第3話 森の中の暗闘②
男たちは焚き火の前で目を覚ました。
手足は縄で固く結ばれ、身動きができないように転がされている。
また、目隠しに加えて簡易的な猿ぐつわをかまされ、自害の自由すらままならない。
その上ご丁寧に身ぐるみまで剥がされ、いずれも肌着である。
視界が効かない中でも、自分がどのような仕打ちを受けているか知った彼らの内、一人がうめくような声を漏らした。
すると、彼らの意識が戻ったことに気づき、エリザベータは声をかけた。
「あら、お目覚めかしら」
気取りも嘲りもない声だ。
この淡泊な対応がかえって気に障ったのか、抗議に身をよじる者も。
エリザベータは、そんな反抗的な男の目隠しを取り、覗き込むようにして声をかけた。
「あなたは自殺なんてしなさそうね。ちょうどいいわ」
それから、彼女は相手の猿ぐつわを取り――彼女が話しかけようとする前に、男は噛みつくように言った。
「我々では力至らず事を成せなかったが、今に」
だが、エリザベータは最後まで話を聞かず、《
この程度では死に至るものではないが、とっさの攻撃に身構える暇もなく撃たれた彼は、激痛に悶絶してからすぐに大人しくなった。
一方、彼の同僚たちは視界が効かず、衝撃音と地を揺らす矢の着弾でしか、それを感じ取れない。二人は緊張に身を固くし、次の動きをただ待った。
ややあって、エリザベータは新たに一人、目と口を解放した。意図してかどうかは不明であるが、刺客三人のリーダーである。
そして彼女は、彼に念押しするような口調で話しかけていった。
「命だけは助けてあげる」
「……どういうつもりだ?」
「感謝してるの、これでもね。路銀にも困る有様だったところ、あなたたちがその身ぐるみを運んできてくれたわけだから。追放した手前、堂々とは支援できないけど、せめてもの……ってところでしょう?」
もっとも、本気でそう言っているわけではない。
皮肉たっぷりに煽り散らした彼女は、焚き火の傍らにある鍋を逆さにして空けた。中からは煮汁と雑草が流れ、地面に広がっていく。
この行動を、リーダーは一種の引っ掛けと感じた。「野草は飽きた、こんなものばかり食わせて」というメッセージをほのめかした上で、彼女はすでに、自分たちから身ぐるみを剥いでもいる。
この後、人里に寄ろうという可能性は高い。
そして……自分たちにそう思わせた上で、彼女は、きっと採集や狩猟で糊口をしのぐのではないか。
無言で考えるリーダーと、彼を見つめるエリザベータ。不意に視線が合うも、リーダーは無感情な顔でそのまま目を向け続けた。
その後、彼女は横向きに倒れる男の前で、偽金でいっぱいの小袋を逆さに開けた。小気味良い音を立てて流れ落ちる金の滝。
その滝の最後に落ちたものを目にし、男は渋面を作った。
一見金貨に見えるそれは、内側に魔力を幾重にも刻まれた、一種の発信器である。
魔法に覚えがなければ、それと見破ることのできない代物ではあるが――エリザベータの目はごまかせない。
彼女は焚き火の傍らに腰を落とし、吐き捨てるように言った。
「一枚くらい、お情けが入ってるものと思ったけどね。まさか、こういう形とは……期待以上だわ。ふッ、ククク……」
それから、彼女は大きなため息とともに天を見上げた。
身動きを封じてあるとはいえ、意識のある刺客を前にしての挙動、隙だらけではある。
とはいえ、そうされても仕方がないことと、男の胸中に諦念が占める。
やがて、彼女は再び視線を下ろし、目の前で寝っ転がる男に問いかけた。
「誰の命令?」
「言えるとでも?」
「わかった。そこで黙ってなさい」
淡々とした口調で言った彼女は、音もなく歩いていき、それまで相手にされていない最後の男の前に立った。
彼女は腰を落とすと、男の頭部から少し上の宙に魔力を刻んでいく。
瞬く間に彼女が魔法陣を書き終わると、円の中心を原点として、上方にいくつも枝分かれする魔力の線が伸びていった。手のひら大の、光る線でできた枯れ木といった様相である。
樹の基部に当たる男は、何をされているのかまったくわからないようだ。音もなく近づいたエリザベータにすら、まだ気づいていないのかもしれない。自身にかけられた魔法に対しても無反応でいる。
すると、エリザベータは樹の枝にそっと手を伸ばした。彼女の手の接近に反応し、幹の根本から梢に向け、光が走り出る。
光の粒子は梢に近づくにつれ、意味を成す文字の羅列へと変化していった。
彼女はそれらの文字を読み上げていく。
「ヴィルマ、エマーソン、シェリンダ、ロイド……」
無感情に名前を列挙する彼女。
一方、魔法の対象となっている男は、縛られた身で全身を細かく震わせ始めた。猿ぐつわで縛られた口からうめき声を上げ、目元を覆った布は、じわりと何かがにじんで濡れる。
男は反応を示したが、なおもエリザベータは読み上げを続け……目と口の効く一人が、低く小さい声で言った。
「そのあたりで、やめてやってくれ……」
「どうして?」
懇願をはねのけた少女の口調は冷ややかで、刺すような視線は一層冷たい。
年若いながらも同業者を思わせるその態度に、相手の男は身を震わせた。
ただ、冷たいのは一瞬だけだった。魔法によって引き出した、親族の名を挙げるだけで一人の感情をいたぶった彼女は、魔法を解くついでに被害者の猿ぐつわと目隠しを取り外した。
そして、彼に優しげな声をかけていく。
「戻る家庭があるっていうのに、平気でこういう稼業に手を染めて……結構なご身分ね。それとも、私たちがそれを強いているとでも?」
――かけた言葉に優しさは欠片もない。
声をかけられた男は、無慈悲にかき混ぜられた感情が暴発したように涙を流し、口からは言葉にならない嗚咽が漏れ出る。
その姿を、手を下した張本人は、あまり興味なさそうに見つめていた。
が、ふと何かを思い出したような顔になり、手のひらを一方の手でポンと叩いた。彼女は偽金の小山から一枚を拾い上げ、先程泣かせた男の側頭部へ。
「これで、家族と美味しいものでも食べなさい」
「……偽金で、か」
静観していたリーダーは、だいぶ
一方、エリザベータは特に反応を示さない。真顔の彼女は、発信器を除く全ての偽金を拾い上げ、もとの袋へと詰めていった
そうした後、彼女は唯一会話が成立する相手に向き直って話しかけた。
「あなたたちに愛国心と呼べるものがあるのなら、自殺は帰ってから町中でしなさい。あるいは、敵国の人里離れたところね。国内で
男は返事をしない。落ち着きを保って口を閉ざす彼に、エリザベータは鼻を小さく鳴らした。
「雇い主は……第二王子かしら。ま、どうでもいいわ、全員敵だし」
それだけ言い捨て、彼女は焚き火を魔力の水でかき消した。無造作に放たれた水が、男たちにも降りかかる。
こうして火の始末を終え、彼女は森の闇の中へと消えていった。
焚き火を失ったものの、差し込んでくる光はある。森の中、木々の小さな切れ目のここに、柔らかな月明かりがささやかに注ぐ。
それを慰めのように感じたリーダーは、転がされながらも首を軽く振った。
そして彼は、先程の任務について考えを巡らせ、その任を果たそうとした。今となっては偵察の比重がほぼ全てと思われるこの任務、考えを休めるわけにはいかない。
要点は、あの焚き火だ。標的に焼けた痕跡がないことから、幻覚の火か、あるいは焼かれない対抗策を取っていたものと彼は推測した。水で消したのは、誤認を誘うためのポーズか。
後は、魔獣除けらしき魔法の痕跡。もっとも、それらは今や完全にかき消されている。加えて《魔法の矢》。撃つところを視認できない使い手である。
――以上。持ち帰るべき情報の少なさを改めて思い知り、リーダーは悔しさに顔を歪めた。
これは、意図しての加減だろうか? それは間違いないと、彼は考えた。最初から、戦いの組み立てがあり……
こちらの虚を突いた標的は、最小限のやり取りで事を済ませた。
そして……決まったと思った一撃が、本当は刺さっていなかった。あの感触は、生物を刺した時のそれではない。まるで刺される場所までわかっていたかのような振る舞いで、そうするように誘われた……
言い知れない感情に震えそうになる体を、リーダーは抑え込んだ。縄を解いて帰らなければ。
と、その時、闇の中から投射物が。男たちの間へ突き刺さったそれはナイフだと、優れた夜目が教えた。
問題は、それを何に使うか。見透かしたような施しを前に、リーダーは器用に全身を動かしてナイフに近づき――
やはり、三人の縛めを解くことを選択した。任務を果たせずとも、やらねばならないことは残されているからだ。
帰って、恥を忍んででも報告しなければ。
男は全身を動かして虫のように這い、どうにかナイフに近づいた。何ら恥じることなく、口を大きく開け、ナイフを
しかし、ナイフのグリップには、何かが塗り込められていた。無臭だが、顔をしかめたくなるほどに苦い苦い何かが。その強烈な味覚に、男は思わず涙が出て――
そして彼は、泣いている自分に対して、さらに泣いた。
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