともと思い、リズはちいさくうなずいた。


「では、その旨を……」


「承りました」


 にこやかな笑みで返したセリアが、足早に駆けて外へ出ていく。

 自分がいない間、本当に色々とあったことだろうが、彼女が何かと気を配っていたのだろう――そう思って、リズは感謝の念を新たにした。



 その夜。リズのための一席は、トントン拍子で準備が整っていった。

 どうも、アスタレーナからは先に話が通っていたらしい。いずれそちらに伺うことになるので、そのつもりで――と。

 正装はしたものの、あくまで騒がしくしないようにとリズは身分を隠しておいた。ネファーレアの護衛という建前で城内へ。

 大魔王が健在だった頃は、実に慌ただしかったこの城も、今では落ち着きを取り戻したものだ。


(ここで私が名乗ろうものなら、また騒がしくなるでしょうけど……)


 たまにすれ違う、いかにも立場ありそうな人物たちに、面が割れているのではと不安になりながらも、素知らぬ顔を装うリズ。

 そんな彼女の心情を知ってか、ネファーレアもどこかそそくさと歩を速め、二人は目的の部屋へ。

 恭しい案内係に通された先の部屋は、中央に大きな円卓のある立派な一室であった。


 さすがに、全員が親しい人物というわけではない。せっかくの慶事を共にと、この国の要人が多く同席している。

 その中に、より関わりのある仲の顔ぶれが。ルブルスク王家からも何人か参席しており、現国王エルネストと第二王子ヴァレリーの姿も。

 また、ラヴェリアからは兄弟三人と、エリシアが。


 事前に聞いた話では、エリシアはラヴェリア側で何か用事がない限り、ほぼ年中こちら側で暮らしているという。

 未だ戦争中という事を考えれば、落ち着いたからといって離れるのも……という理由だろう。


(しかし……)


 ルブルスク王家で席を固めている中、ヴァレリーと彼女の間にはいくらかの隔たりがある。

 ただ、悪友たちからの耳寄り情報では、あの二人の仲には変わらず親しいままだという。

――というより、周囲からは二人をくっつけようという、有形無形のささやかな動きがあるのだとか。


 あまりジロジロ見るのも……と思い、リズはあくまで平静を装った。


 実のところ、彼女はこの席の主役なのだ。二人から視線を離した瞬間、自分に向けられる目に意識が向き、自ずと体が固くなる。

 この変化を察したのか、同席する兄弟たちが含み笑いを漏らした。「相変わらずで何より」と、ベルハルト。


 喜ばしい席ではあるのだが、どう振る舞ったものかと身構える者も多い。そうした中、誰よりもゆったりした風情のある彼が、この国の王に声をかけた。


「エルネスト陛下。ひとつご提案が」


「いかがなされましたか」


「いえ……我が妹への饗応ということでしたら、品を損なわない程度に砕けた雰囲気が好ましく思われます」


 そうは言われても、中々羽を伸ばせない者も多いだろうが……トップ二人が認めることに意味はある。

 提案を受け、「異存はありますかな?」と尋ねてくるこの国の王に、リズは一応は背筋を伸ばして応じた。


「お認めいただけるのなら、是非とも」


 すると、ベルハルトがため息とともに動き出した。いきなり上着を脱ぎ、近くにいた使用人に受け渡す。

 このリラックスぶりに、ルブルスク王も苦笑いで応じ、同じように装いを軽やかに。二人のやり取りを目にして、リズは普段もこういった仲かと感じた。

 国王二人が率先して範を示せば、臣下もこれに倣わないわけにはいかず、堅苦しい装いが取り払われていく。


 そうして場の空気がすっかりほぐれたところで、頃合いと見たらしい給仕が動き出し、グラスに酒を注いで回り始めた。


「さて、乾杯の音頭ですが……エリザベータ殿下ご帰還の祝いの席ですし、実兄であらせられるベルハルト陛下にお任せするのが自然かと思われますが、いかがですかな?」


「いえ、貴国のご厚意に甘えて用意していただいた宴席、陛下を差し置いて私が音頭を取るわけにもいきますまい」


 和やかに譲り合う国王二人。年の差はあれど、なんとも気兼ねのない感じが、場の空気をより柔らかなものに。

 結局、年長者が折れる形となった。軽い咳払いの後、場の面々を見回し、ワイングラスを軽く掲げ、口を開く。


「若き勇者の帰還に、乾杯!」

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