第416話 その後の世界
リズが目覚めるまで3年近く経っていた。この間にも色々とあったことだろうが……その諸々を伝える前に、レリエルは王室の今について言及した。
「国外で所要ありまして……外で仕事があるというのに、お姉様の目覚めを待つためにデスクワークしていたなどというのでは、肝心のお姉様が一番嫌がられるのではないかと」
「よくわかってくれて嬉しいわ。内勤はあなたたち二人だけってことね」
「はい」
「陛下……いえ、先王は?」
今になっても父という表現がすっと出て来ない自分に気づいたリズだが、妹の前ということもあり、素知らぬ顔を維持した。
「王位継承の後、父上は隠棲なされました」
特に含み無さそうな言葉だが、引っかかるところがないこともない。とはいえ、今はまず置いておき、リズは話の先を促した。
兄弟の多くが出払っていることからも察しがついていたが、世界はまだまだ忙しい。レリエルはあの戦いが起きてからの世の流れについて、簡潔に告げていった。
まず、ヴィシオスの外への脅威は、ほとんど無視できるほどになった。これは、大魔王ロドキエルという稀代の策略家を失ったことが大きいと思われる。
しかし、彼がいなくなったことで、後釜につこうという身の程知らずな野心家を招き入れる流れもできてしまったという。
それでも、あの大魔王を生かしておくよりはずっと
ともあれ、現状の人類連合はヴィシオス相手に持久戦の構えを取っている。ルブルスク等、近隣する領域から国境線を、じっくりと確実に押していき、ヴィシオスの領土を切り取っている状況だ。
「ただ、かの国の広大過ぎる版図を前に、戦争は相当長引くだろうというのが大方の見解です」
「ま、それはそうでしょうね」
そこで、ラヴェリア王族が大勢出払っているというわけだ。
大魔王ロドキエル討伐という成果を表向きの理由として即位した新王ベルハルトは、玉座に安住するのを良しとせず、友好国ルブルスクへと馳せ参じている。当地の王侯とともに兵を鼓舞し、民を慰撫しているという。
また、ラヴェリア国軍の軍務長官となったルキウスは、他国の軍と協同して連合軍をまとめ上げ、彼もまた現地で指揮を執っている。
内政畑からはファルマーズが、ルブルスクを始めとするヴィシオス近隣諸国へ。最前線が押し上げられたことで戦火から逃れた、かつての戦場の戦後復興にと、魔道具の研究開発や現地運用の指導にあたっているという話だ。
「……ん? 姉さんは?」
ここまでの話にアスタレーナの名は上がらなかった。まさか、一人ラクしているはずもあるまいが……
不意に嫌な予感がリズの脳裏をよぎるも、それは杞憂であった。単に、話の流れから後回しになっていただけである。
「かつてのヴィシオスという国の悪事に、各国が主に保身から干渉せず様子見していたのが、大魔王らの暗躍を許した原因と思われます。また、今回の戦役の遂行上からも、国家の枠組みを超えた意思決定機構のような存在に、強い必要性を求められるようになりまして」
「……なんとなく読めたわ」
「ルグラード王国サンレーヌにて、国際的な意思決定機構が、正式に発足する形となりました」
もともと、対魔族の戦いが勃発した時点で、サンレーヌを中心とした国際的な協力関係は存在していた。ハーディング領における革命に関与した国々が、革命後も手を取り合った流れを受け継いだものだ。
こうした関係をベースに、確かな機関が形を成したというわけだ。
「それで、姉さんはそっちで忙しいのね」
「副総長です。お姉様としては、年長者の方を立てたかったようですが……」
とはいえ、サンレーヌにおける寄り合い所対が前身となったのなら、すでに影響力の大きかったアスタレーナが顕職につかないわけにもいくまい。為政者として、関係者から確かな人品を認められてもいるのだから。
あの大魔王を倒しても、世の中まだまだ忙しそうである。
だが、良い方へと確実に、一歩一歩進めているのだろう。真面目な妹の口ぶりに暗いところはない。
リズは改めて、自分の選択が間違っていなかったことを実感した。
「……それで、リズ姉様についてですが」
「私が、何か?」
何の考えもなしに聞き返したリズだが、すぐに思い直した。
自分を取り巻く状況に、変化がないはずがないのだ。その断片を、この部屋に至るまでに十分感じてきたではないか。
では、世界的にはどうなっているか。半ば恐ろしくも感じられる中、リズは妹の発言に耳を傾けた。
「……端的に申し上げますと、お姉様のお立場とご活躍については、いくらか隠し事をした上で世界的に知れ渡っています」
その隠し事というのは、まず継承競争の存在。平和裏に代替わりができたというのに、わざわざ民衆に真実を明かして蒸し返すわけには……といった理屈は、リズも十分納得できるものだ。
――というより、勘違いした誠実さを発揮して真相を暴露されるのは、むしろ願い下げである。
せっかく、自分たちがわだかまりを乗り越えたというのに、これを下地に後の世の禍根となっては……というわけだ。
加えて、世間一般にはレガリアの概念も伏せられ、リズが使い倒した《
これらについては、明かせば大魔王の軍勢残党の耳に届く可能性が無視できないからだ。まだまだ戦争が終結していないことを思えば、情報戦略上、当然の選択である。
「――といったわけで、お姉様については『かねてより怪しい動きを見せていたヴィシオスに感付かれないよう、秘密裏に育てられた、王家の隠し子』という形で、民衆には知られています」
「で、その切り札が、期待されていた仕事を果たした……みたいな感じね?」
「はい。策謀に策謀を重ねて道を切り拓き、最後には自らの身を賭して、現ラヴェリア王ベルハルトのための血路を拓いた、と」
「
軽口を叩くリズに、妹二人が微笑んだ。
「例の奇襲作戦においては、作戦の性質上、まだ明るみにできない部分も大きいですが……お姉様の戦功は、ベルハルトお兄様に次ぐ殊勲であると」
「いや、ちょっと待って。そこまでは……」
大魔王を倒せば人類の一等賞だろうが、それに次ぐ勲功というのは――
思っていた以上の立場に祀られているのを知って、さすがに尻込みしたくなる気持ちを覚えたリズだが、解説役のレリエルは、何とも気の毒そうな視線を向けてきた。
「お姉様がそのように遠慮なさるのは無理もないと思いますが……お兄様がどうしても、と」
「兄さんが?」
「『あの戦いにおいて、人類の将帥は紛れもなくリズだった。自分は兵卒でしかない』というのが、お兄様の言い分です」
そこまで言った後、二の句を告げないでいるリズを前に、レリエルは複雑な微笑を浮かべた。
「この件に関しては、私もお兄様と同意見です」
レリエルにまで言われては、どうしようもない。
ただ、リズが辞退したとしても、結局は誰かがベルハルトに次ぐ殊勲者の座につかねばならない。
そして、あの戦いに関わった者たちが――あの時のリズを知っていた者たちが、彼女が着くべき座に成り代わろうと思うかというと、それは……
(ま、仕方ないか……)
ため息とともに、リズは現状を受け入れた。
「それで、私が生き返るかも……的な話も、世界中に?」
「はい。何かしら禁呪の情報に
「そうするわ」
ネファーレアがすっかり見違えるほどになったのだ。この3年間、相当に色々とあったのだろう。
そういった話に触れられても、暗い雰囲気にならなかったところを見るに、悲劇的な過程だったというわけでもないらしい。
さっそく、妹から話を聞いてみたくはあるリズだが、彼女は少し思い悩んだ。
「どうなされましたか?」
「いえ……個人的に、あなたに聞きたいことがあって」
一方、レリエルはやや不思議そうな顔になったものの……すぐに、穏やかな微笑を浮かべた。
「そういえば、私の方からも……レア姉様。申し訳ありませんが、一度席を外していただけませんか?」
「えっ? 別に、私がいて困るような話なんて……」
「そうですか? お姉様にも身に覚えがあるものと思っていたのですが……私が思っていたよりもあっさりと、お目覚めに立ち会われたのですね」
「うっ……」
妹に弱いところを突かれ、ネファーレアが口ごもる。
結局、この口の回る妹の要求に応じ、彼女はそそくさと席を立った。
「近くの応接室にいますから。用が済んだら、声かけてくださいね」
「ええ」
そうして執務室で二人きりになり……リズは伸びをした。
「恥ずかしいところを見られるから……ってわけでもないんでしょ?」
ネファーレアに向けた言葉が、単なる口実であると察していたリズに、レリエルが顔を綻ばせる。
「さすがに通じませんか……おそらく、お姉様の用件とも関わる話です」
それからすぐ真面目な顔になり、彼女は「お先にどうぞ」と話を促してきた。
おそらく、色々と面倒な話をする心積もりはできているのだろう。それでも、投げかけるには重い話題のように思われ、リズはため息をついた。
「……じゃあ聞くけど。私を蘇らせる禁呪って、あなたもいくらか関与してるでしょ?」
「はい」
「私のために、誰か亡くなったんじゃない?」
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