第11話 はじめてのお仕事②

 長老の御前についた一行。まずはリズへの解説をということで、仕事の実演を行う運びとなった。

 一番手の青年が一足歩み出て、鞘から抜き出した長剣を緊張した面持ちで構えた。

 その姿を認めるや、長老はのっそりと首と手足を引っ込めていく。


 一方、長老が緩慢な動きを終えるまで、剣を構えた青年は、そのまま動きもしないでいる。

 青年が構え、それを受けて長老が動き、青年は待つ――こうした一連の流れに、リズは儀礼的なものを感じた。


 やがて、長老が柔らかい部分を完全に中へしまい込むと、その風体はもはや生物というよりは巨岩そのものに。

 そして、青年が動き出した。大きく振りかぶり、勢いをつけて上段から鋭い一太刀。


(これは……中々)


 あのユルユルな町で生まれ育ったはずの青年は、目を覚ますような一振りを放った。

 彼の一撃は、大列強の兵を見てきたリズの目から見ても、中々のものである。少なくとも、国家陸軍への入隊を志願すれば、採用担当には喜ばれるであろう。

 だがしかし、渾身の一撃は、硬質な物体同士が激しくぶつかり合う衝突音を高らかに奏でるに留まった。振りと打ち込みの衝撃が腕に伝わったのか、少し震える青年。


 その後、リズの横に一人の少女がススス……と寄ってきた。

 彼女が指し示す方へ目を向け、リズは攻撃の結果を目の当たりにした。岩の如き甲羅の表面に、ある程度斬撃が食い込み――また材質の違う、やや新しげな岩肌が奥に覗いている。


 そこで今度は、また新手が挑戦者となり、一番手と交代した。長老は黙したまま動かない。

 次いで出てきた青年も、また剣の使い手であった。先程の一撃同様、優れた斬撃を目にし、リズは最初の青年が特別ではないことを理解した。

 こうして二発目が放たれると、岩肌には十字の切れ目ができた。先程よりも一層、奥の様子が明白になる。外殻とでも言えるゴツゴツとした表面こそ、斬撃で傷が入っているものの、その奥には傷が入っていないようだ。

 そして、リズは気づいた。表面の岩肌全体に、よく見れば亀裂のようなものが入っている。青年たちの斬り込みは、そうした亀裂をなぞる形で放たれたものだ。


 それからも人を変えての斬撃が続き、外殻にいくつかの切れ込みが入ってきたところで、別の武器を手にした若者が動き出した。

 その手に握られているのは、木の棒である。棒術の使い手は初めてであるが、これまでの剣士たちを見るに、そう遠くない力量であろう。ふと、期待感を覚えている自分を、リズは感じた。

 その期待を知ってか知らずか、棒を握った若者は、静かな構えから一閃。全身を躍動させるような、バネの入った突きを繰り出した。これもまた、中々のものである。


 そして、その威力と”お膳立て”の賜物であろう。棒が当たったその部位が、衝撃でズルリと動き、やがて岩の塊のような甲羅の外殻が剥落した。

 地に落ちたその、欠片というには大きな物体が、音を立てて地面の土に食い込む。

 ここまでの一連の流れの中でも、とりわけ目に見えてわかる成果を前に、若者たちは「よおし」と声を上げ、やる気を新たにした。


 その後、動かない長老の元へと一人の若者が向かい、先程の岩の塊を一行のもとへと持ってきた。

 手渡されたリズは、思いのほかの重量感に素直な驚きを示し、周囲の若者たちは朗らかに笑う。

 こうして、仕事に一つ区切りがついたところで、リズへ口頭での解説が始まった。


「今回の仕事なんすけど、長老の甲羅の外の部分を、ああやって攻撃して除去してやるんです」


「わかりました。ちなみに、これは興味でお聞きするのですが……長老様は、ずっとあの場所を専有しておられるのですか?」


「いや、そういうわけでもないんですよ。それが、仕事にも関わる部分なんです」


 困ったように――それでも、どことなく微笑んだ感じで、青年は答えた。

 それから、話者が入れ替わり立ち替わりでやや競い合うように、この仕事についてリズに語りかけていく。


 長老のリクガメは、一年に一回、周辺の交通の要所に姿を現す。迂回すると面倒な一本道に、我が物顔で居座るわけだ。

 ただ、いつまでもそうしているわけではない。外殻の、まさに岩を思わせる部分。これはおそらく、古くなった甲羅か、あるいは甲羅に付着した堆積物と思われるが、これを一通り除去してやれば、のっそりとどこかへ消えていくという。

 つまるところ、あの長老様は、付近の下々にグルーミング身だしなみさせているのだ。


「ま、悪いことばかりでもないんですよ」


「と言うと?」


「この岩が戦利品みたいなもんなんですけど……たまに、何かの材料に使えそうな奴だったり」


「一年がかりで長老が収集してきた成果ってトコですかね~」


「なるほど……今年は、いかがなものでしょうか?」


 リズが両手に持った小岩を胸元辺りまで持ち上げると、周囲の若者たちは視線を集中させ……やがて、一人の少女に、視線を向けた。

 彼女は、リズと戦利品を交互に見回し、少し間をもたせてから口を開いていく。


「今年のは、ハズレっぽいですね」


「あら」


「ええ~、マジで?」


「ぶっちゃけ、普通の石っぽいし……持ち帰ってお父さんたちに見せてみないとだけど、期待しない方がいいよ」


「……んじゃ、帰るか」


 急にやる気を無くした芝居をする青年を、仲間たちが肘などで小突き始める。その様を微笑ましく見ているリズ。

 もちろん、帰ろうというのは彼の冗談だ。ここの仕事を終わらせなければ、長老への謁見で終わってしまう。

 実際には、互いの顔をまともに見ていないのだが。


 そこで、リズの稼ぎのため――彼女の腕前を見物するため、仕事が再開された。少しそわそわした好奇と興奮の中、リズが歩み出て、ちょっとした岩山と対峙する格好に。


(こうしてみると、中々の威圧感が……ふふっ)


 見上げるような岩は、これが攻撃対象と思えば、少し圧倒されるようなものがある。

 だが、その中に潜む長老様はというと、決して下々を脅かそうというのではないのだ。

 威圧感と牧歌的な雰囲気が入り交じる不思議な感覚に、リズの表情が少し緩んだ。


 気を取り直し、彼女は武器を握って構えをとった。彼女の武器は木の棒。狙うは、すでに切れ目が入っている、一面岩の中の孤島である。

 彼女が構えるや、急に静かになった中、鋭い一突きが放たれた。突かれる側からは、宙の一点がわずかに大きくなるようにしか見えないほどの真っ直ぐな突きである。

 しかしその実、突きには安定した下肢を土台に、全身を連動・駆動させてのねじりが加えられている。ただ一点だけを強く押す突きではなく、回転してえぐりこむ突きなのだ。

 その威力は実際に、この場を見守る若者たちが目の当たりすることとなった。瞬発的な稲妻のごとき突きは、それに加えられた強烈なねじりの力を対象物に加え、当たった箇所の外殻が回るように脱落。

 落ちた岩の塊は、地面に力を吸い尽くされるまで、止まりかけのコマ程度には回った。


 単に落ちるだけならともかく、落ちた欠片が回るというのは、若者たちにとって初めてのことであった。

 この妙技に興奮を隠せず、「おおぅ」と言った感じの感嘆が漏れ出る。

 一方のリズは、先の一撃の成果をもって、自身の体の具合を確かめていた。

 やはり、万全とは言い難い。いつもよりは、体にキレが感じられない。腕力よりは技芸や敏捷、あとはタフネスに寄った鍛え方をしていたのだが……


(やっぱり、川下りが良くなかったのかしら……)


 もっとも、あの川下りあってこその、今のこの出会いでもあるが。少しやりすぎたとは思いつつも、後悔などはまるでしていないリズである。


 不調を自覚する彼女ではあったが、フルパワーで攻撃したとしても、長老に危害が及ぶことはないだろうと判断した。

 それほどまでに、彼もしくは彼女の甲羅は頑強である。リズの腕力では、歯が立たない。

 とはいえ、魔法を用いれば、話は別であるが……その魔法について、若者たちから言葉が飛んだ。


「リズさんって、魔法使いですか?」


「ええ、まぁ……しかし、そんなこと言いましたかしら?」


「いや、ここに来るまでに、魔導書がどうのこうのと……」


 ああ、そういえばと、リズは納得した。むしろ、魔法を見たくてご一緒したのかも、とも。

 棒での一突きを披露してもなお、彼女には期待に満ちた視線が注がれている。

 ここでお手前を披露するのも……また別の仕事の機縁になればと、彼女は考えた。


「では、魔法を使いましょうか」


「やったぁ! あ、ちょっと離れてた方がいいですか?」


「いえ、そこまで物騒なものは用いませんから」


 彼女は、町人たちと長老との関係性について、うっすらとではあるが、察するものがあった。

 彼らの柔らかな部分を痛めつける結果になるのは、彼女としては本意ではない。

 また、先の一撃によって、甲羅の強度はある程度把握できている。棒の一撃相当に威力を調整すれば、悲劇的なことにはならないだろう。

 そして、そういった調整は、彼女にとってお手の物である。棒術よりも魔術の方が、彼女の得意分野なのだから。

 彼女は再び、棒の構えをとった。長老に対して半身を向け、前後に並んだ足は少し広く、重心は少し落として安定させ……

 様になるそのたたずまいに、若者たちは息を呑んだ。

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