猫と傘、雨降小僧に会う

 この町の雨は、止むことがない。いつから雨が降っているのか、いつその雨を処理するための施設が整備されたのか、誰も深く考えたりはしない。今困っていなければそれで良いのだし、困ったときには誰かが対応するのだろうくらいに思っている。バルーンがいつものように、今日の天気と地下の大プールが半分程度埋まっていることを伝えているはずだ。もちろん今日の天気なんて雨以外であるはずもない。しかしあきらめきれない者達もいるもので、とある通りにはいつもてるてるぼうずが所狭しと吊されている。尤もプラスチックの一体成形品に顔を書き入れたものだが、酸に侵されにくいインクやレーザー刻印で描かれた顔は、一つとして同じ顔がない、なんて事はさすがにないがそれぞれに個性的な表情を見せていた。


「なるほど、これはすごいじゃないか」

 道の両脇にロープが張られ、そこにびっしりとてるてるぼうず。少し高いところにある店の看板にもてるてるぼうず。その上の空間にはまた縦横無尽にロープが張られ、そこにも無数のてるてるぼうず。所々てるてるぼうず以外の物もぶら下がっているようだ。

「ここまでくるといっそ禍々しいじゃねぇの」

 傘には時折大粒の水滴が当たって激しい音を立てる。てるてるぼうずに集められた雨水がまとまった大きさに育っては重力に負けて落ちてくるのだ。

「そういうことを言うものじゃないよ。これらの一つ一つに人の祈りが……」

 そう言って、このあたりではまず見かけない和装の人影が上を向いた。傘が傾き下からのぞいたその顔は、青灰色をした猫のもの。

「……この景色は何とかならんかね……」

 さっきまで見えてなかった、高いところにびっしりと張り巡らされたてるてるぼうず付きロープを視界に入らば、猫の意見も変わろうというものだ。

「何だよ、似たようなこと思ってるんじゃねえか」

 照照st.てるてるストリートは正式な呼び名ではない。しかし、何故か辻から辻の数十メートルの区間だけが、このようにびっしりとてるてるぼうずに覆われている光景は、名前が自然発生するに足るものだろう。

「……前に通ったときは何の変哲もない通りだった気がするんだけどねぇ」

「前って言っても、いつだったか忘れるほど前じゃねぇか」

「おや……そうだったかねぇ……」

 青灰色をした猫の金色の目が、何かを思い出すように細くなる。町の中でも少し寂れた区画に位置するこの通りは人影もまばらで、立ち止まって見上げていても誰かの邪魔になるということもない。

「雨が続けば晴れを願い、晴れが続けば雨を願う、そういうものだと言ってしまえばそうなんだけどねぇ」

 この通りで立ち止まっているのは、猫、虚無僧、オマワリの三体くらい。

「願を掛けたらそれでおしまい、というのもまた人らしさではあるとはいえ……」

 傘を戻し視線を前に向ける猫。

「これだけの願いを一所に集めて、一体何をしようというのかねぇ」

 足袋と雪駄は雨には向かないはずだが、足袋を濡らしもせず、足音も水音も立てず、のんびりと歩を進める。

「雨を止ませたいんじゃねぇの?」

 傘から聞こえた声は、からかうような調子を含んでいた。


 何日かの後、猫はまた照照st.てるてるストリートを歩いていた。

「お、今日はてるてる坊主が売ってるな」

「つけてあげましょうか?」

ざあざあと降る雨の中、箱の中に白いプラスチックのてるてるぼうずが無造作に入れられている。脇には提灯のような古めかしいデザインのランプ。店番をしているのは、破れた傘のようなデザインの頭部カバーから、カメラアイが二つのぞいている小柄なサイボーグ。地べたに直接座り込んで周囲を見回している。

「よせやい。それにしても……どうもあのデザインは落ち着かねぇなぁ」

中骨のない破れた傘というのは、傘の妖怪としては見ていてあまり気持ちの良いものではないらしい。

「デザインもだけどね……あれ、憑き物じゃないかい?」

「別に妖気は……ははん、からくりの方か」

 ナノマシンによる憑き物、あるいは妖怪。世間的には気のせいや見間違い、単なる噂話とされているそれは、ほぼ全ての住人が機械の体を手に入れたこの町で、時折特に理由もない怪異を引き起こす。

「だとしても……なんで大人しく物売りなんてやってるんだ?」

「よくわからないねぇ……ま、聞いてみようかね」

そう言うと猫は音も立てず水しぶきもあげず、てるてるぼうず売りに近づいた。

「お、買っていってくれるのかい?」

低い位置から物売りが猫の顔を見上げる。二つのレンズにそれぞれ映り込む猫の顔。

「じゃあ、二つ貰おうかね。支払いはこれで良いかい?」

袂から決済チップを取り出す。

「顔はどうする?俺が描いても良いけど……」

決済端末を操作しながら物売りは訪ねた。しかし

「いや、これがあるからね。二枚目に仕上げてみるよ」

猫が刀の柄をぽんぽんと叩いて示すと、カメラアイの間にあるランプを何色にも光らせて納得を示した。

「はい、じゃあ二つ。顔かいて適当に吊しても良いし、持って帰ってもいいよ」

「ありがとう、適当なところに吊させて貰うよ」

決済チップとてるてるぼうず二つを受け取ると、一つを残して袂に入れた。脇差しを抜き、切っ先を軽くてるてるぼうずの顔になるところに当てる。

「しゃっ!」

息の漏れる音とともにブゥンという振動音。

「まあギリギリ二枚目かねぇ」

猫がてるてるぼうずにふっと息を吹きかける。プラスチックのてるてるぼうずはさっきの一瞬で、リアルな猫の顔に彫り上げられていた。


「たぶん憑かれてると思うんだけどねぇ……」

少し離れた場所で、てるてるぼうずをロープの隙間につけながら猫は物売りの方をじっと見ていた。

「その割には、普通の物売りだったよなぁ」

「そういう存在モノなのか、人間の意志が強いのか……」

しばらく眺めている間にも、時々てるてるぼうずは売れている。高いところまで伸ばせる腕やサブアームのある者は、高いところに張り巡らされたロープにてるてるぼうずを付けていくようだ。

「確かに妙な空間にはなってるが、だからといってすぐにどうこうなるようなもんでも無いよなあ」

傘が腑に落ちないといった風の声で言う。それを聞きながら、猫は少し下を見ていた。路面にたまった水に、いくつもの波紋が生まれては広がっていく。その光景に、あるいはその向こう側に果たして何を見たものか。猫の目がすう、と細くなる。

「確かに、すぐにはどうこうならないんだろうけどねぇ」

そして顔を上げると、張り巡らされたロープにてるてるぼうずに混ざってぶら下がってるものを見た。

「まあ、そのうちまた見に来るとしようかね」


 バーサイクロプス一つ目小僧。暗い店内には猫のほかに客はいない。ぴちゃぴちゃという音を立てて皿の中身を舐める猫の姿が、マスターの大きなレンズに映っている。傘はいつものように外の傘立てで待っている。

「なあマスター」

猫が顔を上げる。金色の目がマスターを見ている。

「マスターは、雨が止んだら良いと思うかい?」

マスターは動かない。が、きょとんとした空気が店内を支配した。

「ちょっと違うか……青空が見たいと思うかい?」

猫が聞き直す。

「興味はあるけどね……ただ、この店でお客さんの相手をするために、今の体を作ったからね」

細いアームが猫の前の空になった皿を下げ、代わりの皿を別のアームが静かに置いた。

「たまに来るお客さんの顔を見るだけで十分かな?」

「そういうものかね?」

マスターの大きなレンズに映る猫の目を、はじめて見るような気分で猫は見ていた。

「そういうものだよ」

そのレンズの奥にはさらに何枚ものレンズと、複雑な機構が隠れている。表面以外の反射によって、いくつもの金色の眼がそこに表れる。

「ああ、でも」

ピントかズームかそれ以外の何かかはわからないが、モーター音とともにレンズの奥の機構が動き、映り込んだいくつもの眼の位置が変化する。

「雨が止んだらお客さんが増えるんだったら、考えなくもないけど」

「それは、変わらないだろうねぇ」

袂から決済チップを取り出す。

「やっぱり?」

マスターはそれをいつもの調子で受け取った。


 外ではやはりバルーンが雨の成分や、予想される今後の雨量について何か言っているようだ。尤も雨の性でろくに聞こえないその音声をわざわざ聞き取ろうとするものはいない。大半は直接回線で同じ情報を得ているし、ごくわずかにいるそれ以外の者は、どうせ聞き取れはしないと諦めている。

「また酸っぱくなるのかねぇ」

「アレが聞こえるのか?」

「いや、聞こえはしないんだが、わざわざ何か言ってるからそうなのかなぁってね」

他愛もない話をしながらまた照照st.てるてるストリートを歩く猫。

「お、いるね」

物売りが座っているのを見つけると、そちらに向かってまっすぐ歩いていく。いつものように音はしない。人通りも相変わらずまばらで、特に人を避ける必要もなくたどり着く。

「おや、また来たんだね」

二つのカメラアイに映り込む猫。間のライトがチカチカと色を変える。

「今度は三つ貰おうかな」

猫が袂から決済チップを取り出しながら少し腰を低くして言う。

「三つだね。好きなのを選んでくれていいよ」

「ん?何か違いがあるのかい?」

決済端末でチップを読みとりながら、顔を少し上げ、傘の破れ目のように見える部分からのぞいたカメラを猫の方に向ける。

「いいや、寸分違わず同じものだと思うけどさ」

そこで言葉を区切ると悪戯っぽくライトの色を変えて

「こういうのは、好きなのを選んだと思ってる方が、気持ちがこもるものなのさ」

ぴっと指を立てて見せた。

「なるほど、じゃあしっかり選んだら、精一杯気持ちを込めて顔を彫らせてもらおうかねぇ」

猫もそう応えながら、用の済んだ決済チップを受け取ると、時間をかけててるてるぼうずを三つ選ぶ。

「じゃあ、これとこれと、それからこれを貰っていくかね」

「また来てくれよな」

その声には片手をあげて応えると、猫は通りの真ん中に向かって歩いていった。


「さてと、じゃあ一つは高いところにつけようか」

ひょいっと猫が跳び上がり、高いところに張られたロープにてるてるぼうずを取り付ける、のは良かったが、少しロープを引いてしまい、反動で同じロープに吊されたてるてるぼうずが一斉に踊る。はねた雨水が一瞬遅れて地面に落ち、ジャッ!という激しい音を立て、通りにいたそれほど多くない通行人達が何事かと周囲を見回した。

「しまったね……」

物売りも遠くから猫の方をじっと見ている。少しばつが悪そうに目をそらして、猫は通りの端の方に向かった。

「もう一つをここ、これで三つあるから、一つの平面が指定される」

「こんな角度で面を決めて、何に使うんだ?」

「使うかどうかはまだわからないかな?」

傘をくるくると回して水滴をとばす猫。周囲に波紋の花が咲いたようになる。

「何だ、教えてくれないのか」

とはいえそれで傘がごまかされるわけでもなく。

「使わなかったらがっかりするだろうし、それに、まだもう少し仕掛けが必要になるかもしれないしねぇ」

だからといって猫もそれ以上詳しく教えるつもりもなく。

「今はまだこれだけでいいかな。あと二つ手元に残してあるしね」

最後は何となくうやむやにした上で、今度は地面の方を見て呟いた。

「近いうちにお邪魔するかねぇ」


 針金でガードされた電球がまばらに並ぶ通路。天井は高く電球の光はうっすらとしか届かない。高さに比べると幅は極端に狭く、人が普通にすれ違おうとすると肩が当たるくらいしかない。尤も行き交う人がいるような場所でもない。猫は畳んだ傘を手に握って、その通路を歩いている。電球と電球の間には蛇腹になったチューブが壁に沿って這わされており、きっとこれが電力を供給しているのだろう。

「で、ここは何処よ?」

傘の声はそれほど大きなものではなかったが、静かな通路では思いの外響くようだった。

「そんなの、知るわけないじゃないか」

音もなく歩く猫の声は、内容とは裏腹に少し楽しそうですらある。

「……聞き方が悪かったか。どこに向かってるんだ?」

「イイトコロ、かねぇ。きっとこの通路の先で合ってると思うんだがね」

「なんか、同じところを歩いていても、同じものを見てるわけでも、同じ音を聞いてるわけでもないんだよな」

傘が拗ねたように言う。しかし猫は意に介さない。

「そうだねぇ、違うというのは面白いことだよねぇ」

むしろ、それが良いのだと言わんばかり。

「一応イヤミのつもりだったんだがなぁ」

「まあまあ、そろそろ終点のようだよ」

猫の視線の先に、長い通路の果てが見えてきた。


「おやおや、これは思ったよりも立派な……

「なるほどそれでこの天井の高さが必要だったんだな」

通路が終わり急に開けた空間の真ん中には、そびえ立つ巨塔、いや、きっとこれは。

「まさかここに来てくれるとは思わなかったよ」

その根元の影から、物売りが姿を現す。

「なにやら面白そうなものを作っているなと思ってね」

「何故知ってるのかなぁ。それに、どうやってここへ?」

「なあに、ネコというのは案外どこにでも潜り込めるものなのさ」

破れた傘のようなカバーの隙間からのぞく小さなライトが高速で点滅する。

「ネコ……ああ、その顔はネコの顔なんだね。言われてみればそんな顔だ。アーカイブで見たことがあるよ。変な趣味してるね」

ぬるり、といった動きで物売りが陰から全身を現した。

「で、止めに来たとか、壊しに来たとか言うのかな?」

ふたつのレンズは猫を正面に捉えている。

「いいや。さっきも言ったとおりだよ。面白そうなものを作っているなと思って、見に来たのさ」

「ふぅん……見に来たのさ、で来れてしまう場所じゃないと思うんだけど、まあいいか。で、どうだい?面白いかい?この驚天砲は」

そう。これは巨塔ではなく、巨砲。

「驚天砲と言うのかい。これを使って何をしようと?」

「雲を散らし空を晴らすんだ」

「空を……いいねぇ」

猫が上を仰ぎ見る。その先に当然空は見えない。天井すら遠く暗く、見ることができない。

「ただ、その望みは、どちらのものなんだい?」

視線を戻す猫。

「どちら……ああ。何かに憑かれているとか、そういう話かい?」

ふたつのレンズと、しっかりと目が合う。

「そんなの根も葉もない噂だろ、ってごまかすのも難しそうだ」

人ではない気配が強くなる。

「ただね、その質問に答えるのは難しいんだ。だって、僕たちは一つだから。僕に入った何かも、僕も。一緒になってこれを作ったんだよ」

そう言って少し言葉を区切る。次に出た言葉は、声色がごくわずかに違っていた。

「雨降小僧は、雨を降らす。この町では意味のない存在だ」

「だから空を晴らして、存在意義を取り戻そうと?そんな事しなくても、自分は自分で変わりゃしないだろうに」

その猫の言葉に、雨降小僧は幽かに笑ったようだった。可動部分のない機械の顔に、そんな変化は起こらないはずなのに。

「まあ、今日を入れてあと三日。エネルギーを溜めるのにそのくらいはかかるからさ、明明後日かな?興味があるなら照照st.てるてるストリートに来てくれよ」


「なあ、本当に行くのか?ロクなことにならない気がするんだが」

「そうかねぇ、ひょっとしたら、面白いものが見れるかもしれないじゃないか?」

傘をくるくると回しながら、猫が歩いている。

「ほれ、もう着くよ」

てるてるぼうずをびっしりとつけたロープを張り巡らし、白い天井になっている通りにたどり着く。物売りがいつものように座っている。

「来てくれたんだね」

そう言いながら立ち上がると、物売りは定位置を離れてストリートの中心に立った。

「ところで、このてるてるぼうずは結局何だったのかね?」

猫が問う。

「ああ、これね」

「願いの中身はなんでも良かったんだけどね」

「その力で、ここ、というかこの下を隠しておきたかったんだ」

「みんなの願いがノイズになって、ここで起きてることが、上から見えなくなるように」

「なるほど、勘違いじゃなかったようだね。なら良かった」

「どういうこと?」

「つけさせて貰った三つのてるてるぼうずが、無駄にならないって事さ。さあ、そんなことより、見せて貰おうか」

「言われなくても!」

そう叫ぶと地響きとともに、地面が割れる。陥没する。てるてるぼうずの屋根の下に、大きな穴が開く。あわてて猫はてるてるぼうずの屋根の上に飛び乗った。

「ごめんな!」

物売りの声。何が、と思う間に猫は宙に放り上げられた。てるてるぼうずに紛れていた、ロープに取り付けられていた機械が緑色に光っている。と思ったときには何機ものパトロールドローンのサーチライトに照らされる。

「ああもう、虫が」

傘が何か言い終わる前に

「てーっ!」

周囲が白く染まる。猫の片目に太極図が浮かぶ。パトロールドローンが何機か、砲身から放たれたエネルギーに巻き込まれて爆発した。ストリートの外周部を除き、てるてるぼうずも蒸発する。雨も、雲も霧散し、その向こうに青空が……現れない。

「へぇ」

雲の散った先、ずっと遠くにちらりと見えたのは、モザイク状の金属板……のような何か。すぐにまたそれも雲に覆われ、隠れてしまう直前、なにかが光る。

「間に合えっ!」

猫が叫び、傘を投げた。傘は猫の顔をしたてるてるぼうずに当たり、三つの猫の顔で定義される平面がビルや地面も貫通して一瞬淡く光る。そこに上から降ってきた何かが当たり、反射、斜めに跳ね返ったそれがビルの壁を破壊した。きょとんとしている物売りに今度はパトロールドローンが三機、サーチライトを当てる。

「しゃっ!」

袂から取り出したふたつのてるてるぼうずを投げる猫。それと同時にドローン達から発砲音。雑に描かれたにこにこ顔のてるてるぼうずが弾け飛ぶ。

「ちっ!」

猫が物売りのところに駆け寄った時には既にドローンは高度をとって離脱しはじめていた。ざあっと雨が降り始め、傘を持たない猫はあっという間にずぶ濡れになる。

「なあ」

猫が物売りに話しかける。ドローンの砲撃を受け体の大半を失った物売りに。

「気付いてたんだろう?いくら巨大な砲とはいえ、そんなもので雨を止められたりしないって」

すでに空は何事もなかったように雲に覆われ、雨もいつものように降っている。

「まあね。雨を止め空を晴らすつもりなら、驚天砲なんて名前つけないだろ」

残った体のあちこちから、火花を散らしている。そこにも雨は容赦なく降り注ぎ、酸が部品を溶かしていく。

「天を驚かす……なるほどねぇ。それだけのために?」

猫の後ろから、開いた傘が跳ねながら近付いている。

「ああ。それだけのために。君と違って、力無き、偽物の妖怪のできる精一杯のイタズラさぁ」

そう言うと、カメラアイの間のライトをゆっくりと点滅させ、そのまま全ての動作を停止した。

「無粋なからくり妖怪だと思ったんだけどねぇ」

そう言いながら、猫はずぶぬれの顔で天を仰ぐ。そのひげにもみるみる水滴がたまり、そして落ちていく。

「……傘はいらんかね?」

後ろから声がかかる。しかし猫は振り返らずに、言葉だけを返した。

「もう少しだけ、濡れていくよ」

周囲にはまだたくさんのてるてるぼうずが揺れていて。

この町の雨は、止むことがない。

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