第420話 仲間たちの元へ
やはり町中への転移は避け、まずはルブルスク王都ロスフォーラ近くへ。王都付近の小高い丘に到着し、リズは周囲を眺めてみた。
思えば、この国の春を見るのは初めてである。以前に訪れた秋口も、見る者の目を楽しませてくれる鮮やかさがあったものだが、春は春で装い新たに迎えてくれた。新緑に色づく山々、ところどころに色鮮やかな花が咲き乱れている。
未だ戦場に近い国ではある。それでも、大魔王を倒した事で戦火が遠のいたのは確かだ。
あの頑張りがなければ、こうして風景を楽しむ心の余裕も持てなかっただろう。しみじみとした感慨に包み込まれ、リズは小さくため息をついた。
しばし、妹と風景を楽しんだ後、王都へ向けて歩いていった。
「ところで」
「何でしょう?」
「この国で、私ってどういう扱い?」
方向性についてはなんとなく読めてはいるものの、果たして
思わず息を呑むリズの前で、ネファーレアは少し
「ええっと……他国以上に、お姉様を敬っている様子で……ラヴェリア以上かも知れません」
「そう……」
母国以上と聞くと、相当なものだ。まだ遠くに見える王都を前に、つい身構えて体が
ただ、腑に落ちる話ではある。何しろ、文字通り命を賭けて大魔王を討ち倒しに向かったのだ。ヴィシオスの矢面に立つこの国においては、救国の英雄と言っても差し支えないだろう。
「……街に入って動きにくくなるってことは?」
「そこまで顔が割れているとも思えませんが……」
「だったらいいけど……」
そこでリズは、変装の名手である親友のことを思い出した。彼女の手を借りれば、町中も気楽に動き回れるかもしれない。
「仲間のみんなが、ルブルスクにいるって話だけど、ニコラも? ああ、いえ、聞いてもわからないかもしれないけど」
「……いえ、よく知ってますよ。では、まずは合流するということで、案内しますね」
なんとなく含みを感じさせる、微妙な間があったが、リズはあまり気にしないでおいた。とりあえず、妹の案内に任せることに。
少なからず緊張を胸に王都へ近づいていく二人。王都内側へ続く門が、立ちはだかる最初の関門となった。
ただ、王都を守る要所ではあるものの、ネファーレアは気を利かせてくれた。リズの名を明かすことなく、付き人扱いで王都の中へ。
門衛とのやり取りを見る限り、ラヴェリア王族の名前は相当な重みがある様子だ。単なる畏敬に留まらず、他国の王族ながら敬愛の念を
あの戦いにおいて、ラヴェリア王族の働きには並々ならぬ物があった。その感謝が、今も息づいているということだろう。
その原動力となった娘が、息を潜めてコソコソと、王都への侵入を果たそうとしているのだが。
何事もなく門を通過し、二人は王都の中に足を踏み入れた。しばらく無言で歩を進めていくが……
そのものズバリお忍び状態のリズに、先を行くネファーレアが振り向き、困ったように微笑みかける。
「そんなに縮こまらなくても……」
「いや、そうは言っても……」
もしかすると、私費でラヴェリアまで向かって棺の中を拝みに来た剛の者が、この街にいるかもしれない。
そういった懸念を口にすると、ネファーレアは「あ~」と口にし、リズをどきりとさせた。
「実際、その……そういうツアーが企画されまして」
「ちょ、ちょっと……」
「いえ、国際親善ですよ? 経費以上はいただかない、慈善事業みたいなもので」
とはいえ、死んでいるところだか寝ているところだかを、不特定多数の目に
さすがに恥ずかしくなり、それまで周囲を警戒するように視線を巡らせていたリズは、人に目を合わせないように視線を落とした。
「お姉様も……可愛らしいところがありますね」
恥じらいと緊張に呑まれる中だが、この発言を見逃すリズではない。彼女はすぐさま視線を上げ、妹へやや非難がましい目を向けた。指で魔力を操り、《
『あなたの立場で"お姉様"って呼んでくるの、お忍び的には失言じゃない?』
『うっ……いえ、聞き耳立ててる人なんて』
とはいったものの、周囲へ視線を向けてみれば、やや遠巻きながらも視線を注いでくる民衆の姿が。
ネファーレアの事も十分に認知されているらしく、中には頭を下げてくる者も散見される。注意が足りなかったことを認め、彼女は頬を赤らめた。
『
得意げにささやく、意地の悪い姉の声。彼女は『もうっ!』と憤慨したが、その表情は柔らかではあった。
しばらく王都を歩いていき、ネファーレアが案内したのは、王都中央の官庁街であった。そのまま街路を進んでいく先に、木々に囲まれたちょっとした建物が。
未だ対魔族の戦いが続く中、リズの仲間たちは戦略的にも中々に重要な立ち位置を占めており、ルブルスク王家からの信望も厚い。
そこで、官庁街にあったゲストハウスの一つを提供し、リズ御一行向けとしているのだという。
「作戦司令室みたいな感じ?」
「ええっと……そんな感じというか、なんというか」
あまり深くは知らないのか、自身無さそうに、しどろもどろな言葉を返すネファーレア。
この建物を前にして、彼女は何やらためらいがちな態度を見せた。さすがに、
やがて、意を決したと見えるネファーレアが、ノックもなしに扉を開けた。
「た、ただいま帰りました」
(ん?)
思いがけない言葉に、呆気にとられるリズだが、言葉尻を気にしていられる状況でもない。
開かれたドアの前には、あまり変わった様子のない仲間たちがいる。
しばし、時が止まったような感覚に襲われた後、リズは皆の方へ駆け出した。
「……ただいま?」
胸中を満たす喜びとは裏腹に、何を言ったものかと戸惑う気持ちも。どうにか口にできた言葉に、皆が微笑を浮かべる。
「おかえり?」
「語尾上げなくていいから」
やや憮然としてツッコミを入れるリズだが……久方ぶりのやり取りが、いつもどおりのものに感じられ、胸の中が温かくなる。
それから彼女は、言葉もなくそれぞれと静かに抱き合った。
一通り再会を分かち合った後、彼女はネファーレアに振り向き、問いを投げかけた。
「ただいまって言ってたけど、ここに住んでるの?」
「そ、それはですね……」
言い淀む彼女に、すかさずマルクが口を挟む。
「ってことは、まだ何も話してない感じか」
これにコクリとうなずくネファーレア。
(ん?)
どうも、王族相手にしては砕けているような。違和感を覚えないこともないリズだが、なんとなく察せられるものもあった。
そもそも、仲間内には
ある程度の推測を組み立てたリズに、セリアが口を開いた。
「よろしければ、諸々のご説明をしましょうか?」
「お願いします」
「では……」
彼女が説明したところによれば、事の
まず、大魔王ロドキエル討伐に成功した直後の事。ルブルスクとしては国防上、まだまだ問題が山積する状態であった。対ヴィシオスというより、対魔族というスタンスで戦う以上、ヴィシオスから逃れた民への人道支援の必要もある。
そうした諸問題のひとつに――言わずと知れた、あの勇者の蘇生があった。
実のところ、誰に命ぜられたでもなく、ただリズが自分の意志で命を捨てていたのだが……助けられた格好のルブルスクとしては、「左様ですか」で済ませるわけにもいかなかった。
また、エリシアがこの国を訪れて以降、ラヴェリアと関係構築が進んだという事実もある。
そこで、ルブルスクとラヴェリア両国が協力し、リズの蘇生のために動き出すこととなった。
「もちろん、他にも色々と手掛ける仕事はありましたが……おおむね、殿下の蘇生のために、ここを作戦拠点として動いてまいりました」
「なるほど……それで、この子が主導的立場だったということですね」
そう言って、リズは傍らのネファーレアの頭に軽く手を乗せた。この二人に優しく微笑みかけつつ、セリアが話を続けていく。
蘇生用の禁呪については、当時の世界各国から情報を収集しても、これといったものは見つからなかった。ただ、
そこで、ネファーレアが名乗りを上げたということだ。リズが眠りにつく前、彼女にお願いしていたという事情もある。
しかし、禁呪探しの旅をするとして、ネファーレア一人では如何ともし難いのも事実であった。誰か補佐役、できることなら、部隊規模でのサポートがあれば――
そうしてみると、リズの仲間たちの存在は、実に都合が良かった。リズに振り回されたおかげで、色々と鍛えられてもいる。
一行としても、リーダーを蘇らせるために何かできれば……という思いがあった。
そうして、リズ不在時の代理として、ネファーレアを旗頭に据える格好で話がまとまり、禁呪探しに動き出したのだという。
「なるほど……」
話を耳にして、リズは横へ視線を向けた。色々とあったことだろうが、ネファーレアも仲間たちに馴染んだように思われる。
「なんて呼ばれてるの?」
「それが……人によってマチマチです。殿下とか、レアとか、レアちゃんとか……」
おそらく、殿下が一番スタンダードなのだろう。愛称呼び捨てはマルク当たり、ちゃん付けは……
(ま、確認するまでもないか……)
朗らかな笑みを浮かべているニコラに、リズはやや皮肉っぽい微笑を向けた。
実のところ、最初はもっと堅苦しい感じの関係だったというのだが……
「御本人から勅命をいただいてな」と、マルクが言った。
「『お姉様よりも敬われるわけには』って。だから、リズ並みに扱うようになっていってさ」
「ほう」
姉を立ててくる慎ましさに、リズはイイ笑みを浮かべて妹を見つめた。
「で、リーダーとして、どんな感じだった?」
だいぶ恥じらいを見せる妹をよそに尋ねるリズに、めいめいが口を開く。
「まぁ……なんだ。支え甲斐があるっていうか」
「庇護欲をソソりますね!」
「姉さんと比べると……また新鮮というか……」
「……フフッ」
言葉を付け足すのを諦めたのか、単に笑ってごまかすセリアがトドメとなり、ネファーレアは顔を赤くしてそっぽを向いた。
他の面々の様子を見ても、支えたくなるリーダーではあったようだ。なんであれ、うまくいっていたように思われる。
――少なくとも、この場の皆のおかげで、自分の今があるのだから。
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