猫と傘、狐憑きに会う

 この町の雨は、止むことがない。濡れながら飛ぶ広報広告バルーンは、ぼんやりと光り、もごもごとくぐもった音声を垂れ流す。より低空を飛ぶドローンも、いつものように何かを探してサーチライトをあちこちに向けている。広報によると、指名手配犯や行方不明者を探しているのだそうだ。実際に見つかったとか捕まったとかいう話は誰も聞いたことがないが。


「どうもアレに照らされると気分が良くないね……にしても、今日はやけに低く飛ぶね。雨でも降るんじゃないかね」

 投げやりに言うのは着物姿に猫の顔、腰には大小二本を差した、侍のような何者か。正体は猫又である。

「雨なら間に合ってるよ。気づいてないなら教えてやるが、ひさしぶりになかなかの土砂降りですよこれは」

 もう一人のおどけた声。声の主は先の猫がさしている傘である。こちらの正体は唐傘お化け。スマートかつお洒落な和傘である。柄がすね毛の生えた人の足だったりはしない。

「お陰様で濡れずに済んではいるがね、大丈夫、ちゃあんと見えてるよ」

 猫が目を細める。雨のせいで見通しが悪いのはいつものことだ。

「残念ながら」

 少しのタメの後で吐き出す。周囲の人影はまばらで、様々な形をしている。

「これでもう少しちゃんと並べば、まるで百鬼夜行だよねぇ」

「よせやい、縁起でもない」

 基本的には同じ形の者はいないのだが、笠にカメラをつけたような頭部を持つ少し背の低い人型マシンだけは、同じ形のものがちらほらと紛れている。

「ふたご、みつご、よつご……機械だから同じ見た目でもいいんだが、なんかこう、個性がほしいねぇ」

「俺は個性的なあいつらの方が嫌だぞ」

 かつての治安維持組織メンバーの呼称にちなんでオマワリと呼ばれるそれは、ゆっくりと巡回しながらレーザーで互いに情報をやりとりしている。武装は腰に下げた、短い割に異様に重たい棒と、腕に仕込まれた旧式の銃。ただし、コストのかかる実弾は滅多に使われることがないらしい。射撃の数少ない目撃者によると、一発目は必ず空に向かって撃つのだそうだ。

「それにしても、今日はオマワリさんが多くないかい」

 しかも頭部のレーザー受光部を伸ばして、えらく活発にやりとりしている。雨に当たってレーザーが見えてしまっているが、それは特に気にしないようだ。

「要人でも来るのかね」

 猫がヒゲを引っ張りながら、あまり興味なさそうに言う。もしかするとヒゲを引っ張っているのは要人のイメージなのかもしれない。

「いつの時代の話をしてるんだ」

 傘があきれたように、しかし律儀に返事を返す。

「まず、こんなところに要人なんてものは来ない」

 手があれば指を一本立てたかもしれない、そんな口振り。

「そして」

 ちょっと声を区切る。たぶんここで指が二本になる。

「あいつらは警護なんてしない」

 それを聞いて、ため息とともに猫が返す。

「知ってますよ。いったいどれだけの間この町にいると思ってるんですか」

「俺と同じだけ」

 少し早口で返す傘。何かの物まねだったのかもしれない。が、猫はそれを気にせず

「そうですよ、その通りです」

 さらにため息をつく。と思うと

「まあそんな年寄りごっこは一旦終わりにして」

 猫の目が輝きを取り戻した。

「一体何が起きてるんでしょうねえ?」


 中身はわからなくとも、どのオマワリからどのオマワリに情報が流れているのかは、レーザーが見えているので簡単にわかる。送信分と受信分が分かれている古い通信方式なので、中身は暗号化できても誰から誰にむかうデータが多いのかは筒抜けなのだ。勿論、誰も興味がないのでそんなものを追ったりしない。理屈の上では、晴天なら相当遠くまで届くはずの仕組みなので、雨が降り続くようになる前から稼働しているか、またはどこか別の場所から持ち込まれたのだろうと言う人もいる。人型機械に限らず、またこの町に限らず、人の生活する領域には大小さまざまな機械が設置されているもので、大半の人間はそこにカメラがあろうがブラックボックスがあろうが、そこで自分の姿が撮影、画像処理されてどこかに送信されてようが知りもしないし気にもしていないものである。


「ん?あれですね」

 レーザー通信を追っていくと、複数のオマワリと双方向で何かをやりとりしている、動きのおかしいオマワリがいた。上空にはパトロールドローンも何機か集まってきていて、サーチライトがそのオマワリを照らしている。

「わたしあの虫嫌いなのよね」

 傘が突然何かの物真似のような口調で言った。

「……なんだったかね?」

「多分なんかの映画だろ、見たこと無いけど」

「無いのか。まあいい」

 何本ものサーチライトで照らされたオマワリの方を見る。

「憑かれてるねぇ……っと、聞こえたかな、こっちを見たね」

 雨のカーテン越しであっても、明らかにその頭部についたカメラと目があった。

「来るかな」

「だろうね」

 短いやりとり。ほぼ同時に、一瞬四つん這いになったオマワリが跳んできた。傘を構える猫。傘に当たったオマワリが弾かれ、水滴が周囲に散る。

「なあ」

「はい?」

 少し距離をとってこちらを警戒しているような、四つん這いのオマワリを睨む猫に、傘が話しかける。

「あれはロボットだよな」

「ええ」

 猫は目をそらさない。

「カメラのレンズは丸いよな」

「ええ」

 短く返事を返しながら、刀の柄に手をかける。

「じゃあ、なんで俺はあのオマワリが吊り目だと思ってるんだろうな?」

「奇遇ですね、同じことを考えてました……よっ!」

 飛びかかってきたオマワリを、振り抜いた刀で牽制する。いや。

「真っ二つにするつもりで振ったんですけどねぇ」

 空中で減速したオマワリが、ギリギリのところで刀をかわす。四つ脚で着地し、少し横を向いたその顔がニヤリと笑った気がした。勿論、笠のような頭部に口はついていない。

「嫌なオマワリさんだねぇ」

 地を這うオマワリの、本来の可動域を超えた動きを強いられた関節が火花を散らしている。そのレーザー受信部に、何本もの光の筋が突き刺さった。遠巻きに囲んでいるオマワリからの通信である。何を伝えようとしたのか、何が伝わったのか、受け取った四つん這いのオマワリが鼻で笑う気配がした。

「どうも、ありもしないものを見せられてるようで、気分が悪いねぇ」

 鼻で笑われた、と感じたことよりも、口も鼻もない、丸いレンズしかついていない顔に色々な表情を浮かべたように思わせられたことが、猫の逆鱗に触れたらしい。

「からくりの分際で『お化け』を化かそうたぁ、なかなかにいい趣味してるじゃないか」

 その猫に向けて今度は何本ものレーザーが当てられる。勿論猫にはそれを読みとる能力はない。仮に読みとれても暗号化された通信など内容がわかるはずもない。

「莫迦だねぇ……受信部もないのに闇雲にレーザーを当ててどうしようっていうんだい」

 ただし、猫は妖怪である。人の感情、意志、心といったものには敏感な存在である。即ち、オマワリたちの総意は正しく猫に伝えられた。曰く。人を害する前に、止めてほしい。

「申し訳ないが、通信ってのはよくわからなくてね。ま、バカにしてくれたお返しはさせてもらうがね」

 四つん這いのオマワリが周囲を伺う。いつの間にか包囲の輪は少し広がり、道路の封鎖が行われている。上空のドローンも、サーチライトで照らしながら少し距離を取って散開している。邪魔が入らぬようにするから、ケリをつけてくれという事だろうか。

「!!!」

 獣の叫びが耳を打つ。否、それも本物の音ではない。オマワリにはスピーカーが内蔵されている筈なのだが、あえて実際には音を出さなかったのだろう。顔をしかめる猫。その目前にオマワリが迫る。振り抜かれた腕の先に、爪の存在を感じた。かわしたはずだが、幾筋かの毛が舞う。

「ッちっ!」

 畳んだ傘を真っ直ぐに投げる。刺さりそうな勢いで飛んだ傘は、突然開いてオマワリの視界を奪う。それを払いのけようとして、腕が傘に弾かれる。衝撃。

「!!!」

 叫び。いつの間にか背後にいた猫の、後ろ向きの蹴りがオマワリの背中の外装を凹ませる。

「やはり、その声は狐だよねぇ」

 傘と猫の足に挟まれたオマワリがもがいている。足で動きを抑えながら、猫の毛が雨にじっとりと濡れている。

「犬ならうまくやれるんだろうけど、残念だったね」

 刀がメイン動力を貫いた。しかしこのタイプのボディは補助動力を持つためそれだけでは止まらない。

「猫には憑き物落としなんてできないからさ」

 自嘲気味に呟く猫。

「壊して止めてやることしかできないのさ」

 刀を押し込んだまま、周囲のオマワリ達に目を向ける。

「みんなもそれでいいみたいだし」

 ふっと猫の目つきと声が優しくなる。

「きっと……アンタもそうなんだろう?」

 一本のレーザーが、猫に向かって放たれる。

「かっこいいじゃないか」

 脇差が補助動力も貫いた。


 傘を拾い上げると、サーチライトを避けるように裏道へと逃げ出した。後始末が終われば、何事もなかったかのように道路封鎖も解かれ、きっと何事もなかったかのように人があふれるのだろう。

「やはり、呼ばれたのかねぇ」

 思い返してみると、レーザーをたどって狐憑きのオマワリの所にたどり着いたこと自体、仕組まれていたような気がしてくる。

「だとしても、結果が変わらないなら良いんじゃないか?」

 傘はあまり気にならないらしい。

「確かに結果はおなじだろうけどね。オマワリさん達が呼んだのか、狐が仕組んだのか、狐に憑かれたオマワリさんが呼んだのか……」

 まだずぶぬれのまま、猫がヒゲをひねっている。

「まあ、どれであっても同じこと、か……」

 ざあざあという音に紛れて、猫の言葉が雨に溶けていく。足音もなく歩いていく猫の姿もまた、遠ざかり雨の中に溶けて行った。

 この町の雨は、止むことがない。


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