第13話 リズ先生の魔法説明会①

 長老の仕事をかつてないスピードで終わらせたことは、ロディアンの町人たちに驚きを持って迎えられた。

 あまりの速さに「信じられない」と、暇人が現地へ見物に向かったほどである。

 そうした第三者の確認が加わったことは、図らずもリズの風評を後押しする形となった。

 ミステリアスなところのあるこの新顔が、今回の仕事の立役者であると。


 町に帰還してからというもの、彼女へ向けられる視線は、あまり絶えることがなかった。「当の本人からすれば煩わしいだろうから控えよう」という動きはあったようだが。

 彼女が注目を集める立場となったのは、今回の仕事以外にも原因がある。それを彼女はよく理解していた。


(やっぱり、偽金の件ね)


 テーブルいっぱいに並べられた金色の輝き。その実、使えば極刑確実という恐ろしい偽金。新たにやってきた少女と偽金は、町人たちに大きなインパクトを与えていた。

 そして、まかり間違っても偽金を掴まないようにと、町長を始めとする立場のある人間が、この件を触れ回ってくれたというのが大きい。

 おかげで、偽金の件とともに、リズの存在も知れ渡ったというわけである。


 町人の間では、リズはそういう司法系の公職にあるものと認識されたようだ。リズ自身、町長には偽の経歴を語っており、そこから広まったというのもある。

 それに、メイド服を着ていた彼女が、川に流されていたという事実が、町人たちの想像力を掻き立てた。「潜入捜査で色々あったのだ」だのなんだの。

 そこへ来て、今回の仕事の結果である。

――ああ、偽金を取り締まる工作員ともなると、武術や魔術のたしなみは当然のようにあるのだ――といった感じで、広まった噂に説得力を与えることとなったわけだ。


 宿での夕食の席において、亭主や主治医から、リズは町中における自身のイメージが、そのような感じであると聞かされた。

 こうした状況、実際のところ、リズにとっては中々複雑なものがある。


 まず、偽金を取り締まる者という誤解。

 彼女自身、本当は掴まされた被害者側であり……かといって、完全に潔白というわけでもない。そのうち一泡吹かせてやろうと考える、子供じみた悪意を抱えてもいる。

 それに、なんと言っても、今の彼女は世界最強の大列強、ラヴェリアの国賊なのだ。追われる立場が、取り締まる側と誤認されているというのは、噴飯ものである。


 世話になっている手前、実態とはかけ離れた誤解が広まっているこの状況について、彼女は罪悪感を覚えないこともない。

 とはいえ、本当のことを言うわけにもいかない。言ったところで、誰が信じるだろうか。


 それに……本当のことを打ち明けてしまうのは、自分に向けられる憧れのような感情を踏みにじるようで、それには確かなためらいを覚えた。

 ならば、こんな害のない誤解はそのままにしておいた方が……

 言い訳のように感じる自分を意識しつつ、リズはそっと心に決めた。


「どうしました?」


「いえ、何でもありません」


 夕食の卓を囲みながら考え事にふけっていたところ、問いかけられたリズは、素知らぬ顔を装って答えた。

 彼女はこの宿に続けて投宿する予定となっている。食事は素朴だが、体に染み入るような豊かな滋味がある。

 彼女を泊まらせることを、亭主を始めとする宿の一同も快諾し、リズとしては何よりの状況だ。

 ただ、問題がないこともない。亭主は口を開いた。


「稼ぎたいって話でしたが……」


「はい。急な話で、やはり難しいでしょうか?」


「ちょうどいいのが、中々無いんですよ。まさか、農作業をやってもらうわけにも……」


「私としては、むしろ農作業でも、やらせていただけるのなら喜んで」


 リズは、体力には人並み以上の自信がある。本調子には程遠いが、今日の仕事を踏まえれば、満足の行く働きはできるだろうと。

 何より、農作業それ自体にも興味がある。

 ただ、宿の亭主は申し訳無さそうに首を振った。


「ああ、いや、仕事がまったくないってわけじゃないんですよ。町長とも話し合って、ちょっとお願いをと。普通じゃない仕事になるんですが」


「興味深いお話ですね。お伺いしましょう」


「町の連中に、簡単にでも魔法のことを教えてもらえればと」



 翌日朝。リズによる魔法の講習会が開かれるということで、町の広場には大勢の聴衆が集まった。

 顔ぶれはというと、老若男女入り混じっているが、若年層が多い。すでに労働力を期待できる若者から、まだまだ年端もいかない子どもまで。

 魔法に関しては、覚えるのが早い方が好ましくはある。


 この仕事について、リズは事前に町長から、その想いを伝えられている。

 曰く、ごく短期間で物にできるとは思わないが、知識だけでも価値はあるだろう。興味がやがて何かしらの機縁となるなら、それは町にとっての財産になるだろう――と。

 つまり、即戦力を求めるのではなく、教養を与えてやってほしいということである。地に足ついたと言うより、腰の落ち着いた深い考えのようで、リズは「そういうことでしたら」と改めて快諾していた。

 そうした意図を汲み取り、彼女は魔法の概論を伝えていくことに。要綱もレジュメもない中、頭の中で話を組み立てていき……段取りを付けた彼女は、座って見守る聴衆たちへ口を開いた。


「では、これより講義を始めます。最初ですので、魔法の体系から行きましょう」


「たいけー?」


 難しい言葉だったようで、幼い子から疑問の声が上がる。

 横の親らしき人物は、子の口をそっと塞ぎ、かなり申し訳無さそうに頭を垂れてくるのだが……リズは思い直して、言葉を改めた。


「魔法の使い方や、種類という感じね。これならわかるかな?」


 すると、先の質問者は、手でいくらか顔を覆われながらも、それとわかる笑みを浮かべてうなずいた。

 それに微笑み返したリズは、周囲を見渡して言った。


「わかりづらい言い回しがありましたら、そのときはご遠慮無く。きちんと知っていただけた方が、私としても嬉しいですので」


 彼女の言葉にうなずく聴衆たち。

 この調子であれば、遠慮する者がいたとしても、別の誰かが聞いてくれることだろう。


 そこで彼女は、魔法の実演を絡めて、体系分類を始めた。

 まずは基礎からだ。「これが基本の記述法、つまり魔法を書くタイプです」と言い、彼女は宙に人差し指を遊ばせた。

 すると、青白い光を放つ指先から宙に魔力が留まっていき、それらが文字に、やがて文になっていく。

 最終的に、魔法の成句となったその文は、記述が終わるとともに一点へ凝集。次の瞬間、宙に浮かぶ人魂のような光、《霊光スピライト》が現れた。


 初歩中の初歩だが、町人たちの多くにとっては、やはり見たことがない魔法だろう。少し興奮した様子からそれとわかる。

 中には落ち着いた様子の者もいる。特に、自身の主治医に関しては、使える側の人間ではないかとリズは当たりをつけた。


 興奮冷めやらない中、リズは再び魔法の記述を始めた。動き始めるとともに、場がスッと静かになっていき、講師としては大変にやりやすい状況だ。

 次に彼女が書き始めたのは、円を中心とした幾何学的な図形の集まりだ。それら図形を書き終えたところで、今度は文字を円の外縁沿いに刻んでいく。

 そうして出来上がった魔法陣は、先ほど同様に一点へと光が凝集、やはり同じような人魂が宙に現れた。


「これが、魔法を宙に書いていくタイプのやり方です」


「一回目と二回目って、同じ魔法なんですか?」


「実は、少し違いがあります。この、図形を合わせてやった魔法陣の方が、魔法に対して色々とオマケを付けられます。長持ちしたり、よく飛ぶようにしたりと言った感じですね」


「へぇ~」と関心の声がそこかしこから上がる。そんな中、利発そうな少年が手を挙げた。


「その、魔法陣ってやつの方が、使いやすいんですか?」


「一長一短ですね。描くものが増えて、少し時間がかかります。相手も似たような実力だと、その差が不利になることはあります」


「なるほど」


「ただ、魔法陣の方が、魔法を細かく操れます。結局は好みや自分のスタイルの問題ですね」


 そう言ってリズは、二つの人魂を消した。


 次に彼女は、なんの変哲もない棒切れを取り出した。これを天に向けて構えると、先端に青白い光が集中していく。

 そして、魔力の塊が空へと放たれた。


「これは、単に魔力を集めて放っただけです。正確に言うと魔法ではありませんが、魔法を覚えて使うためには、基礎になるものですね」


 と言ってから、彼女は棒を横に構えた。再び青白い光が集まり始めると、何か不穏なことを考えたのか、聴衆の一部が事態を不安そうに見つめている。

 ただ、そうした懸念が当たることはなかった。リズが操る棒は、青白く輝く先端部から光る線が伸びて文字を刻み……結局、またも人魂が現れた。

 ただ、今度のものは、目に見えて輝きが強い。ちょっとした歓声が上がる中、リズは説明を入れた。


「指よりも棒の方が、魔力を強く集めやすいです。そのため、同じように書いた場合、棒の方が強い魔法になるというわけですね」


「でも、棒は棒でちょっと面倒がありますよね? 荷物になりそうですし、構えるのも……」


「はい。魔法を出すのに、ワンテンポ遅れますね。実戦においては、後方で守ってやる必要があります。あとは、もともと大量の魔力を使う、大規模な魔法の時に棒を用いると聞きます。それと、棒で近距離の戦いをこなしつつ、宙に魔力を刻むという戦い方もあるそうです」


 そこまで言うと、聴衆の一部からは期待に満ちた視線が投げかけられ、リズは「やりませんからね」と困ったような笑みを浮かべて言った。

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