第417話 ここにいる理由

 《時の夢クロノメア》という、あまりに強力な禁呪をどうにか使い倒してきたリズにしてみれば、蘇生の禁呪など相当のリスクがあって当然であった。

 無論、そうした禁呪を用いるため、ネファーレアはかなり苦労してきたであろう。彼女の心情をおもんぱかり、同席している状態では言及せずにいたのだが……

 やはり、知っておくべきことだと、リズは考えていた。


 ハードな話題を投げかけられたレリエルだが、やはり想定の範疇はんちゅうではあったのだろう。真剣な眼差まなざしを向けてくる彼女は、実に落ち着いたものであった。

 ただ、言いづらい話ではあるようで、口を閉ざしている。


「……先王陛下が隠棲なされたって話だけど、もしかして」


「いえ、そういうわけではありません」


 きっぱりとした言葉を返すレリエルに、嘘をついている感じはまったくない。

 だとしても、何一つ代償なしに蘇らせたとは思えないのだが……

 気を揉むリズの前で、レリエルはフッと顔の力を抜き、困ったような微笑を浮かべた。


「私の口から申し上げるのも、少なからず抵抗があるのですが……今から話すことは、どうかご内密に」


「もちろん」


 すると、彼女は若干抑えた声で、リズを蘇らせるまでの顛末てんまつについて話し始めた。


 リズが予想していた通り、人を蘇らせる禁呪というのは、相当な代償を求めるものであった。

 その代償は――やはりというべきか、他者の命。

 しかも、当該禁呪を収めた禁書によれば、変換効率が悪い代物だったという。人ひとりの命、それも健康な若者の命を捧げさせても、禁呪対象者となった老死者が二度目の人生を送るほどの力にはならなかった。


「おぞましい話ですが……先行研究・・・・によれば、命の変換効率は、よく見積もって半分程度だったとか」


「そう……」


 そんな禁呪を使ってもらって、今の自分がある。急に空恐ろしくなって、リズは身震いした。

 では、誰が犠牲になったのだろう?

 無言で視線を送るばかりのリズに、レリエルは……複雑な表情を向けた。


「端的に答えますと、誰も死んでいません」


「は?」


「広く浅く、命を徴収することとなりましたので」


 リズが救世の英雄であるというのは、世界中に知れたことであった。

 そんな彼女に禁呪を用い、第二の人生を送ってもらおうという試みは、引きも切らない志願者に声を上げさせたのだ。

 ただ……無関係の人物にばかり、献身させるわけにもいかないというのが、家族としての気持ちであった。

 そこで、禁呪の仕組みを調整し、大勢から少しずつかき集める形を取ることとなった。


「私たち家族を含め、お姉様を直接知るご友人や為政者の皆様方……百人は下らなかったと思いますが、ともあれ大勢が命の提供者となりました」


 ひとりひとりの負担は減ったと言っても、何かしら捧げさせてしまったことには変わりない。

 改めて、大勢から想われている自分を感じ、リズは頬を少し濡らした。

 彼女が袖で目元を拭うと、レリエルはどことなく申し訳無さそうな顔になっていた。


「広く浅く徴収する形式は、前例のないものでしたので……お姉様がどれだけ生きられるかは未知数です。若くして亡くなるということはないでしょうが……もしかすると、生き過ぎてしまう可能性もあります」


「贅沢な悩みだわ」


 リズは少し皮肉っぽく応じた。皆の献身の上に成り立つ長寿に、手放しに喜べない感情があるのは事実。

 だからといって、皆の判断と贈り物にケチをつけようという気も、さらさらないのだが。


「……皆には感謝しかないけど、口にすべきではないのでしょうね」


「はい」


 この件において、おそらく一番の原動力となったであろうネファーレアを追い出した上で、こうして二人で話したのだ。

 この内密の話について、レリエルが口を開いた。


「詳細をお姉様に知られては……という話もありました。知れば、きっと心理的な負担になるだろうから、と」


「……隠したって仕方ないから正直に言うけど、正解よ。蘇らせてもらっておいて、こんなの勝手だとは思うけど……」


「いえ、そんなことは……ただ、隠し通すにしてもはぐらかすにしても、お姉様相手では無理がある試みだとは思いまして」


 困ったような微笑を浮かべるレリエルに、リズは「まあね」と力なく笑った。


「なにしろ、自分のことを知るために、大聖廟にまで忍び込んだ前科があるわけだし」


「お姉様が真相を知りたいと願うのも、当然の欲求だと思います。伏せておきたいという皆の想いも、やはりわかります。ただ、お姉様が本当のところを探ろうとする中で、気持ちの行き違いがあれば……つまらないことになるのでは、と」


「それで、教えてくれたわけね」


 感謝と、申し訳無さを覚えながら口にしたリズに、レリエルはこくりとうなずいた。


「私たちの中では、お姉様に本当のことは伝えないのがルールになっています。ですから、お姉様は知らないフリをしてください」


「……なんか、汚れ役にしちゃったみたいね。ごめんね」


「いえ、これぐらいは……」


 真面目な法務官の妹に、ルール破りをさせてしまったことに、リズは少なからず気がとがめる思いをいだいた。

 だが、それはそれとして、この場でもう一つ聞いておきたい話がある。さらなる気苦労になる可能性を承知の上、リズは腹をくくった。


「話は変わるんだけど」


「はい」


「……継承競争制度ってどうなった? 私たちのじゃなくって、次の代からのは……」


 これもやはり、重苦しい話題には違いない。

 それでも、レリエルは逃げることなく、あらかじめ覚悟していたように真剣な面持ちでいる。


「今後の制度については、現在討議を重ねているところです。代々の力を継ぐ儀式的側面については、図らずも有用性が示されることとなりましたので……」


「ま、そうなるでしょうね」


 自分の代で終わってくれれば――という淡い期待を持っていたリズだが、そううまく話が進まないだろうとも考えていた。

 しかし、レリエルの話は、ここで終わらない。彼女は「ただ……」と続け、若干の逡巡しゅんじゅんを見せてから続けた。


「希望的観測ではありますが、代々続く儀式に対し、お姉様が講じてきた手口を応用してごまかすという道も……検証する価値は大いにあるものと考えています。犠牲者を出さず、儀式要件だけは充足させられたら、と」


 儀式そのものをかく乱し、出し抜こうというリズの努力が、もしかすると後に続く王族を救うかもしれない。

 そう思えば、追い回されてきたあの戦いの日々にも、意味があったように思えてくる。

 妹が口にした手口・・という表現に、ちょっとした含みは感じないでもないが。


 継承競争の是非と今後について、リズとしてもできることがないわけではない。ヤル気を新たにし、彼女は立ち上がった。


「色々とありがとね」


「いえ。こんな話でも、お話できて嬉しかったです」


「……今度は、あなたのプレイベートな話でも、聞かせてもらえる?」


 冗談と、それ以上の親しみを込めて尋ねるリズだったが……


「乾いた毎日でよろしければ」


 と、ニコりともせずに即答が。

 言葉通りの、多忙な毎日なのかと、少し申し訳なくなって顔を曇らせるリズだが――そんな彼女に、レリエルが表情を変えて柔らかに微笑む。

 先の発言が冗談だったとは明言しないが、どうもそんな感じである。


 すっかり一杯食わされる格好となったが、悪い気分ではない。

「じゃあね」と軽く手を振り、リズは執務室を後にした。

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