第12話 はじめてのお仕事③

 リズが棒を構えると、その先端に光が集まり始めた。白昼の下にあってもはっきり輝く、青白い光が。

 その光が一層強まった瞬間、先端から青白い矢弾が放たれ――

 着弾点で魔力が炸裂、切れ目に沿って小岩が四散した。


(やっちゃった)


 奥の甲羅が傷んだ気配はないが、”どうでもいい岩”までは考えが足りていなかった。せめて同行者は傷つけまいと、リズは飛び散る岩を棒で叩き落としていく。

 その正確無比な棒さばきのおかげで、若者たちに被害が及ぶことはなかった。

 もっとも、一番危ないポジションにリズがいて、若者たちはもともとそれなりに距離が離れているのだから、過ぎた心配でもあろうが。


 さて、自己評価としては考え足らずな一発に、自責の念を覚えるリズだが……

 若者たちの反応は、好意的と言っていいものだった。「すげえ」「まじかよ」「カッコいい」と、語彙を失ったような言葉が、呆気にとられた顔から飛び出してくる。

「ああいう感じでよろしければ」と、やや遠慮がちなリズが口にすると、若者たちは「ぜひとも!」といった感じで、しきりに頭を振った。

「あ、でも、無理はしないでくださいね」と、気遣いの言葉を忘れることはなかったが。


 それからというもの、若者たちにとっては初めてであろう、新たな形での分業体制が確立されることとなった。リズ以外の全員が、長剣等の刃物で切り込みを入れていき、リズが外層部を剥落――いや、粉砕していく。

 時折、体の具合を尋ねられ、そのたびにリズは「大丈夫」と答えた。

 川から流れてきた若い女性が、その日のうちに立ち上がり、こうして重労働に従事しているのだ。ともに仕事する身としては、心配するのも無理からぬ事である。

 そうした心配の目を向けられることに対し、当の本人はと言うと……誰かに身を案じられるという珍しい経験に、そこはかとない嬉しさと、心配させていることへのちょっとした罪悪感を覚えた。

 実際、病み上がりの自覚はある。ただ、稼ぎのためと考えた彼女は、心配をかけさせたくないという思いと、彼らの心配によって仕事が遠ざけられる懸念のため、気遣わしそうな顔ぶれに柔らかな笑みを向け続けた。


 新入りの戦力は圧倒的なもので、「その日のうちには終わらないかも」と宿の亭主が口にしたこの作業は、開始から一時間強でほとんどが終了した。古くなった外層が剥がれ、内側の暗い緑の甲羅が顔を出している。

 にわかに、お疲れさんムードが漂っていく。「そろそろ終わったのでは……」とばかりに、長老がゆっくり顔を出すところ、リズは思わず顔を緩めてしまったが……彼女には気になることがあった。


「みなさん、少々よろしいでしょうか」


「なんスか?」


「いえ、これで終わりという空気ですが……上部の辺りが、まだ……」


 手が届かないため、亀の巨体の上部は手つかずだ。幸いというべきか、上の方は古い層が薄いように見受けられ、長老は気にしていないご様子。

 実際、これで問題ないと、若者たちは答えた。


「毎年、こんなもんで終わってますよ。ちょっとしたら、満足してどっか行くはずなんで……」


「そうですか……」


「……もしかして、上の方までやるおつもりで?」


 彼らの仕事について、雑だと非難するつもりは、リズにはない。

 ただ、せっかくの初仕事なのだから、最後までやり遂げたいという思いも。


(現地の方の流儀に合わせるべきでしょうけど……)


 作業を追加で行うにあたり、障害になるのは高さだ。それさえどうにかできれば、上部の岩は薄いため、除去にはさほどの労力がかからないだろう。

 そして、高度をどうにかする手立てが、リズにはある。


「では、良い物をお見せしましょう」


 彼女はそういうと、誰にも見えない速度で魔法陣を作り上げた。足元に作った二つの《空中歩行エアウォーク》により、空気を踏みしめる力を得た彼女は、透明な階段を上がっていく。

 この魔法に、若者たちは驚き、歓声を上げた。魔法使いとしては中級程度の魔法だ。都市部、あるいは山岳部であれば、使い手もそう珍しくはないが……彼らにとっては、初めて見る魔法のようだ。


 これで高度の問題もクリアできた。

 しかし、完全に傍観者になる彼らとしては、やはり他所から来た――それも、川を流されていた――人間に任せっぱなしになることは、心理的な抵抗感があるようだ。

「無茶しないでくださいね!」と、一人の少女が口にすると、リズは年相応の態度で「ありがとう!」と答えた。


 それから、彼女は一度地面に降り、首を出しかけた長老のもとに寄った。腰を落とした彼女は、柔らかな口調で話しかけていく。


「もう少し、お待ち下さいね」


 すると、新顔をつぶらな瞳でまじまじと見ていた長老は、再び頭を引っ込めた。

 言葉が通じているわけでもあるまいに、人とは不思議と通い合っているように見える。


(こうしたところも、“長老“の所以ゆえんなのかしら)


 やがて長老が首を完全に引っ込めると、リズは見えない階段を登り始めた。甲羅や岩肌に直接触れて登るようなことは、なんとなく避け、少し距離をとって長老の直上へ。

 そして、若者たちが静かに見守る中、彼女は下に構えた棒から魔力の弾丸を放った。それまでよりも威力を絞った弾丸が岩肌に炸裂。


 だが、一発目では目立った効果が出なかった。

 この結果を受け、彼女は着弾点を棒でつついてみた。下側よりも岩が薄いとはいえ、十分な硬度はあるようだ。


 再び彼女は、棒を構え直し、威力を修整して弾を放った。今度はちょうどいい具合だったようで、炸裂の閃光とともに細かな石片が四分五裂。

 彼女は不安になって若者たちへと視線を向けたが、彼らにはこの程度の小石のシャワーなど、どうということもなかった。軽く得物を振って打ち払っていく。

 そうした対応に、リズは棒を小脇に挟んでちょっとした拍手を送り、彼らの方もまた、リズの働きぶりに惜しみない拍手を送った。

 それから、犬に水でも浴びせるかのごとく、リズは魔力のシャワーで長老の甲羅を清めていった。

 一度コツを掴めば楽なものだ。直上をとっているおかげで、移動せずに好きなところを狙えるのも好都合だった。


 結局、リズ単独で始まった上辺の掃除は、さほどの時間をかけずに終了した。

 降り立って長老の姿を改めて見てみると、リズの胸の内にちょっとした達成感が沸き起こってくる。

 先程よりも目に見えて、やり遂げた感じのあるきれいな甲羅が、そこにはあった。


 リズが地に立つと、長老も首をのっそりと外に出した。次いで手と足も。

 これで仕事は完了だ。その旨を若者たちが口にすると、リズは待ったをかけた。


「立ち去るまで、見届けなくても良いのですか?」


「ああ、それなんですけど……」


「待ってるとマジで日が暮れちゃうんで」


「お昼食べましょーよ」


 とまぁ、仕事の完遂という点で見ると、雑というか緩いというか……

 しかし、そういう流儀や文化かと思って、リズはそれを受け入れた。

 彼らの――いや、長老も含めての、こういう空気感を気に入ったというのもある。


 帰路について少し歩いたところ、リズは振り返って長老の方を見てみた。

 やはり、全く動く気配がない。仕事について「その内どかしたい」程度のノリだっただけに、このままでも差し支えはないのだろうが……


「全然、動いてないでしょ?」


「はい」


「でも、あれでもちゃんと動いてるはずなんですよ。明日になったら、きっといませんから」


 ただ、このままじっと見ていても、進展はなさそうだ。

 同行者を待たせるのも悪いし、昼食への興味もあり、リズは再び帰路に向き直った。

 それからまた少し歩いたところで、彼女は若者たちに切り出した。


「みなさんから見て、あの長老様って、どのような感じでしょうか?」


「どのようなって……どう?」


「ストレートに言うと、案外好いているのではないかと。そう思いました」


 すると、若者たちは顔を見合わせた後、彼女の言を素直に認めた。


「俺らが生まれる前から、このあたりに住んでるんですよ」


「確か、町長のひいじいちゃんの代からいるんじゃなかったっけ?」


「それは……本当に長老ですね」


「ホントホント」


 交通の邪魔になるということで、国が違えば退治されそうなものだが……このあたりでは、ちょっとした名物や顔役みたいな扱いだ。

 ただ、まったく役に立っていないというわけでもないらしい。


「あの長老を見て、魔獣が逃げたって話もあって……ま、デッカイですしね」


「デカイだけで、何もしないけど」


「道は塞ぐじゃん」


 と、軽口を交わし合って笑う若者たち。彼らに混ざってリズも笑うと、周りもそれを喜んだ。


 そんな和やかな空気の中にあって、彼女はふと、昨日のことを思い出した。

 いや、昨日をさかのぼって、更に前のことまで。

 ここに来るまでと今を比べると、まったく、世界が変わったようである。


 ここが自分の居場所ではないと感じているリズではある。が……


(いましばらくは、こういうのもいいかしら……)

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